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万能翻訳者は、世界のバグを「置換」する

作者: 月影
掲載日:2026/06/17

戦闘能力ゼロと見なされ、地下に軟禁されたSEシステムエンジニア

しかし、彼が手にしたスキルは、世界のシステムそのものを書き換える、とんでもないバグ取り能力だった――。

前世の記憶は、ひどく無機質なものだった。


システムエンジニアとして、来る日も来る日もバグの修正デバッグとソースコードの書き換えに追われ、最後はデスクの上で泥のように眠った――それが、僕の三十二年の生涯の終わり。


次に目を覚ました時、僕は中世ヨーロッパ風の、しかし明らかに「魔法」が存在する異世界の王宮にいた。


定番の「勇者召喚」というやつだったが、僕に発現した固有スキルは、他の召喚者たちが手に入れた『聖剣術』や『爆炎魔法』のような華々しいものとは程遠かった。


能力名――『万能翻訳オール・トランスレート』。


「あらゆる言語を解するスキルか。……ふん、我が国の通訳官として終生、馬車馬のように働かせてやろう」


戦闘能力ゼロと見なされた僕は、前世と大して変わらない「書類仕事」の奴隷として、王城の地下資料室に軟禁されることになった。


それから三年。

僕は毎日、異世界の古文書や魔法陣の記述を『万能翻訳』で読み解く日々を送っていた。


しかし、この世界で翻訳を続けるうちに、僕は世界の「ある重大な秘密」に気づいてしまった。


この世界の魔法や事象は、すべて一種の「言語きじゅつ」によって制御されている。

つまり、魔法陣とはプログラムのソースコードであり、世界のことわりそのものが、巨大なシステムなのだ。


そして、僕の『万能翻訳』の真の力は、単に「言葉を理解する」ことではなかった。

言語を理解できるということは、その構造の「書き換え《ちかん》」が可能である、ということに他ならない。


「……なるほど。前世のスキルがこんなところで役に立つとはね」


そんなある日、王都に未曾有の危機が訪れた。


突如として飛来した『伝説の災厄・冥府の黒竜デス・レックス』。

王宮の魔導師たちが放つ最高位の爆炎魔法も、勇者が振るう聖剣の斬撃も、黒竜が身にまとう「絶対崩壊の結界」の前に、すべて無効化されていく。


城壁が崩れ、王宮が炎に包まれる。

かつて僕を嘲笑った王や貴族たちが、腰を抜かして悲鳴を上げているのを、僕は地下資料室の窓から静かに見下ろしていた。


「そろそろ、定時退勤の時間だな」


僕は一本のペンを手に、黒竜の前に立ちはだかるべく城のテラスへと向かった。


「愚かな! 戦闘スキルのない通訳風情が何をしに出てきた!」


逃げ惑う魔導師が僕に罵声を浴びせる。


上空では、黒竜がその巨大なあぎを開き、城を一撃で消し去るほどの暗黒呼吸ダーク・ブレスを溜め込んでいた。


僕は『万能翻訳』を発動し、視界を「世界のシステムレイヤー」へと切り替える。

すると、黒竜の全身を覆う漆黒のオーラが、複雑な発光する文字の羅列――「世界の記述」として見えてきた。


【事象:冥府の黒竜のブレス】

【属性:絶大なる破壊/暗黒/質量・無限】

【効果:触れた物質の分子結合を完全消滅させる】


前世で何度も見た、凶悪なエラーコードのようなものだ。

まともに戦えば勝てるはずがない。


だから――僕は戦わない。


「『万能翻訳』、展開。対象の記述をスキャン。……よし、構文解析パース完了。これより、一部の単語を『置換』する」


僕は空中に指を走らせ、黒竜のブレスの定義ファイルを書き換えた。


暗黒ブレスの、「破壊《Destruction》」という記述を、僕が最もよく知るあの単語――「デバッグ《Debug》」へ。


――キィィィィィィン!


世界が耳鳴りのような音を立てた。


黒竜の口から放たれた、世界を滅ぼすはずの暗黒の光線。

それが僕の目の前に到達した瞬間、光線は「ただの透明な文字列」へと変換され、何のエフェクトも持たずに霧散した。


「な……何が起きた!?」


呆然とする勇者と魔導師たち。


「よし、エラーは消去した。次はシステム本体のシャットダウンだ」


僕はさらに黒竜本体のステータス記述を覗き込む。


【個体名:デス・レックス】

【状態:顕現/生存/敵対】


僕はその「生存《Alive》」という文字列を、文字通り『翻訳』し直した。


「お前のようなバグまみれの存在は、我が社《この世界》には必要ない」


――置換《Replace》。

「生存《Alive》」 を ── 「退職《Retired》」へ。


ズゥゥゥゥン……!!


攻撃を喰らったわけでもないのに、黒竜は突如としてその巨体を崩し、地面へとくずおれた。


魂が抜けたかのように、ただの「動かない肉塊」へと変わる。

世界のシステムから、その存在理由を消去されたのだから当然だった。


静寂が王宮を包み込む。

誰もが、何が起きたのか理解できずにいた。

ただ、書類用のペンをポケットに仕舞う僕の姿を、恐怖と驚愕の目で見つめることしかできない。


「おい、お前……一体、何をした……?」


震える声で尋ねる王に、僕は背を向けたまま、フッと息を吐いて答えた。


「ただの翻訳ですよ。仕様書通りに動かないシステムを、少し修正しただけです」


この日を境に、僕は「最弱の通訳」から「世界を書き換えるコード・ウィザード」として恐れられることになるのだが……それはまた、別の話。


とりあえず、これで厄介な残業《世界の危機》は片付いた。

明日からは、もう少し有給休暇が取りやすくなるといいのだが。

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