第八話~結局こんな終わり型~
…
………
「悪い、もう一度いいか?」
「だからその女、妹を殺せば助けるって言ったの」
…
……
――えーっと、つまりあれか、俺がノアを殺せば全て収まるってことか~
ふーっと息を吐くカイル。
最初聞いた時は何言ってるのか理解できなかったけど、五十秒くらい時間をかけてようやく理解することができた。まぁとりあえず…
「ふさげんじゃねぇぞ、クソアマ、寝言は寝てる時だけにしろ」
正面から啖呵を切ってやった。
これにより、ベルガが今にも襲いかかってきそうになったが、魔王の光の壁によって遮られる。
「別にふざけてないわよ、好条件だと思うのだけれど」
「てめ……!」
ふざけんじゃねぇ! と殴り掛かりそうになったが、後ろから引っ張られる力によって邪魔された。
「ノア?」
振り向いた視線の先にいたのは、何かに堪え、勇気を振り絞った様子のノアがカイルの目をはっきりと見て、そして言った。
「お兄ちゃん……私を……殺して?」
「は……?」
唐突に、そう言われた。
「私一人が死んで、お兄ちゃんや、お母さん、村の人達が助かるんだったら、それが一番良いことだと思う」
精一杯の笑顔で、そう言われた。
村人は誰一人何も言わず、ただ静寂を保っている。
「その子は良く分かっているみたいね、それでカイル、答えは?」
答え。そんなものは普通に考えればすぐに分かることだ。ノアの言うとおり、ここでノアが犠牲になれば、村人はみんな助かる。逆に断れば、村人もノアも仲良くあの世行きだ。
なんだ、ならやっぱり答えは決まってるじゃないか。
カイルは元気よく答えた。
「嫌だっつってんだろうが」
……
………
総勢唖然
「…お兄ちゃん? 私の話聞いてなかったの?」
「いや、聞いてたぞ?」
「それなら……」
どうして? と来る前に、カイルはにこやかに先手を打った。
「悪いな、俺はシスコンじゃないから、妹の頼みを何でも聞くような兄貴じゃないんだ」
そして魔王へと振り返る。
「ふむ、何故だ? その娘が死ねば他の者全てが助かる。それにそ奴は既に自らの死を受け入れているのだぞ?」
「ああ、そうみたいだな、でもヤダ」
瞬間、魔王の瞳が、殺気の籠った冷たい瞳に変わった。
突然魔王の影が黒く光ったと思ったら、自らの影からズズズっと自分の背丈くらいの大きさはある大鎌を取りだした。
「もう一度だけ言う、その娘を殺せ」
魔王から放たれた言葉は、初めて会った中で、もっとも魔王らしい、強烈な圧力の掛かった一言だった。睨まれているだけなのに、体中に剣を突き付けられている感覚、絶対の死を感じた。
だがそんな殺気にも負けず、カイルは迷う素振りも見せず、相手の目を睨み返して、即答した。
「何度も言わせんなクソアマが」
「……一応理由を聞きましょうか?」
理由?
馬鹿かこいつは?
「そんなの決まってんだろ? 妹は兄が守ってやるもんなんだよ、覚えとけ」
魔王は堂々と言い切ったカイルに、一瞬目を見開き、「そうか」と苦笑を漏らした。その顔には先程まで張り付いていた死がなくなっていた。
ちなみにノアは顔を真っ赤に染めている。
「よし、ならその度胸に免じて条件を変えてやろう」
「変える?」
「ああ」
そう言って大鎌を地面に突き刺した。
「条件は、我の名を呼ぶことだ」
堂々と言った魔王とは裏腹に、周りが静寂に包まれる。
「は? 名前?」
「そうだ、ただし、間違えた瞬間、お前の首は真っ二つに分断されるがな」
脅し文句を添えたつもりなのだろうが、普通に考えて名前など間違えるはずがない。しかも相手はこの地を納める魔王、名前を知らないほうがどうかしている。
――ヴェル・アークシェイン
これを口にすれば、全てが終わる、誰も犠牲を出さずに、終わらせることができる。
いくらなんでも簡単すぎる。
カイルはその名を口にしようと、口を開いた。
だがその瞬間
彼は見てしまった。
彼女の笑顔を。
魔王の笑顔を。
それは、懐かしく、かけがえのない記憶の中の彼女と重なり合い、そして答えてしまった。その名を――
「宮代……静香」
小さく口にしたその言葉は、狭い避難所の中でも、十分に響き渡る音量だったという。
宮代静香
それは紛れもなく妹の名前だった。
しまった! そう思った時、カイルの瞳に映っていたのは、魔王の姿がブレル瞬間をとらえていた。
とっさに目を瞑り、死を悟るカイル。
「え?」
だがその様子を見ていたノア達の目に写っていたのは、大鎌がカイルを切り刻むシーンではなく、カイルの体にべったりとくっついている、魔王の姿だった。
「死んでない? ってうお! 何抱きついてんだお前!」
「正解です……」
「……は? お前何言って」
「覚えててくれて良かったです、お兄様」
「っつ!!」
衝撃が走った。体中に電流十ボルトくらい流れた感覚に襲われた。
お兄様、その呼び方は、以前の妹が、嫌という程呼んで来た呼び方だ。
それを今、抱きついている魔王が口にした。もちろんカイルが実は魔王の兄貴なんていう裏設定は存在しない。
――だとすると考えられることは一つ。
「お前……まさか……静香なのか?」
カイルにべったりとくっついていた魔王は、少し顔を離して、元気な返事をする
「はい! あ、でも今は一応ヴェル・アークシェインもやっていますよ。」
「ってことは、俺と同じ記憶の引き継ぎ、ってことか?」
「はい! その通りですよ!」
「……マジでか?」
「マジのマジです」
こんなことが二人も起こりうるものなのだろうか? だが目の前に実際に起きていることだ、信じるしかない。
それにしても魔王の時とのテンションが違い過ぎて、周りが唖然としているのがすぐに想像できた。
「あれ? っていうかさ、俺は静香……今はヴェルか、ヴェルは姿がそっくりだからなんとなくわかったけど、俺結構変わってるよな? わかってたのか?」
「はい、もちろんですよ!」
まるでリミッターが外れたように、えっへん、と自慢げに胸を張るヴェルには、さっきまでの魔王の風格は完全になくなっていた。
「なんでわかったんだ?」
「それはもちろん、“愛”の力です!」
………
「あ~~~、うん、他には」
「他ですか? あとは匂い、雰囲気、オーラ、仕草などですね」
さすがは妹、兄の事を良く理解している。
なんて領域はとうに超えていた。
そう、今さらだが、静香は兄である将に、ヤンデいたのだ。そのことを考えると、今回のことも、ああそっか、と納得できてしまうのが、逆に怖い。
――そうえば前も愛の力とか言って、色々と超人的力を発揮してたな、こいつは。
「それに、お兄様は今も昔も、家族に優しい性格をしていました。 なので確信できました」
真っ向から言われ、恥ずかしくなったカイルは、う”っとうめきながら頬をかいて、照れ隠しの仕草を見せる。
そんなカイルを、ヴェルがうっとりしながら見つめていた。
「ああ、お兄様の照れた姿、萌え萌えです……」
――意味がわからん
「ま、魔王様! どうなされたのですか!」
そこで今までちゃんと我慢していたベルガが、遂に前に出てきた。
「あ? ベルガか、あなたもういいよ、適当にどっか行っちゃって」
顔も向けずに手だけしっしっと払う素振りを見せる。視線は相変わらずカイルを見つめたままだ。
「ふ! ふざけないでください! ここまで来て見逃すなど間違っています! 今のうちに潰しておくべきです」
ベルがの怒鳴り声に、ヴェルの体ぴくっと一瞬反応した。
「潰す? この村を?」
「そうです! ここはもっとも人間の地に近い場所、潰せる時に潰さないと後に困ってしまいます! ですから――」
「ウルサイ」
ヒュン!
…何が起きたか分からなかった。
ただ一言、そう発し終わった後には、床にミノタウロスの死体が、斧ごと二つに切れて転がっていた。
「まったく、お兄様を殺そうなんて、1光年早いわ」
ヴェルはゴミを見下ろすような氷の瞳で死体を見ながらつぶやくと、いつ間にか持っていた大鎌を、自分の影の中に落とした。
「あ、そうだ、お兄様!」
「あ、ああ」
敵であったはずのベルガに少し同情の眼差しを送っていたカイルに、ヴェルは三つ指を立てて土下座し、まるで部下のようにはは~と頭を下げた。
「不束者ですが、これからもよろしくお願い致します」
「…あ? 何で?」
「何でって、これからは一緒だからに決まってるじゃないですか!」
「だからなぜそうなる、というかそんなのいつ決まった」
「だめ……ですか?」
あからさましゅんとなって落ち込むヴェルの姿は、まるで叱られた子犬のような姿で、それはそれはとても可愛らしいのだが、後ろに転がっている魔獣の死体を見ると、やっぱり魔王なんだな、なんて思ってしまう。
「ダメっていうか、なんで? 自分家とかは?」
「城のことでしたら問題ありません、出る前にちゃんと全員始末……掃除してきましたので」
「掃除の意味が少し違うような気がするが」
「……まぁもしどうしてもダメというのなら、お兄様を拉致して城に持って帰りますけど」
「おいこら、ぼそっと犯罪発言すんな」
「すいません……」
そしてまたしゅんと落ち込んでしまう。
――まぁでも確かに、せっかくこうして再開できたのに、別々になるっていうのもなんかな、それにこいつのことだ、断ったらなにをするかわからんし……仕方ないか。
それにこいつには、まだあの時のことを聞いてないしな……
「まぁ、条件しだいでは一緒に住むのは許そう」
「本当ですか!? どんな条件でも守ります!」
まるで親にいいところみせたい子供のように、ヴェルは勢い良く手を挙げた。
「まぁ、条件と言っても、人を殺さないってことだけだから、平気だろうけど」
「平気です! 99・5%守ります!!」
「なんだその中途半端……」
「この世に百%なんて無いんですよ、お兄様」
満面の笑みで答えるヴェルに、確かに、と思いながらも、苦笑するカイル。
なんだかこの感じが懐かしい。
「まぁでも、なんだ、こちらこそよろしく頼む」
「はい!」
これにて全て解決、めでたしめでたし――
「お・に・い・ちゃ・ん?」
とは行かないのが物語ですね。
「あれ…?」
妹から発せられる謎の殺気と、村人全員からの説明要求の瞳に、その後一晩中時間をかけたのは、言うまでもなかった。
とりあえずキリのいいところまで終わりました~~~、最後のほうは眠すぎたので、あとで書き直すかもしれませんが……
一応この後の展開としては、魔法学園に入学し、魔王であるヴェルがカイルのために頑張りまくるみたいな展開を考えてはいるのですが……ぶっちゃけやるかわかりませんので、ひとまずここで終了です。(もともと短編なので)
もしこれの続きを見たいと思う人が複数人いた場合は、少し更新遅めでも頑張ろうとは考えてますので、そういう稀な人がいれば感想ください。
ともあれここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。これかもどうぞよろしくお願い致します。