4ページ目 『3人のピエロのおはなし』
水曜日。
その日は曇りだった。午後から晴れると天気予報では言っていた。
薄い雲が世界を覆っている。
霧が掛かったような奥の見えない感じはこの土地特有の現象だ。
この町の間では〝霧界〝と呼ばれている。
曇りの日はほとんど霧界に覆われる。
そんな薄暗い雰囲気の町を照らす月光のような人が今日も僕の家(町外れの一角にある古本屋)に来た。
「開店してますよね、お邪魔します」
彼女はどんな天気のときでも明るい人だ。
嵐のときでも雨の日でも、冬の寒い日でも、このお店を照らしてくれるのだ。
「いらっしゃい! おねえちゃん!」
「キミも元気だね。今日はどんなお話がいいかな?」
彼女は「よっ」と積まれている本の中から一冊を取り出した。
その本もまた年期の入ったぼろぼろの本だった。
「あ、懐かしい! 『3人のピエロのおはなし』だ。今日は面白いお話だよ」
彼女は楽しそうに表紙をめくった。
そこには3人のピエロのイラストが載っていた。
赤いピエロ
青いピエロ
黄色いピエロ
彼女の顔を覗き込むと目がきらきらと輝いていた。
それほどこの本は彼女にとって、思い出に残ったものなのだろう。
僕自身もその本に興味が湧いた。
多くの本を読んできた彼女が「面白い」という本は一体どんなものなのか――
「それじゃあ読むね。
『3人のピエロのおはなし』。
とある国の王子様が退屈しのぎに、国で有名なサーカス団のピエロを3人、お城に招きました。
そして王子様は、
「私になにか芸をして見せよ」と。
突然呼ばれたピエロたちは当然驚きました。
けれど、王子様の命令は絶対。
そしてピエロたちは自分たちの今できる力を最大限引き出せる芸をすることにしました。
そして、
赤いピエロは言いました。
王子様、どうかこのぼくの芸を見て笑ってください。
青いピエロは言いました。
王子様、どうかこのぼくの芸を見て涙を流してください。
黄色いピエロは言いました。
王子様、どうかこのぼくの芸を見て手を叩いてください。
そして王子様は言いました。
さて、なんて言ったと思う?」
――あれ? あまり面白さがわからない。
僕は理解できずにいた。
一体なにが面白いのだろうか。
王子様が最後に言う言葉が面白いのかな?
だからこんな質問をしているのかな?
「きみたちはおもしろくない!」
彼女はお腹を抱えて笑った。
「本当にキミは面白いね。王子様がそんなこと言ったらピエロさんが可愛そうだよ。もっと面白い答えだよ」
もっと面白い答え?
なおかつピエロを傷つけない答え。
…………。
「おもしろかったです?」
彼女はまたもお腹を抱えて笑った。
僕の答えは全然違うのだと思った。
「面白いっか。王子様はこう言ったんだよ。
『ピエロ様どうか僕に芸を教えてください』ってね。
どう? このおはなし面白くないかい?」
「ぼくわからない」
「あれ……。簡単に説明するね。
この3人のピエロはとてもすごい芸をもっているんだよ。それを王子様に見せたでしょ?
ピエロたちは自信がある芸をした。
だから、
『王子様、どうかこのぼくの芸を見て笑ってください』
『王子様、どうかこのぼくの芸を見て涙を流してください』
『王子様、どうかこのぼくの芸を見て手を叩いてください』
と要求をしたの。
すると、芸を見た王子様は感動して『わたしにも芸を教えてください』って言ったの。王子様は予想もしていなかった。生まれて初めての気持ちをそのとき知ったの。それほど王子様にとって印象が強かったのね」
「おねえちゃんもこの本がすきなのは、いんしょうがつよかったから?」
「そうだよ。このおはなしはとっても面白いわ。王子様の顔の表情が目に浮かぶの。威張ったような顔が徐々に壊れていく。笑って、涙を流して、手を叩いて、お願いするときのあの顔。
文章だけでまるで、目の前で芸を見ているように感じるのはこの本が初めてだった」
「たしかに、おもいうかべたらおもしろいね!」
「よかった。キミにもこの本の面白さが伝わって。あ、今日は買い物があるんだった。じゃ、また来るね」
彼女は本を閉じて僕に渡し、お店を出て行った。
この薄暗い空を切り裂くように太陽の光りが差し込んできた。
やはり彼女はこの町を照らす存在なのだと思った。
その日の晩、僕はママにある告白をした。
「ねえママ! ぼくすきなひとができたんだ!」
「あら、おめでとう。よかったわね」
ママは喜んでくれた。
明日また彼女が来るのが楽しみでその日はなかなか寝付けなかった。




