第1話 オッドアイの金髪幼女
「――――と、いうわけでして。まあ、全部ひっくるめて一言で表すならば…………マッジですいませんでしたぁぁあああああ!!」
現実離れした神聖さをまとう真っ白な空間。
その真ん中に佇む私は、目の前で美しい土下座を披露する美人さんを見下ろした。
彼女は異世界の女神――アスティアーネ様というらしい。
「……あの」
「もぉぉおおおし訳ありませんんん!! これは完全に私の不注意ですぅぅ!! ながら運転ならぬ、"ながら転生"をしてしまったせいで、全くの手違いであなたの魂を天に召してしまいましたぁぁあああ!!」
連勤&残業続きのブラック企業に勤めて三年目の社畜OLことわたし――水城愛璃は、享年二十五歳にしてぽっくり逝ってしまったらしい。
最後の記憶は……深夜の会社オフィスで一人パソコンに向かっているところだ。
ちょうど終電が過ぎたタイミングだったか。
あー今日は徹夜確定で死んだなー、なんてぼんやり考えながら、死んだ魚のような目でキーボードを叩いていた。
すると急に激しい目眩に襲われて視界がぼやけ、意識を失ったのだ。
いや、失ったというより、《《弾き出された》》と表現した方が正確かも。
まあとにかく、わたしは二十代半ばにして会社オフィスで死亡したらしい。
話によると、"手違い"で。
「ごめんなさい。ちょっと混乱しててまだきちんと整理がついていないんですけど、さっきあなたが言ってたのって、つまり……?」
「すみませんすみませんすみません! 本来であれば拒絶しなければならなかったのに、アニメを見ながら転生してたせいで、間違って別の魂があなたの肉体へ転生する許可を出しちゃったんですっ!!」
ゴンッゴンッゴンッ! と土下座する額を床に打ち付ける。
てか、アニメ見ながら仕事すな。
(にしても、わたし……死んじゃったのかぁ)
目覚めたと思ったら見知らぬ真っ白な空間にいて、自分の死を告げられるなんて驚愕だ。
困惑する。
嘆き悲しみ、憤怒に駆られてもおかしくない。
だけど、自分よりも圧倒的にテンパっている人間(女神)が同じ空間にいると、不思議とわたしの思考は冷静になっていく。
自分が死んだ、という事実がどこか他人事のように感じていた。
まあ取り敢えず、美しい土下座ポーズでつむじと背中を見せるアスティアーネ様に駆け寄る。
「わ、分かりましたから、ひとまず頭を上げてください」
「はい、すみません!!」
アスティアーネ様は最後に、ゴンッ! と頭を打ち、おずおずと顔を上げた。
額がヒリヒリと腫れている。
「うぅ、本当に迂闊でしたぁ。転生は私たち天界にいる者だけが管理・運営を行っていると思っていたのですが……まさか地上から『ランダム転生魔法』を発動できる者がいるなんて」
「えっと、その……ランダム転生魔法? ってのはなんなんですか?」
素朴な疑問をぶつける。
アスティアーネ様は赤く晴れた額から煙を出しながらしょぼくれる。
「ええとですねぇ、私が管理する世界――『アストル』に住む一人の女性が、『ランダム転生魔法』を発動してしまいまして」
アスティアーネ様は続ける。
「『ランダム転生魔法』というのは、その名の通り自分の魂をランダムに他の肉体へ転生させる効果があります。ただ、ランダムといってもルーレットのように転生先の肉体が決定する訳ではなく、術者の魂と最も波長が合う肉体に自動的に入り込んでしまうのです。そして、もし転生先の肉体にすでに別人格が宿っている場合、その魂は強制的に弾かれ、行き場を失って自動的に天に召されます」
「……それで、気付けばわたしが天界にやって来た、と」
アスティアーネ様はこくりと頷いた。
矢継ぎ早に、釈明するように手をばたつかせる。
「そ、そもそも『ランダム転生魔法』は古代の失われた魔法で、非常にリスクが高い魔法なんですよ! そんな魔法、まさか本当に使う人がいるなんて思わないじゃないですか!? 自分の魂と最もマッチする肉体に強制的に転生できる神の魔法ですが、転生先の対象が人間とは限らないんですから! 自分が次に転生するのがネコなのかフクロウなのかアザラシなのか……極論、ゴキブリかもしれないんですよっ!?」
クワッ! と血走った目をして私に迫り寄ってきた。
思わずのけ反りつつ、アスティアーネ様から距離を取る。
「ま、まあ事情というか、状況は分かりました。じゃあ、現実世界のわたしの肉体には異世界の女性の魂が乗り移ってるってことですか?」
「そうなりますね。まったく……言語も文化も生活様式も何もかも別次元だから、あっちにも転生用の補助スキルを与えないといけません! 言語翻訳は必須ですし、あっ日本には魔力がないので、魔法関係の能力は全て無効化するように調整しないと。社会の常識や基礎知識なんかは転生先の肉体の脳ミソを代用して……」
俯いて独り言をぶつぶつと呟くアスティアーネ様に、わたしはおずおずと手を上げる。
「あのー、それでわたしはこれからどうなるんですか? このまま天国へのお迎えを待っていれば良いんでしょうか?」
できれば地獄行きは勘弁願いたい。
全力で譲れないポイントがあるとしたら、"不当な地獄行き"、ただ一点である。
「そ、そうでした! それを説明しないといけないんでした!」
アスティアーネ様が取り繕うように笑みを貼り付ける。
「そう早まる必要はありませんよ、愛璃さん! 愛璃さんには、三つの選択肢があります!」
アスティアーネ様が人差し指を立てる。
「一つ目、このまま天国に行き一生穏やかな暮らしをする。すでに亡くなられた方々と大量の天使たちと共に、刺激とは無縁の平和しかない雲の上で過ごしてもらいます。ここにはゲームもお菓子もありません。あ、おせんべいはあります」
続けて、中指を立てる。
「二つ目、全ての記憶を消去した状態で日本の誰かの赤ちゃんに転生する。これを選ぶなら、アスティアーネ特権で不自由のない裕福な家庭の赤子として人生をやり直せることをお約束しましょう」
最後に、薬指をビンッと立てた。
「そしてラスト三つ目――愛璃さんが、『ランダム転生魔法』を実行した女性の肉体に転生する、ですっ!」
な、なな、なんだってーー!!?
まさかの選択肢に、わたしはぎょっと目を見開いた。
「女性の肉体に転生するって……その人、赤ちゃんじゃないんですよね!?」
「はい、赤子ではありません。ですが、『ランダム転生魔法』で愛璃さんの肉体を奪って転生できたということは、それだけ魂とマッチしていたということ。ならば、愛璃さんもその逆の転生をやれば良いのです!」
『ランダム転生魔法』における魂と肉体のマッチの概念って、一方向じゃなくて双方向なのっ!?
つまり異世界の女性がわたしの肉体を奪って転生できたなら、わたしもまたその女性の肉体に魂を転生させることができる、と!?
「む、無茶苦茶だ……」
「『ランダム転生魔法』を発動した女性の肉体は魂が抜け落ちているため、今は一時的に仮死状態にあります。てか、普通に死んでます。時間が立てば肉体が腐り、やがて土に還るでしょう。しかし、今ならまだ間に合います! 死にたてほやほやの、異世界の女性の体に転生することができるのですよっ!」
なんとも物騒な話だな!?
死亡直後とはいえ、死人の体に転生するなんてさすがに……。
反射的に拒否反応が出たと同時、わたしの記憶の奥底からいくつもの感情が湧き出してくる。
今まで会社と家の往復だったわたしの、溜まりに溜まって歪みに歪んだ鬱屈した欲望。
――もっと休みたい。
――自由に暮らしたい。
――旅をしてみたい。
――新しい刺激が欲しい。
――ちゃんとした料理が食べたい。
――可愛いペットをもふもふしたい。
――友達が欲しい。
――仲間が欲しい。
――ウザい奴らを消し炭にしたい。
「………………、」
振り返ってみれば、温かい『繋がり』とは無縁の人生だった。
家族とは絶縁状態で連絡は全く取っておらず、プライベートで遊べる友達もいない。
恋人なんてもってのほか。
(楽しいイベントとか、心から感動するような体験……最後にしたのいつだっけ。仕事と睡眠しかしてないから、思い出せないや)
だけど、ふと脳裏に浮かんだものがあった。
それは、ただの暇潰しとして通勤電車の中で読んでいたネット小説。
ファンタジー、バトル、スローライフ、恋愛。
色んなジャンルがあって、それを目にする度に無意味な妄想をしていた。
――――こんな異世界に行けたら、この社会から解放されるのかなぁ。
「……アスティアーネ様」
「はい、どれにするか決まりましたか!? あ、愛璃さんの性格的に無難な二つ目を選ばれるかもしれないですけど、こ、ここはあえてチャレンジングな決定をしてみても良いかも? あ、ちなみに転生先の肉体はちょっと『訳アリ』なので、後ほど特別なスキルを追加しようかと思ってて――」
「三つ目にします」
わたしの回答に、女神様はぱちくりと瞬きをした。
「はえ……? あ、えっと、三つ目ということは、つ、つまり――!?」
アスティアーネ様の目をしかと見つめて、頷く。
「わたし、異世界に転生して――今度こそ自分の人生を謳歌します!!」
陰気なオーラなど吹き飛ばし、晴れやかな笑顔で答える。
アスティアーネ様は、ぱあっと花が咲くような笑顔になった。
その瞬間、わたしの体が白い光に包まれていった。
■ ■ ■
「――……あぅ」
喉が震え、遅れて意識が着いてきた。
痙攣する目蓋を開くと、ぼやける視界を脳が理解する。
ここはどこぞの一室か。
外ではなく、部屋の中にいることは分かる。
転生が成功したのか!
ややあって、ようやくわたしはうつ伏せで倒れていることに気が付いた。
「……ぅぅ、こ、こは……?」
幼さを感じる可愛らしい声を絞り出す。
が、返答はない。
それどころか、辺りからは人の気配がしなかった。
この部屋は、わたし一人だけしかいないのか……?
「う、うぐぐぐぅぅ……!!」
全身の筋肉を総動員させて、起き上がろうとする。
だけど、一度死んでいたからか上手く体に力が入らない。
はたから見たら筋トレ初心者のブサイクな腕立て伏せのように見えていることだろう。
だけど、何とか踏ん張って体を起こす。
上体を起こすと、視点が上がって周囲の状況をより認識できた。
意識もクリアになり、視界もはっきりと像を結び始める。
「ここは……廃墟……?」
ようやく周囲の状況を認識して、わたしはかすれる声で呟いた。
わたしがへたり込んでいる場所は床だ。
焦げ茶色の木製の床に白い生足のコントラストが映えている。
四方を囲う壁も床と同じ材質だけど、ところどころ破損が見られて隙間風が吹いていた。
「ていうか……なんか、部屋が散らかってるなぁ」
周囲は物が散らばっていた。
獣の牙や薬草、瓶に入った気味の悪い液体、綺麗な石……などなど、散らばる物体はレパートリーに富んでいる。
そして気付いた。
これは、《《わたしを中心にして組まれた謎の魔法陣》》なのだということを。
「ま、まさか、『ランダム転生魔法』とやらを発動させるための魔法陣……!?」
よく見ると自分を中心として幾何学的な円形の紋様が青い線で描かれている。
触れてみると、チョークのような粉が指についた。
「ん、あれは……鏡!」
部屋の片隅にボロい姿見が置いてあった。
足に力を入れ、立ち上がる。
よろめきながらふらふらと床を裸足で歩み、その姿見に全身を晒す。
瞬間、映し出された姿にわたしは息を呑んだ。
「――――っ!? こ、これって……!!」
低い背丈に、絹のような流れる金髪、可愛らしく揺れるアホ毛。
そして――右目が赤、左目が青の、《《左右で異なる色の瞳》》。
わたしは自分のほっぺを、ぎゅうう~~と押さえながら、姿見に近付いて絶叫した!
「わたし、オッドアイの金髪幼女に転生したってことぉぉおおおおおおおおーーーっ!!?」
わたしの魂の絶叫に、姿見がガタガタっと揺れた。




