01 オレ様、美少女とエンカウントする
やっと投稿二回目です
リチャードは《俯瞰図》の視界に映る密集した白点の方角へと足を急がせた。
頭の中を占めているものは武器を振りかざし、悪党を八つ裂きにする自分。そして助け出した美少女に感謝れることだけだ。
【布の靴】の隙間を縫って足裏に突き刺さる小枝や石の痛みにも構わず、慣れない森の中を走ることによって生じる疲れも吹き飛ばして、ただ走り続けた。
「待ってろよ。すぐに助けに行くからな!」
普通なら慣れない森の中、目印となるものもない場所では遭難してもおかしくはない。だが、空から大地を見下ろすように、周囲の反応を感知する魔眼が生き物の集合場所を知らせている。それによって、彼は方向を見失うことなく足を進めることができた。
リチャードがまだ見ぬ美少女の不幸を防ごうと、駆け抜けた先にあったものは一本の道だった。人が歩いたあとにある踏み固められただけの道の上で、その光景は展開されていた。
数十人もの男が一人の人物を囲っている。
その人物は正しく女性だった。
陽光に煌めく金糸のごとき髪。宝石を嵌め込んだような紫水晶の瞳。雪のような曇りなき白い肌。背は高くも低くもない中程。胸の膨らみを見れば女性だと断定できる。
そこにいたのはまぎれもない美少女。それも絶世の美少女だった。
リチャードは目の前に現れた驚くべきものにただ呆然とした。
悪漢に囲まれる美少女。ただの妄想でしかなかったはずのソレが目の前にある。ただ、彼の頭の中と違ったことがある。それは
「ぐぎゃあああああああああああああああ!!!」
「殺せ!そいつを誰か殺せ!殺してくれ!」
「死ね!死ね!死ね!」
「落ち着け!落ち着くガっ!」
「助けてくれ!」
「全員でかかればなんとかなるはずだ!諦めるな!」
その絶世の美少女が男たちを斬り殺しているということだ。
少女が男の脇を通った後、男が振り向こうと体を捩ったところで鮮血が迸った。膝から倒れこみ、男が地面に伏せるころには赤い噴水が血溜りを作った。
少女が動く度に血霞が生まれ、周囲の男は力尽きる。流れるような動きで攻撃の先を取り、周囲のものを切り伏せる。時折くる攻撃にも慌てることなくゆっくりと避けている。相手方の動きを読み、あるいは誘導するように動き回り、両手に持った双剣で斬り捌く。
ただ一度だけ違う動きがあった。
避けきれないほどの速度を持った一撃が繰り出される。そのとき、彼女は片方の剣で軌道を外らすように払うと、その勢いのまま回転を付け、双剣を並行に揃えて攻撃を加える。一方は体を、一方は武器を持った腕を狙って放たれた。武器を持った腕が宙を舞い、遅れて溢れ出す赤が腕を追いかける。
「鈍ったかな?」
背中でバツの形に交差せた鞘に双剣を収めると、少女はそう呟いた。目の前に自分の手の平を出し、握りと開けの形を繰り返した。思い出したように自らの作り出した惨状を眺め、何かに納得したのか頷いた。
リチャードが正気に戻ったのは、少女が立ち去ってからしばらく時を置いてのことだった。
正気に戻ったリチャードは身を震わせる。
目の前で起こった虐殺、言い換えれば美少女の圧倒的なまでの戦闘力に感動していた。頭の中をどっぷりと染め上げる興奮に、声をあげようとするがうまく言葉にできず。
「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
不明の音となって吐き出された。
強い。強くなりたい。闘いたい。力が欲しい。体を動かしたい。
目の前で行われた動きに自分を重ねて、悦に浸っていた彼は自分に武器がないことに気づく。そして視界を広げれば、大地に突き刺さった大剣があった。柄を握る右腕は体を失ってもまだなお、その意思を残していた。垂れ下がるようにして切断面から流れ出す血が、無骨な大剣に赤い装飾を施していた。
「こいつがあれば」
柄を握る手の指を一つ一つ動かして、腕を放り出す。大剣を抱きしめるようにして柄を両手で握り、背筋を特に全身へと力を入れた。
「ぐんうっ!ほっ!たっ!だっ!ガー!」
力を抜き目を閉じると柄を放し、手で前髪を撫でた。
「フッ、今日はこれくらいにしてやろう。だが覚えておけ、いつかお前をオレのモノにしてやる!必ずだ!この屈辱は決して忘れないぞ!」
言い捨てると、気持ちを落ち着けて周囲を見渡す。
正に死屍累々。ところどころにある血の池に男たちが伏せ、その側には装備が転がっていた。
さすがに大剣を持つことはできなかったが、これくらいならと中の一本を手に取り振りかざす。
「うわ重っ!」
ずっしりとした重量感を感じて強く柄を握り締めると少、女の剣撃を思い浮かべ、勢いを付けて回転切りをする。だがその回転を止めることはできず、さらに回ってしまう。
「さすがに初めから使えるわけないかっと?」
剣と同じように自分のサイズに合う革のブーツと外套を手に入れた頃、微かな異音に気づき剣を片手に耳を済ませた。
「……‥‥‥‥‥‥‥■‥‥‥‥‥‥■‥‥■‥‥‥‥‥‥‥」
掠れて消えそうな音を頼りにリチャードはある場所にたどり着いた。
歩いた跡には引きずった剣先の跡が残る。
その場所でしばらく下を見つめた後、手に持っていた剣を振り上げ、地面に引かれる勢いのまま強く振り下ろした。
「ずおりゃっ!」
リチャードの行動を境に雑音は消え去った。
「やれやれ未熟者め。ちゃんと仕留めておかないと危険だろうが」
そうして再び耳を澄ませると、《俯瞰図》を発動させる。
右目の変質した空色の視界に、指標にしていた白点の集まりをみることはできない。ただ、少し離れた場所で6つの白点を見つけることができた。
再び雑音。何かが擦れるような音。
音の先には灰色の毛皮を持つ、腰ほどの大きさのある狼がいた。
数は1つ。
「魔眼《透視眼》」
静かに唱えると、リチャードの左目の瞳は黒い色を失う。眼の白さに丸い輪だけが残った。
右目の白点の位置を意識しつつ、左目の見えているものを透過し、見えていないものを知覚する視界で隠れている5匹の存在を確認する。
リチャードは自分の状況を鑑みて、ひとつの答えを得た。
「あれ?もしかしてピンチですか?」
思わず素に戻ってしまうリチャードだったが、すぐに設定を思いだし鎮静を図る。
手を左胸に沿えて言い放つ。
「この胸に秘めた獅子の心と、我が剣エクスカリバーさえあれば雑作もないことだ」
先ほど手に入れたばかりの剣を眼前に構えた。
いつでもこいと、視線を交えた。
だがこない。数の利があるはずの狼たちは動くことなく、離れた位置からリチャードを見ているだけだった。中の一匹が大きく口を開いた時には驚いたが、あくびのようなものでしかなかった。
いつまのまにか全身を膨らませていた筋肉の張りを緩ませた。
それでも狼はこなかった
リチャードに襲いかかることはないまま時間が過ぎる。
疲れから構えていた剣の切っ先を地面におろしたとき、初めてリチャードは考えた。
どうしてオレは襲われないのか。
どうして狼はあの位置から動かないのか。
どうして狼たちはここにやってきたのか。
「ひょっとして‥‥‥‥‥‥」
行き着いた思案の先にあったものを確かめるために、狼たちを視界に入れたまま足を動かす。それは背後であり右方向だ。
一歩、二歩と動くが相手方が行動を起こすことはない。
ゆっくりとした動きは早足となって、視界の中の狼は小さくなっていった。
狼が豆つぶに見える程度の距離を離れたところで、戦闘にいた狼の一匹が一吠え。
隠れていた5匹が現れ、男たちの骸へと四つの足を進めた。
「あー、見てない見てない。オレは何も見てない」
背後で繰り広げられているだろう弱肉強食の野生の世界を、意識の遥か彼方へと飛ばして考えることは、初めて見た美少女のことだ。
時間が経ったとはいえ向こうは歩きだ。特別な移動手段を使っている様子もない。走れば今からでも追いつけるだろう。
思考の末に再び走り出しせば、以外にもその美少女はリチャードのいる方角を見て佇んでいた。
走り出して間もない、背後からクチャクチャと何かを咀嚼する音が聞こえてきそうな距離。
いつからそこにいたのか?
キミってとってもカワイイね。
オレってなかなかイカスと思わないか?
近くでお茶しないか?
いろんな言葉が出てきて、それでも言葉にすることはできず口を開閉させるだけになった。息のできない魚のように口を動かすリチャードを見て、少女が微かに微笑みを浮かべた。
「今から君を殺す」
口にする少女の手には血塗られた剣が、陽光に照らされて鈍色の赤を主張している。
えっと、オレは今異世界にきたんだよな。秘められていた力に目覚めて。ホントはサービスで買ったんだけど。秘められた力が助けを呼ぶ声に気づかせ。まったく必要なかったけど。あれはとってもキレイだった。悪漢どもめ、いい様だ。冒険者らしく武器も装備も手に入った。あとは防具くらいか。ああ、どこに街があるんだろう。魔物はいないのか。狼は魔物なのか。いや、コイツは何をいってるんだ?
とりとめもない思考は超速で働き、結果として一つの音が出た。
「はい?」
問いかける音だ。だが、少女はそれを気にすることなく自らの行いを宣言する。
「今日はとても期限がいいから、十秒だけ待つよ。そのあいだに逃げるといい。逃げ切れるなら、だけど」
切る。切り裂く。切り殺す。殺される。
ああ、オレは目の前の少女に殺されるのか。
それを理解したとき、自分がどうすべきかもまた理解した。
剣を構えて、美少女を見つめる。
‥‥‥‥‥10‥‥‥‥‥
「逃げなくていいの?」
‥‥‥‥‥9‥‥‥‥‥
「オレがお前から逃げられるなんて思わないな。」
‥‥‥‥‥8‥‥‥‥‥
「へえ、見かけによらず覚悟ができてるのね」
‥‥‥‥‥7‥‥‥‥‥
「覚悟ならできてるさ。闘う覚悟ならな。逃げれば後ろからバッサリ切られるだけだ、なら万が一にかけてもお前を倒す方にかけるべきだろ。なあ、オレは間違ったことを言ってるか」
‥‥‥‥‥6‥‥‥‥‥‥‥5‥‥‥‥‥‥4‥‥‥‥‥‥‥3‥‥‥‥‥
「いいや、それは正しい。確かに、私を倒すことだけが活路だ。だけど、」
‥‥‥‥‥2‥‥‥‥‥
「ひとつだけ間違っていることがある」
‥‥‥‥‥1‥‥‥‥‥
「万が一なんてない」
逃げて、逃げて、逃げて。挙げ句の果てに背中から切りつけられて殺される。
そんな無残な姿はカッコ悪い。
「 0 だ」
読んでくれてありがとうございます。
ステータスは次の話しから出す予定です。