第9話~学校って懐かしい~
魔王こと、妹が村に来てから。なんだかんだで半年もの月日が過ぎようとしていた。
最初は脅えきっていた両親も、今ではすっかり打ち解け、ヴェルを娘のように扱ってくれている。実にいいことだ。ノアも文句は多々言っているが、なんだかんだで上手くやっていると思う。
そんな平和な日々が流れるクロスロード家、だがそんな平和は、ある夕飯での一言で、崩れ去ってしまった。
「明日から魔法学校か~」
夕飯のサラダを口に運びながらノアがそんなことを呟いた。
「そっか、確かノアは学校ではかなり優等生なんだっけ?」
「そ、そんなことないよお兄ちゃん」
ヴェルのことで頭がいっぱいですっかり忘れてたけど、よくよく考えたらもうそんな時期になっていたのか。
その本人であるヴェルは、味噌汁を啜りながら、
「ずずっ、ノアが優等生ねぇ~、ふ~」
「な、なによ」
「ん~? 別に? ずずっ、お母様、これとっても美味しいです」
「あらそう? うれしいわ~、たくさん飲んでね!」
「はい」
「別にってなんなのよ!」
「そんなの自分で考えなさいよ」
突っかかるノアに対して、ヴェルはあくまで冷静な態度を取り続ける。これが最近のクロスロード家の日課になってきている。
いつもヴェルが挑発し、それをノアが素直にかみつく。そして最後にはいつもヴェルがノアで遊んで終わる。今日もそれで終わるだろうなと思っていた。
だが、今日のノアは一味違った……!
「ふふ、いつまでそんな余裕顔ができますかね」
ノアが慣れない不敵な笑みを浮かべる。
ヴェルはまったく興味がない様子で、相変わらず味噌汁を啜っているので、代わりにカイルが興味を持つことにした。
「何かあるのか?」
「お兄様、どうせくだらないことでしょうから気にしないほうが吉ですよ」
「くだらないってなんですか! くだらなくないですよ!」
「あなたが今までくだらないこと以外言った覚えがないわ」
「そんなことないですよ~!」
腕をまわしてヴェルに抗議するノアを、可愛いな~と思いながら見ていると、
「ノア! うるさい! 食事中くらい静かにしなさい!」
「そ、そんなぁ~」
母さんに怒られてしまった。ノアは泣きそうになりがらも、言われた通りもぐもぐと静かにご飯を食べ始める。隣ではヴェルが笑顔で味噌汁をまだ啜っていた、よっぽど気にいったみたいだな。
とはいえ、このまましょんぼりしているノアを目の前に食事というのもかなりしんどいので、カイル
は仕方なく話を振ってあげることにした。
「そ、それでノア、何かビックリさせるようなことがあるんじゃないのか?」
「あ、はい! そうです!」
話を振ると、ノアはすぐに元気を取り戻した。先程の泣き顔とうって変わって、すぐに笑顔を咲かせた。
「で? い、一体何なんだ?」
隣で睨んでいるヴェルが少し怖い。どうせ大したことじゃないだろうが、ヴェルの視線から逃げるため、カイルはノアの方に視線を送る。こないだは失われた古代魔法を使えるやらなんやら言っていたから、今度は古代武器でも手に入れたのかな?
そんな彼の甘い考えをよそに、ノアは母に怒られない程度の声で言った。
「えっとですね、実はなんと! お兄ちゃんも明日から学校に行くんだよ!」自信満々の表情のノア。
「なっ!」初めて見せる、ヴェルの驚きの表情。
「なんだってーーーーーー!!??」身を乗り出して驚くカイル。
「って、なんでお兄ちゃんがそんなに驚いてるの?」
「あたり前だろ! そんなこと俺は一言も聞いてないぞ!?」
「うん、だって今言ったもん」
そして可愛らしく頭を傾げる。
「今言ったもん、って遅過ぎだろ!」
「確かに、でもお兄ちゃんから既にOKのサインもらってるよ」
「何? いつ!」
「一か月くらい前」
一か月前?
カイルは古い記憶を掘り返して見る。
~1か月前~
ヴェルが少し出かけている時、
「ねぇねぇお兄ちゃん」
「なんだ~?」
カイルが部屋でゴロゴロしていると、遊びに来ていたノアが、突然変なことを聞いてきたのだ。
「学校ってどんなところだと思う?」
思ってもみなかった質問に、
「どうしたんだ突然」
「え? や、ちょっと気になっただけ」
あはは、と明らかに元気のない声で無理やり笑うノア。
ノアにしては珍しい、もしかして初めての学校に戸惑っているのだろうか?
……ありえる。
今まで年の近い子が少ない村での生活が、突然知らない同い年くらいの子たちと共に勉強をうけ、寮生活も共にするのだ。本人にとっては凄いプレッシャーなのだろう。
ここは励ましてやるとしますか。
カイルはゴロゴロするのをやめ、よっ、と体を起こした。
「ノア、学校は良いところだぞ~」
「え?」
カイルは前の記憶を思い出し、学校での生活を頭の中でリピートしていく。
「授業は少し面倒くさいけど、友達もできるし、恋愛もできるし、図書館や購買部まである。すごく楽しい場所なんだぞ」
「へ~、ずいぶんと詳しいんだね、お兄ちゃん」
ギクッ
しまった。
「え、あ、いやほら、本読んでからさ、」
つい前の学校生活を思い出して語ってしまい、墓穴を掘ったかと思ったが、ノアは「そうなんだ」と返してきた。なんとか誤魔化すことができたみたいだ、あぶないあぶない、今度から気をつけよう。
「それじゃあもしお兄ちゃんが学校行くことになったらどうしますか?」
ノアの真剣な質問に、カイルも真剣に答える。
「そりゃあ喜んで行くさ」
「そうですか……それじゃあ私がんばりますね!」
「おう! がんばれよ!」
そして現在
「え? あれってそういう意味だったのか?」
「そういう意味って、それしかないじゃないですか」
「そ、そうか」
カイルは「はは」と乾いた声を上げながら、冷や汗を垂れ流した。
あれ? もしかして墓穴踏んだ?
「まさか、今さら嫌だなんて言わないよね?」
「え~と」
ノアの瞳から逃げるように視線をずらす。
まさか見事な勘違いでこんな事態を引き起こすとは思わなかった。
カイルは決して学校が嫌いではない、だが好きかと聞かれるかと聞かれるとそうでもない。もう一度入る? と聞かれたら、どっちでもいいよと答えるだろう。
だがそれは、あくまでカイルの知っている学校だったらの話だ。ノアが通う学校は、前の世界にはなかった魔法を教えるための学校だ。おそらく普通とは違うと予想される。
ゲーム好きの人間ならば、こんな状況に陥ったら間違いなく入ると言いそうだが、生憎カイルはそんな神経を持ち合わせていない。
未知の学校と村での平凡な暮らし、どっちを取るかと聞かれれば間違いなく村を選ぼう。
よってカイルはなんとかノアの提案を潰そうと、思考を巡らせた。
「け、けどさ、学校っていったらル―チェ掛かるんだろ? 流石にそこまで迷惑はかけられないよ」
イエス! カイルは思わず小さくガッツポーズを作った。咄嗟についた嘘にしては良くできている。ちなみにルーチェとはお金のことだ。1ルーチェが1円と同じ価値がある。
内心上手く誤魔化せたと思ったカイルだったが、ノアが一瞬にやりと笑ったのを、ヴェルは見逃していなかった。
「じゃあ、その心配がなければ問題ないよね?」
「え? あ、いや」
「な・い・よ・ね?」
「……はい」
ノアの睨みに思わず頷くと、彼女の表情は一転し、テーブルの上に一枚のカードを差し出した。
「これは……」
差し出されたカードを見て、思わずカイルは目を見開いた、それもそのはず、なんたってテーブルにおかれたカードの正体は、
「一緒に楽しもうね。お兄ちゃん♪」
カイル・クロスロードの学生証だったからだ。
ずいぶんお久ぶりの投稿です、これからも少し更新が遅くなるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします、