03 オレ様、地獄を見る
この世界に刻まれた佐藤三太郎という黒歴史に涙を流したオレは、狼狽のあまりにいつのまにかラオットのオッサンの弟子になっていた。
あまりに非情な運命に、オレ様も正気を失ってしまった。
「しかい、学徒Lv33だろ。スタイルを変えたらそっちは成長しないぞ」
「構わないから変更してくれ」
師弟契約を行うと、師匠は弟子に対して限定的な支配権を得る。
主人の奴隷に対する絶対的命令権は存在しないが、師匠によって《自称》の変更権を有する。更に、師匠は弟子の成長に応じて微量ながらもスタイルが成長する。
対して弟子が得られる利点は2つ。
スタイルの先達による指導が得られること。
次に最も大きな利点として、契約中は師弟契約を結ぶ際に先生する《自称》見習いとなり、一部の未習得技能を使用することが可能となる。
「オレ様が誰かの下につくってことが気に入らないな」
「そりゃもう聞いた。いいからさっさとかかってこいよ、喚くだけなら虫でもできるぞ」
「ハハハハハッ、死んでも文句を言うなよ」
リチャードが手に持つのは鉄の剣だ。
当たったらタダでは済まない、場合によっては重症を負い、死ぬ危険すらある。
そんな人として当たり前の忌避感をまったく感じさせない一撃をリチャードは振りかぶった。
対するラオットは素手。防具はなく、布の服を纏っているだけだ。
リチャードの大上段から振り下ろされる一撃を
「なんだとっ!」
スキル【鋼の肉体】発動
スキル【受け流し】発動
スキル【負傷制御】発動
「山を動かすこと敵わず」
闘技《不動山》
静かに告げられたと同時に、ラオットの足元に小さな亀裂が入った。
【鋼の肉体】を極めた身体はすでに鉄の硬度を超える堅さ備えており、剣を受け止めた右手には押し当てた程度の跡しか残っていない。本来入るはずだったダメージは【受け流し】【衝撃操作】によって、全身を伝い大地へと流された。足元の亀裂はその証拠だ。
驚きに硬直しているリチャードを見てラオットは薄く笑う。
「隙だらけだぞ」
剣先を受け止めた右手で剣を掴み、一瞬だけ後ろへ押す。
人は無意識に受けた力の反する力を作り体勢を維持しようとする。
後ろに押せば、体は当然、前へと力を入れる。
わずかな瞬間を見逃すことなくラオットは剣を後ろに引く。
体勢を崩して倒れ込もうとするリチャードの腹部に膝蹴りを極める。
「がっ!!!」
収縮した筋肉が肺の空気を全て吐き出し、足が大地から離れる。
ラオットはさらに追撃を始めた。
更に深く潜り込むと、体を丸めて力を込める。
スキル【充填】発動
スキル【大跳躍】発動
スキル【衝撃制御】発動
闘技《昇天》
全身を使った突き上げが滞空するリチャードの腹部に突き刺さる。両手を手首で合わせ、花のように広げている。衝撃は攻撃力に変じることなく、上方向への慣性となってリチャードを吹き飛ばした。
上昇し続けるリチャードを追いかけてラオットは【大跳躍】を発動させた。
「!!!」
「ガハハハハ乗ってきたぜ」
「ちょっ、待っ!」
静止を呼びかけるも虚しく、空中連撃無限連鎖が始まった。
「オラオラオラオラオラオラオラオラらららららららららららららららららら」
「あばば、ば、ば、ば、ば、ば、ば、ばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
連撃に次ぐ連擊。
頭、顔、肩、腕、手、胸、腹、腰、背中、脚。
全身のありとあらゆる場所を打ち抜く攻撃は、本来なら魔獣すら粉塵と化す必殺技だ。
「安心しろ。どれだけ痛くても死ぬ心配はない。これが戦闘スキル【手加減】だ。クエストで捕獲を依頼されたときに便利だから覚えておけよ。ところで、ワシが師匠になることに依存はないな」
「‥‥‥‥‥」
文字通りボロボロになったリチャードはうめき声すらもあげることはできなかった。
死ぬほど痛い。
むしろ生きてる方が辛いんじゃないかってくらい痛い。
気を失いたいのにあまりの痛みで逆に気絶できない。
「気を失うな!冒険者なんて最後に頼りになるのは自分だ!意識を失うなんて殺してくれと言っているのと同じだ!起きろ!」
「ご‥‥‥‥‥あ‥‥‥‥‥‥」
「オラオラオラオラオラ、気を失ってる暇はないぞ!オレが一ヶ月で一人前にしてやる!死んで楽になろうなんて思うなよ!」
それは地獄の始まりだった。
●○○○●
「まずは【跳走】だ。攻撃を受ければそれだけダメージを受ける。隙ができる。複数の敵を相手取る際に攻撃を受け止めるなんて、死んだも同じだ。次の瞬間には攻撃を体で受け止めることになる。この上位のスキルに【滑走】がある。目標は【跳走】を鍛えて、【滑走】を体得することだ」
「跳ねが高い!もっと低く、地面につくスレスレで移動しろ!」
「もっと早く!足を地面に付けていいのは一秒だけだ!2秒以上してたら脚を刈り取るからな!」
「何がサー!だ!真面目にヤレ!残り389回!」
「動きが短調になってきたぞ!緩急も付けて移動しろ!ゴルアァ!足をぶった斬られたいのか!」
●○○○●
「もう休ませてくださいだと?安心しろ、今から教えるのは【野外生活】についてだ。食料は多めに持ち歩くが、場合によっては足りないこともある。魔物から逃げて迷ったときなんかは特にそういうことが多い。だから自分で食べられるものを見つけられなければならない」
「なんだ?嫌な予感がするって?大丈夫!ダイジョーブだ。今日からお前は村の外で生活することになるが、ここらは毒のある植物は少ない。ここいらの木の葉や草花は食べられる。さすがに初日くらいはオレがサービスしてやるから、明日からは自分でやれ」
「肉が食いたい?自分で捕まえろ!」
「水は村の井戸からワシが毎日汲んできてやる。街の外といっても、魔物や獣も危険なやつはおらんぞ」
「ん?死んでしまう?そうか、ならさっさと死ね。どうせ死ぬなら早いほうが楽でいいぞ」
●○○○●
「食後の休憩は終わりだ!冒険者はいつも危険と隣り合わせのスタイル!強くなければ生きていけん!坊主の武器で素振りをしろ。剣なら上から振り下ろして地面に当たる瞬間に止めろ」
「その使い方じゃ棍棒くらいにしか役にたたんぞ!全力で押し込むか、そうでなければ剣を引きながら振れ。撲殺道具になるか惨殺道具になるかは、持ち主の技量次第になるぞ!」
「また地面についたな!初めからやり直しだ!止めた時は微動だにするな!腰をドッシリ据えろ!剣の重さに体が引かれてるぞ!」
「そんな様子じゃゴブリンだって殺せやせん!斬るものを思い浮かべて武器を振れ!」
むろリチャードは目の前のヒゲのオッサンを斬撃の先において振るった。
「やればできるじゃんねえか!その調子だ」
オッサンを1殺し、オッサンを2殺し、オッサンを3殺し、オッサンを4殺し‥‥‥‥‥‥‥
「おお、やる気があるのはいいがもう百回分済んでるぞ」
止める声にも関わらず、リチャードは剣を高く高く振りかざした。
「死ネエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!」
スキル|【怒り】《》発動
狂化による精神侵食発生
被ダメージに応じて攻撃力上昇、並びに回避力低下、防御力低下
スキル|【気合】《》発動
精神力に応じて攻撃力上昇、敏捷力上昇、命中力上昇
スキル|【忘我】発動
身体能力の低下を無効化
知力を除く全能力値倍加
意識の朦朧とする中で放たれた一撃は、練習の中のどの一撃よりも強く早くラオットに襲いかかる。
リチャードが殺意の果てに、我を失って放った攻撃は闘技【決死の一撃】と呼ばれるものだ。命を惜しまず一撃に全てをかける最後の一撃。追い詰められた獣の抵抗と同じソレは、リチャードの限界を超えた動きを可能とした。だが
「その程度でワシを倒せると思うな!」
【決死の一撃】は避けられ、無防備な体に意識を刈り取る拳が振り下ろされた。
勢いのまま地面で跳ねると、リチャードは地面に倒れこみ起き上がることはなかった。
むしろ、その様は安らぎを得たようですらあった。
気を失っても剣を手放さないリチャードを見て、ラオットは笑みの形に顔を歪めた。
「なかなか根性あるの。しかし、ま~」
ラオットは自分のあごヒゲに手をやり、心持ちを漏らした。
「本当にやれるとは思わんかったな。これなら一ヶ月で冒険者になるのも無理ではないやも……」
ラオットが思索の檻に沈んでいく隣で、リチャードはわずかな安らぎを得た。
●○○○●
称号【殴られ屋】獲得
スキル【跳走】獲得
スキル【薬草知識】獲得
スキル【剣適性】獲得
スキル【怒り】獲得
スキル【気合】獲得
スキル【忘我】獲得
自称【狂戦士】ルート開放
頭の中を大量の情報が駆け抜けていく。
しかし、現実逃避の最中にいるリチャードに気づく余地はなかった。
「さっさと起きろ!今日から【野外生活】だと言ったろうが!地面で寝るな、暖かい時期とは言え夜は冷える。筋肉が固まるぞ!樹木を背に、風のこない場所を探してマントを羽織って眠れ!絶対に横になるな!座って眠れるようになれ!武器はすぐ手に取れる場所におけ!」
リチャードの修行はまだ始まったばかりだ。
・サンタロー・サトーあるいはリチャード・サクセス(仮)
【種族】ヒューマンLv3
【自称】来訪者Lv3、冒険者見習いLv5
【剣適性】
【薬草知識】【異世界言語知識】【算学】
【跳走】【怒り】【気合】【忘我】
【黄金鑑定】【俯瞰図】【透視眼】【???】【???】【???】【???】【???】
操作ミスで12時に投稿されなかったス。
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