第伍話~奇襲されて避難所へ~
~魔王城~
カイルの村から遥か東に存在する古き城、昔は人が使っていた城だったが、ここの土地を納めてからは、ヴェル・アークシェインの根城となっていた。
かつて王が腰かけていた席に、今は魔王が腰をかけていた。
「魔王様、ヘイゼル様がまた今度お食事をしたいという連絡が届いております」
声を発したのは、魔王の座る椅子から離れた位置にいるゴブリンからのものだった。
ヘイゼルというのは違う土地を納めている別の魔王のことだ。
「ああ」
それだけいうと、ゴブリンは更に報告を続けていく。
「最近ここより西に位置するベーク村を、ゾルガ率いる魔獣団が落としたということです」
「そうか、なら適当に褒美を与えておけ」
心底どうでもよさげなだったが、魔王がずっと前からこんな調子だったので、あまり気にしなかった。はっ! とだけ言い残し、王の間から出て行こうとしたゴブリンだったが、言い残したことを思い出し、振り返る。
「それから、ゾルガ魔獣団は、そのまま更に西にある村、パーナ村を落としに行くそうです」
では、と部屋から立ち去ろうとするゴブリンだったが、
「待て」
「は?」
「どういうことだ…?」
その言葉は、いつもの魔王からは考えられないくらいに低く、冷酷な声色だった。睨まれただけで体がズタズタに切り裂かれた感覚を覚えた。
「あの村には手を出すなと言ってあっただろうが」
「え? あ……」
「もういい、急いで城にいる者を全員集めろ」
「あ」
「急げ!」
はい! と大きく返事をすると、ゴブリンは慌てて部屋を飛び出していった。
だれもいなくなった広い部屋で、魔王は立ち上がると、大きな窓から外を覗いた。
夕方、ベルガ魔獣団が村に着くまでそう時間は掛からないだろう。おそらく深夜にはもうついているはずだ。
「……急がないと……」
魔王は一人小さくつぶやくのだった。
自分が5年も寝続けていたという事実を、鏡というありきたりのアイテムであっさり現実だと認めてから、既に十時間くらいが経過していた。
色々な人がお祝いにきてくれた。落ち着いた両親やノアからも沢山の話を聞いた。寝ていた間に起きたこと、村の変化、新しい住人のことなど。
そして現在夜中の0時に差し掛かったところだった。俺は今だ自室でノアの話を聞いていた。
5年も寝ていたためか、全然眠気がやってこないから別にいいんだけどね
「それでね。私、ここからすぐ近くにある魔法都市アリオンっていうところにある魔法学校に入学が決まったんだ」
「ああ、知ってるよ、優等生なんだって? すごいじゃないか」
ノアはカイルが倒れたのをきっかけに、魔法を勉強し、将来は魔法戦士になって、たくさんの人を魔族から守っていきたいと思っているらしい。
正直立派すぎて自分が情けなく感じてしまうよ。
そんな情けないカイルに、ノアは小さな声で囁いた。
「……私、学校行くのやめようかな、って思ってる」
「は? なんで?」
「だって、入学式4日後、せっかくお兄ちゃんが目を覚ましたのに、また会えなくなっちゃうんだよ?」
「そうだな…でもせっかくお前の夢に近づいたんだぞ」
「でも、私はお兄ちゃんへの罪滅ぼしのためにやってた部分が大きいから、せっかくお兄ちゃんが目を覚ましたのに、離れ離れになるなんて……嫌」
「離れ離れって……別に遠くへ行くわけじゃないんだろ? だったら」
「それでも! 私は――」
キャーーーーーーー!
ノアが何かを言いかけた時、それを遮るように、突如大きな叫び声が上がった。
「悲鳴!?」
「外からだよ! お兄ちゃん!」
悲鳴が外からのものだと気付き、話を打ち切って、二人はすぐに部屋を飛び出し、階段を駆け降りる。
すると丁度両親が寝室から飛び出してきた。
「おおカイル、ノア、無事だったのか、なんだ今の悲鳴は!?」
「わからないけど外からみたいだ! 行ってみよう!」
家族が全員そろったクロスロード家は、急いで外の状況を確かめるため、玄関から飛び出した。
「これは……」
カイル達が目にしたのは、魔獣に襲われている村人達の姿だった。
沢山の狼の姿をした魔獣がそこらへんを走りまわっている。
「お兄ちゃん! いくよ!」
「え?」
それだけ言うと、茫然と立ちすくんでいたカイルの腕を掴んでノアが走りだした。
「お、おいどこ行くんだよ! ノア!」
「緊急避難所!」
そういえば5年前になかった建物の話で、さっき聞いていた気がする。
確か村人全員が入れるほど大きな建物で、この村で唯一魔獣達の侵入を防ぐ建物だと聞いていたけど
「緊急避難所はみんながすぐに入れるよう、村の中心に建てられてるの」
「なるほど」
会話をしながら走っている最中にも、近くにいた魔獣達がこちらに向かってきた。
周りには既に人の気配がない、もしかしてもうやられたのか?
そんなカイルの表情を読み取ったのか、ノアが声をあげた。
「村のみんなはたぶんもう避難所についてる。アリオンが近いから、腕の立つ人も少しはいるし、多分みんな平気!」
「そ、そうか」
「見えた! あそこ!」
そう言って指さした方向には、大きな建物が一軒建っている。他の家と違い建物自体が金属でできているようで、まるで工場のようだ。入口では、護衛の大人たちが魔獣の狼達が中に入らぬように戦っている。
――確かにあそこなら、入って来られそうにない
後ろから追いかけられているが、狼の姿をしているだけで、それほど足が速いというわけでもなく、全力で走れば追い付かれることはなかった。
だが避難所まであと少しというところで、一匹の魔獣が正面から突っ込んできた。
一瞬の思案、結果は考えるまでもなかった。
――ぶっとばしてでも道を開ける!
カイルは向かってくる魔獣に合わせて拳を握りしめた。
が、それを遮るようにノアが前に出た。その小さな手には小さな魔法陣が浮かびあがっている。
「雷式―2型、サンダースレイブ!」
叫んだ瞬間、浮かんでいた魔法陣が黄色く光ったと思うと、次の瞬間には飛び出した光の棒が魔獣を貫いていた。
体を貫通され、前方から転がってくる魔獣をかわす。
「さぁ、急ぎましょう!」
「あ、ああ!」
妹の勇士を見て、兄としてどうなんだ? と複雑な心境を味わいながら、カイルは握っていた拳を解くのだった。