第3話 ロイヤル・ブライド(3)
早くお話をまとめたくて頑張って書き上げると、いろいろ誤字が目立ってします。ちょこちょこと直していくので、温かく見守って頂ければ幸いです。
次の日の式典練習は、当日の衣装合せだった。
儀礼用の鎧、兜、剣などを試着し、実際の配置や動きを確認する。儀礼用の装備は銀色の装甲に金の装飾彫刻が施された精緻なものだったが、その分重かった。羽飾りのついた兜を被り、初めは神話にでも出てきそうな戦乙女姿に、お互いわーきゃー言っていたが実際練習が終わってみると、鎧の下は汗だく、手と足はヘロヘロ状態だった。
それでも少女達は街に繰り出して行ったが、香澄は今日もアンネリーゼを迎えに王城に向う。
警備の銀竜騎士に案内されて通されたのは、煌びやかな装飾が施された広い部屋だった。レティシアの執務室並みの広い部屋に、中央にワンセットのソファーとテーブルが備えられてた。
しばらく待たされた後現れたアンネリーゼは、今日は髪を下し、スカート姿だった。襟元のバラの花のコサージュが髪の色にとても似合っていて、彼女の華やかな雰囲気をより一層高めているように思えた。
「すまない、待たせたな。語学の授業が長引いてな」
「アンネは学校に行ってるの?」
アンネリーゼについて歩き出しながら香澄が訊ねると、王女さまは悪戯っぽく笑った。
「私はまだ16だ。ちゃんと登校しているぞ。私はそんなに不真面目に見えるか?」
「違うの、王女さまって、庶民の学校には行かないで家庭教師とかかなって思って」
「ふむ、それは間違っていないな。学校が終わった後は家庭教師の授業がある。語学とか馬術とか宮廷儀礼とかな。今はカスミに会えというレティシアの命令が優先しているから免除されているが、普段だったら夕食の前まで自由時間はないんだぞ」
「ふぇー、大変なんだね、王女様って。綺麗なもの着て美味しいもの食べて毎日優雅に過ごしてるのかと思ってた」
「まあ、それが一般的なイメージなのはわかってるけどね。ここだよ、カスミ」
アンネリーゼに連れて来られたのは、先ほどの応接室より少しだけ狭い部屋だった。中に入ると、溢れる色彩に圧倒される。数々の煌びやかな衣装が、部屋いっぱいに並んでいた。
「アンネ、これは…」
「ふふん、カスミ。年頃の女の子がいつまでもそんな黒い鎧ばっかりというのもどうかと思うぞ。この中から一着選ぶといい。進呈しよう」
「え、そんな…」
「ここは、舞踏会や各種パーティーなんかでビジターに貸し出す衣装だ。一着くらいなくなっても大事ない。管理課には私から伝えておくから」
「え、えっとー」
後は不穏な笑みを浮かべたアンネリーゼのなすがままだった。
これも似合うかもしれない。いや、これが似合う。こっちはどうだ、という具合に、次から次へと着せ替え人形だ。
しかし、昨日見た暗い笑顔とは違う、気取ったお澄まし顔でもない、無邪気なアンネリーゼの笑顔を見ていると、これでもまあいいかと思ってしまう。
「アンネはお友達とこうやってお買いものとか行かないの?」
次はイブニングドレスでも着せるかなどと呟いているアンネリーゼの背中に問いかけると、彼女は振り返らずに「私は友達いないからな」と軽く返してきた。
「学校は、私と同じように王都生まれ王都育ちの子供たちばかりなんだ。彼らにとっては、当たり前の様に私は王女だ。友達なんて恐れ多い、ってね。城詰の職員たちは外界で採用された者だけど、城勤めという立場柄、王族とは一線を引いた接し方をしてくる。というわけで、私には同年代の友人というものがほとんどいない。カスミ、じゃあ次はこのドレスだ」
アンネリーゼはさばさばと答えると、純白のふりふりドレスを取り出してきた。アンネリーゼの緑の瞳には、それが少しも悲しいことだ思っているような色はない。
笑顔を浮かべてドレスを差し出してくる。
ならば、一瞬の事でも、ささやかにでも、友達と一緒に騒ぐのもいいかもしれない。任務だとかレティシアの依頼だからという理由じゃない。アンネリーゼに楽しいと思える時間を過ごしてほしい。
「アンネ、この後、また街にいかない?」
香澄はふと浮かんだ企みを胸に秘め微笑む。
「構わないが。どうしてた、急に」
首を傾げるアンネリーゼ。
香澄は笑みだけを返して、アンネリーゼのドレスを受け取る。しかし、もしこんなドレスをもらってしまったら、いったい何時着ればいいのだろうか…。
結局香澄が選んだのは、シンプルな白のワンピースだった。スカートのプリーツと袖、エリ周りにグリーンが入り、涼やか印象が気に入った。これなら普段着として使えると満足げな香澄をよそに、アンネリーゼは地味すぎやしないかとやや不満げではあったが。
任務中はずっとバレッタでまとめていた髪も下す。
「うん、かわいいな。やっと女の子になった」
「えー。それゃじゃ今まで何だったの…」
はははとアンネリーゼは楽しそうに笑う。
香澄は左手にだけ黒い手甲をはめると、ワンピースの上から剣帯を巻き、刀を携えた。
「…カスミ、それはなんだ?」
一転、アンネリーゼが半眼で刀を見る。
「あたしは騎士ですから。王女をお守りする義務があります」
香澄は澄まして言うと、アンネリーゼは大きくため息をついた。
「台無しだ、それは」
「いいから、いいから。それじゃさっそく街に行くよ!」
香澄はアンネリーゼの小さな手を引いて走り出した。
日が落ち始めた王都は、煌びやかな光で溢れだしていた。晴れ渡った空には薄い雲が未だ太陽の残光を浴びて輝き、その向こうに気の早い星々が瞬き始めていた。家々からは夕食の匂いが漂い始め、ゆったりとした足取りで家路につく人々と、夜の街に繰り出して行く人たちで通りはまだ賑わっていた。
宮殿を抜けた香澄達は、今日は馬車は使わず、勢いよく坂を下っていく。
隣を駆け抜けていく女の子が王女だと気が付くものはあまりおらず、人々の中を縫うように二人の少女は夕闇の街中を駆け抜けていく。
「はっ、はっ、はっ、ちょっと待って」
アンネリーゼは息を切らして膝に手を付いた。やはり曲がりなりにも鍛えた騎士とは体力が違う。
アンネリーゼが息を整えている間に、香澄は街頭警備についている紅獅子騎士と何か話してるようだった。しばらくして戻ってくる。
「どうやらあっちみたい」
香澄に誘われるまま二人は路地を進んでいく。昨日はアンネリーゼが先導して新市街を歩いたが今度は香澄が先導して旧市街を行く格好となった。香澄が目指す目的地には直ぐに到着した。服屋とガラス細工の店がある四つ角、間口の狭い紅獅子騎士団の詰め所だ。香澄ははアンネリーゼに待つように告げると、その詰め所から背の低い少女騎士を伴って戻って来た。
「ちょっと、突然何よ!」
香澄に引っ張られるように連れてこられたのは、紅の鎧に身を包んだセイラだった。
「セイラ、また会ったね」
「殿下!こんなところで何を!」
セイラが慌てて敬礼する。
「これから三人でショッピングに行きます」
そんな二人に、香澄はびしっと手を上げて宣言した。
「ちょっと、分けわかんないっつーの!あたしはまだ勤務中なのよ!」
セイラがまくし立てるが、香澄は意地の悪い笑みを浮かべる。
「問題なし、だよ。隊長さんにはセイラちゃんを借りる了解は取ったから。レティシアさんの名前を出したら、イチコロ」
「なぬー、あのおっさん、どんだけ権力に弱いんだー!」
下を出してサムズアップする香澄に、セイラはがーとよく分からない呻きを上げながら頭を抱えた。
アンネリーゼはふふふと笑う。
賑やかな事だ。今まで自分の周りを取り巻いていた賑やかさとは違う、温かい賑やかさだ。
こういうのも、悪くないかもしれない。
「ささ、行きますよ。まずどこに行こうか」
香澄がさっさと歩き出す。
「まずは宿舎!」
セイラがてててとその後をついて行く。
「なんで?」
「だってあんたも殿下も私服なのに、あたしだけ鎧っつーのもずるい。ずるい。ずるいー!」
「よし、ではまず紅獅子騎士団の宿舎視察と行こうか」
アンネリーゼもその後を追う。
「駄目ですよ、殿下。殿下が現れたら大騒ぎになりますよ!」
「なんだ、私は仲間はずれか」
「セイラちゃん、酷い人だったんだね…」
「がー、あたし、悪者?悪者なの?」
まず宿舎に帰ったセイラは、パンツにカーディガンを羽織り結い上げている白銀の髪を下した私服姿で戻ってきた。もちろん香澄とアンネリーゼは敷地の外で待たされた。
髪を下すとさらに幼く見えるなーと香澄が心の中でコメントしていると、「なんだセイラ、小学生みたいだな」というアンネリーゼの感想に、空気が氷結する。わなわなと肩を震わせるセイラは、何故か香澄を蹴りつけ始めた。
隣でアンネリーゼがセイラは元気だなーと手を叩いて喜んでいた。
不機嫌化したセイラをなだめながら、三人は旧市街の商店街を練り歩く。
貸衣装屋でドレスを眺め、雑貨屋で可愛い小物をあれやこれや物色する。職人が手掛ける手作りの靴を冷かして、街路に並ぶ屋台を順番に覗き込んでいく。
目ざとくアンネリーゼがを見かけたビジターと写真を撮ったり、セイラが私服を冷かしてくる知り合いの紅獅子騎士ともめたりしているうちに、時間は瞬く間に過ぎ去っていった。
完全に夜の帳が下りて夜空には無数の星々が輝きだしていたが、ガス灯が照らし出す王都の街角は、いまだ人々の熱気を冷まさずに、むしろ昼間とは違う盛り上がりが街を満たしていた。
そろそろお腹がすいてきた点で合意した三人娘は、セイラのお勧めの店を目指して、路地裏の細い階段を登る。少し裏路地に入ると、表の通りの熱気が嘘のように夜相応の闇と静寂が漂っていた。
路地はやがて様々な武器や鎧を携えた人々が集まる一画に出た。
「セイラちゃん、この辺は冒険者が多いね」
香澄が物珍しそうにきょろきょろする。
「この近くに冒険者ギルド本部があるしな。冒険者向けの酒場や安宿などが多い区画だ」
アンネリーゼが説明する。地元民として説明したが、実はアンネリーゼもあまり来たことはない場所だった。
「この先よ。一度騎士団のみんなと来たんだけど、料理は文句なしだし何よりデザートが…わぷ」
セイラはそこで前方から歩いてきた冒険者の一団にぶつかった。
「おいおい、気をつけろよ」
革鎧に帯剣した体格のいい男が口を開く。酔っているのか、呂律が回っていない。
「すげーな、おい。べっぴんさんばっかりだぞ」
革鎧の男の連れか、ひょろりと背の高い男が下品な笑い声を上げる。それに合わせるように、粗末な金属鎧や帯革の鎧に身を包んだ男たちが10人ほど集まってくる。どの者も装備品からしてそれほど熟練度のある冒険者には見えない。どう見ても駆け出し、だ。
いつも短気なセイラが、珍しく笑顔ですみませんでしたーと頭を下げると、男の輪の中から抜け出そうとした。しかし、その先に別の男が回り込む。
「ひひひ、そんだけとはつれねーじゃねえか」
セイラが眉をひそめる。同時に男たちは、三人を取り囲むように動き出した。
香澄がアンネリーゼを庇うように前に出る。
「俺、ピンクの髪の子、好みだなー」
「俺は黒髪がいい」
「銀髪は俺に回してくれよ」
「お前、ロリコンだったんかよ」
セイラの肩がわなわな震える。
「なあ、お嬢鵜さん達。俺たちは冒険者ギルド、ブラックソードだ。どうだ、俺たちと一杯やらないか?」
リーダー各らしい髭面の大男が大きな声で名乗りを上げる。
「すみません、あたし達先を急いでるので」
香澄が申し分けなさそうな声音で言うと、アンネリーゼの手を取り男達の輪から抜け出そうとした。しかしその先に男が立ちふさがる。
「俺たち、今日はゴブリンとコボルド、10匹は仕留めたぜ。その話してやるからよ。ついてこいよ」
男は粗野な笑みを浮かべると、セイラの肩に手を回した。
路地に乾いた音が響く。
セイラが男の腕を盛大に払いのけたのだ。
「お、お前ぇぇ」
よっぽど強く叩いたのか、男の手が赤くなっていた。
それを皮切りに、三人を取り押さえようと男たちの腕が伸びる。セイラと香澄はアンネリーゼを守るように男たちの囲みを突破し、駆けだす。しかし、狭い通りに比して相手の人数が多すぎる。香澄たちは壁際に押しやられ再び包囲されてしまった。
「へへへ、逃げんなよ。傷つくじゃねーか」
男の一人がナイフを抜く。それに触発されたのか、数人が見せびらかすように剣や斧を取り出した。
よくいるのだ。
鎧や武器を装備した瞬間、自分が強くなったと勘違いする輩が。
アンネリーゼはため息をつく。
こういった輩が多いのも近年王国を悩ませている問題の一つだ。
剣を見せ付けるように近づいて来る男。香澄が、腰を落として刀に手を掛ける。
男が香澄の間合いに張る。瞬間、ひゅんっという風切り音。続いて男の剣が石畳に転がる金属音が響く。
アンネリーゼには何が起こったんのかわからなかったが、どうやら香澄が男の剣を弾き飛ばしたらしい。いつの間にか香澄の手に抜身の刀が握られたいた。
香澄の抜刀に合わせて、セイラが前に進み出ると、腰に手を当てて仁王立ちになった。
「あたしは紅獅子騎士団のセイラ・ブローニングだ。あんたたちの行為はリーズベル王国規定に反している。騎士団本部に連行するから、おとなしく武器を捨てなさい!」
一瞬の静寂。
しかし次の瞬間に巻き起こったのは武器を捨てる音ではなく大爆笑だった。
「このお嬢さん、騎士だとよ」
「すげえ。うける!」
下卑た笑い声が響く。
しかし無造作に近づいた男を、セイラがひざ裏を蹴り飛ばし腕を捻りあげて制圧すると、笑い声は怒声に変わった。
武器を振りかざすものは、香澄がことごとく弾き飛ばす。その剣筋は見えない。素手で掴みかかってくる男は、セイラが小さい体で器用に投げ飛ばしていた。こうなってはもう何が何だかわからない乱戦だ。
アンネリーゼはじりじり下がりながら、男たちの向こうにこちらを伺う野次馬達が集まっているのに気が付いた。
そして、そちらに向かって精一杯の大声を出す。
「きゃー、助けてー」
自分でもびっくりする甲高い声だ。思わずぎょっとして、香澄とセイラが振り返る。
しかし効果はてき面だった。
人だかりの中から、全身鎧の巨漢、長弓を背負った金髪の女、長剣と革鎧の男、魔術師風の少女が駆け寄ってきた。
もともと数がなければ香澄やセイラの敵ではない。四人加勢が加わったことで、男たちはことごとく蹴散らされ、散り散りに逃げ出した。
最後まで残っていたリーダー格を頭突きで沈めた全身鎧の男は、「口ほどにもない」と吐き捨てながら、こちらにやってきた。
「大丈夫ですかな、お嬢さん方」
本人は爽やかに微笑んでいるつもりだろうが、どこか暑苦しい。
「いや、助かった。ありがとう」
普段の口調でアンネリーゼが頭を下げる。
「まったく、冒険者の風上にも置けん奴らだ。しかし君、どこかで見かけたか…」
全身鎧が顎に手をやりながら呟く。
アンネリーゼは咄嗟に顔を背ける。ここで王女だとばれれば、また話がややこしくなりかねない。
「アンネ、大丈夫?」
しかしタイミング悪くアンネリーゼの名前を呼びながら香澄が戻ってきた。白いワンピースと黒い手甲、刀の取り合わせが異質すぎて、全身鎧の男も一瞬ぎょっとする。
香澄も男を見て目を丸くした。
「あっ、マクシミリアさん!」
「ん、どこかで会ったか?」
男は首を傾げるが、男の後ろから現れた金髪の弓使いは香澄を見て笑顔を浮かべる。
「あら、ウルサズの騎士様じゃない。こんなところで奇遇。今日は私服なのね」
「ウルサズ…、ああ、お前、もしかしてグリフォンの時のサムライガールか!そんななりでは気が付かんかったぞ」
ん?マクシミリア?
どこかで聞き覚えのある名に、アンネリーゼは首を傾げる。
「アンネ、こちらは冒険者ギルド、ウォーカルテッドのダンさんとエリーさんだよ」
巨漢の男と金髪の女性が、改めて笑顔を受べ手を差し出してくる。その手を握り返しながら、アンネリーゼは記憶の糸を手繰っていた。
ダン、エリー、ウォーカルテッド…。
あっ!
「アンネリーゼ王女殿下!」
「結婚式典の、新郎新婦!」
エリーとアンネリーゼが叫んだのは同時だった。香澄とダンが、ハテナを浮かべて顔を見合わせる。
ウォーカルテッドの面々と彼らの行きつけの酒場で食事を共にした後、三人はアンネリーゼを送るために宮殿に向かった。
時刻はだいぶ遅くなった。さすがに観光客の姿も減り、街角は束の間の静寂に包まれていた。ガス灯の明かりが、人のいない街路を等間隔で照らしていた。
「でも、式典が結婚式だったなんてねー」
香澄が伸びをしながら呑気に呟いた。刀がかちゃりと鳴る。
「招集命令書にちゃんと書いてあっただろー。見てないあんたが悪いっつーの」
セイラは口を尖らせる。
「ははは。しかし新郎新婦とカスミが知り合いだったとはね」
二人に並びながらアンネリーゼも呟く。
「でも素敵なお話だったよね、ダンさんとエリーさんお出会い。アルフェネアならではって感じで」
香澄が遠くを見て言う。
酒場で聞いたダンとエリーの出会いは、彼らが十代前半で初めてアルフェネアを訪れた時に遡る。
長剣の彼と魔法使いの少女、それにダンは、冒険者希望者たちのライセンス講習会で出会ったそうだ。普通、あらかじめ仲間が決まっていない新米冒険者たちは、その場に居合わせたメンバーで即席のパーティーを組むのが通例だった。三人組のパーティーもその例にもれずにその場で結成されたのだ。
彼らの最初の任務は、初級ダンジョンでゴブリンの群れを掃討すること。それを無事に達成した一行が意気揚々と帰還していた道すがら一行は辻馬車がオーガに襲われてる場面に遭遇した。オーガはゴブリンやコボルドなんかより強い。その日結成したばかりのパーティーは、半壊滅しながらもなんとか勢いでオーガ討伐に成功した。その時その馬車に乗っていたのが、エリーだったのだ。
パーティーと意気投合したエリーも早速冒険者となり、現在まで続くウォーカルテッドが結成された。四人はそれぞれ国籍も違ったが、それ以来連絡を取り合い、休暇を合わせてはアルフェネア訪れ冒険を繰り返してきたのだ。その中で育まれた絆が、ダンとエリーを結びつけていったそうだ。
そんな話を誇らしげに大声で語るダンと、恥ずかしそうに頬を染めるエリーが対照的だったが、どこか二人が通じ合っているという雰囲気を漂わせているのが分かれば、アンネリーゼも1人の女性として羨ましく感じられた。
「でも、アルフェネアって結婚式もできるんだねー」
「大自然の中で!とか、クラシカルな教会で!とか、結構人気があるみたいよ」
香澄の感想に、セイラが反応する。
「確かに市井では結婚式は珍しい事ではない。しかし今回は騎士団を動員しての規模だ。なかなかあるものではないぞ」
「どうしてダンさん達が特別なの?」
アンネリーゼの解説に香澄が首を傾げる。
「ふむ、そうだな。ダン達ウォーカルテッドは長くに渡って王国陣営で活動している上に、過去、帝国との戦では第一等戦勲を三度も受賞している。リーズベルが彼らの祝いに一肌脱いでも誰も文句などつけようもない活躍だよ」
香澄はへぇーと興味深げに聞いていた。セイラはどうでもいいという風に頭の後ろで歩いていた。
「ダンさん達、アンネが式でスピーチしてくれるって喜んでたね」
「ああ、そうだね…」
「やっぱり、抵抗あるの…?」
アンネリーゼは、自分でも声が沈むのがわかった。
彼らの幸せそうな笑顔。
アルフェネアで生まれたものとして、アンネリーゼという王女として、心からの祝福を送りたい。その気持ちに偽りはない。
しかし。
世界中が注目する場で、公に王女として言葉を発するということの意味。
それがずしりと肩の上にのしかかる。
「この街で暮らす人々の笑顔。アルフェネアに、リーズベルに訪れる人々の夢や希望。そしてダンやエリー達が紡ぐ幸せ。そのかけがえのないもの達を守っていける力が、私にあるようには思えない。ダン達の結婚式で私が王女として言葉をかけるとは、そんな立場を肯定する事だ。私はその責任を…恐れている」
昨日と同じように、自分の口から溢れ出す弱音をアンネリーゼはどこか人事のように聞いていた。
付き合いはごく短くても、この友人達になら聞かれても構わないという諦めと、こんな後ろ向きな王女では嫌われてしまうだろうなという自虐心が、黒いもやもやとなって胸の奥に沈んでいく。
「ところで、王女ってさー」
少し前を歩いていたセイラが唐突に口を開いた。初めは王女殿下とカチコチだったセイラだが、いつの間にかアンネリーゼにも砕けた口調になっていた。そのフランクさが、今のアンネリーゼにはありがたい。
「王女様って何でもできんの?」
「ん、どういう意味だ?」
突然の質問内容にアンネリーゼは聞き返してしまう。
「例えば気に入らないアクターを首にしたり、奴隷使って退廃的かつ享楽的な毎日を送ったり…」
「退廃的って…」
香澄が困ったように呟く。
「馬鹿を言うな。王でさえただの管理職だ。王女にそんな権力などあるものか」
アンネリーゼは少し腹立たしげに言う。間違っても自分や父王はそのような暴君ではない。
「ふーん、そりゃそっか。でもね」セイラは半分だけ振り返ってアンネリーゼを見た。「事情はよくわかんねーけど、殿下がさっき言ったことって、王女様って何でもかんでも自分でできなきゃいけないってことでしょ?」
「え?」
アンネリーゼはセイラの言葉の意味が分からなく、きょとんとする。
「そんなの、無理でしょ。そんな力、王女様にはないんでしょ?」
香澄がはっとした様に、セイラの頭をぽんぽんと叩く。
「すごいよ、セイラちゃん。その通りだよ。アンネ、その通りだよね?っ、あれ、痛い、なんで蹴るの、セイラちゃん!」
頭をぽんぽん叩かれたセイラが、無言で香澄を蹴りつける。
「カスミ、あんた失礼なの!この中で一番年上なのア、タ、シ!尊敬しろ。敬え!」
セイラはふんっと顔をそむけると、すたすたと歩きだした。
アンネリーゼ達も慌ててついていく。
「アンネ、なんでも、全部自分で背負おうとするから難しいんだよ。王女様でも騎士でも一人ができることなんて、ちょっとしかないんだよ。だったら、自分のできることを少しずつできればいいんじゃないのか?」
「自分にできること?」
「そう」
香澄は真っ直ぐにアンネリーゼの瞳を見つめてくる。夜の様に透き通った黒が、アンネリーゼを捕えて離さない。
「自分にできること、自分にできるかもしれないこと。それをしない、って言うことは、とってももったいないことなんじゃないかな」
「でも…失敗するかもしれない。みんなの好きなリーズベルを辱めてしまうかもしれない…」
また弱気の塊が、体の底を蠢く。
「うん。そうかもしれないね。でも、その時はあたしやセイラちゃんやレティシアさんや王様や騎士達や街の人たちなんか、皆が協力してくれるよ。アンネ独りで背負う事なんかできないもの。みんなで少しづつ分けて背負っていけばいいんだよ。それでも…」
「それでも…?」
「それでも失敗したら、きっと誰かが叱ってくれる。あんなにみんなに好かれてる王女様なんだもん。だから」香澄は、笑顔を浮かべてぱちりとウインクした。「やってみればいいよ。とりあえず。やってみよう。今アンネにできること。したいって思ったこと」
私がしたいと思ったこと。
私が今できること。
その言葉が、胸の奥にすっと溶けて行って、奥底に蟠った黒いものを塗りつぶしていくような気がした。香澄の顔を見ていると、一歩を踏み出すことが何だかとても簡単な事の様に思えた。
できるのかもしれない。
その淡い希望が、体の先から全身を温めていく感覚が広がっていく。
「あんた…」いつの間にか二人に歩を合わせていたセイラが、半眼で香澄を見上げていた。「なんかとてつもなく良いこと言っている様で、ただやってみろって背中押してるだけじゃない」
「えー、そんなー」
「そんな簡単に片付くなら、世の中平和なよ。ねぇ、殿下」
「あたしはただアンネに元気出してほしくて、ダンさん達の結婚式も成功して欲しくて…」
言い合いをしながら歩いてく二人の背中を一歩下がった場所からついていく。
何故だかわからない。
何故だかわからないけれど。
少し涙が零れそうになってアンネリーゼは夜空を見上げた。
王都の夜が静かに漂っていた。
ロイヤル・ブライド編は次回完結となってしまいました。
次は短めに終わる予定です(あくまでも予定です)
ご一読いただいた方に感謝を。
こんな作品ですが、またお読みいただければ幸いです。