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 オレ様はカッコいい!!!   作者: 犬草
異世界入門編
9/17

08 オレ様、森の中で

あまりに長くなってしまったので、上下に分けました

上は会話パートです


 佐藤三太郎こと自称未来の英雄リチャード・サクセスが、異世界転移の際に手に入れた能力は全部で8つ。本来は【直死の魔眼】【石化の魔眼】【未来視】などの有名どころを手に入れたかった彼だったが、オプションの値段と金銭事情から威力の弱い能力を手に入れた。

 それらの能力もまた人ではない存在の持つ力であるために、彼は力を十全に使いこなせている状態とは言えない。修行の合間に能力の把握に努めたとしても、依然として知らない部分の方が多いのだ。


 例えば【黄金鑑定(ゴールドスミス)

 ドラゴンの有する能力であるこの力の本来の用途は、手に入れた財宝の価値を把握するためのものだ。

 例えば【透視眼(クレアボヤンシス)

 幽質体の生命が有するこの能力は、物質に遮られることなく見たいものを見るためのもの。

 例えば【俯瞰図(バードスカイ)

 鳥が大空から下方の生物たちを把握するためのもの。

 

 それぞれの種族としての特性が昇華された果てに獲得する力だ。

 そのために種族特有の弱点を有している場合や、人が使った場合に生まれる欠点も存在する。

 【俯瞰図】は前者の性質を有する一つだった。


 ●○○○●

 

 森の中でリチャードは歯ぎしりを発てた。

 嵐が始まってから急速に【俯瞰図】の探知範囲を狭めていたからだ。すでに探知範囲は十歩分ほどしかない。そのために追っていた二人の位置が把握できなくなってしまっている。

 なぜだ、という能力の不可解な減衰に訝しがる思い。

 【探索者】で手に入る【4測方位】フォースディレクションがあれば、という考え。

 今まで使えたスキルが使えなくなったことへの苛立ち。

 3つの思考に体が動きを止める。


「たぶんこっちだ」


 【狂化】された精神に促されるまま、直感で二人のいる場所へと向う。

 スキルの使えない中、生身の感覚だけを頼りに周囲の気配を探る。必然、足取りは遅くなった。


そうして森の奥へと進むうちに、リチャードは人影を見つけた。大きい影が前に出て後ろの小さな影の手を引いている。ロッソとアルトだ。

 二人をしっかりと識別できるようになったとき、リチャードは全力で駆け寄った勢いのまま


「どうしっ」


 ロッソをブン殴った。


 言葉はリチャードの拳によって打ち切られ、まったく反応できなかったロッソは驚きに目を瞑って、地面へと崩れ落ちた。手を繋いでいたアルトも体を引きよせられて地面に倒れる。

 雨水に溶け出した泥が衣服を汚す。

 

 これだけ降ってれば、泥くらい雨が洗い流してくれるだろう。


 リチャードはそんな場違いな考えを思い浮かべていた。

 

「一体なんのつもり!」

 

 ロッソは地面に座り込んだまま肩を怒らせた。

     

「決まってるだろ。仕返しだ。動けないのいいことに好き勝手やりやがって、よくもやってくれたな。偉大で寛容な心を持つオレ様はそれ以上の行いを良しとしない。これで勘弁してやる。っと、大丈夫か、アルト」


 睨むロッソを尻目に、呆然としているアルトへと手を差し出す。

 手を掴んだときわずかに二人の視線が交差したものの、アルトは目を逸らした。逸らして隠れた頬が赤く腫れていることにリチャードは気付く。

 魔物のいる森に入っていく子供を、どうやって説き伏せたのか。答えは明瞭だった。


「この子は無事だった。もう大丈夫、だからっ」


 立ち上がろうとするロッソの首もと掴み、立ち上がらせるともう一度リチャードはロッソを殴った。宙に放り出され、地面に叩きつけられたロッソは激怒した。


「なんなの! 一体お前は何がしたいの! さっきの言葉はなんだったの! わけわかんない」


 喚くロッソに蔑みを込めた視線を送り、吐き捨てた。


「聞き分けのない子供には力で言うことを聞かせるもんだろ」

「はあ!? 」

「お前みたいなガキに話してわかってもらうってのがバカだった。今さっき気づいたぜ。こっちのほうがずっとわかりやすいだろ」


 再び拳を振り上げたリチャードは殴ることなく動きを止めた。視線を下へと動かす。


「お姉ちゃんをイジメないで!」


 リチャードの腰に巻きつくようにして静止したアルトがいた。

 振り上げた右手を下ろして言い放つ。


「オレたちは冒険者だ。依頼を受ければ危険なことだってする。受けるか受けないか判断するのは、冒険者自身だ。自分たちの責任だ。何であんなことをしてたのか知らないが、結局はあいつらが死んだのは全部自己責任なんだよ」


「そんなことわかってるわよ!」


 打ち付けられる雨音をかき消すほどに、大きく叫び声を上げた。


「わかってねえよ! 多方、死んでも守ってみせる。とか思ってここに来たんだろ。はっきり言って迷惑だ。命懸けで守るとかバカのすることだ。お前みたいなやつは、誰かに任せてギルドで待ってればいいんだよ。お前は冒険者じゃない。ただのギルド職員だ! 」


 自分はどうしてこんな奴のことを怖がっていたのだろう。

 目の前にいるのは見えないものに怯える子供。救いを求めて声を上げるただのガキだ。


「もう知ってる人が死ぬのは嫌。待ってるだけなんて耐えられない!」


 その声はまるで鳴き声のようだった。

 本当に泣いているのかもしれないと思ったが、雨が全てを洗い流し、リチャードには確認することができなかった。

 

「そんなもの知ったことか。誰も、お前のためだけに生きてるわけじゃねえよ。お前はお前、オレはオレ様、アルトはアルトだ。誰もが自分やりたいことために生きてるだけだ。なあ、アルト」


 名前を呼ばれたアルトが身を竦ませる。

 腰に抱きつかれたまま、視線は逸らされたまま、会話を続けた。


「お前、こんなところで何をやってんだ。《勇気の花》を採りに来たんじゃなかったのか。それとも取って来た後か」


 アルトは首を横に振り、わずかにロッソへと視線を向けた。


「お前は何を言っている! 」

「貴様こそ黙っていろ。オレはアルトと話をしてるんだ」


 いつの間にか立ち上がり、目に怒りを充満させたロッソがいた。リチャードがアルトと会話を再開したようと顔を向けたところで、頭を揺らす衝撃に襲われる。

 遅れて何かが弾ける音が耳に入った。

 殴られた。

 理解した瞬間、リチャードはカッとなって再びロッソを殴りつける。結果を見ず振り返った。

 

「アルト! お前は《勇気の花》を取りに来たんだろ。見ればわかる。お前は臆病だ。まわりのことを気にして、それでも行こうとして怒られた。だから行くのをやめてロッソに連れられてきた。そうだな」


 アルトの反応を見て


「そんなもの勇気じゃない。お前の心にあるのはただ『もうどうにでもなればいい』っていう、自暴自棄な気持ちだけだ。目標を決めたなら進め。誰に怒られても、反対されても、諦めるな。叩かれたからってどうした。森には魔物がいる。そんな痛みなんて目じゃない。死ぬかもしれない。さあ、どうする。アルト、今すぐ選べ。そして、自分で歩け」

 

 いつしか雨音は遠ざかり、荒れ狂う風の雄叫びだけが残っていた。

 アルトは決意に燃える瞳でリチャードを見つめ返すと、わずかに首を振り森の奥へと走った。


「おっと、貴様はこっちだ」


 走り去るアルトを捕まえようとしたロッソを捕らえる。


「お前は!」

「アルトは自分で選んで歩き出したんだ。もう貴様には止められない。目的を失った貴様にピッタリの役目をやる」


 徐ろに手に持った剣を掲げる。

 それを見たロッソは、まるで仇を見るようにリチャードを睨みつけた。


「殺る気なら、私にだって覚悟くらいある」

「何を勘違いしてる。オレ様の相手はあっちだ」


 そこに怪物がいた。

 一言で表すなら巨大な熊だ。

 ただ大きさが普通の熊の2周りほど大きく、直立すればリチャードの二倍近くあるだろう。森の緑よりもなお深い翠色の毛皮が、巨体の重厚さ増し気品を醸している。疑いようもない、生物としての上位者の姿がそこに顕現していた。

 その怪物が、二人の帰り道を遮るような形で座していた。

 静かな視線だけで心臓を貫かれたような、強烈な刺激を受けてしまう。


「いつからかわからないが、ずっとオレたちのことを見てやがった。オレ様が隙を作ってやるから、貴様はラオットのヒゲを呼んで来い」

「誰が、お前の言うことなんか聞くか。大体、襲ってこないなら闘う必要なんかない」


 争いは最小限にするべきだ。

 その答えにリチャードは思わず笑いを漏らし、返答した。


「ハッハッハッ、お前本気で言ってるのか。」

「こんな状況でよく笑えるね。正気じゃない。イカれてる」

「それでも、状況を理解しているのはオレの方だ。あいつは王者だ」


 剣先で怪物を指し示すと、わずかに怪物には不似合いの小さな耳がピクリと動く。

 右目を【黄金鑑定】(ゴールドスミス)の金色に輝かせて言葉を紡ぐ。


「オレの目にはこう見える。あいつは【森の主】(フォレストマスター)だってな。こいつなら隠れたままオレたちに存在を気づかせることもなく狩ることだってできたはずだ。なのに現れた。森のボスらしく、正々堂々とオレたちの命を刈り取ろうって魂胆だ。戦士じゃないから逃げる奴には容赦ない」

「正気じゃないってことは否定しないのね」

「あったりまえだ。こいつに気づいた瞬間からオレ様の胸は高鳴りっぱなしだ」


 【狂戦士の鼓動】(バーサーカービード)が戦えと叫んでるんだ。

 我ながらイカれてるとしか言い様がない。リチャードは独り言ちた。


「理解できない」

「それが冒険者ってやつだ。わかったならさっさ行け。ああ!?なんだその目は、言いたいことがあるなら口に出せ。でないと何もわからねえよ。胸に秘めてるだけじゃ中から腐ってくだけだ。感情は全部外に吐き出せ」


 泣き声を上げていた子供はもういない。傍らにいるのは両目に怒りの炎を宿す一匹の鬼だ。泥まみれになった全身で身に秘めた感情を放出していた。


「お前は死ね」


 吐き捨てると同時に駆け出す。 

 

「期待に添えなくて悪いな」


 それをを追い越すようにスキルを使用する。


 【跳走】(ステップ)発動


「お前の相手はオレ様だ! 魔眼【束縛の赤蛇眼】(バインドアイ)!」


 ロッソの背中越し【森の主】に束縛の力を打ち込む。

 1、2、3と数えてリチャードは剣を頭上へと振りかぶり、勢いのまま大地を強く踏みしめ跳躍した。飛翔する力と重力が釣り合うわずかな無重力を経て、落下を開始する。狙いは当然、頭部。


「死ネエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェ!!!」


 全身の万力を込めて打ち込んだ一撃も怪物を倒すには至らなかった。リチャードは打ち込んだ剣撃の反作用で後方へと舞い戻る。

 見るのは【森の主】の後方。無事に通り抜け、村の方角へと走るロッソの背中。


 【森の主】は歯を剥き出しにして口を釣りあげた。

 それは正しく活きのいい獲物を見つけた狩人の顔だ。


 狂戦士と森の主による狂騒が始まる。

  

 つづく

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