アイアンゲージ
MMO新聞抜粋
鉄牢 に新世界実装の噂
リリースから5年目を迎える人気MMORPG鉄牢にこの度新世界が実装されるとの噂があり、プレイヤーの間で話題になっている。
サービスを行うマギウス社の運営する表板と呼ばれる商人ギルド掲示板ではノーコメントの声明があったが、同板では、以前も、新迷宮リリースに際しノーコメントの声明を出していることから、リリース5年目の区切りの年ということで、噂の信憑性は高まっている。
その際問題になるのは、3つあるサーバーの内、どのサーバーに実装されるのかであろう、今後も予断を許さないこの噂、本誌は継続して追いかけていこうと思う。
酒場はMOBの上げる乾杯の掛け声、
行き交うNPCたちの鎧と武具の擦れる音
あらゆる音が溢れていた。
モニターの向こうに座る情報屋とのボイスチャットはそんなノイズによって多少聞き辛い。
「で、砂漠から戻ってきた商人は、どうなったんだ?」
俺は今日ここに来た目的をストレートに聞いてみる。
「俺は情報屋だぜ、わかるだろ?」
ヘッドホンの向こうから男の声が響く、少し低くかすれた落ち着いた、聞いてるとなんだか諭されているような声だ。
モニターの向こうでは、ダークブラウンの髪を
真ん中から分けた人間族の男が喋っていた。
といっても、もちろん口パクのアニメーション処理だが、
相手のモニターにも俺のアバターが同じように写っているに
違いない。
「いくらなんだ。」
「300,000コロ♡」
情報屋はニヤリと笑って、トレードウインドウを展開する。
「300,000コロ!高いんじゃね?」
だって現金換算すると300円だぞ。
雑談の値段じゃ、法外だろう。
「ほかの情報屋はもっと安いかもな、
しかし、つかまされるネタは鮮度が古い。
情報は鮮度、そして提供するタイミングだ....
稼いでるんだろ?」
「それは、あんたに、振舞うためじゃない。
100,000コロだ」
話は聞きたい。しかし300円は高い。
せめて200円に留めたい。
「250,000が限界だな、嫌なら他をあたれば良いさ。」
「その情報は何人に売ったんだ? 150,000」
値切り合いは楽しい。
「独占したいならそれなりに払ってもらうが... どうする?」
「200,000以上は出さないよ。
それほど重要じゃない。」
「いいね、200,000コロで手を打つよ。
これは他言無用。よいかな?」
「了解、トレードだ。」
俺はトレードウインドウを開いて、情報屋のスクロールと200,000コロをトレードした。
「毎度ありw、いいか、よく聞け。
やつはこの町にたどり着いて死んだ。」
情報屋は、大きな声で言い放つ。
「死んだぁ?!」
ふざけるな俺の200円そんなことで巻き上げるのか!?
そして、一拍あけてから 声を潜めこう続けた。
「そう、表向きは、そうなってる。
しかし、実際は、町の衛兵によって、
ヨルムの町に極秘に移送された。
現在はヨルムの療養施設3号棟にいる。
名前はハジ だ。」
療養施設?ファンタジーっぽく無いな、
相変わらず ちぐはぐなゲームだ。
「ヨルムって言うとベガの街だな、
何か話したんだろ?新大陸のこと。」
「リザードマンが出たらしいな。それに、新大陸と言ったわけじゃない、新たな世界と言ったらしい。これはサービスだ。」
新たな世界?NPCが告げた?
「砂漠にリザードマン?オアシスでもあるのか?」
「まあ、錯乱した只のうわごとだがね。
じゃぁ そろそろいくわ。 よいトレードだった。」
情報屋はモニターの向こうに消えていく。
それに合わせてモニターの画面も、
密談モードからフィールドモードに変更された。
画面の視点も自分のアバターを
後ろから眺める位置に切り替わった。
今は3D画面で人の行きかう酒場が表示されている。
とりあえず、目的地はヨルムの療養施設。
移動の前に買い物をしないとな。
鎧の擦れる音を聞きながら酒場から出ると、
物売りの屋台と行きかう人々の喧騒が耳につく。
PCのボリュームを絞り大通りを雑貨屋に向けて移動する。
フィールドみたいに走ることが制限される市街地エリアでは、
早足か、やや遅い歩行の移動しかできない。
始まりの街、
そう呼ばれるこの街は、石畳の広場を中心に、
東西南北に大通りが通っている。
大通りはそれぞれが、街を囲む内壁にある
鉄製の引き上げ式の内門につながっている。
そこからすぐのところに本当の城壁門(外門)がある。
外門は広場を中心として西と南東、
そして北に流れる大河に隣接する港にある。
城壁は石作り、外壁と内壁の間は広いところでも荷馬車3台がすれ違うほどしかなく、
行き来する人々は右側通行を守っている。
常に混み合っているが、有事の際にはこの狭さが敵の進行を阻む為、誰も文句は言えないらしい。
内門を抜けると大通りに面したところは、
統一された高さとデザインの建物が並び、
一歩、路地をはいると
かなり入り組んだ作りの小路が待ち構えている。
大通りぞいは、あちこちに露天が並び、
物売りの声が響いており活気がある。
そのため雑貨屋へ向かうにも市街地を行き交う人々が
何をしているのかが目に入る。
キョロキョロしていると、突然目の前に子供が現れて転んだ。
「いてて、お兄ちゃんごめんね。」
起き上がるとその子供はこっちに向かって謝ってきた。
どうやら衝突したらしい。
「いや、それより君は怪我はないかい?」
起き上がって、頭を振っている子供に声をかける。
「オイラは大丈夫。あー転がっちゃった。」
足元に広がった食材アイテム(多分りんごだ)が映り
選択コマンドが出る。
拾う/拾わない
当然拾うを選ぶ。
アバターがしゃがんで、
モニターが子供との密談モードに変わった。
街中を移動するときNPCとはすれ違っているが、
こうやって密談モードで対峙すると、
他のプレイヤーアバターより表情が豊かでびっくりする。
「お母ちゃんから怒られるところだった。ありがとう。」
と丁寧に頭を下げられた。
「お兄ちゃんも、冒険者なの?」
キラキラした瞳に好奇心の光が灯る。
「そうだよ、なんで?」
少し視線を落とし、はにかむように少年は言葉を紡ぐ。
「だって、ちゃんと話ができる冒険者っていなかったから...」
「そっか、確かにそうかもね。」
この子供がNPCなのはすぐわかったが、
これはクエストか?それとも?
「ふつーの冒険者は、僕たちのことは無視してるから、お兄ちゃんみたいに、お話できる人って初めて見たよ。」
まぁ、ふつーは市街地でNPCと会話するのは商店くらいだからな。
それに、こちらからNPCに話しかけても、
道行く市民さんは冒険者が恐ろしいのか、
怯えた反応がほとんどだ。
「そうかもなぁ、ぼくは、お使いの途中だったのかな?」
「うん、夕飯の買い物、今夜はラクの煮込みなんだよ。
オイラ、ラク大好きなんだ。」
ラクっていうのはなんだろう?聞いたことのない食材だ。
聞いてみたいが、なんか負けた気がして聞けない。
「そっか、じゃぁいそいで帰らないとね。」
「うん、ありがとう。あ、お兄ちゃん名前はなんていうの?」
「ん、リクだよ。ぼくは?」
「クリストファー・アルバニアス。クリスって呼んでよ。」
なんか立派な名前だなぁ。貴族?でもお使いしてるし、
服も粗末な感じだ。
「そっかクリスかw、よろしくな。また会えるかもな。」
「そうだね。じゃぁ 行くね。」
「ああ、気をつけて。」
こちらを振り返りながら街角を曲がるクリスを見送りながら
クエストではなかった事が少し残念です。
まぁ 鉄牢のウリのひとつは、AIを超えたAIによる、
リアルなNPCだからね。
確かにNPCと普通の世間話ができちゃいそうだ。
顔なじみになれればだけど...
おっと、道具屋へ急がなきゃな。
新たな出会いと発見を胸にヨルムへ旅立つ準備を整える為
大通りを外れ、石畳の街路を進んでいく。
この道はアップダウンがほとんどなく、
わりと広い為、左右に露店が軒を連ねている。
中央広場の北に位置するここは、
このまま進むと港につながるためか、
旧市街地という扱いで、露店はすべてNPCによるものだ。
市場に近い感じで食品を売る露天が多いのも特徴だ。
当然露店を冷やかしているのは大抵がNPCで、
なかに混じってポツポツとプレイヤーが街を歩いている。
中世チックな粗末な衣装のNPCに混ざって、
鎧を着ているならず者。
明らかに浮いているので一目でわかる。
傍目にもNPCがプレイヤー避けているのがわかる為、
ますますならず者チックだ。
これが市街地の南になると、
逆に商人ギルドに連なる商人が露店を並べる一角が現れる。
俗にバザールと呼ばれるが、
ここにはわずかな生産職に携わるプレイヤーと
ギルド所属の商人が雑多なアイテムを販売している。
当然人口比率はプレイヤーが8割を占める。
残りの二割のNPCにしても、
商人、冒険者ギルドの職員といった一般NPCではなく、
仕事柄 冒険者と付き合いのあるNPCばかりだ。
鎧の音ガチャガチャの鎧祭り状態だ。
そして、バザールの特徴として、昼も夜も店が開いている事が挙げられる。
さて、そろそろお目当ての道具屋が見えてきた。