第弐話~突然過ぎる妹の死~
今カイルは、部屋に乱入してきたおばさん、もとい母親である、ヘレナ・クロスロードと共に、ある部屋に向かっている。
とりあえず、思いだしたことを簡潔にまとめてみよう。
カイルはこの家に引き取られた孤児で、年齢は十歳。
そしてここが異世界であること、異世界と言っても前の世界の田舎と違うところはそこまでないが、
大きな違いは魔法があることだ、日本ではアニメや漫画の中の話だったのに、まさか本当に存在しているとは思わなかった。
こんな驚くべきことがわかっているのに、そこまで気にしないのは、やはりカイルの記憶があるからだろう。
前を歩いていた母さんが、目的の部屋に辿りつき、扉をゆっくりと開け、中に入って行く。それに続いてカイルも中に入った。
その部屋はカイルの部屋と同じ形をしていて、置いてある家具もほとんど同じ、唯一違うところ言えば、女の子らしいウサギの人形が置いてあることぐらいだろう。
部屋の中には、髭を生やした険しい顔つきの親父と、丸いメガネをかけた、スーツ姿の医者、そして――
ベッドの上で苦しそうにうなされている少女、長い金色の髪に、小さい顔、スリムとも言える小さな体、
カイルの妹、ノア・クロスボードだった。
「ご両親、ちょっと」
「は、はい」
医者に呼ばれた親父と母さんが、廊下に出ていくのを見送る、おそらく良い話ではないのは雰囲気でわかった。
カイルはノアのベッドの隣に腰かける。
カイルがこのクロスロード家に来たのは二年前、まだ八の時だった。当時の俺はずいぶんと臆病だったようで、しばらくは家族と馴染むことができないでいた。そんな時、真っ先に打ち解けたのが、ノアだった。
いつもダメだった俺をいつも優しくしてくれて、我ながらダメな兄貴だったようだ。
そんなノアも、カイルの中の記憶が正しければ、もうすぐ命を落としてしまう。しかも原因はまたもやカイルだ。
くそ!
自分の不甲斐なさについ床を殴りつける。
ノアの死の原因は、魔獣による魔力汚染が原因だった。二人で森で遊んでいるところを狼のような魔獣に襲われ、カイルをかばった拍子にノアがやられてしまったのだ。
この世界には魔法があると同時に、魔物が存在する。本によれば、この世界は大きく十五に分かれており、三つは人間の土地、そして残り十二か所は魔王が支配しており、それぞれの場所に、魔王が一人ずつ存在している。つまり十二もの魔王がいるということだ。
魔物の攻撃には自然と魔力が付加され、掠っただけでも人体に被害を及ぼすことがある。そしてカイルの替わりに攻撃を受けたノアは、右腕に深手を負い、更に魔獣の魔力による、人体魔力の汚染が問題だった。
ここは魔王の土地、ヴェル・アークシェインの支配下にある土地の小さな村だ、少し森を抜けたところに人間の土地があるが、護衛が全て出払ってる今ではそれも叶わない。
それに沢山本を読んだのだろう、カイルの頭の中には魔法に関する知識がかなり曖昧だが残っている。だがそれらを見ても、ノアの症状を回復させる方法は載っていなかった。
この世界の人間にとって、魔力とは血に近い意味を持っている。だが厄介なことに、魔力というものは目には見えない、つまりどこが汚染されているのかもわからないのだ。
それに魔力だけでは魔法は使えない、空気中に漂っているとされる魔素と、4大元素を組み合わせ、魔力回路を作ることで魔法を行使できる。この魔力回路とはいわば魔法陣の生成のようなものだ。
――俺にはどうすることもできないのか?
自分の無力さに悔しくなりながら、妹の頬に手を当てる。幼く可愛らしい顔が、苦しみで歪むのを見る度に心が潰されそうになる。
目から涙が出そうになるのを必死にこらえるのは中々辛いものがある。
そんなことを思いつつ目尻から涙を拭ってもう一度妹の姿を見る。
「なんだ……これ?」
カイルは思わず目を見開いた。
空気中に、様々な光の粉のようなものが溢れている。涙からの錯覚かと思い、もう一度目を擦ってみるが、変わらない。
しかも良く見ると、ノアの体の中にも似たような光が回っている。
――なんだ、この光?
手を伸ばしても触れられるものではないらしく、通り抜けてしまう。良く見たら自分の体にも同じような光が体をかけめぐっている。
――なんだろうこの光、嫌な感じはしないけど。
「うっ」
「ノア?」
小さな呻きを上げたノアを再び見つめる。さっきよりも汗の量がすごい、このままで寝巻が透けて……じゃなくて、かなり具合が悪そうだ。
「ごめんな、ノア、俺じゃあ何も……」
だがその時、ある異変に気付いた、ノアの体の中に流れている光の一ヶ所、胸の部分に黒い塊が蠢いている。まるで意思があるように、ノアの光の道を進み、食べているかのように進んでいる。
――この光って、もしかして魔力……?
人間の体に流れる不可視のはずの魔力、それが今の自分には見えているのではないだろうか、だとすればこの空気中に漂う光は、魔素ということで納得もいく、そして何より――
――この黒い魔力が、魔獣の魔力なんじゃ……
そう考えれば、なんとかなるかもしれない、確か魔獣の魔力は、4大元素、雷素に弱かったはず、ならばそれをこの黒い魔力にぶつければあるいは――
だが、その前に魔法が使えなければお話にならない、記憶が正しければ、この村に今魔法を使えるものはいない。
――……諦めないぞ。
ここまでわかったんだ、こうなったら自分で魔法を使ってやるだけだ。
とりあえず魔法陣なんて難しいのはわからないから、自分の魔力を外に出すことだけを考える。
突然やってできるかは分からないが、やってみなければ始まらない。
両手を前に差し出し、意識を集中させる、魔力を見えるようになった時も目に意識を集中させていた、だったら同じようにやれば……
自分の体の中心から、腕に抜けていくイメージを作る。すると自分の体を巡っていた光が少しずつ両腕に集まって行き、やがて両手の中に光が渦を巻いた玉となって放出された。
よし、なんとか放出はできた、後はこれに雷素を組み合わせるだけなんだが……
――またまたやり方がわかんねー!
たぶんこの5色のうちどれかの光が雷素だとは思うんだが、俺の記憶の中を探してもどれが雷素なんかわからない。
けど色からすると黄色い光を放ってるのがそうだと思うんだよな、色的にさ。
まぁ違かったらまたやりなおせば済むんだし、やってみよう。
両手の中にある魔力の渦の中心に、黄色い光の一つを囲むように魔力を覆いかぶせてみる。
――お?
すると渦を巻いていた魔力に変化が表れた、薄い水色だったカイルの魔力は、徐々に黄色に染まって行き、やがてパチパチと小さな電気を帯び始めた。
――おお! 出来た! あとはコイツをノアの体の中にある黒い魔力にぶつければいいはず、
確か魔力は魔法陣を通さなければさっきみたいに実態は通り抜けるはず、このままやれば問題はない。
カイルは両手をノアの体の中にある黒い魔力の上までもってきて、ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「今俺が助けてやるからな……」
失敗は許されない、確実にこの黒い塊を排除するんだ。
少しの沈黙、外からは今だ両親が話ているのだろう、泣いているような声も聞こえてくる。
そしてついに、カイルは両手にもっていた魔力を、ノアの体に押し込むように手をついた。
――やっぱり! さっきみたいに実体はすり抜ける。
カイルの魔力は、ノアの体に入り込んでいき、やがて黒い魔力と激突する。激突した黒と黄色の魔力は互いに消失しあっているのか、少しずつお互いの魔力が消えてなくなっていく。
――いや……俺の魔力の方が減りが早い? 俺がまだ子供だからか?
黒い魔力も小さくなってきているが、明らかにカイルの魔力が小さくなっている。このままでは黒い魔力が残ってしまう。
――だけど、魔力不足なら俺の魔力をもっと出せば問題ないはずだ。
カイルは体の中にある魔力を、更にノアの体へと送り込む、送り込まれた魔力は黄色い魔力と混ざりあい、再びその大きさを取り戻していく。
ちらっと横目でノアに変化がないか確かめる、もしかしたら体に異変を起こしているかもしれないと思ったからだ、黒い魔力が小さくなったおかげか、彼女の顔か苦が見えなくなっていた。
――よっし! あとはこのまま魔力を送り続けて、黒い魔力を完全に消し去れば、っ!
ぐらっ
急に視界が大きく揺れた、体中から急速に力が抜けていく感覚に襲われ、思わずノアの体に倒れ込みそうになったが、何とか踏ん張る。
――急になんだ……?
突然襲った感覚に、持病でも持っていたかと疑ったが、自分の体を見てその原因がすぐに分かった。
――ちっ、魔力枯渇症状か……
魔力枯渇、その名の通り、魔力を消費し続けると起きる症状だと言われている。本来魔力は生命力と密接した関係を持っていると言われ、9割の魔力を失われると死ぬと言われている。基本的に魔力は食事や睡眠などで回復するため、魔力枯渇が起きても大して問題にはならないのだが……
――この症状がでたってことはだいたい7割失われたってことか。俺の魔力量は少なかったみたいだな。
それだけ分かりながらも、カイルはやめるどころか、送る魔力量を増やしていく。当たり前だ、このままでは妹の命が危ういというのに、自分が危ないからやめる? 妹を見捨てて? そんなこと――
「できるわけねぇよなぁ、なんたって兄貴なんだからさぁ」
苦しさから逃れるように、自分を納得させるように言い聞かせる。
額から大粒の汗を垂れ流し、もはや感覚のない手をただ置き、目で黒い魔力が消えるのを待つのみ。
ノアの体から完全に黒い魔力を確認した時、既にカイルには、体を支える力は愚か、考える思考能力まで失いかけていた。
ただ――ただ一つわかることがある。
それは、妹を救うことができたという事実。それだけは自信を持つことができた。
ふと考える。なぜ急に、前世の記憶が戻ったのかを、
もしかしたら俺は――この子を助けるために、カイルに呼びだされたのかも知れないな。
そんなことを思いつつ、カイルはゆっくりと意識を闇へと手放していくのだった。
意識が完全に落ちる最中、「お兄ちゃん!」というノアの声を聞いたのは、幻聴か本物か、できれば本物が良いと願うカイルは、永い眠りへとついたのだった。
お待たせしました~。正直自分はまだファンタジーをあまり書いたことがないので、不安ですが、少しは頑張りたいと思います。
感想アドバイスをいただければ幸いです。お願いします