02 オレ様、ギルドに行く
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
負けた。あっさりと負けました。惨敗です、ハイ。
「ごおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
殺すなら殺せ、っていうかむしろ殺してくれ。穴があったら入りたいくらいだ。ああ、虫になりたい。
そうだ、穴を掘ろう。
「そうだ!穴を掘ろう」
横になっていた体を起したところで、リチャードは自分が屋内にいることに気づいた。舗装されていない材質が剥き出しとなった木造建ての家屋だ。床は焦げた色の粘土質の土が敷き詰められており、丁寧に掃除されたそこには、小石ひとつ見受けられなかった。
彼が横になっていなのは、部屋の隅に置かれたベッドの上。干した藁を敷き詰めた上に木板を置いた、簡素なベッドだ。彼が身動きしたことで、藁の上に乗せられただけの木の板が僅かに傾く。
自然と板の上にいたリチャードも傾ぎ、体を支えるために腕を出す。
少し湿ったように感じる床に手を置いたとき、それは起きた。
激痛。白転。
右肩から垂直に切り下ろされる斬撃。鎖骨を断ち切り、肉を切り裂く一撃の冷たさ。肉体の持ち主が知覚する間を置いて、傷が主張を始める。
視界を取り戻したときに目の前にあったものは、焦げた茶色。床だ。
痛みの場所を探して手が彷徨う。
「痛みが‥‥‥‥‥‥ない?」
確かに切り裂かれたはずの場所に、傷跡はなく。それに気づいたと同時に痛みは幻に戻った。
数回、瞬きをするほどの間だったが、リチャードは著しく体力を消費し、大量の汗を流していた。渇きから喉に手をやるが、それ以上の動きはない。
「まじカッコ悪い。あそこで負けるとかないだろ。ああぁぁぁぁぁ‥‥‥‥‥・ダウな~」
ベッドに戻ることもなく、地面の上で虫ケラのように蠢くリチャードだった。
冷たい土の床が気持ち良さに、夢の世界へと旅立とうとしたリチャードだったが、人の気配に意識を覚醒させる。
キイと、木の軋む音。扉の先に人影を収めた。
ヒゲ。
それを見た瞬間に、リチャードは何も見なかったことにした。
こういうときは美少女がやってきて起こしてくれるんだ。
そんな儚すぎる妄想も虚しく。
「けが人だったっていうのに、元気なやつだな。まあ、この様子なら心配いらんか」
響いたのは野太い男の声。それも重低音だ。
「……お約束はどこにいった………」
「なんだ坊主、起きとったのか。」
「坊主じゃねえよ。名前を呼べ」
「じゃあ、名前くらい名乗りな。その前に礼くらい言っておいても罰は当たらんぞ」
軽く言葉を交わしてリチャードは体を起こし、足を前で交差させて座った。
それを見たヒゲの男も床で胡座をかく。
まてよ、こういうときは記憶喪失ということにしておけば、いろいろと都合がいいはずだ。
「それが自分の名前が思い出せないんだ。ここはドコだ。オレはだれなんだ」
「はあ!?思い出せないって、自分の名前だろ。」
「信じられないかもしれないが本当なんだ。自分がどうしてここにいるかわからない」
「そうか。そんなこともあるか」
どうやって信じさせようかと思ったが、素直なオッサンだな。そのうち悪いものに引っかかるぞ。
リチャードが内心でほくそ笑んでいたとき、爆弾は落とされた。
「安心しろ、サンタロウ・サトー。それがお前の‥‥‥‥‥」
「違うわボケエエエエェェェェェェェェ!そんなモブのような名前で呼ぶんじゃねえ!オレの魂の名前はリチャード・サクセスだ!獅子の心を持った雄々しき英雄の名前だ!二度と間違えるんじゃねえ!」
コンプレックスともなる自分の名前を暴かれて、被っていた皮をブチ破って馬脚を表した。
「はあ?お前の名前はサンタロウ・サトーだろ。何言ってんだ。落ち着け、サンタロウ」
「オレはリチャードだ!魂がそう叫んでるんだ!そんな名前で呼ぶんじゃねえ!」
「わかった。リチャードだな、だから落ち着けって」
「ふっ、わかったならそれでいい」
「はあ、めんどうなヤツを拾っちまったな。とりあえず無事なようで何よりだ」
「うむ。オレも正直死んだと思ったからな。なんで生きてるんだ?」
思い出すだけで体中から冷や汗が出てくる。ブルっちゃうぜ。もちろん武者震いだ。
「旅の愈術師でダンクマールだったか。まあ、とにかくソイツが死にそうになってるお前を見つけて治療したらしいぞ。この街までお前を連れてきたのもそいつだ。感謝しとけよ」
「命を恩人だ。礼をするのは当然だ。ソイツはどこにいる」
「アイツならとっくに街を出て行ったぞ。で、ソイツからの伝言なんだが『礼はもらった』だそうだ」
いらないではなく、もらった。
もらったというのは自分からだろう。
では何を?
「おっさん。ところでオレの荷物はどこだ」
「部屋の端に置かれているだろ」
ヒゲの男が指す方向を見る。そこには剥き出しの剣と、丁寧に畳まれたマントがあった。
「装備じゃなくて鞄だ。腰に下げる革ものの鞄だ」
「そんなもんなかったぞ。今の格好とあれだけだ」
「オレは指輪をしてたハズだ。それはどこだ!」
「知らんよ。ア・レ・だけだ。ってオイ、どうしたんだ、大丈夫か。まだ痛むところでもあるのか?」
急に倒れた佐藤三太郎、もといリチャードを心配してヒゲの男が覗き込む。
「やりやがったな」
そして彼は自己の命という唯一の無二のもの。衣服と剣。それだけを残し、他のすべてを失った。
●○○○○○○●
「まあ、命があっただけ良かったと思え。助けて運んでくれただけ良心的だろ」
確かに命と天秤にかければ比重は明確だろう。それでも自分の知らない内というのが曲者だ。命の恩人として礼をしただろうが、ほぼ全ての財産を持っていかれると素直に良い感情を持つことはできない。
いつか見つけてぶっ殺してやる。
と、いささか極端な感情を有するに至ったリチャードだった。
「で、ここがギルドか。なんか思ってたよりボロいな。本当にここか?」
「僻地にあるギルドなんてこんなもんだろ。さっさと行くぞ」
二人の前にあるものは木造で作られた一つの家屋だ。
ヒゲの男。ライオットの主張の通り、隙間なく板の貼られた壁はすきま風を誘う家屋とは一線の風格を見せている。
リチャードは期待に胸を膨らませていたものが、ガラガラと音を奏でて崩れていく音を聞いた。
一ヶ月間の予約を経て手に入れた一品が、近くの店で普通に売っていたときのような気分で彼はギルドの敷居を跨いだ。
「ライオットさ~ん、助けてくださいよ~」
声の元は入ってすぐのところにいる赤毛の女性からだった。
「どうした」
「ラオットさんだったら知ってるくせに~。新米冒険者が皆いなくなっちゃったんですよ。これじゃあ、依頼が入っても。やってくれる人がいませんよ~」
「あのバカどものせいか。身の程知らずの結果がこれとはな」
わずかに重い空気が立ち込めたが、ラオットがリチャードの肩に手を置いたときに払拭された。
「そんなロッソにいい知らせだ。こいつのカードを作ってやってくれ」
「おお!あんたこそ私の救いの主です」
「フフフフフ、オレにまかせておけ!」
受付から出てリチャードの手を振り回すロッソだった。
「それじゃ、ちゃっちゃと調べますか」
一度奥へと戻ったロッソが取り出したものは3つ。虫眼鏡、紙、針だ。
ロッソはリチャードを向こうに置き、虫眼鏡の形をしたのガラスを覗き込んだ。
同じようにリチャードもまた、魔眼を使ってその道具を観察した。
スキル《黄金鑑定》発動
【ミルルの単眼 中古品 70000~120000ダラ】
どう見ても鑑定用のアイテムだよな。
自分は隠すようなことなど何もないとばかりにキメポーズを取る。
腕を交差させる形で片手で顔を覆う。
「あのサンタロー……」
「違う!オレの名前はリチャードだ!リチャード・サクソンだ!」
怒るリチャード(仮)を尻目に、ロッソは自然とライオットを見た。
「ちょっと面倒な奴なんだ」
「そうなんですか‥‥‥‥‥‥それで、この人何者ですか?レアなスタイル持ってますよ」
「ああ、そうだな。オレは知らん。オレも知ったばっかりだ」
「レアなスタイル?なんのことだ?」
スタイルと聞いて、腕を肩に平行にあげて力こぶを作る。
フロント・バブル・バイセップスである。
「自分の持っているスタイルなのに何も知らないの」
「三日前の生き残りだ。大怪我のせいかちょっとここがな」
「そこはかとなくバカにされているような気もするが、オレ様を案内してくれた恩に免じて勘弁してやろうではないか。ん?」
言葉の中の違和感に気づいて声を続けた。
「三日前と言ったのか」
「そうだ」
「それはあれか、オレが三日間も眠っていたということか」
「そうだ。癒術師のいないここじゃ、あと数日すれば《ソルソデアの原》に旅立っていたところだな」
この世界において食事を取ることができないことは死に直結する。
一度は斬られて、二度目は昏睡で。
連続で迫ってきた死の足音に、楽天的なリチャードも背筋を凍らせた。
だがそれも一時のこと。
「それでスタイルってのは何だ?レアって話しだけど?」
その言葉にラオットとロッソと顔を見合わせる。
「お前はもうちょっと横になっていたほうがいい」
「命を大事に、ですよ」
「それは置いとけ。まずは説明しろ」
スタイル。正しくは生型と称されるもの。
人類が外敵との生存競争に打ち勝つための力であり、自分が何であるかを宣言する自称である。
基本となる5つのスタイルが存在する。
戦士、旅人、術師、作者そして村人。
あくまで大別であり、上位のスタイルほど、その性質は複雑に絡み合っている。
上位のスタイルとして、剣聖、冒険者、属性師、職人などが存在する。
そのスタイルのには、様々なものがあり、数が少ないことから珍型、貴型、などと呼ばれるものも存在する。
その説明を聞いたリチャードは疑問を発した。
「それはジョブではないのか?」
「ジョブとは、王族や貴族によって付与されるものです」
「なんだ、坊主は騎士になりたいのか?」
「騎士なんかより、断然冒険者だ」
この世界において職業とは、王族の特殊能力によって個人に付与される。
例として兵士、指揮官、騎士、大臣など、国家運営に関わるものが分類されている。
「ところでオレのスタイルは何だ」
「そうですね、ちょっとチクッとしますよ~」
「ムッ」
ロッソはリチャードの手を取り人さし指の平を針で指す。
指の上に血が溜まると、ロッソに導かれて紙に指印する。赤い指紋の跡は紙に染み込み、吸い取るようににじみ込むと、その赤さを失った。
「これをどうぞ」
渡された縦長の長方形をしたカードを手に取る。
【 サンタロー・サトー
【シード】 ヒューマンLv3
【スタイル】学徒Lv31、来訪者Lv2 】
「こ、これは!」
カードに記された情報にリチャード(仮)は驚きの声をあげた。続けて魂の叫び声をあげる。
「オレの名前はリチャード・サクセスだ!」
訪れる客もなく、三人だけしかいない冒険者ギルドで男の虚しい慟哭が響き渡った。
ラオット 男、元冒険者、ヒゲ
ロッソ 女、ギルド受付、赤髪
ダンクマール ?、旅の癒術師