06 オレ様、子供と交渉する
「生きてる?生きてる?」
リチャードをフルボッコした住人たちは、ラオットに静止を呼びかけられ殴り祭りを中止した。最悪の場合、村が消えかねない非常事態を思い出して森の中へと急いだ。村に残るものも人気が少なくなった街に魔物が入ってこないよう警戒を強めている。
命の危険は去った。問題は
「にーちゃ、大丈夫か」
「ああ、これくらいで死ぬほど貧弱ではない。ってそんなところを突っつくな」
大人たちがいなくなったことで、世話から逃れた子供たちが残っていた。
「的当てやろーぜ。調子に乗ってるこいつにどっちが上か思い知らせてやろーぜ」
「どこが点数高いの。やっぱ顔?」
「仮面つけてるしな。仮面に傷つけちゃ怒られるだろ」
「蛙の子は蛙か。お前たち、動けない者に対して狼藉を働こうとは恥ずかしくないのか」
「やっぱ調子にのってるぜ」
「やっちゃえ」
「どれくらいまで我慢できるか確かめてやろーぜ」
「例え何をしようと、オレ様の心を折ることなんてできやしない!」
強気の発言をしながらもリチャードの内心では冷や汗を流していた。
手を縛られ、足を縛れ、文字通り手も足もでない状態だ。未だに柱に縛り付けられている彼は身動き一つすることができない。
対する相手は子供。子供は知識故に手加減を知らない。彼らが好奇心の牙を剥き出しにしたとき。
「みんなここにいたのね。姉さんたちが探してたわよ」
救い手が現れた。ギルドの受付であるロッソだ。
集まっている子供たちを数えて言い付ける。
「ちゃっちゃとギルドに集まらないと、お姉さん方からキッツイお仕置きを受けることになるわよ。痺れを切らした怖い姉さんたちが来る前にちゃっちゃと行きなさい」
「でも姉ちゃん、こいつ生意気なんたぜ」
「その兄さんには私がキツクお仕置きしておくから、あなたたちは帰りなさい」
子供たちは渋面を作る。
楽しみを邪魔されたこともあるが、怒られたときのことを想像してしまう。
楽しみと怖さの板挟みに、とりあえず一発だけ腹パンチを入れることになった。
「いい気になるんじゃねえぞ」 ドゴ
「姉ちゃんに手を出すなよ」 バゴ
「ごめんさい」 ポコリ
走り去っていく子供たちにロッソは注意を呼びかけた。
「他に外に出てる子がいたらいっしょに連れていってあげてね。危ないから外に出ちゃだめよ」
子供たちがギルドへと向かうのを確認すると、彼女はリチャードへと向き直り。おもむろに緑色の液体で満たされた容器を取り出した。
「いや~、ほんとに凄まじい様子ね。《羞恥の仮面》の刑なのに、どうしてこうなるかな」
「一重に選ばれし者に対する嫉妬だろう。これだから愚鈍な民衆は嫌なのだ」
「ボコボコにされてそれだけ言えるって、君は本当にスゴイね。いろんな意味で」
「偉大すぎる英雄はなかなか理解されないものだ」
処置なしとばかりに溜め息混じりに肩を竦めるロッソだった。
「強がり言ってないでちゃっちゃと口を開けなさい」
「ぐおっ。何をするつもりだ!」
動けないリチャードの口を強引に開くと、手に持つ容器から緑色の液体を注ぎ込む。
「それイッキ、イッキ、イッキ」
「ボベッ、ングッハ、止めろ! その薄気味悪いドロドロしたものは何だ! 」
「汚いじゃないの。これは回復魔法薬。怪しい薬じゃないのよ、ただちょっとふる‥‥‥‥‥‥・水っけが飛んじゃってるけどね」
「薬の期限切れほど危険なものはない!取り替えてこい」
「ただ捨てるだけより使ったほうが有用でしょ。これならタダでいいから、ね」
全て師匠のラオットに依頼料を取られている現状だ。手持ちがない今、体力を回復する手段が得られることは素直に喜ばしい。
「わかった。ただ一言、頼みたいことがある」
「別にいいけど、できることとできないことがある」
「簡単なことだ。ロッソが……」
予想と異なるリチャードの申し出に、ロッソは顔に困惑を浮かべる。内容に問題がなかったためすぐに応じた。
ロッソが唸るように喉の調子を整える。
「りちゃ~どくんの、カッコイイとこ見てみたい~」
「いえぇ~~~~~~~~~い!!!」
宴会場ごとき掛け声で勢いをつけ、ドロっとした緑の液体を喉の奥へと流し込む。
精神力を根こそぎ奪われたリチャードだったが、回復魔法薬の効果は遺憾なく発揮され、失われていた体力を回復し傷を癒した。
「てっきりロープを解いてくれとか言われるかと思ってたのに、意外と殊勝ね」
彼は身体を癒し、精神を攻撃する回復魔法薬に意識を奪われて忘れていた。
口にするには恥ずかしく
「本来ならばオレは街の人間ではなく掟なんぞ関係ないところだ」
少し口を濁し
「それでも仲間と言われたのはうれしかった」
心ないはずの言葉も口にしてしまえば自身の内心を吐露しているようで、リチャードは誤魔化す前よりもさらに気恥ずかしい思いに駆られていた。
だから笑みを浮かべているロッソを見て声を荒げてしまう。
「な・ん・だっ!
「あなたからそんな言葉が聞けると思わなかったからつい、ね」
「お前がオレの言葉に感銘を受けて、オレを自由にしてやりたいというなら止めはしないぞ」
「それは掟だから」
辺境の集落においては国の敷く法よりも古くから続く慣習が強く、それ故に住民は掟を大事にする。
「でもお姉さんちょっと感激しちゃったから、話し相手くらいは連れてきて上げる。あなたが思っているよりもずっとあなたは受け入れられてるハズよ。連れて行かれるあなたをずっと心配して見てた子もいる。ちなみに、わたしじゃないよ。ね~残念? 残念?」
「ロープを解かないなら、さっさとそいつを連れてきてくれ。そっちの方が話しが通じそうだ」
「はいはいっと」
背を向けたロッソに一言。
「ちなみに、それは女か」
「もちろん、可愛い女の子よ。憎いわね~ほんとに、可愛いからってイジメちゃ駄目だから」
「誰がそんなガキみたいなことするか。オレ様の偉大さを理解している数少ない人間だ。いかにオレ様が素晴らしいか語ってきかせてやろうではないか」
「ちゃっちゃと言って帰ってくるから、それまで魔物に襲われても死なないようにね~」
最後の聞き捨てならない言葉に自分の置かれた本当の状況を理解する。
住人のいない閑散とした街の広場。叫び声を上げたとして、すぐに駆けつけてくれるものなどいない。人を恐る獣も人気がなければ顔を見せる。四肢を封じられ、身動きできない場合はどんな小さな魔物でも命に関わるだろう状況だ。
「待て、やはりロープを解いて行け! 」
「すぐ戻ってくるから~」
「待てと言ってるだろうが! 」
叫び声も虚しく、ロッソはリチャードの視界から消えていった。
「こうなったら自力で逃げ出すしか」
鎖で繋がれているわけじゃない、と両手足を動かして脱出を試みる。上下左右に動かしたり、腕を反対方向へ傾けたりと試すが、結果は芳しくない。試行錯誤に焦れてきたところで声がかけられた。
「あの!」
声のもとには男の子の姿が見えた。
リチャードの腰より少し高い程度の背丈だ。
「ロープ、解いてもいいです、よ。その、だから、ボクのお願いを聞いて下さい」
先ほどロッソに言われてギルドで待つものたちの下へと行った三人の子供の一人だ。
少年の仕切に周囲を気にする様子から、黙って抜け出してきたものと推測する。記憶を探れば腹のパンチも力なく、三人の中で唯一謝罪を述べていた。
話を聞くくらいはしてやるか、と感想を抱き
「話しはオレを自由にしてからだ。先にロープを解け」
交渉事はまず強気に出ておくことが大切だと自分の立場を主張する。
とたん、定まらなかった視線が急にリチャードの瞳と交差する。自分よりも大きなものを見上げる格好だ。瞬き一つすることなくリチャードを見る。
「お願い、です。話を、聞いて、ください」
強く意志の力を込めるように、言葉は一つ一つゆっくりと発せられた。内容をそれ以上加えることなく、視線を交わらせたまま少年は沈黙する。
リチャードが少年の瞳から読み取ったものは覚悟だった。何かを覚悟している目だ、と。
「さっさと話せ。早くしないとロッソの姉ちゃんが戻ってくるぞ」
少年は一瞬だけ頬を緩めたものの、すぐに力を込め直す。
「花が欲しいんです」
「花くらい、どこにでもあるだろ」
「欲しい花があって、花の咲く場所が森の奥の方にあるんです」
「それを取ってこいって?」
いかにも冒険者的な依頼だな。そう考えたところで
「違います。そこまでボクを護衛して欲しいです」
「なるほどな。それでオレ様を必要としているわけだ。しかし、どうしてお前が行く必要がある」
花が必要なら森の中を捜索している村人たちに頼めばいいだけの話だ。
「どうしてだ」
問かけの度に瞳を震わせると、頑なだった姿勢が崩れ出す。
「えっ、あっと、その、どうしても言わなければいけませんか」
「どうしても、だ」
少年の視線が空から地面へと七往復ほどしたところで、ようやく呻き声以外の言葉が出る。
「《勇気の花》――この辺りではそう呼ばれてて、ちょっと危険なところにあって、度胸試しに使われたり、花を咲いている場所から取ってくると勇気のあるやつだって認められるです。それで……」
早過ぎるくらいに流れ出た言葉は、最後に詰まり
「好きな人に告白するのに使ったりします」
力強く告げられた。
最後のひと声と共に挙動不審だった少年は、岩のような質を取り戻した。
リチャードは思い返す。三人いた中のリーダー格の一人。
「もしかして、いっしょにいた髪を後ろで束ねているやつ、女の子なのか」
「えっと、知らなかったですか?」
「なるほど、なるほど」
リチャードは見下ろす少年を見る。
整った顔立ち、流れるような銀髪、大きな青い瞳。
礼儀正しく、思いやりがあり、状況を読む機転を持ち、行動を起こす勇気を持つ。
そして彼は同じ街で育った幼馴染の少女に恋をしている。
まるでコイツが主人公のようではないか!
叫びたくなるのを我慢して心の中で絶叫するリチャード。
「だが、お前は決定的なところで間違っている」
想像しなかったところからやってきた攻撃に、震える声でせめてもの反撃を試みる。
「ま、間違ってますか」
「そうだ! お前は間違っている! 花の名前は《勇気の花》。それは花を取って来たものを讃えるからこそ生まれた名前だ。森の中、魔物が彷徨う中を、心に抱いた力で通り抜ける。それこそが勇気! そこに護衛を連れて採りにいこうなどと笑止千万! 一言、言おう」
大きく息を吸い
「今のお前はカッコ悪い! 」
突きつけるように言葉を放った。
「か、カッコ悪いですか」
「そうだ。無様とさえ言える。護衛を連れて行って採った花は《臆病者の花》と名前を変えるだろうな。むろん、告白したとしても、断られてしまうのは目に見えているな」
「う、ううう。カッコ悪い、ですか」
「だが、それを知るのはオレだけだ。オレを護衛したことを誰にも話さなければいいだけのこと、っておい話はまだ終わっていない! 勝手にどこかにいこうとするな! 」
リチャードの慰めも虚しく、少年はふらふらと姿を消していった。
読んでくれてありがとうございます。
ただのモブキャラがやたらと主人公っぽくなってしまいました