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3ページ目 『黄金のパンドラの箱』

 火曜日。

 朝から相変わらずのぽかぽかとしたいい天気だった。

 

 ママと一緒に買い物に行き、帰る途中に散歩道を通った。

 そこには覗き込めば自分が映るほど澄んだ小川がある。

 小川の近くにある桜の木には小さな蕾がいくつもあり、開花の準備をしていた。


 小鳥が集まって合唱会を開いている。

 僕もママに手を引かれながら鼻歌を交えてコーラスをした。



 まだ太陽が東側にある頃、家に帰宅すると開店前のお店にあの人が床に座って本を読んでいた。


 若草色のトレンチコートにゴーグルをした女性。

 じつは彼女の名前を知らない。たしか一度言ったような気もするが、覚えていない。

 なんとなくだが、春に咲く花の名前だったような気がする。


 名前が思い出せないからいつも「おねえちゃん」と呼んでいた。


「おねえちゃんおはようございます! きょうははやいね」


 彼女は読んでいた本にしおりを挟んで閉じ、僕の方を向いた。


「おはよう。キミは今日も元気だね。まるで太陽のような子だ。今日は午後から用事があるから無理を言って来たんだ」


「ほんとうに本がすきなんだね」


「うん。私は本が一番好きだよ。町で見るパレードより、小川の近くの桜を見るより大好きだ。本には自分にしか想像できない風景が広がっている。どんな景色よりも綺麗だよ」


「そうかなー? ぼくはさくらの花すきだよ」


「キミも分かるときがきっとくるよ」


 彼女は本を鞄にしまい、また適当に本を手に取った。

 それは分厚い表紙で箱のようだ。

 背表紙には金色でタイトルが書かれている。


 けれど、ぼくにはそのタイトルは読めなかった。



「……『黄金のパンドラの箱』」


 彼女はそう言うと目を伏せた。


「キミにはまだ難しい話だな。それでも読んでほしいかい?」


「うん!」


 彼女はやれやれと本をめくった。

 1ページ目には黄金の箱のイラストが描かれている。

 2ページ目には幸福と災厄のふたつの言葉が書かれていた。



「それじゃあ読むよ。 

 


 少年はある日、黄金に輝く箱を見つけました。

 その黄金の箱はけして開けてはいけないと書かれていました。


 少年は一度家に持ち帰りました。

 開けてはいけないと書かれていたので開けずに置いておきました。


 しかし、数日経った頃。とうとう少年は開けようと決心しました。


 その箱には鍵は掛かっておらず、簡単に開けることができました。



 少年が蓋を開けると、中からはこの世のありとあらゆる〝幸福〝が飛び出してきました。

 慌てて蓋を閉じてももう手遅れ。


 箱に残されたのはこの世のありとあらゆる災厄と少年から奪い取ったただ一つの幸福だけ。



 幸福の名前は〝過去(思い出)〝



 さて、少年はいつまでその箱を閉じたままでいられるでしょうか」



 読み終えると彼女の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。


「どうしたのおねえちゃん!」


「いや、この話を読んでいると悲しくなるんだよ……。きっと私がこの少年だったらすぐに箱を開けてしまうだろうね。キミはどうかな?」


「……ぼくわからない。どうしてこれが悲しいお話なの?」


 理解できていない僕に彼女は簡単に話を説明してくれた。



「この箱を開けたことで世界は幸福になったんだよ。今までにないくらいにね。

 たとえるなら楽園かな。小川の水はまるで果物の果汁のようで、一年中桜は咲き、小鳥たちは終わることのない音楽会を開く。汚いものや嫌なことが何一つ無い世界になったの。

 でもね、箱の中にはまだひとつ〝幸福〝が残ったの。その幸福を取り出そうとすれば、幸福で満ちている楽園は災厄で滅んでしまうの」



「それって、らくえんがきえちゃうってこと?」


「そうだよ。悲しいでしょ? それにね、残った幸福が〝過去〝(思い出)なの。この箱を開けた少年は楽しい思い出を奪われてしまった。

 選択肢は2つ。


 ひとつは自分の幸福をあきらめて世界のみんなの幸福を見守ること。

 ひとつは自分の幸福を取り戻して世界のみんなを災厄に巻き込むこと。


 キミはどっちを選ぶ?」


 悩んだ。

 このときばかりは彼女の喜ぶ答えをよく考えた。

 でもなにも思い浮かばない。

 こんなときなんて言えばいいか僕には分からない。

 ひとつだけ言えるのは選択肢は2つなんかじゃないってことだ。


「ぼくはどっちもえらばない。ぼくはみんなが幸せで、ぼくも幸せな答えをさがすよ!」


 彼女はくすくす笑った。

 本を閉じて僕の頭を、何度も何度も、くしゃくしゃになるまでなでた。



「キミのような答えを選ぶのも悪くないかもね。けれど、答えを見つけるまできっと辛いと思うよ?」


「ぼくはそれでもさがすよ!」


 彼女は涙を拭いて立ち上がった。



「キミのような人を世界は必要としているのかもしれないね。今日は逆に勉強になったよ。それじゃあまた来るね」



 彼女は僕に本を渡して出て行った。


 本の最後を開くと、黄金の箱に幸福と災厄が同じだけ入っているイラストが描かれている。

 このときの僕には分からなかったが、世界とは幸福と災厄が同じだけあるものだ。


 だから箱を開けても大丈夫なのだ。

 はじめから答えはひとつだった。

 箱を開けて少年もみんなも幸せになればいいんだ。


 ひと時の夢を見ていたと考えればいい。

 みんなが平等の世界、それが一番の幸福なのだ。



 そう思った。






 読んでいただきありがとうございます。ご感想やコメントをいただけたら幸いです。

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