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第七話~落ち着け、俺~

――どうしてあいつがここに!


 自分でもわかるくらい顔を真っ青にしながら、カイルは彼女の様子を窺う。


 突如現れた妹そっくりな彼女は、そのまますたすたと歩み寄ると、村人の前でその足をとめた。


 そしてなにかを確認するように、村人一人一人の顔を確認していく。


 やがてその視線はカイルを通過し、やがて正面を向き直る。


「うっ!」


「お兄ちゃん? どうしたの? 顔色悪いよ?」


「い、いや、なんでもないよ、ノア」


 カイルの様子に気がついたノアが、心配そうに尋ねてくるノアに、なんとか作り笑顔を向けて見せる。


 ――気のせいだろうか、俺を見た時、一瞬微笑んだように見えたのは……


 ただの誹謗中傷なのだろうか? ノアの顔を見て冷静に考えてみると、ただ似ているだけかもしれないし、静香の目は赤くはなかった。


 きっとそうだと自分に言い聞かせていると、さっきまで熱心にみんな説得していた護衛の人が一人彼女に近づいていくのが見えた。


「おい君! これは一体どうなっているんだ」


 心なしかその声は弾んでいるような感じがした。いや、実際に弾んでいるのだろう、なんせこの状況の中、突如現れた救世主みたいなものだ、村人全員が彼女に待望の眼差しを向けている。


 だが、本当に彼女はこちら側なのだろうか?


 確かに姿はまぎれもなく人間なのだが、なぜだろうカイルは彼女から違和感を感じとっていた。


 対して彼女の方はまるで護衛の人など見えていないように“ふむ”と頷いている。


「おい! 君!」


 いつまで経っても返事をしない彼女に痺れを切らしたのか、護衛の人が手を伸ばした。


 ザシュッ!


 そんな音が鳴った。


 そして生温かい黒いなにかが、雨のようにその場に降り注がれた…


「人間風情が、魔王様に触れようなど、百年早い」


 喋ったのは先程まで後ろに下がっていたミノタウロスの姿をした魔獣、いつのまにか自分の目の前に移動したミノタウロスに彼女は冷徹に声を投げる。


「ベルガ、やるならもっと綺麗にやりなさい、汚い」


 そう言った彼女の前には、先程声をかけてきていた護衛の人が、手を伸ばしたまま固まっていた。


「すいません、魔王様」


 ベルガと呼ばれた魔獣が再び頭を下げ少し後ろに下がる。


 なにが起きたのか、すぐには理解できなかった。ただ茫然と前を見つめて映ったものは、名も知らない護衛の人の首から上がなく、そこから噴き出ているドス黒い液体が、そこら一帯に降り注いでいる光景だった。


………

……


『うわああぁぁぁぁぁ!』


 そして気付いた時には村人のほぼ全員が、悲鳴を上げていた。ノアも悲鳴を上げてはいないが、それから目を背けていた。


 ドンッ


「黙れ人間ども!」


 ベルガが血まみれの斧を地面に叩きつけ、怒声を発する。


 すると、村人の声がピタッと止み、静寂がその場に包み込まれる、やがて立っていた護衛の人の死体が血溜まりにばしゃっと倒れる音が響いた。


 みんなが恐怖に陥っている中、カイルは一つ気になることを考えていた。


「魔王様、なぜこのようなところまで来たのですか?」


 ベルガの言葉にカイルは「やはり」と確信を得る、更に村人のほとんどの人も気がついたのだろう。


 そう――彼女が魔王、ヴェル・アークシェインだということに。


「それはこちらの台詞だベルガ、なぜ我の命令を無視した」


「は! まことに申し訳ありません魔王様、しかしお言葉ですが、この村に魔王様の言う危険はありませんでしたので――」


 そこまで口にして、ベルガは口を塞いだ。いや、開けられなかった。


「ベルガ、お前いつから我に意見出来るほど偉くなった?」


 そう言って向けられた彼女の赤い瞳には、死に近いなにかが込められている感じがした。直接自分達に向けられているわけでないのに、まるで金縛りにあったように体が動かない。


 ――これが魔王の圧力、か


 この視線を直接浴びているベルガは、声も出せずにただ頭を下げて自らの誠意を示していた。


「……まぁいいわ、どうせ来るつもりだったし」


「あ、ありがとうございます。では急いで始末致しましょう。長引けば増援が来る可能性があります、ここは私が」


 血まみれの斧を担いだベルガが、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


 ――どうする? このままだと間違いなく全員殺されてしまう。


 かといって良い手があるわけでもない。あのミノタウロスだけだったら、なんとか隙をつけたかも知れないが、魔王が現れた以上そんな小細工が通用しないことは容易に想像できる。


 しかも目の前で起きた人の死によって受けた、村人全員の精神的ショックも決して低いわけではない。

 ――やっぱり俺が何とか隙を作るしか、


「待てベルガ、手を出すな」


 制止をかけたのは魔王だった。


 彼女はベルガの横から手を出して進行を止めると、私がやると言わんばかりに前に出ていき、そして言った。

「そこのお前、立て」


 魔王の視線の先にいたのは、カイルだ。


「お兄ちゃん……」


「平気だ、必ず助けてやるさ……」


 言われた通りゆっくりと相手の様子を窺いながら、立ち上がる。


 それにしても、やっぱり似ている。


 自分を殺した妹に


 自分の大事な妹に


 だが今目の前にいる彼女は違う、姿形が似ているだけで、中身はまったくの別人、つい「静香」と口を開いてしまいそうになったが、言葉を口の中に押し込めた。


「で、一体何だ?」


「貴様、魔王様に無礼だぞ!」


「よい」


 怒り立つベルガを、魔王が手を出して沈める。その顔には、微笑が張り付いていた。


「お主、名は?」


「……カイル・クロスロード」


「よし、カイル、お主に一つチャンスをやろう」


「チャンス?」


 ――突然なんだ?


「そう、これから我の言うことができたら、この村の人々は見逃してあげるわ」


「何?」


 魔王の予想外の提案に、村人達がざわめきだした。


「魔王様!? 一体何を!?」


「黙りなさい、ベルガ。この土地では私がルールよ」


 どうやら冗談で言っているわけではなさそうだ。普通に考えて何か裏がありそうなのは明白。


 だがこの状況でみんなを助けるためには、この提案に乗る以外方法はない。


 カイルは意を決したように問うた。


「……それで、俺が何をすればいいんだ?」


「なに、簡単なことだよ」


 魔王は軽快にそう言って、カイルの後ろにいる、ノアを指さした。


「その女を殺したら、村人は全員見逃してやろう」


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