王子が正気に戻ったら
プレシャス王国王立貴族学院。
通称:大きな学校おおきながっこう。
ここには国中どころか、遠くいろんな国からの王族・貴族が集まるハイソサエティでノブレスオブリージュな学院だ。
貴族の、貴族による、貴族のための学院で、勉学・武術・コミュニケーションありとあらゆる貴族知識&実践を積む学び舎である。
貴族でなければ入学できぬ厳しい規律をかいくぐった猛者たちがひしめきあう、まさに小さな王国と言っても過言ではない………。
そこで起こった、とある悲劇。
ウスハゲーノ元男爵子息による<魅了事件>。
通称:ハゲチャーム事件。
プレシャス王国の王子にして次期王とも噂に名高い、シャロン王子とその取り巻きたちが巻き込まれた<大規模婚約破棄されちゃった事件>である。
*
………私の名声はいちじるしく落ちた。
私は、プレシャス王家の王子。
シャロン。
シャロン・プレシャス、17歳。
身長180cm、体重65kg、金髪碧眼のスーパー美男子である。
私自身もそう思っているが、皆からもそう絶賛されている。
けれど、私の名声はもはや無である。
地に落ちた。
あの、ウスハ。
色白でもちもちしたフォルム。
大きな顔に小さい黒豆のような、つぶらな瞳。
風にたなびく、一筋の髪の毛。
桃色のバラのような色をした、吸い付いたら離れなさそうな厚めの唇を持つ、元男爵家令息。
ウスハゲーノ・トリニトロ。年齢不詳。
あの男の巻き起こしたハゲチャーム事件によって。
彼の事件は、<魅了>という力が引き金となったなんともやるせない事件だったのであるが、よりにもよって魅了を持っていたのが、少年少女ではなく、アレであったことが一部関係者に疑問を残したらしく、解決後も調査が続けられていた。
率直に言うと、ただの魅了ではなかった。
ウスハゲーノ・トリニトロ。
ウスハの力は、チャームなどという可愛らしい響きのモノではなかった。
仮にも、一国の王子と優秀なはずの取り巻き立ちが、なぜアレに惑わされ、惹きつけられてしまったのか。
大いなる謎。
どう考えても彼らを婚約破棄した婚約者たちを差し置くほどの者ではなかったから。
トリチャーム(三重の魅了)と、王宮の魔術師たちに新たに名付けられたウスハの能力は、種族・年齢・性別関係なく、力の持ち主が懸想した相手を、必ず篭絡できるという力だったのである。
(なんと恐ろしい)
第一の犠牲者、私ことシャロン王子にはそれこそ魅了どころか、魔力除けが生まれたときから施されていた。
しかし、その強力な魔法も彼の事件収束後に調べると、効果を相殺され消し去られていたという。
規格外と呼ぶにふさわしいその能力も、持ち主がウスハではただの危険因子に過ぎない。
狙われて目を合わせたらほぼ百パーセントの確率で落ちるのだ。
考えただけでゾッとするが、ウスハは私に懸想……
「わあああああ!!!」
思わず叫び声をあげてしまった。
「シャロン王子!?いかがなさいました」
執事のジョナタンが血相を変えて呼びかける。
「いや、なんでもない」
実力が上位の魔術師ですら真正面から受ければ撃沈するというとんでもない能力に、今、国は揺れに揺れている。
現状況は、ウスハが男爵に取り入った場所と、彼が元居た国を確定できたというごく初期の段階だとか。
解決はまだ先のようである。
さすがに普通の魅了にかかったわけではなかったから、婚約破棄を申し出てきたエンプレス公爵家のリンダ嬢にもその情報を伝え、再度婚約の話を考えてもらえないかと打診したが、彼女は公爵になりたかったのだと打ち明けてくれ、この話は終わりを告げた。
「そろそろ婚約者となられるプリーステス侯爵令嬢がいらっしゃいます」
ジョナタンが気づかわしげに私に告げる。
「ああ。分かっている」
今回この事件には関係していなかった侯爵家の令嬢が私の新たな婚約者に決まった。再度の婚約の話をしたときに、リンダが…エンプレス公爵令嬢が推してくれたのだ。
ケイト・プリーステス侯爵令嬢。
私は、ハゲチャーム事件のあらましを隠すことなく彼女に話すつもりだ。
あの恐ろしい能力があったとはいえ、自らがウスハウスハ言っていた事実は変わらない。
「プリーステス侯爵令嬢様がいらっしゃいました」
彼女が難色を示すのなら、あきらめよう。
「私は、シャロン様のお力になりたいですわ」
ケイトは、優しく答えてくれた。
そう言ってくれた彼女を、今度こそ大切にしようと私は誓った。
*
ハゲチャーム事件から1年。
私は第二学年へと上がった。
新たな生徒たちが、入学を終え、はつらつと校門を通り抜けていく。
馬車から婚約者となったケイトと降りた私は、共に学び舎へと歩を進める。私たちの関係はとても落ち着いていて順調に進んでいると思う。
その時。
「キャアアアアッ!!!」
ケイトの横をものすごい勢いで、女生徒がダイブしていった。
土埃をあげてスライディングするその様は、まるで子供のよう。
私は王子だ。皆の規範とならねばならない。
「大丈夫か?」
手を差し伸べた。
「はいっ!!」
女生徒は私の手を強く握りしめて、突然しなだれかかってきた。
私は素早い体術でそれを避けると、いつのまにかそばに控えていたムキムキ、いや、一年生側近グレゴリウスに女生徒を任せる。
「え?王子様!?」
グレゴリウスは強力な魔術耐性を持つ騎士団長の子息だ。その優れた五感と強靭な筋肉で何もかもを跳ね返すと評判の。
「グレゴリウス」
私は視線を投げかけた。
「怪しいですね」
グレゴリウスはポツリと一言応える。怪しい、<要警戒>ということだった。
また、魅了か……。
私は重い溜息をついた。
女生徒はグレゴリウスを押しのけるように離れると、道のど真ん中に妙なポーズで立つ。
その様子が、ウスハの思い出と重なった。
「……ッ!!」
鳥肌が腕を駆けのぼってくる。
「王子様!!私を!優しく助けてくださってありがとうございました!!」
周囲に言いふらす勢いで、女生徒は声をあげた。
私は、ひどく冷めた声で答えた。
「ノブレスオブリージュだ。気にするな」
女生徒が何か言っていたようだが、それ以上は聞かなかった。
グレゴリウスが止めてくれているようだ。
もうじき警備の者もつくだろう。
さすが私の側近。すべて手配済みのようで目線で促された。
ケイトをきちんとエスコートして、私たちは校舎へ歩き出す。
もう正気は二度と失なわない。
校舎の入り口で、リンダが立ち止まってこちらを見ていた。
「彼女は、調べがつくまで私の方で何とかいたしますわ。王太子殿下」
不敵に次期公爵は口元を釣り上げた。
「お二人に近づくこともないでしょう」
「リン……、エンプレス公爵令嬢」
「ケイト様のこと、大切になさって下さいませ」
私はリンダに頷き返し、再び前を向いた。
Fin.




