2ページ目 『太陽の翼を持つ少女』
月曜日。
外は雲ひとつ無い快晴で、小鳥たちのさえずりが響いていた春の初め。
その日もこのお店にはあのお客さんのみだけだった。
「こんにちわ。今日もお邪魔しますね」
その女の人はすっきりと細くて、白い顔。通った鼻筋に、うすいくちびる。若草色のトレンチコートとゴーグルを身に着けている。
僕の記憶では彼女は、物心がついた頃からこのお店に来ていた。気が付けば床に座って、傍らにある本を適当に手にとって読んでいる。
僕は毎日来る彼女に興味があって、いつも隣に座っていた。
その日から彼女は本を読んでくれるようになった。
「今日もいい天気だね。キミはまだお外には遊びにいけないんだね。よし、今日も何か読んであげるね」
そういうといつものように適当に本を手に取った。
「今日はこの本にしようかな。『太陽の翼を持つ少女』のお話だよ。私もはじめて見たな、こんな本。結構古い、100年以上も前だ――」
彼女はページをめくり、唄を歌うように優しく柔らかな声で言葉を読み上げていく。
「――『太陽の翼を持つ少女』
太陽に近づくにつれ、次第に翼は溶けていきました。
それでも少女は羽ばたくことをやめませんでした。
太陽に近づくにつれ、次第に翼は小さくなっていきました。
それでも少女は羽ばたくことをやめませんでした。
太陽に近づくにつれ、次第に翼は形を失っていきました。
それでも少女は羽ばたくことをやめませんでした。
さて、なぜだかわかる?」
本を読んでは、「なぜだかわかる?」や「どう思った?」などの質問を投げかける。その問いに僕は毎回悩まされていた。
内容について考えているわけじゃない。知っている言葉を引き出して紡いで言うでもない。ただ、彼女が嬉しがるような、笑ってくれるような言葉を探していた。
その時がたまらなく嬉しかった。
「たいようがあったかそうだったから!」
彼女はくすくす笑った。
「うーん、それも間違いじゃないね。でもね、それよりももっとピッタリな答えがあるの。
なぜなら、その翼にははじめから炎が灯っていたのです」
「…………?」
「まだ難しいおはなしだったね。私にも難しいお話だよ」
「そのおんなの子はさいしょっから燃えてたの?」
「燃えているわけじゃないんだよ。その少女の翼はね、溶けてしまっても、小さくなろうとも、形が無くなって失っても、太陽まで行くと決めた想いが灯っていたの」
「……ぼくわからない」
彼女は僕の頭に手を置いて撫で、
「もっともっと本を読んで、言葉を知って、知識を増やしていくのよ。そして、この世のありとあらゆる本を記憶するの。そうしたらきっとこの世界が違って見えるよ」
「ぼく、がんばる! おねえちゃんみたいにたくさん本をよむ!」
彼女はにこっと微笑んで本を僕に渡し、もう一度頭を撫でて「また来ます」と、お店を出て行った。
お店の天窓の真上に、太陽がちょうど昇ってきた。
翼を持った少女はこの太陽に向かって飛んでいった。
真っ赤に燃える太陽へ――
ぼくにはまだむずかしい。
意味なんて理解できない。
けれど、いい思い出になった。
――その光りを求めて。
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