表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

第3話 ロイヤル・ブライド(1)

  新キャラ続々となりました。名前を考えるのが難しいですね。

 こんな物語でもおつきあいいただければ幸いです。

 少し曇りがちな一日。ジュリアと一緒に宿舎で昼食を取っていると、ジェガンが食堂に入ってきた。

 隊長は食堂のおばちゃんにランチセットを頼むと、どかりと香澄のとなりに腰掛けた。

「お疲れ様です」

「お疲れでーす」

 香澄とジュリアが挨拶すると、ジェガンは手を挙げて軽く応えた。

「町内警戒はどうだ?」

 ジェガンが無精髭の顎をなでつけながら訊いてくる。

「特に異常はありません」

「やっぱ夏に向けて人が増えて来ましたねー」

「ふん、そうか。何も無きゃいいがな。ところでカスミ」

「はい、何でしょうか」

 香澄が首を傾げる。

「お前な、明日王都に向かえ。騎士団統括からの招集だ」

「明日、ですか?」

 香澄はきょとんと聞き返しす。

「はい、隊長!私も行ってもいいんですか?」

 ジュリアが元気よく手を挙げる。

「残念ながら香澄だけだ。今回は各騎士団、各分遣隊から若い女性が選抜されるそうだ」

 隊長、その言い方はマズいのではと思った瞬間、机ががしゃんと叩かれた。

「私、まだ、20代なんですけど…」

 ジュリアの赤毛が燃えている様だ。その迫力に押されてジェガンが目を逸らす。

「し、知らんぞ。今回はレティからの勅令だからな」

 ジェガンはごにょごにょと答える。

 香澄は取り敢えず静かにしている事にした。障らなぬ神に祟りなし、だ。

 ジェガンから渡された命令書を開いてみる。和紙の様な上等な紙に、流れるような文字が躍っている。最後に大きなサイン、読めないが…。件の祭典は5日後。準備の為に、明日中には王都のリズべリア宮まで集合の事とあった。


 王都か。

 

 リーズベル王国の都ハイウィンベルは、騎士任命式典で訪れて以来だ。あの時は、任命式典の後、王都の目抜き通りを行進し、そのまま任地に向かっただけだった。詳しく街の中を見物している余裕はなかったのだった。

 そんな王都に一人旅。

 緊張と期待で胸がドキドキしてしまう。今日は早めに上がって、旅の準備をしなければ。

 何やらごちゃごちゃ痴話喧嘩めいた不毛なやり取りをよそに、香澄は胸の中で未知の旅への期待に胸ふくらませていた。

 こうして、やや不機嫌なジュリアを残し、香澄は王都へと旅立ったのである。


 ウルサズから王都までは馬なら一日ほどの距離だ。街道筋はあまり起伏が無く、下草の短い草原がどこまでも広がっていた。

 晴天ならどれほど気持ちが良いだろうか。しかし天気はここ最近変わりなしの曇天。行き交う馬車や人も少なく、どちらかと言うと寂しい雰囲気だった。雨が落ちてこないだけまし、と思わなければいけない。

 早朝にウルサズを出発してから、もうそろそろお昼という時間帯。街道脇に数本の木立が並ぶポイントを見つけ、その下でお昼にすることにした。

 馬を繋ぎ、荷物を下した居ると、遠くから甲高い鳴き声らしきものが聞こえた。

 手を止めて辺りの気配を探る。

 

 遠くで雷でも鳴っているのかな。


 そう思い始めた瞬間、再び奇妙な鳴き声が聞こえた。

 香澄は刀に手を掛け、木立の裏の丘に駆けあがった。

 丘の反対側、窪地を超えた向こうから、4人の人影が走っていくる。

 革鎧に長剣の者、全身鎧に長大なハルバードの者の男性が二人と、弓を携えた狩人風の女性、魔術師風の軽装備と杖を携えた女性の四人だ。いずれも装備に統一性はなく、冒険者風の姿だった。

 四人は後ろを伺いながら一生懸命こちらに向かって走っていた。

 その後を追うように、丘から突然巨大な影が躍り出す。

「グリフォン!」

 姿を現したのは、鷲の上半身に獅子の下体を繋げた有翼の獣だ。

 グリフォンは鷲の声で甲高い鳴き声を上げると、ふわりと浮遊し、こちらに逃げてくる四人の背中に襲い掛かった。

 最早逃げられないと悟ったのか、全身鎧の男が号令をかけると、四人は振り返って武器を構えた。女性二人の後衛組を守るように、男性二人が前に出る。

 空中から急降下してくるグリフォンに向かって、弓使いが矢を放ち魔術師が杖の先から火球をを打ち出す。狙いは違わず、それぞれ左右の羽に直撃し、片方の羽を燃え上がらせながら、グリフォンが落下した。離れた香澄のところまで、地響きが聞こえた。

 落下の衝撃で立ち上がれないでいるグリフォンに、接近戦武器を持った男達が襲い掛かる。それぞれ羽を狙い、武器を振り下ろす。しかし巨大なグリフォンもやられるがままにはならない。首と羽を振り回し、男たちを吹き飛ばすと、立ち上がり怒りの咆哮を上げた。

 鎧の男達は地面に体を打ち付けられ、動けない様だった。壁役の前衛がいなくなった弓使いと魔術師。魔術師が再び火球を打ち出すが、その炎はグリフォンに容易くふり払われてしまう。弓使いの女性が、魔術師を守るようにショートソードを抜き放つと前に立った。

「いけない!」

 香澄は勢いよく丘を駆け下りる。

 何とか立ち上がった長剣の男が横合いからグリフォンに仕掛けるが、ダメージを負っているのか、攻撃に勢いが足りない。その一撃は容易く前足の一振りで打ち払われてしまう。

 ショートソードの女性も嘴の攻撃を二度三度と捌いているが、さすがに旗色が悪い。魔術師が再び火球を放ち、その隙に間合いを取るが細い肩は乱れた息で大きく揺れていた。

 その二人の間を、黒い疾風となって香澄が走り抜ける。

 鞘走りから高速の一撃でグリフォンの嘴を弾き飛ばし、返す刀でそのがら空きになったのど元を斬りつける。グリフォンが悲鳴を上げてたたらを踏んだ。

 香澄は一旦飛び退き、弓使いと魔術師に並んだ。

「黒狼騎士団ウルサズ分遣隊の保科香澄です。突然ですが、援護させていただきます」

 弓使いと魔法使いは驚いたように顔を見合わせた。

「冒険者ギルド、ウォーカルテッドです。すみません、助かります」

 長い金髪を首筋でまとめた弓使いの女性が応えた。全身鎧と長剣使いも体制を直し、左右からグリフォンににじり寄る。

 前方は香澄が受け持ち、三面からの同時攻撃。さすがの巨躯も、三方向には同時対応できない。グリフォンの耐久値がどんどん削られていく。しかし、味方が圧倒的優勢というわけではない。

 全身鎧はいくらか攻撃を受けているが、その防御力で何とか持ちこたえていた。長剣使いは耐久値が心もとなく、あまり踏み込んだ攻撃ができない。香澄も前足と嘴の攻撃で徐々にダメージが蓄積していく。弓と魔法の援護が飛ぶが、ともに決定打には欠けた。

 しかし均衡は崩れる時が来た。

 根気よく頭部を集中攻撃していた弓と魔法が、ついにグリフォンからダウンを奪う。

 巨体が轟音を上げて崩れ落ちた。その隙に、香澄を含めた前衛組が全力攻撃に入り、ついにグリフォンの耐久値が尽きた。

 ゆらゆらと揺れていた尾が、力なく地面に横たわった。

「ふぅ、やっと終わりか」

 全身鎧が、兜をむしり取るように外すと、どかっと座り込んだ。長剣の男も、その場に仰向けで倒れこんだ。

 香澄は刀を振り、きっと納刀する。

「援護を感謝します、騎士さま」

 金髪の弓使いが近づいて来た。背の高い女性だ。綺麗な顔に、赤い眼鏡をかけ、柔和な笑顔を浮かべていた。その後ろで疲労困憊したように魔法使いの少女が座り込んでいた。

「いえ、たまたま通りかかってよかったです」

「この辺じゃ見かけない騎士様だな。ウルサズから来たって?」

 全身鎧の男が立ち上がり、近付いて来た。こちらも背が高い。浅黒い肌に、短く刈りこんだ茶色の髪、筋骨隆々の体躯だ。男は弓使いの隣まで来ると、自然とその手を絡める。

「俺はウォーカルテッドのリーダー、ダン・マクシミリアだ。こっちがエリー・ハミルトン。さっきは助かった」

「冒険者というとビジターの方々ですか?」

 基本的に冒険者という職業は、戦闘講習などを受け武器装備を許可されたビジターがなるものだ。アルフェネアには様々なクエストや、ダンジョンが設置されている。それらを自由に攻略する、というのもアルフェネアの楽しみ方の一つだ。彼らも冒険者ギルドという事はそうしたチームの一つなのだろう。

「そうだが、俺たちを知らないってのは、騎士のお嬢さん、もぐりだな」

 ダンが得意そうに親指で自分を指す。

「俺たちウォーカルテッドは帝国との戦争で天騎士様と轡を並べたこともあるリーズベル王国所属、精鋭、冒険者ギルドなんだぜ」

「はぁ」

 ダンの隣でエリーがごめんねという様にウインクしている。

「しかし俺たちが手こずるグリフォン相手に見事な攻撃だった。日本人の様だが、サムライという奴か。ふむ、素晴らしいな。ぜひ一度、手合せをお願い致したい」

「ダン、騎士様を困らせるものではないわ。私達も先っきのダンジョン攻略に戻らないといけないでしょ。時間がないわ、私達の最後の冒険なんだもの…」

 絶妙な間合いで、エリーが助け船を出してくれた。

 最後の…?

「ほら、みんな、ダンジョンに戻りましょう」

「了解」

「はーい」

 エリーが手を叩いて仲間を起こす。

「ふむ、ではしょうがないな。では、じゃあな、騎士のお嬢さん。また出会ったら是非手合せしてくれ」

「ご助力ありがとうございました、騎士様」

 それぞれ対照的な挨拶をし、ウォーカルテッドの面々が去って行った。

 人はいなくなったのを見計らったように、香澄のお腹が鳴る。

 そういえばまだお昼を食べていなかった。

 香澄はため息をついて、小走りで馬のもとに戻って行った。



日が傾く頃になると、緩やかな下り坂の先に、豊かな水量を湛えるルシェンバー湖が姿を現した。朱に染まり始めた陽光が、湖面に反射してきらきらと輝いていた。街道はそんな湖岸を回り込むように進み、その先の王都ハイウィンベルへと続いていく風景は、一枚の絵のように絶妙な景観を作り出していた。

 ハイウィンベルの別名は、水と丘の都。

 湖岸まで迫り出した丘の上に王城がそびえ立ち、丘の麓から湖畔に沿うように石造りと赤屋根が連なる旧市街地が広がる。そして市街区は陸上部だけでなく、湖上にも大規模に進出していた。街中を湖水が運河として縦横無尽に流れるその一帯は新市街と呼ばれ、風光明媚な景観が多くの観光客達の人気を呼んでいた。実際にモンスターが闊歩する外の世界を旅する事まではしなくても、この美しい街並みと湖の街でバカンスを楽しむ、という目的でアルフェネアを訪れる人々は多い。

 さすが王国観光の中心地、街が近づいて来るに連れて、人通りも大分多くなる。

 並木が並ぶ整備された遊歩道を眺めながらも王都正門にたどり着いた時には、辺りに人が溢れ返っていた。チェニックやローブ、鎧姿のアクター達と、Tシャツにジーンズ、カメラを携えたビジター達が入り乱れる光景は、異種文化が交じり合うような一種異様な熱気を作り出していた。

 香澄は、王都を守る二重の城壁のうち、最外延を守る城門を潜ると、その脇にある公共厩舎に馬を繋ぐ。内壁内側は、基本的に公共の乗合馬車や一部特別階級にあるもの以外の騎乗は認められていないのだ。

 人々の波に流されるように、城門をくぐる。

「うぁぁ…」

 思わず感嘆のため息が漏れる。

 日が傾き始めた王都の街並みには、色とりどりの光が灯り始めていた。

 城門から続く目抜き通りは、馬車が横に四台すれ違っても余裕があるほど広い。道は様々な模様を描くように敷き詰められた石畳で綺麗に舗装され、突き当りに微かに見える大教会まで真っ直ぐに続いていた。その広い道端を埋めるように、ぎっしりと様々な露店や商店が煌びやかな商品を所狭しと広げていた。それを見ながら歩くビジター達、声を上げて客を呼び込むアクター達。そんな人たちを避けるように、豪華な装飾を施された乗合馬車が、引っ切り無しに行き来していた。

「ちょっと、そこの」

 ウルサズの朝市もなかなかの賑わいを見せるが、比べるのも恥ずかしいほどの賑わいだ。あまりにも凄い人いきれに、くらくらしてしまいそうだ。

「そこの黒犬、聞いてんの?」

 でもいろいろ見て回りたいという気持ちがもくもく湧き上がる。例えばそこの露店から漂ってくる香ばしい匂いはなんなのだろう。あそこのビジター達が持っているクレープみたいなのは何だろう。そういえば、ジュリア達に何か土産を買って帰らなければ。なんか機嫌悪かったし…。

「ちょっと、あんたよ、黒犬!」

 不意に、クイッと外套が引っ張られる。

 慌てて振り返ると、真紅の鎧に身を包んだ背の低い少女が眉を吊り上げてこちらをにらんでいた。

 香澄も背が高い方ではないが、彼女は香澄の鼻あたりまでの身長しかない。綺麗に結い上げられた銀髪の髪は輝くように綺麗だった。小さな顔に吊り上りめの目は青色で、勝気そうな光を湛えてこちらを見上げていた。

 一瞬学生さんかと思うが、彼女が身に着けているのは真紅に染められた鎧。その胸に刻まれているのは、獅子の紋章だった。即ち、紅獅子騎士団の紋章だ。

「えっと、お疲れ様です」

 香澄は取り上げず敬礼する。

 紅獅子の少女は不審そうに香澄を睨みつける。

「はぁ、これだから黒犬は田舎者なのよね」

 少女が呟く。

「はい?」

「まだわかんないの?あんた邪魔なのよ。往来でぽけっと立ち止まらないの。皆様の迷惑になってるってーの」

 少女はそのまま香澄の外套を引っ張って道脇まで連れて行く。

「あんたもアクターなら、ましてや騎士の端くれなら誇りを持ちなさい!おのぼりさんみたいにぽかんと口なんか開けてない!」

「…はあ」

 腰に手を当て(背伸びしているように見えるが)機関銃のようにまくし立てる彼女の迫力に押されて、香澄は思わず後ずさる。その逃げ腰の態度が気に入らなかったのか、彼女はさらに鋭い目つきで睨みつけてくる。

 香澄が身構えたのもつかの間、しかし紅獅子の少女は、ふっと大きく息を吐いた。

「もういいわ。疲れた。今日は何人もあんたみたいなの相手にしてるんだから。あんたもどうせ式典招集組でしょ?」

「そうですが…」

「なら、そこの横通を入って二番目を右。そこの安宿が黒犬の待機場所だから」

 彼女は話は終わりとばかりに、くるりときびすを返すと、他の紅獅子騎士達が待機している場所に戻ろうとした。

 しかし香澄はふと疑問が浮かび、彼女を呼び止めた。

「すみません、集合場所なんですが…」

「何、まだなんかあんの?」

 彼女が胡乱な視線を向けてくる。

「すみません、あたしがもらった指示書だと、直接リズべリア宮まで来るようにとあるんですが…」

「な、そんなわけ無いわよ!黒犬があたし達も入れないリズべリア宮にほいほいと入れるわけないじゃない!」

 彼女は腰に手を当て、がーっとまくし立てる。

 基本的き王国の騎士団は3種類存在する。

 王国領内の各町に駐屯し、有事の際には機動遊軍として活動する黒狼騎士団。兵員数は王国主力にして、王都とその周辺地を守護する紅獅子騎士団。そして、天騎士が直接指揮し、王城と国王を守護する近衛たる銀竜騎士団である。それぞれの守護地域は明確化されていて、地方勤務の黒狼騎士はめったに王都に来ないし、王都に常駐する紅獅子騎士も、銀竜騎士の守護地である王城には立ち入れない。

「でも命令書に…」香澄はごそごそと荷物から書類を取り出した。「そう書いてありますよ」

 彼女は差し出された書面を怪しげな眼で見ていたが、最期のサインを見てコロッと表情を変えた。

「ちょっと、あんた、こっち来なさい!」

 再び香澄は外套を引っ張られる。

 連れて行かれたのは、城門近くの警備詰所だった。五人ほどの紅獅子騎士が詰めていた。

「隊長、ダーウィル隊長!」

「なんだ、騒がしいなセイラ」

 セイラと呼ばれた紅獅子騎士の少女に呼ばれ、奥からがっしりした体つきの壮年の騎士が現れた。その鎧の襟元には、ジェガンと同じ部隊長章が輝いている。こうしたデザインは各騎士団の共通装備だ。

 香澄はさっと敬礼する。セイラもそれに習うように慌てたように敬礼した。

「なんだ、黒狼騎士か。式典参加者だろう。集合場所を案内してやれ」

「そ、それがですね、この黒犬娘、こんなのを持ってるんですよ!」

 セイラは香澄を命令書を手渡した。

「こら、セイラ。黒犬などと失礼な物言いはするな。紅獅子の品性を疑われる。で、この命令書が…」ダーウィルはどこからか取り出した眼鏡をかけて書面をに目を落とし、表情を固まらせた。「このサインは!レティシア様の!」

「隊長、偽物ですよねー。こんな黒犬がレティシア様の命令書持っているなんてー」

「馬鹿者!これは公印文章だぞ」

 香澄のわからないところで話が大きくなって行っている気がする…。目の前で赤い鎧をまとった大男と小柄な女の子が何事がひそひそと言い合っていた。置いて行かれた感があった香澄は、しばらくぽかんと待っていたが暇なので往来に目を向けてみた。

 日はだいぶ傾いて来ていたが、人々の往来は途切れない。むしろこれからが本番だといわんばかりの熱気だ。

「保科香澄、か」

 ダーウィルに声を掛けられて、振り向くとセイラがぶすっと膨れた表情でこちらを睨みつけていた。

「任官はいつだ?」

「はい、今年の4月です」

「ならセイラと同期じゃないか。セイラ、保科をリズべリア宮まで案内しろ。黒狼では王都は不慣れだろう」

「隊長!なんであたしが…!」

「これを機に同期の交流でも深めておけ。これは隊長命だぞ」

 ダーウィンはセイラの背中をどんっと叩く。その腕力にセイラは痛そうに顔を顰めた。

 可愛らしい顔が台無しだ。


 偶然出会った同期の紅獅子騎士の少女は、セイラ・ブローニングと名乗った。歳は19歳。香澄より年上だ。身長は大分と低いが…。しかしその点については重大な地雷のような気がしたので、決して口にはすまいと香澄は心に決めていた。

 そのセイラは、今王都内巡回の乗合馬車な中で、香澄の向かいに座っていた。先ほどまで乗り合わせたビジターに対しては、天使の様な可憐な笑顔を向けていたが、香澄と二人きりになったとたん、頬を膨らませて不機嫌モードに突入だ。車窓を流れていく色とりどりの夜景をじっと見ていた。

「でもセイラちゃん、すごいね。ビジターさん達に一緒に写真撮ってあげたり、王都の説明できたり」

 その横顔に香澄は恐る恐る声を掛けた。

「ふん、当たり前じゃない。あたし達騎士はアルフェネアを訪れるビジター様方の案内役なのよ。これくらい出来て当たり前よ」

 セイラは得意げに腕を組む。見ていて表情がコロコロ変わって面白い。

「すいごいねー。ウルサズなんてたまにしかビジターさん来ないし、アクターのおじいちゃんおばあちゃんと話してる方が多いのになぁ」

「あーあ、かわいそうね、田舎者は。あたし、紅獅子でよかったわ。それより…」セイラが身を乗り出してその小さな顔をぐっと近づけてくる。「あんた、レティシア様とお会いしたことあるの?」

 あの空中庭園で舞い降りてくる銀の竜。舞い上がる美しい金髪。

「ええ、少しだけで、ちょっと前に、かな」

「何々、どうゆうことよ。あたし達みたいな…あんたみたいな新人がどうして天騎士さまと会えるのよ。その何とかって田舎で!」

「えっと、そそれは…」

 興味津々の瞳に気圧されて、香澄は少し前に体験した初仕事について語る。

 アルジェルの事、グランドドラゴンの事、空中庭園の事。

 聞き終わったセイラは、唇をぎゅっと結んで、視線を外した。

「田舎には田舎の仕事がある、のね」セイラはなぜが悔しそうに呟くと、上目づかいで香澄を睨む。「カスミ、あんた、あたしと勝負しなさい。決闘よ。レティシア様に見初められたその腕、あたしが負かしてあげるわ」

「え…」

「どうせ式典訓練期間中は、王都に逗留するんだし、時間はあるわ。あたしは紅獅子騎士団第二宿舎にいる。相手してあげるから、かかってきなさいよ」

「え、えええ…」

 一方的に再開に約束を取り付けると、セイラは満足そうにどかっと座席に座り込んだ。

 王都に到着して数時間、早くも友達ができた、と言えるのだろうか、この状況は。

 香澄は苦笑いを浮かべながらも、そういうことにしておこうと胸の中で呟いた。


 馬車は長い坂を登り、丘の上にその姿を誇るリズべリア宮前の広場に停車した。

 既に完全に日は落ちていたが、ガス灯とかがり火によって、白亜の宮殿は煌々とライトアップされていた。

 リズべリア宮は丘の峰沿いに細長い敷地を有していた。

 正門から繋がる正門庭園、美術館、迎賓館などは一般公開されていて日が落ちた後も観光客の姿で溢れていた。その奥に内門があり、そこからは関係者以外立ち入り禁止となってた。内宮と呼ばれるそこには、王国の運営を司る行政府、銀竜騎士団本部、そして王国最高責任者が実際に住んでいる宮殿が存在する。

 その内門の前まで来ると、煌びやかな銀の甲冑に身を包んだ近衛騎士たちが歩哨に立っていた。

 香澄とセイラは敬礼し、レティシアの命令書を提示した。

 二人はそのまま近衛騎士に案内され、左手奥にある銀竜騎士団本部に通された。

 見上げるような塔を持つ5階建ての石造りの建物には、ドラゴンを意匠化した銀と紅と黒の三色旗が掲げられていた。これこそ天旗、天騎士がそこに居る証拠である。

 その旗をうっとりとした目で見上げていたセイラに、香澄は小声で話しかけた。

「セイラちゃん、ここまで来れば、もう案内大丈夫だよ。仕事中にごめんね」

「いいえ、最期まで面倒見てあげるわ。隊長の命令だしね。」

 それにもしかしたらレティシア様に会えるかもしれないしね、という呟きが聞こえたが、そこは取り合えず苦笑いを返しておく。

 二人はエントランスホールを通り過ぎ、騎士団本部の中庭の様な場所に通された。石柱が並ぶ回廊がぐるりと周囲を取り囲み、中央が芝生の小さな広場になっていた。庭の四隅の高いところに大きなランタンがぶら下がっており、昼間の様に明るかった。

 ここで待つように告げ、案内してくれた騎士は去っていく。中には香澄とセイラだけが残された。

「セイラちゃんは、そんなにレティシアさんに憧れているんだね」

 少し声を潜めて香澄が問いかけると、セイラは当然というように胸を張った。

「騎士たる者、レティシア様に憧れないはずないでしょ。あたしの最大の目標だもの。美しくて、優雅で、尚且つその圧倒的な剣術の腕。非の打ちどころなんてないわ」

 セイラがうっとりと呟く。

「そうだねー。あの銀色の竜はすごかったなぁ。一回乗せてもらえないかなぁ。空飛べたら気持ちよ良さそうだよね」

 香澄が吹き抜けになっている中庭の空を見上げる。ランタンの明かりが明るすぎて、星空は見えなかった。

「あんたね、そんなの無理に…」

「構わないわよ。今度のせてあげましょうか」

 答えようとしたセイラの背後から、鈴の音の様な凛とした声が響いた。

 鏡の様に磨き上げられた銀の鎧を身にまとった天騎士レティシア・ルーエンハイトが姿を現した。

 瞬間、セイラが石の様に直立不動で固まる。

 香澄も慌てて敬礼すると、レティシアも優雅に答礼してくれた。

「お久しぶりね、ホシナ・カスミさん」

「あ、はい。その節は、アルジェがお世話になりました」

 頭を下げる香澄に、レティシアは微笑を返してくれる。

「急な呼び出しで申し訳ないわね。ジェガン隊長、おじ様は何かおしゃってたかしら?」

「いえ、特に言伝は預かっておりません」

「そう…」

 レティシアは不満そうに口を尖らせる。大人の女性然とした姿とその可愛らしい仕草のギャップがあり、香澄も思わず笑顔を浮かべた。

「おい。レティ、そろそろ私のことも紹介してくれないか」

 そんなレティシアの背後から、さらに声がかかった。

 建物の陰から中庭の光の中に現れたのは、艶やかなストロベリーブロンドをセミロングに整えた美しい少女だ。透き通るような白い肌、大きな深緑色の瞳。仕立ての良さそうな、しかし裾を絞って動きやすそうなフェミニンな衣装が少女の可憐さを引き立てていた。

「失礼しました、殿下」

 レティシアはが一礼する。

 殿下?殿下というのはどの殿下なのだろう。

 香澄は思わず首をかしげる。

 レティシアは悪戯っぽ笑みを浮かべる。

「カスミさん、こちらはリーズベル王国王女殿下、アンネリーゼ・リーズベル様よ」

 ぽかんと口をあける香澄に、王女は柔らかな声で、こんばんわ、と微笑みかけた。

  読んでくださってありがとうございました。

  第3話はあと一部か二部で完結予定です。

  頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ