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第1話 白い花(1)

初めまして、柚と申します。

色々な方々の作品を拝読させていただく内に、自分でも書きたくなり、思い切ってアップさせていただきました。

ぜひご一読いただければ幸いです。

 黎明。

 少女は、宿舎の木戸を勢い良く開けて外に飛び出す。

 肌をなぞる朝の空気はしんと冷たく、鼻をくすぐる緑の匂いが、今日も始まる新しい世界の夜明けを告げていた。空はまだ薄暗く、微かに夜の気配がまだ残っている。

 

 始まった。

 今日という1日。

 あたしの第1歩!


 上り始めた太陽の光が、ゆっくりとしかし確実に世界を輝かせ始めていく。

 大きく息を吸い込むと、夜に冷やされた木と水と石の匂いで肺がいっぱいになる。コンクリートもアスファルトも合成外郭も存在しない、現代技術に囲まれた街にいては一生感じられなかったであろう自然の中で始まる朝である。


 今日からあたしは、この場で生活するんだ…!


 少し前までは夢だったその現実を確かめるように、この気持ちのいい朝の空気を確かめるように、うーんと伸びをする。

 その動きに合わせて、かちりと金属音が響く。その音にも嬉しくなって、保科香澄は腰に帯びている長剣をたんっと 叩いた。

 窓に映った自分の姿を、改めて見てみる。

 狼の意匠が入った黒い胸甲鎧に肩当、腕甲も足甲も漆黒、背のマントまで黒い。日本人としては若干茶色がかっているとはいえ、バレッタで短くまとめた髪も黒ならば、まさに黒ずくめだ。背丈は平均的な18歳日本人女子より少し低く、小学校から剣道を続けて来たとはいえ、体格もいい方ではない。化粧っけのない顔には幼さが残り、長い睫や黒目がちな大きな瞳がなければ、一見少年に見えるかも知れない。

 立派な漆黒の鎧が似合っていない気がする。腰に下げた長剣も携えているというより持たされている感が拭えない。

 しかし、今日はまだ初日。きっとまだ見慣れてないだけなんだ、と自分に言い聞かせる。

  鎧姿にマントに剣など、22世紀の現代においてはファンタジーゲームや小説の登場人物か、ただのコスプレだ。しかしこの場所では、この姿こそが正装なのだ。今日から始まる社会人生活の場、香澄が就職した会社のユニフォームなのである。



 アルフェネア大陸という名の会社がある。同名の巨大テーマパークを経営する世界的大企業である。

 アルフェネアが目指すものは、リアルな世界。

 ヴァーチャル技術やデータダイブシステムが普及している現在、仕事も旅行もありとあらゆるレジャーもデータスペース上に容易く構築することができる。世界中の人々は、自らの部屋にいながらにして、全てを経験をする事ができる。

 そのような時代にあって、アルフェネアが作り出したのは、本物のファンタジー世界であった。

 日本の四国ほどのメガフロート。その上に造成されたのは、本物の土と植物で作られた大地である。そしてそこに作り出されたのが、すべが実態として存在するリアルな剣と魔法のファンタジー世界。バイオ機械工学により作り出されたモンスターと騎士が戦い、空間投影技術の粋を凝らした魔法が存在し、王国と帝国がにらみ合う中世欧州のような箱庭世界が作り出す一つの世界といっても過言ではない巨大テーマパークなのだ。言うなればごっこ遊び。莫大な資金と最先端技術をふんだんに使用した、究極のごっこ遊びの世界である。

 小さい頃、動画サイトで見た騎士の姿に憧れた。CGでもアニメでもない本物の人間が巨大なモンスターと戦っている姿に心奪われた。

 それから一心に努力して、とうとう勝ち取ったアルフェネア採用の栄誉。

 数字を聞けば恐ろしくなるような倍率の採用試験を経て、自分は今、アルフェネアの大地に立っている。



 朝日が、木と煉瓦で作られた町を照らしている。まだ人の姿はちらほらとしかない。

 荒く石が敷かれた通りを、土の感触を確かめるように歩く。でこぼこした道の感触が、なんだか楽しい。街中暮らしでは、本物の土を見るなんて、小学校の自然実習以来である。

 カツカツとブーツが地面を叩く音が石造りの煉瓦の建物に響く。

 土の匂いと緑の匂い。このアルフェネアでも田舎と言って差し支えないこのウルサズの町が、採用されたばかりの香澄が配置された場所である。そして、香澄の職業は、憧れの騎士…。

 アルフェネア職員、アクターの基本的な仕事は、この世界で生活することである。入社時の適性によって割り振られた職業になりきり、実際に生活するのである。町にはそうしたアクターから選ばれた町長がいるし、町や国を運営する行政府や国王もちゃんと存在する。パン屋のアクターは実際にパンを売っているし、医者のアクターは医師免許を持ち、本当に診察してくれる。実際に夫婦生活を営んでいるアクターも多いし、ここで子育てしている者も多い。社内結婚率は世界一だそうだ。

 香澄が配置されたのは、このウルサズの町に駐屯する黒狼騎士団ウルサズ分遣隊である。騎士職は、このアルフェネアにおいては最も人気のある花形職業だ。香澄のように騎士憧れてアルフェネアを訪れるお客様は多い。上位の、騎士団長やかの聖騎士などになると、トップアイドル並みの人気を誇る。

 さすがにこんな田舎では、お客様が来るようなこともあまりないかもしれない。しかし、みんなから憧れられる騎士さまになってみせるぞと、心の中でそっと拳を握る。

 そんな決意も新たに、町の中を歩く。遠くを見ると、低い山の影が青々と広がる。山々と木々と

白い雲と青い空。

どこを見ても眩くて美しくて、風と光で刻々と変わるその姿を見ていると、いつまでも飽きることはないだろう。

 青空のもと、町の周りには朝日を浴びて輝く草原。東側には森が黒々と広がり、北側はだんだんと高地に向かって登っている。そしてその緑を裂くように土の色を出した道が遥か彼方まで伸びている。

 

 お休みをもらったなら、その道をどこまでも歩いてみようか。

 森の中を探索してみようか。

 町の裏手にある高原は有名なようだ。お弁当を作ってピクニックに出かけるのもいいかもしれない。

 

 この自然の風景の中で、やりたいこと、できることは無数に存在委していて、そんな中を自分の足で歩いて行けるのが無性に嬉しい。

「ふんふんふんっ~♪」

 思わず鼻歌が出てしまうほどに。


 そんな軽い足取りで町の中心にある教会までやって来る。荘厳というほどではないけれど、綺麗に手入れされた白い石造りの建物は、十分に清潔感がある。その教会の前の広場が、このウルサズの町の中心である。小さな噴水の周りには朝市が並ぶというが、今はまだその時間にも早い。

 教会広場には、お土産物屋や装備品屋、宿屋などの施設が並ぶ。それらの建物の前には十分に広い芝生が広がっていて、緑と様々な色の花がが朝露に濡れて輝いていた。

 その花壇の一つにむかって、女の子が座り込んでいた。

 合成素材の色鮮やかな白いワンピースが、アルフェネアの住民の衣服ではない。現代の素材、現代風のデザインだからだ。アルフェネアに暮らすものは、老若男女問わずこの世界感にあった服装を常に心掛けなければならない。

 恐らくはお客様、ビジターだろう。

「おはようっ。気持ちのいい朝だね」

 香澄が明るく挨拶すると、花畑を見つめていた少女が顔を上げた。歳は小学生くらいだろうか。栗色の長い髪は、綺麗にすかれていて輝いている。大きなくりくりした瞳は、笑えば太陽のようなという形容詞がぴったりだなと思えたが、今は不安に揺れ、なんだか赤くなっている。


 寝不足かな。…もしかして泣いていたのかな…。


 少女は鎧姿の香澄の姿を見ると、勢い良く立ち上がり、近付いてきた。何をそんなに慌てているのか、少し足がもつれ気味だ。

「騎士さま?」

 不安げに揺れる声で少女が尋ねる。

「うん?どうしたのかな」

 騎士と呼ばれたことにむず痒さと照れくささを感じながら香澄は目線を少女と合わせる。

「あの、探しものがあって…」

 少女は恥ずかしそうに視線を揺らす。

「ん?」 香澄は少女に続きを促すが、その瞬間宿屋のドアが開き、「アルジェル?」と誰かを呼ぶ声が聞こえる。

「いかなきゃ…」

 少女は、恐らくアルジェルという名の彼女は、小さく呟くと、何か迷うように数度香澄を見てから、ぺこりと頭を下げると、宿屋の方に駆けていった。


 

「それにしても騎士さまかぁ」

 宿舎に戻る道すがら、香澄は思わず呟いてしまう。

 剣に鎧にマント、どう見ても騎士然とした姿をしているのだから、そう呼ばれるのが当たり前なのだけれど、改めて第三者からそういわれると感慨深いものがある。 


 そうかぁ、あたしも騎士さまなんだね…!


 いつ間にか戻って来ていた宿舎のガラス窓に映る騎士姿の自分に向かって、ぐっと拳を握ってガッツポーズをとる。

「朝っぱらから、何恥ずかしいことしとる」

「え、ええ!」

突然その窓がガラッと開き、香澄と同じ黒ずくめの鎧をまとった壮年の男が現れる。屈強と呼んで差し支えない体躯に、目の下についた傷が歴戦の戦士だということを物語っている。

「隊長…」

「カスミ隊員。やる気があるのは買うが、往来で恥ずかしいポーズをとるな。どこにビジターの目があるかわからん。」

「すみません…」

「まぁ、そんなにやる気が有り余っているなら、裏に来い。朝稽古を始めるぞ」

 ウルサズ分遣隊の隊長ジェガンは、にっと笑うとパタンと窓を閉めた。



「ッは!」

 香澄が気合いとともに剣を振るう。刃はないとはいえ、合金製の剣身が空を切る鋭い音が響く。

 もちろんヴァーチャルではない。素振りも数百を越えると、だんだん腕は辛く無骨な柄を握った手は痛くなってくる。

 騎士職の仕事は治安維持にモンスター退治、そして他国に設定された勢力との大興業、戦争である。もちろんそこにヤラセは存在しない。さらに、刃はなくとも武器と武器の戦闘だ、怪我人はどうしても出てしまう。

 怪我人を出さずに、来訪者の方々に本物の戦闘を楽しんでいただく。そのためには、実際の日々の鍛錬が必要なのだ。

「そこまで!」

 ジェガンから指示が飛ぶ。

「では最後に模擬戦だ。各自ペアを組め。モードDで有効判定をオンにしろ」

 それぞれがペアを組む。ウルサズ分遣隊は隊長のジェガンを入れて六人。香澄がもたもたしているうちに、二組のペアが決まる。

「よし、新米!カスミ!お前は俺がみてやろう」

 ジェガンが何か企んでいるような笑み浮かべて剣を抜く。長さも重量も香澄のロングソードより大きいバスターソードを片手で構える。

「よろしくお願いします!」

 香澄も一礼すると、改めて剣を構えた。香澄の構えは正眼。軽く両手で柄を握り、柄頭が鳩尾に来るあたりで保持する。右足は前を出し、左足を引く。

 軽く息をつく。


 両刃剣はなんとも使いにくいけど、大丈夫。あれだけ練習したんだもの…!


「ウルヴズ8987665」

「ウルヴズ91661374!」

 ジェガンと香澄の呟きが重なる。それと同時に両者の剣と鎧がぼうっと輝く。

「よし、バトルコードは覚えていたな」

「はいっ!」

「この輝きを良く確認しろ。対人戦では、この輝きが戦闘準備完了の印だ」

 無造作とも言える歩調でジェガンが近づいてくる。

「剣の輝きは有効打撃機能がオンになった証だ。一見ただの剣だが」そこでジェガンが見せるように大きくバスターソードを振って見せる。「バトルコードを音声入力することにより、剣身に衝撃制御フィールドが展開されるハイテク装備だ。このフィールドが展開されている場合のみ、有効攻撃が検出される」

 その説明の途中、左足で踏み切った香澄は一瞬のフェイントを混ぜてからの上段面を狙う。しかしそれは難なくジェガンの剣よって受け流されてしまう。

「おおーなかなな飛び込みだな。しかし、話の途中だっ」ジェガンが救い上げるように刃を振り上げる。「っつーの」

 香澄は半身を捌いてその一撃を躱すが、ジェガンの剣先がちちっと不快な金属音を挙げて香澄の胸部装甲をけずる。

 コンタクトレンズ型の網膜ディスプレイに、胸部裂傷軽微、戦闘継続可の文字が浮かび上がる。


 間合いを見誤ったか、捌きが浅かったかった!


 自分の簡単なミスに、内心で舌をだす。どうもうまく動けていない。まだ緊張しているのだろうか。

「今のでダメージ表示が出ているだろう」初めの構えに戻りながら、ジェガンが再び講義を始める。「鎧の光は、物理衝撃置換機能と有効打撃判定機能の起動の証だ。この鎧もすごいハイテクの塊だ。特に物理衝撃置換機能は、展開中であればそこに生じた物理衝撃を緩和すると同時に、ダメージ判定を行っている。その蓄積ダメージが一定値以上になるとデットエンド。お前は死亡というわけだ。デスペナルティは怖いぞ…」

 ごほんとそこで咳払いを一つ。

「しかしその機能が生きている間は、実際の怪我から身を守ってくれるものでもある。戦闘の場合は、自分も相手も必ず起動していることを確認しろ」

「はい!」

 自分に気合を入れる意味を込めても香澄が大きく返事をすると、話は終わりだとばかりに一気に間合いを詰めてきたジェガンが、無造作とも思われる斬撃を繰り出してきた。


 速い…!


 重量のある剣には思えない軽やかな斬撃は袈裟に振り下ろされる。

 香澄は左足を蹴り、軽く横にステップ。ジェガンの剣をかわし、その延びきった腕に切り上げるように剣を叩き込む。

「ほっ、なかなか」

 ジェガンの呟き。それに違和感を覚えた香澄は、とっさに後ろに飛び退く。

 瞬間、今まで香澄の胴があった空間を、ジェガンの回し蹴りが通過する。 飛びすさりながら、返す刃を振りおろすが、体重の乗っていない一撃は、ジェガンの手甲で弾かれる。

 バックステップから反転、突きを繰り出す。狙いは胸。しかし嘘のようにジェガンの体が沈み込み、突きの軌道から消える。同時に下腹部に衝撃。

 刺突の勢いで正面に向かっていたはずが、衝撃とともに視界がが左に流れる。再び衝撃が走り、気がつくと香澄は地面に倒れ込んでいた。

 網膜ディスプレイに致命傷、戦闘継続不可の警告が光る。

 衝撃を受けた腹部がじんじん痛む。

 何が起こったのか。

 香澄の突きのタイミングを呼んでいたジェガンが一足先に踏み込んで、突撃する香澄の勢いを利用しつつ横薙の一撃を入れたのだ。

 目では見えていたが、体が追いつかなかった。



「やるじゃねぇか、新人」 倒れ伏した香澄にジェガンは手を差し伸べる。

「講評をつけてやるなら」香澄を引き起こしながらジェガンは鎧を叩く。「お前の動きはまだまだ鎧の重量になれていない。それに剣捌きはなんだ、片刃のもんだな」

 香澄は手の中のロングソードを見る。確かに両刃剣を扱った経験はあまりない。できれば使い慣れた日本刀の方が扱い易い気がする。

「はい、今までは祖父に剣術を学んでいましたので」

「サムライか。ロングソードより刀だな」

 ジェガンが思案するように無精ひげのあごをなでる。

「いや〜やるじゃん、新入りちゃん!」

 その横手から声がかかる。

 いつの間にかそれぞれの試合を終えた他の隊員達が集まって来ていた。

 声をかけてきたのは、ロングソードと小盾を装備した赤毛の女騎士だ。

 昨日着任の際に紹介されたが、名前はジュリア・レンドバーグ。歳は28で、イギリス出身だそうだ。品の良さそうな整った顔立ちだが、人懐っこい笑みと彼女の動きに合わせて動くポニーテールが明るく快活のお姉さんの雰囲気を作り出している。

「そうそう、凄いな」

 今度は、長身の金髪の男が口を開く。彼は自分の身長と同じくらいの長さの槍を携えていた。香澄からでは見上げるような長身だが、体の線は細い。短く刈った金髪をオールバックにしていて、アメリカのハイスクールドラマなんかに出てきそうだ。

「いや、今年の新人さんは有望株ですな」 その横手から、横幅に体格のいい年配の男が声をかけてきた。人の良さそうな笑みを湛えた顔には見事な髭。一瞬つけ髭かと疑ってしまいたくなるように、きっちり固められた髭だ。年はジェガンより少し上か、背中に担ぐように長大なハルバードを担いでいた。

 槍の男はレイドン、ハルバードの男はボッシュと名乗る。二人とも昨日は見かけなかった顔だ。

 そしてやや離れたところに、つまらなさそうに両手のダガーをいじっている少女が1人。今年18の香澄よりは若そうに見える。そして、身長も低い。まだ中学生と言われても納得出来そうだ。

 彼女も昨日は見なかった顔だか、どうやら名乗ってくれそうな雰囲気ではない。


 もしかして歓迎されてないのかな…。


 と少し不安になってしまう。

「よーし、集合だって、みんなもういるか。おい、ミア、こっちこい」

 時間は短かったがなかなか激しい攻防だと感じたが、ジェガンは何事も無かったように剣をしまうと、隊員に集合をかけた。もちろん息は乱れていないし、汗もかいていない。さすがに香澄もこの程度で息が乱れたりはしないが、額にはじとっと汗が滲んでいた。

 ミアと呼ばれた少女もすたすた集まって来る。

「よし、今の見てた通り、新人は即戦力だ。今日からビシビシ働いてもらうぜ、カスミ」

「はいっ」

 負けてしまったが、どうやら評価していただいた様子に、香澄は内心胸をなで下ろす。

「本日ブリーフィングは一時間後だ。各自汗流して腹ごしらえしとけ。ビジター達に我が黒狼騎士団の汗臭い様はみせるな。」

 笑いを含んだ了解の言葉が各人から上がる。

「ジュリア、新人を見てやれ。よし解散、今日も1日事故なく怪我なく気合い入れて行くぞ」



 宿舎三階のミーティングルームで我らウルサズ分遣隊の本日一日の行動方針が示達される。

 隊長ジェガンと少女のダガー使いミアは、街道に出て王都方面から本日やってくることになるビジターの馬車団の警護。これは、街道筋では思わぬモンスターや野盗職たちの襲撃を警戒してだ。

 リアルな世界の構築を目指すアルフェネアでは、モンスターや盗賊なんかの動きはすべてそれぞれ独立したものとなっている。どこからやってきて何をするか、それは誰にもわからない。そのため、自身の都市を目指すビジターたちを守護するのも、その都市の騎士たちの仕事である。

 事前連絡によれば、現在ウルサズを目指している馬車が二つ。ウルサズにとっては久々の団体客の様だ。

 最年長のボッシュと長身のレイドンは町の警護。正面門の警護やビジターたちの案内、町内の治安維持なんかが主な仕事だ。人口の多い王都なんかだと、ビジターどうしやアクターどうしの争なんかもあるようだが、田舎町であるウルサズなどでは滅多に活躍の場はない。

 平和ということはいいことだ。

 そして、香澄とジュリアは町外周部の警戒警備を命じられた。

 町内部と違い、人間同士のいざこざは少ないが、自由徘徊のモンスターや獣たちが町の中に入らないように退治する、もしくは町外を出歩いているビジター達に注意喚起を行ったり、護衛任務や観光案内も行ったりする。

「よし、各自ペアで身なりをチェックしろ。騎士として恥ずかしくないようにな」

 ミーティングの締めくくりは、互いの身だしなみのチェックである。アルフェネアの世界感を壊すようなものを持ち込んでいないか、又、怪我をしないように必要な装備品をきちんと身に着けているか。

「だんだんと気候が良くなってきた。ハイキングシーズンになれば、ウルサズはヴィランド高原への中継基地となる。例年その時期だけだが、ビジターの数が激増することが予測される。外周警戒組は、今のうちに危険個所、危険物がないかよく確認しておくように」

 ミアに背中をチェックされているジェガンの支持が飛ぶ。小さい少女に背中を見せるために屈みこんでいるその姿は…なんだが間抜けだ。

「了解でーす」

 香澄の代わりにジュリアが元気よく答える。

「はい、チェック終了」

 そしてぽんと香澄の背中を叩いた。

「よしでは出発しますか」

 ジュリアはにっと笑うと、親指で外を刺した。

「はい、よろしくお願いします!」

 いよいよ初任務が始まる…。



 人々の世界が動き出している。

 一歩宿舎を出ると、早朝とはがらりと雰囲気を変えた賑やかな町並みが広がっていた。

 通りを行きかう馬車、荷車、牛、人。初めて本物を目の前にして、馬や牛の大きさに少し驚いてしまった。

 戸口を解放した商店の店先には様々な品が並び、路上にもちらほら炉露店が出ている。家々の窓からは、洗濯物が風に揺られ翻り、街路樹がまだら模様の影を路面に揺らしていた。その間をゆっくりと歩くビジター。野菜売りの農夫。人だかりの間を縫うように駆けていく通学途上の子供たち。

 笑い声が響き、威勢のいい掛け声が響く。

「意外と賑やかだろ?」

 ぽかんと口を開けて町並みを見つめていた式香澄は、ジュリアに声を掛けられて慌てて彼女の背中を追いかける。

「町の外には、北側から回っていくのが私のお決まりのコースなんだ。それでいいよね?」

「あ、はい、もちろんです」

 迷子になる、というほど通りは込み合っていないけれど、気を抜けば珍しいものばかりで、ついつい足は止まりがちになってしまう。

ここは心を鬼にして、ジュリアのぴょこぴょこ揺れるポーニーテールの後を追う。

「ジュリアさん、おはようございます」

「あ、おはようミエスさん。腰の調子はどう?

 そんなジュリアは、歩きながらすれ違う町人と挨拶を交わしている。

「よう、ジュリア、新しい剣はどうよ」

「うーん、今金ないんだよね」

「なんだ、また酒でつぶしちまったのかよ」

「そんなんじゃないわいよ!」

 店前に様々な武器を並べた武器屋のおじさんが、陽気な声でジュリアに話しかける。

 ジュリアは、軽口で答えてパタパタと手を振る。香澄と目が合うと、武器屋のおじさんはにっと笑みを浮かべた。とりあえず香澄は頭を下げる。

 しかしその間にもずんずん進んでいくジュリアの後を慌てて追いかける。

「ようジュリア、そのかわいい子誰だ?お前の娘か?」

 巨大な牛乳瓶を乗せた荷車を押してきた青年が、すれ違い様に香澄の方にウインクするとジュリアに声をかける。

「マイク、いい度胸だね。私がこんな大きな娘がいるように見えるってか?」

 ジュリアはジト目で牛乳売りのマイクを睨めつると、その荷車を足で軽く小突いた。

「やめろよ、牛乳瓶が割れたら弁償だぞ」

 マイクが冗談めかして笑う。

「うるせー、私のか弱い蹴りじゃ、びくともしないよ!」

「へへ、言ってろよ。それじゃあな、かわいい新人ちゃん!」

 マイクは笑い声をあげながらひらひら手を振る。

「カスミ、奴には気をつけろよ」

「は、はぁ」

 楽しそうに笑いなが去っていく牛乳青年の背中を見送りながら、香澄は改めて先輩の偉大さをかみしめていた。

「レンドバーグ先輩、人気ものなんですね」

 賞賛と羨望を込めて赤毛の先輩の背中に声を掛けると、ジュリアは苦笑いを受べて振り返った。

「んー、いやさ、この町、お調子者が多いだけだよ。それとカスミ」

「はい、なんでしょうか」

「私のことはジュリアでいいよ。堅苦しいのはなしでいこう。これから一緒に仕事も生活もしていく仲間なんだから」

 ジュリアは、ぱっと太陽のような笑顔を浮かべる。

 ああ、やっぱりこの人は、こんな笑顔を浮かべられるからこそこれだけ町の人からも好かれているんだ。

 「…はい、じゃあジュリア先輩ですね」

 ジュリアは照れたように頬を掻いた。

「先輩なんて、なんだがむずむずするなぁ。でもまあ、いままで私が一番下っ端だったわけだからな。そういう意味では後輩ができてうれしいよ」

 ジュリアはぽんぽんと香澄の頭に手を乗せると、また背中を見せて歩きだした。

「あたしも、ジュリア先輩みたいみんなと笑ってお話しできるように早くなりたいです!」

 気合を入れて決意表明をする。

 一瞬あっけにとられたようにジュリアは立ち止まるが、すぐに了解というように笑顔を浮かべると、香澄の背中をぽんっと勢いよく叩いた。

「よろしく頼むぜ、後輩ちゃん!」

 明るい先輩に陽気な人々。みんな明るい。気さくで大らかで、楽しそうに笑っている。

 

 私も、今はこの町の一員なんだ。


 そう思うと、やっぱり胸の奥がぽっと暖かくなったような気がした。

第一話は二部構成の予定です。後半も早く仕上げてまとめたいと思います…。

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