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第1話 白い花(3)

嘘をつきました!

また完結させることができませんでした…。

分量が多くなったので、分割しました。

まだまだ書き馴れない、という事でしょうか…。

 翌日。

 木造三階立ての騎士団宿舎脇、テニスコート程の広さが取られた練兵場に、黒狼騎士団ウルサズ分遣隊一同とアルジェル、その母親が集まっていた。時刻は昼前。本日も快晴。微かに望む山々に薄い雲がかかっているが、気持ちのいい青空が広がっていた。

 南西からの微風、気温は現在18度。

 網膜ディスプレイに表示させたコンディションに満足して、香住はすっと大きく深呼吸した。

 死んだものを生き返らせる。

 果たしてそんなことが出来るのだろうか。いや、考えるまでもない。

 このアルフェネアのような広大な自然が息吹く大地を作り出し得る人の科学の力があったとしても、死 を克服する事は人間には出来ない。そして、してはいけない気がする。

 しかしアルジェルの悲しそうな、真剣な瞳を見ていると、この少女に、もしあるのなら、奇跡も与えてあげたいとも思ってしまう。

 そんなどっちつかずの釈然としないもやもやが、胸の奥でくすぶっているのが分かる。

 でも同時に、この花探しの旅にワクワク感を押さえられないという思いもあった。

 未知の場所。未知の存在。

 そんな物を求めて旅に出る。それこそまさに、小さい頃から憧れを抱いて来た物語の中の生活なのだから。

 見知らぬ男と話していたジェガンがこちらに近づいてくる。

「うーし、全員集合」

 騎士団一同とアルジェル親子が集まる。

「これからの活動方針を伝える。まず、アルジェル、例の花な、実在することが分かった」

「え、ホント…ですか?」

 ジェガンのあっさりとした口調に、一瞬あっけにとられたようにアルジェルが目を丸くする。

「ああ、知り合いにあたったんだが、その復活の花のクエストが実在したことも確認した。クエスト指定地はヴィランド高原北の山岳地帯だ。」

「なんとー。大陸の反対側とかじゃなくてよかったねー」

 ジュリアがアルジェルの頭をぽんぽん叩く。どうやらこの困った先輩は人の頭を触りたがる癖があるようだ。

「ここから一日半ってとこだ。よって俺、ジュリア、カスミの三人で騎乗して行く。嬢ちゃんはカスミの馬に乗せてもらえ。ボッシュ、レイドン、馬の準備を手伝ってくれ」

「了解!」

 男衆二人は、厩舎に向かっていく。

 ウルサズ分遣隊には、一応人数分の馬が用意されている。アルフェネアにはもちろん天然の馬も飼育されているが、騎士団に用意されているのはモンスターにも使用されている技術を利用した機械馬だ。外観は、もちろん自然の馬となんら違いはない。

「ジュリア、野営の準備はどうだ?」

「オケー、ボス。余裕を見て準備してあるよ」

「救急用品の類は?」

「抜かりなく。バッチリよ」

 ジェガンとジュリアがてきぱきと出発準備を進めていく。

 

 あー…なにをしたらいいのか、分からない…。


 外出用のマントの裾をいじりながら、香澄はおどおどと周りを見回す。

「あのー」

 何かしなくちゃいけないのに、何をしていいのかわからない。誰からも指示をもらえないが、黙って待機しているわけにもいかず…。

「あのー」

 ジェガンとジュリアに話しかけようとしても、なかなか口を挟むタイミングが見当たらない。

 意味もなく行ったり来たりしている香澄のもとに、とことこアルジェルがやって来た。

「カスミさん」

 アルジェルが香澄のマントを引っ張る。

「あ、アルジェちゃん、どうしたの」

「少し落ち着いてください。みなさんの準備できるの、一緒に待ってましょう」

 香澄ががっくりと肩を落とした。

「…はい」


 前方にジュリア、真ん中に香澄とアルジェル、殿にジェガンを据えて、黒狼騎士団ウルサズ分遣隊の隊列が進む。

 森の中の坂道を上り、片側に崖の迫る谷間の道を進む。谷のずっと底を流れていたはずの小川が、いつの間にか道のすぐ脇まで迫ってきていた。木々のざわめきに沢の軽やかな水音が混じり、谷を駆け上がって来る風がしんと冷たくなる。その周りを、町の近くとは違う、人の手の入っていない深い森と緑が幾重にも広がっている。緑と一口に言っても様々な色合いがあることに驚かされる。自然とは、なんと多様な色彩を生むのだろう。

 前に座るアルジェルよりも、香澄の方が興味津々に周囲を見回していた。

「こんな山奥がそんなに珍しいか、カスミ」

 馬首を並べながらジェガンが話しかけてくる。

「はい!凄いですね…」

 ぽかんと口を開けて頭上を見上げる香澄の姿を見て、アルジェルがくすくす笑う。

「カスミさん、かわいいですね」

「おっ、アルジェルちゃん、お目が高いね」前方からジュリアがスピードを緩めて、香澄の馬に並んだ。「なかなかのおすすめ物件ですよ、うちの新人は」

 香澄は何を言われているのかわからない。ハテナマークを浮かべて、何か通じあうものを確かめ合っているジュリアとアルジェルの顔を見比べる。

「しかし好かれたもんだな、カスミも」

 ジェガンが年寄くさくしみじみと言う。

「カスミさん、かっこいいです。さすが騎士様ですよね」

 アルジェルがぱっと笑顔を受べる。この眩しいような笑顔こそが、この子の本当の表情なのだ。チーコの話をしていた時の様な、辛そうな顔はこの子には似合わないと改めて香澄は思う。

「私たちも騎士なんだけどねー」

 ジュリアの呟きは、大自然の中に消えていった。

「リザードマン戦は勇ましかったらしいじゃないか」

 ジェガンがからかう様に言う。

「え、はい、アルジェちゃんの姿がちらっと見えたので、助けなきゃと思って、咄嗟に…」

「いや、困っている者に咄嗟に手を差し出せるってのは、頭では分かっていても、実際は体が動かないもんだ。なかなかできるもんじゃない。そこは誇ってもいいと俺は思うがな」

「そうです、カスミさんはかっこいいんです」

 何故か胸を張ってアルジェルが言う。

 香澄は、はぁと照れ笑いを浮かべるしかなかった。

 だんだんと日が傾きだした頃になると、山間の道は再び谷底から離れて標高を上げ始める。鬱蒼とした森がまばらになり始め、道の先を見渡せるようになった。同時に今まで木々が隠していた壮大な風景が目の前に現れる。

「ふぁぁ~」

 先頭を行くジュリアの頭越しから右手を振り向くと、山々が幾重にも、どこまでも連なっている世界が広がっていた。その緑の絨毯をの上を、ふわっとした塊の雲が影を落としながらゆっくりと進んでいた。だが、特筆すべきは光のコントラスト。香澄とアルジェルは馬の歩を進めながらその光景に目を奪われていた。

 沈み始めた太陽は、世界をオレンジに染め上げる。山々の間の谷には、既に闇が沈殿しているのに、山の頂は未だ輝く太陽の光を浴びて、橙に輝いていた。その光は白い雲も染め上げて、世界を優しい色で照らしていた。

 天高く、夕日の光が及ばない方角には、夜の世界が広がり出していた。

「世界って、なんて綺麗なんだろう」

「はい、こんな綺麗な夕日、初めて見ました…」

 香澄とアルジェルは、そろって同じ方見ながら感嘆の息をついた。

「見えてきたぞ、今日のホテルだ」

 ジェガンが道の先を指さす。

 しんと空気が冷え始めた山腹、九十九に折れる道の先に、丸太造りの小さな山小屋が見えてきた。


 携帯食の固いパンと、干し肉と野菜をトマトソースで煮込んだスープの晩御飯を終わらせると、騎士達とアルジェルはさっさと就寝の準備を始めた。

 山小屋は、高原への旅行者が休憩に使う建物で、中はあまり広くない。火が起こせる炉と簡単な炊事場、作り付けの二段ベットが三個、並んでいるだけだった。

 食事は、香澄とアルジェル、ジュリアが近くを流れる小さな沢から水を汲んできただけで、後は全てジェガン隊長が準備した。その手際の良さに、ほおっと目を丸くする香澄とアルジェル。ジュリアは何故か得意そうに、「このおっさんはただのおっさんじゃないのよ」と胸を張っていた。

 パンは固かったが、温かいスープは美味しかった。トマトの酸味が、湯気とともに食欲を刺激してくれる。それに、パンをスープに浸して食べると、ほどよくふやけたパンの食感が心地よく、いくらでも食べられてしまえそうだった。

 旅の荷物で枕を作り、外套を敷布の代わりにする簡単な準備でベットを整えると、騎士たちは鎧を外した。剣帯ごと剣を外し、ベットの脇に立て掛ける。

「おっさんは外で寝てくださいよ」

 ジュリアが割と真剣な顔でジェガンに迫ったが、彼は「了解了解~」と眠そうに頭を掻くと、さっさと自分の場所と決めたベッドに横になった。間もなく盛大に寝息を立て始める。

「まったく、剣を握ってなければ、ただのおっさんなんだから」

 ジュリアはふんっと息を吐くと、髪留めを外して髪を解いた。長い赤毛がふわっと広がる。

「不思議なおっさん…もとい隊長ですね」

 香澄も髪を解いた。ジュリアほどではないが、普段バレッタでまとめている黒髪はそこそこ長い。

「おいで、アルジェ。髪をすいてあげる」

 香澄が荷物から櫛を取り出して、アルジェルに手招きした。

 アルジェルは自分の場所と決めた香澄の上のベッドからひょこっと顔を出すと、嬉しそうに梯子を降りて香澄の前に座った。

「変わった櫛ですね」

 アルジェルが香澄の手元を見た。かまぼこ型の漆塗りの櫛が、ランタンの光を浴びて艶やかに輝いていた。

「うん、おばあちゃんの形見でね。日本の伝統的な櫛なんだ」

「ホントはみんなで温泉でも行きたいよね」

 ベッドに横になったジュリアが片肘を突きながらアルジェルと香澄を見た。

「そうですね。これでお風呂でもシャワーでもあれば最高なんですが…」

 話しながらアルジェルの髪を剝いてやる。

「みなさん、すみません。あたしのわがままのせいで」

 目に見えて肩を落とすアルジェル。

「いいんだよ、アルジェ。旅が出来て、あたしも楽しいから」

「そうそう、新人のカスミには、いい経験だよ。これからこんな風にいろんなところに行くことが多くなるからさ」

 仰向けになりながらジュリアが目をつむる。

「そういえば、カスミさんは新人なんですか?」

 アルジェルが不思議そうに訊ねた。

「そう、まだ昨日が騎士デビューだったんだよ。だから、アルジェちゃんが私がお相手できた初めてのビジター」

「そう、なんですか…」

「はい、終わり。不安になった?あたしがまだ新人で…?」

「いえ、お会いできたのがカスミさんみたいな騎士様で、あたし、嬉しいです」

 アルジェルは、にこっと照れたような笑みを浮かべると、身軽に上段のベッドに入り込んだ。

 安堵と、少しくすぐったい感じに、胸の奥が温かくなる。

 果たしてこの旅に意味はあるのだろうか。

 屈託のないアルジェルの笑顔を見ていると、この子の力になりたいと思い半分と真実を早めに伝えたほうがいいのではないかという思いが半分という葛藤が続いていた。

 香澄もごろんと寝台に横になる。

 普段のアルジェルは、表情豊かで、とてもしっかりしていて、それが彼女の本当の姿なのだろう。でも、チーコを甦らせると話した時の悲しく沈んだ、しかし芯に意思の強さを感じる真剣な目。一心にその目標に突き進むことのできる目だ。

 明日。

 目的の場所にテミスの花はあるのだろう。

 あったとして。

 果たして何が起きるというのだろう。

 その時アルジェルはどうするのだろうか。

 自分は彼女に何がしてやれるのだろうか。

 香澄は、そのまま眠りに沈みそうな体を無理やり起こして、ランタンを消した。

 小屋の中に闇が落ちる。

 ぼすっと枕に顔を埋める。

 全ては明日だ。


 微かに木の軋む音で、香澄は目を開いた。

 周囲は、眠りに落ちた時と同じように暗い。

 ぎぃと木戸が軋む音がして、山小屋から出ていくアルジェルの背中が見えた。

 香澄は、起き上がるとベット脇に立て掛けてあった自分の剣を取り、外に出た。

「すごい…!」

 真夜中の世界。月は出ていないのに、思いのほか明るい。満点の星明りが降り注いでいたからだ。

 思わずその夜空に、驚嘆の声が出てしまう。

 降ってくるような、とは、まさにこの事だろうか。

 都会ではせいぜい数個しか見て取れない星々が、数えきれないほど無数の光点が、夜空一杯に広がっていた。

 静かに冷たい風が吹き抜ける。辺りの下草が、さざ波のように揺れる。

 しんと冷えた夜の空気。夜の匂い。

 まるで宇宙空間に漂っているかのように、見とれていると落ちていきそうな星々の深淵。

 その現実とは思えないような美しい光景は背景にして、少し離れた丘の上にアルジェルのシルエットがあった。

 香澄はゆっくりと彼女の方に近づいていく。

「眠れない?」

 横に並んでそう声を掛けると、膝を抱えて座っていたアルジェルがはっと顔を上げた。

「一人で外に出たらあぶないよ。それに、少し寒いし…」

 香澄は、静かにアルジェルの隣に腰を下ろす。

 アルジェルは何も言わず、顔を伏せた。

 沈黙。草の揺れる音だけが響く。

 もしくは、星の輝く音も聞こえたかもしれない。

「カスミさんは…」アルジェルが顔を伏せたまま呟いた。「カスミさんは、信じていませんよね、テミスの花の話…。チーコが、チーコが…生き返るということ…」

 香澄は逡巡する。どう答えたらいいのか、ずっと悩んでいる問だったから。

 その沈黙が、アルジェルには答えとなったようだった。

「お父さんもお母さんも友達も、隊長さんもみんな言うんです。死んだものは生き返らない。チーコが死んでしまったのは運命だから。もうどうしようもないことなんだって…。でも…」

 アルジェルは静かに語る。その声音は、小学生の子供とは思えない、深く影のある声だった。

「でも、あたしは、終わりにしたくなかった。チーコが一緒にいた家や時間、あたしにとって今まで生きてきた全てのものを。そうして、チーコがいない日が当たり前になるのに我慢できなかったんです」

 アルジェルは、大きく息を吸う。

「あたしも…」

 言葉は途切れる。

「うん…」

 香澄は静かに伏せられたアルジェルの横顔を見た。

「あたしも、信じていません、死んでしまったものが生き返るなんて」

 アルジェルはそう吐き出してから、一層強く膝を抱く。

 香澄は、その頭を、そっと撫でてやった。

「アルジェ、顔を上げて。あそこを見て」

 香澄は静かに語りかけ、星空の一点を指さした。

「あの、少し暗く見える星が、北極星。こぐま座のα星ポラリスという星なの。理科で習ったかな。夜空っていうのは太陽と同じようにゆっくりと動いているんだ。それは、地球が自転しているからなんだけど、北極星っていうのはその回転する夜空の北の中心にあるから、ずっとそこを動かない様に見えるの。だから、地図やGPSなんかない大昔の旅人は、夜の空の目印として利用してきたの」

 アルジェルが顔を上げる。突然関係のない話を始めた香澄を不思議そうに見てから、夜空を見上げた。

「あそこだよ、わかるかな、アルジェ」

「…えっと、よくわかりません、星が多くて…。あたしの家の方じゃ夜にこんなに星が見えないから…」

「あたしの家だってそうだよ。こんなに凄い星空なんて見たことない」

 香澄が星空を見上げるアルジェに笑顔を向ける。

「でね、そんな旅人には欠かせなき大切な北極星も、七千年後には白鳥座のデネブになっちゃうんだって。そして、約一万年後には、こと座のベガが北極星と呼ばれるようになるんだって」

 アルジェルがよく分からないという風に香澄を見る。

「うん、理由は難しくてあたしにもよく分からないけど、その話を初めて聞いたとき、なんだか不思議だなぁって思ったんだ。今を生きるあたし達からすれば、北極星っていたったらあの…」香澄が再び夜空を指さす。「あの星のことなのに、今からずっと未来の人たちがこうして夜空を見上げた時には、ベガのことを北極星だってっ見てるんだよ。今の北極星、ポラリスのファンからしてみれば、少し悲しいよね」

「…カスミさんは、その、ポラリスのファンなんですか」

 ふふっと香澄は笑う。

「別にそうじゃないけど、さ。そして今のあたし達が絶対だって思っていることも、何時かは変わってしまうんだよ。そして別の時代が来るんだよ。だからさ、チーコがいなってしまった毎日もいつかは当たり前になって、その時にはきっと、その時のアルジェが大切に思えるものが傍にあると思うんだよ」

「カスミさんも…カスミさんもチーコの事はもう忘れた方がいいって言うんですか…」

 香澄は静かに首を振る。

「ううん、そうじゃないよ。あたしは、ただ、亡くなってしまったものがない未来に絶望するんじゃなくて、亡くなってしまったものがあった日々の事を大切にして進んでいけたらって思うんだ」

 アルジェルが、驚いたように目を大きくして、無邪気に夜空を見上げる香澄の横顔を見つめた。

「アルジェルも、やがては学校を卒業したり、好きな人ができたり、今みたいに大切な人を亡くしたり、これから沢山の事を経験すると思うんだ。でもそれはつらいことばかりじゃない。素敵な出会いだって、きっと沢山あるはずなんだ。あたしとアルジェがこうして出会えたみたいに」

 香澄がアルジェルを見て微笑む。

 アルジェルは恥ずかしそうにほほを染めると、目をそらした。

「あたしとカスミさんが出会えたのも、チーコのおかげ、かな…」

「そう、きっとそうだよ。そうして、チーコの思い出は、チーコが確かにアルジェと一緒に生きていたってことは、アルジェ、これからはあなたが持ち続けて守り続けていけばいいんだと、あたしは思う」

 そういうと、香澄は剣帯をもって立ち上がり、ぱんぱんとお尻を払った。

「もう寝よう。明日もまだまだ疲れるよ、多分」

「でも…」アルジェルも立ち上がる「きっと花は…」

「探してみればいいと思うよ。チーコのためにできること、アルジェが考えたこと、最期までしてあげよう」

 香澄は手を差し出す。

「…はい」

 アルジェルが小さな声でうなずいてその手を握り返した。


 山小屋まで戻る短い間、アルジェルと香澄はずっと手をつないでいた。

 香澄の温かい手。あまり大きくないけど、タコが出来ていて少しごつごつした温かい手を、アルジェルはギュッと強く握った。

 チーコがいた時の事ばかり考えていた自分が、今日一日はみんなと笑い合い楽しさを感じていたよう思う。

 何かがすっと消えて落ちて。

 胸のつかえが流れ出たような気がした。

 今にも溢れだしそうな満点の星空を見上げる。

 その頬を、温かい涙が一筋、流れ落ちた。



 翌朝、果物とジェガンが入れてくれたコーヒーで目を覚ましたそれぞれは、手早く荷物をまとめ、一晩お世話になった山小屋を後にした。

 本日も天気はいいが、昨日より少し雲が多い。地面に大きな雲が作る影がそこだけ薄暗い領域を作り出し、日向の鮮やかな対比が、少し不思議な風景を作り出していた。ジェガンによると、山小屋の辺りからがヴィランド高原と呼ばれる地域に入ったらしい。

 3騎はしばらく山の稜線沿いに、背の高い草の中を進む。

 香澄の前に乗せたアルジェルが、昨夜の夜更かしもあったのだろう、うとうとと舟をこぎ始めた頃になると、周囲には、巨大な岩石がぽつりぽつりと目立つようになってきた。むき出しの岩肌には苔植物が垂れ下がり、今までとは違う雰囲気を漂わせている。前方に、その中でもとりわけ目立つ茶褐色の巨大な岩山が見えてきた。

 接近するにつれ、その岩山に食い込むように城のような建物が建てられているのが見えてきた。

「あそこが目的地だ。もう少しだな」

 ジェガンがその岩山の城指さす。

 城の塔が見えてからも、その場所に到達するのにはしばらくの時間がかかったが、木立の中に朽ちた城の城門が見えた瞬間、3騎はぎょっとしたように歩みを止めた。

 アルジェルがその振動で目を覚ます。

「…どうしたんですか…」

 アルジェルがねむた目をこする。

「マジかよ…」

「うそ、ですよね…」

「信じらんない…」

 3騎士がそれぞれ呟く。

 城門の前には、巨大なドラゴンが横たわっていた。

騎士達は馬と止めに大きな岩の後ろに隠れ、ドラゴンを窺う。

小山ほどもある体躯。太い四肢の頑強な鉤爪ががっちりと大地に食い込み、リザードマンのそれとは比べものにならない太さの尾が、独立した生き物のように大地にのたうつ。その尾の先には、一本がアルジェルほどある太いトゲが密生していた。顎はまさに恐竜を思わせる様な巨大さを誇り、その中に並ぶ牙だけでも恐ろしいのに、頭部には大きく曲がった角が、剣を思わせる鋭利な先端を前方に向けていた。

「ありゃグランドドラゴンだ。番人モンスターがいるとは聞いてたが、あんなんだとは聞いてねぇぞ…」

 ジェガンが舌打ちをして悪態をつく。

 確かにそのドラゴンには翼がない。そのせいで、御伽噺のドラゴンというよりも恐竜といった印象だった。

「三人でどうにかなる相手じゃない。アルジェル嬢ちゃんには悪いが、作戦を練り直さなくちゃな…」

「…はい…」

 ジェガンは申し訳なさそうに声を落とし、アルジェルも小さく答えた瞬間、突然「駄目です!」と香澄が声を上げた。

「駄目です、隊長!ここまで来たら、最後までアルジェの思いを遂げさせてあげましょう!」

 隣でジュリアが、駄目だこりゃという風に静かに頭を降った。

「落ち着けカスミ、ありゃただのモンスターじゃない、対軍モンスターだ。三人でどうこうできる相手じゃない」

「それでも、です!」

 食い下がる香澄。

「馬鹿を言うな。アルジェルの事を考えろ。ここで三人ともデスペナルティを食らってみろ、嬢ちゃんをこんな山の中に1人置き去りにすることになるんだぞ」

 香澄は心配そうに言い争う二人を見上げるアルジェルを一瞥する。

「大丈夫です!倒しきる必要はありません。要は安全にあの城門を通れればいいんです。それに」香澄は言葉を切って、真っ直ぐにジェガンを見た。「ドラゴン退治こそ、騎士の本分じゃないですか!」

 一瞬、あっけに取られた様に黙るジェガン。そして、堪えきれないというふうに吹き出すと、盛大に笑い声を上げた。

 今度は香澄達が呆気に取られる。やはりジュリアは、だめだこりゃという風に頭を振った。

 ジェガンはひとしきり笑うと、待っていろと言いながら馬から荷物を下ろし始めた。

「恐らく、今の剣じゃあのドラゴンにダメージは通らない。本当はこの旅の報酬にと思ってたんだがな…」

 ジェガンは荷物の中から、金の装飾が美しい長弓と矢筒を取り出し、ジュリアに渡した。

「雷撃弓だ。ジュリア、お前は隊の中でも弓矢の取り扱いが一番上手い。これは、矢に雷属性を付加できる弓だ。奴はおそらく地属性だ。ダメージの通りがいいはずだ」

「すごい…。高級品じゃないですか。いいんですか?」

 ジュリアは雷撃弓を受け取り、矢筒を背負った。

「それと、矢筒の中に閃光矢が5本ある。昔一度戦ったが」ジェガンはあまり思い出したくないという風に、頭を掻く。「奴の十八番はあの凶悪な角を振りかざした突撃だ。その瞬間に閃光をで目をくらませろ」

「あの角の突撃…受けても本当に大丈夫なんですか?」

 ジュリアが恐る恐る手を上げる。

「恐らく、今まで経験したこともないほど天高く空を飛べるぞ。まぁ、その後は間違いなくデスペナルティだろうがな。何メートル飛べたか、後で教えてくれ」

「うげぇ…」

 思わずジュリアが後退する。

「カスミにはこれだ」

 ジェガンは荷物から一振りの日本刀を取り出す。日本刀といっても、黒に白のラインが入った鞘は角形のソリッドな形状だった。鍔も装飾や彫り物はない。柄は黒一色で、柄巻きの様なものはなく、樹脂性の滑り止めが施されている。伝統的な刀というよりも、拳銃などの近代武器の雰囲気が漂っていた。

 香澄はジェガンからその刀を受け取ると、少しだけ刀身を覗かせる。拵は現代風でも、刀身の輝きと地紋などは間違いなく日本刀の輝きだ。

「綺麗な刀ですね…」

「そいつは、知り合いから譲りうけた品でな。特定の属性値はないが、斬撃属性トップクラスの攻撃力を誇る。鞘にはもう一つ機能があるみたいだが…、今は使えんから説明はいいだろう。銘は昴、だそうだ。」

 香澄は静かにうなずき、ロングソードの代わりにその昴を剣帯に通す。

 ジェガンは最後に剣身が黒く、両刃の部分が微かに黄色く輝く大剣を取り出すと、肩に担いだ。

「俺のも昔手に入れた雷属性の大剣だ。銘はないがな」

 ジェガンは不敵に笑う。

「俺としたことが、カスミがごとき新人に諭されるとはな。そうだ。勇敢に戦ってこそのアルフェネアの騎士、黒狼騎士団だ。ドラゴンを恐れたとあっては名折れだ、な。さくっと片づけてやるぜ」

「マジっすか…」

 ジュリアが雷撃弓を握り、呟く。

「マジだよ。作戦はシンプルだ。奴の突撃を誘い、閃光矢で眩ませる。そこを、俺とカスミで全力攻撃。狙いは左前足だ。部分破壊を狙い、奴の動きを封じる。流石に倒し切るには火力不足だからな」

「了解です!」

「もう…分かったわよ!」

「さぁ、戦いの時間だ。われ等の姫君に、騎士の雄姿をお見せしろ!」

 ジェガンの大剣が、怪しく輝く。

 謝意を。

 私の拙い文章をいつも読んで下さる皆さんに、心より。

 誰かに読んでいただいているという事が、これほどモチベーションアップにつながるとは思いませんでした。

 次話も、早めに投稿したいと思います。

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