第40話 別れと旅立ち
ナデシコちゃんを仲間にしてからさらに数日後。
旅支度を整え、マジックバッグを提げたわたしは、グリィトの街の門に立っていた。
隣には、大きな体になったもふもふフェンリルことモッフィと、忍者少女のナデシコちゃんがいる。
「――じゃあな、アイリ。道中、気を付けるんだぞ」
街の門まで、わざわざ見送りに来てくれたザレックさんが言った。
その周りには、ギルドの受付嬢さんや数人の冒険者が並んでいる。
皆、笑顔で言葉をかけてくれた。
「困ったことがあったら、いつでもグリィトに戻ってきてくださいねー!」
「今度は旨いツマミでも教えてやるからよー!」
「バカ、あの子にツマミは早いでしょ!」
「アイリなら大歓迎だぞー!」
そして、この街では大変お世話になった冒険者の、ベルドさん、マーレスさん、ジェシーさんの姿もあった。
「アイリ、この街では色々とあったが、次の街でも気をつけるんだぞ! できることなら俺たちも着いて行きたいが、そうもいかないからな……!」
「モッフィとナデシコも、達者でな」
「うぅ、可愛いアイリちゃんの姿ももふもふのモッフィの毛並みももう見れないなんて寂しいわ~!!」
ジェシーさんが駆け出し、わたしを抱き締めてくれる。
「う、うぎゅ、く、苦しいですよ、ジェシーさん~!」
「あぁ~ん、だってぇ~!!」
ジェシーさんが号泣した。
こんなに人に想ってもらい、悲しんでもらった経験なんて初めてなので、わたしの胸もジーンと熱くなる。
ひとしきりジェシーさんにハグられた後、わたしは乱れた衣服を直し、集まってくれた人たちにペコリと頭を下げた。
「皆さん、短い間でしたが、本当に色々と良くしてくれてありがとうございました! このご恩は忘れません!!」
わたしは晴れやかな笑顔でザレックさんたちに最後の挨拶をする。
と、皆一斉に言葉を返してくれた。
「いつでも帰ってこいよー!」
「待ってるからなー!」
「また元気な顔見せてくれー!!」
わたしは大きくなったモッフィの背に乗った。
そのわたしの後ろに、控えめにナデシコちゃんが乗った。
モッフィの背中で二人乗りしている状態だ。
わたしは唇を噛み締め、振り返る。
心に湧いてくる寂しさをぐっと押し込めて、全身を使って手を振った。
「ありがとうございまーすっ! 皆さんもお元気でーーっ!!」
あ、あれ。
なんだこれ。
この街には何ヵ月も滞在してたわけじゃないのに、思わず涙があふれてくる。
こんな感情に見舞われたのは初めてだ。
それだけ、この街の人たちが温かくて、優しい人たちばかりだったってことなのかな。
「……では、行くぞ」
モッフィは見送り人たちを一瞥し、前を向く。
ナデシコちゃんもザレックさんたちに向けて頭を下げた。
「しっかり掴まっておれよ!」
ぐんっ、とモッフィが加速する。
わたしのゆるふわ金髪が風にはためくのを押さえながら、背後に手を振った。
ザレックさんたちは今もなお大声で別れと激励の言葉を叫んで送り出してくれる。
わたしは目尻に浮かぶ涙が弾けるような笑顔でそれに応えるけど、次第に街が遠くなり――やがて街の人たちは見えなくなってしまった。
「……別れも、旅の醍醐味の一つだよね」
振り上げていた両手をゆっくりと下げ、寂しさにきゅっとなる胸を軽く押さえた。
「あ、あああ、あのアイリ様! だ、大丈夫ですか!?」
街を離れる寂しさに涙を拭うわたしを見て、背後のナデシコちゃんが挙動不審におろおろとしていた。
そんなナデシコちゃんの姿を見たら、別れの悲しさも和らいだ。
旅っていうのは、別れだけじゃなく、出会いもあるものだもんね!
わたしはナデシコちゃんににこりと笑った。
「うん、大丈夫だよ! 心配してくれて、ありがとう!」
「ア、アイリ様……!」
ナデシコちゃんは感激したように口元を押さえ、感じ入る。
すると、ナデシコちゃんがわたしを見てハッと体を硬直させた。
「アイリ様! そのお荷物お持ちします!」
「荷物って……ああ、このカバンのこと? これはマジックバッグでそんなに重くないから大丈夫だよ」
わたしはポンッと肩掛けのマジックバッグを叩いた。
このバッグの中には大量の素材やら生活物資やらが詰まっているけど、重さはあんまり感じない。
幼女の体でも十分に持ち歩けるくらいの重量だ。
だけど、マジックバッグと聞いて、一つ思い出すことがあった。
「ああ、そうそう。マジックバッグといえば……」
わたしはガサゴソとマジックバッグを漁り、先日受け取った一枚の封書を握る。
「ネモさんから貰ったこの封書も忘れず届けないとだね」
これは行商人のネモさんから頼まれた約束だ。
次の街に行き、とある人物にこの封書を届けて欲しいというミッション。
ネモさんは急ぎで王都に向かわなきゃいけないって言ってたし、さっきわたしを見送ってくれた人たちの中にもネモさんの姿はなかったから、きっともう王都に向けて出立してしまったのだろう。
行商人っていうのも大変な仕事みたいだ。
「その封書は……?」
「次に行く街で渡すように頼まれてるやつなんだ。そんなに急ぎじゃなくても良いって言ってたけど、忘れないようにしなきゃね――って、ああっ!」
不意に、ビュオオオ! と突風が吹いた。
そのせいで思わず、わたしの指先から封書が風に流されてしまう。
ヤバイ!
封書が風に飛んでいっちゃう!!
わたしが反射的に風に舞う封書に手を伸ばしたと同時、ナデシコちゃんの目がギランと光った。
「――シッ!」
ナデシコちゃんが目にも止まらぬ早業で空中を舞う封書を奪取。
凄まじい身のこなしで封書を回収したナデシコちゃんは、にこにこ笑顔でわたしに封書を返してくれた。
「アイリ様、こちらを!」
「あ、ありがとうナデシコちゃん。助かったよ……!」
「いえ、これしきのこと当然です!」
ナデシコちゃんから封書を受け取り、いそいそとマジックバッグにしまう。
アホなことで封書紛失なんて事態にならなくてひと安心だ。
ふっ~、と安堵の息を吐くわたしに、モッフィが軽くわたしたちに顔を向けた。
「おいお主ら。人の背中の上であまり馬鹿なことをするでないぞ」
「ば、馬鹿なことなんてしてないもん! ちょっと手が滑っただけだし!」
モッフィが呆れたようにやれやれと首を振る。
そして、モッフィが言った。
「それで、次の行き先はこの方角で良いのか? 我は詳しい場所は知らぬゆえ、道案内はアイリの仕事じゃぞ」
「うん、任せて!」
セリエーヌちゃんの知識を借りれば、次の目的地までのルートは大体分かるから!
「そう言えば、これはどこに向かわれているのですか?」
「ふっ、気になるかいナデシコちゃん?」
「は、はい! アイリ様がお選びになった目的地、とても興味があります!!」
わたしはグラサンをかちゃりとかけ直し、不敵に笑う。
ワクワクした顔で見つめてくるナデシコちゃんを横目に、わたしはビシッと人差し指を前に突き出した。
「次なる目的地は、王国中の錬金術師たちが集うレシピと素材と薬品の街――錬金都市『アルケシュ』だ!!」
果たして、アルケシュではどんな楽しいイベントが待ち受けているのか!
アルケシュでは珍しい巻物が入荷された情報もあるので、わたしの魔眼を治せるかもしれないし!
くっくっく、今から楽しみじゃないか!
わたしは仲間の皆と心を踊らせながら、モッフィの背に乗って広大な草原を突っ走って行った。




