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明晰夢の彼方

作者: 逆春

太古より、自然があった。

人は、その上に自らの領土をつくった。


もとより其処に在った神を退け、妖を退治し、獣を追い出した。


多くのものが、居場所を無くした。


白沢と呼ばれるこの神獣もその一つだ。


「童共が……意気がりおって。この私を追い出すなど……」


自らの領土であった中国の森に、人が家を建て住み始めた。

人に汚された其処は、もう人しか住めない。


口惜しそうに、その唇を噛んだ。

姿形が神々しき獣から、美麗な人影へと変わる。


「お陰で、わざわざ海を渡ってまで日本に来るはめになった。」


未だこの国では珍しく自然があるがままある所が多かった。

此処は、日本にある森に潜む泉。

来てから半年程経つが、人への怒りはおさまらない。

「大昔より助けてやった恩も忘れて、おのれっ!!」

腹いせに、傍にあった石を茂みに投げた。


「うげっ」


ゴンという音と共に、蛙の潰れたような声がそこからあがった。

恐ろしくベタだが、まぁ出会いなんてこんなものだろう。


「いって―な!誰だ!!」


次いであがった怒声と共に、茂みから影が跳びだした。

少年の姿をした───


「日本の妖か。その妖力濃度からいって犬神……にしては、何かが…」


「んなこと聞いてねぇ!いきなり石投げんなよ!!」


カチンときた。白沢は額に青筋をたてる。


「たかだか百や二百生きたところでこの子供……!貴様、私が齢三千年の神獣 白沢と知っての口のきき方か!?」


「知るか!今言ってんのは、何でいきなり石投げやがったかってことだ!!」


「投げたかったからだ。文句あるなら言ってみよ。」


「大ありだ!!」


「えっらそうに、だいたい……───」



「被害者はこっちだ!!」


「私が石を投げようが、逆立ちしようが私の勝手だろう。」


「当たったんだから、謝るのが筋ってもんだろうが!」


やがて、言い争うのが面倒になったのか、白沢が言った。


「──確かに、石を投げたのは私だ。悪かった。」


「ぅあ……俺も勝手に縄張り入っちまって──────ゴメン」


つられたように、少年も謝った。


「此処、前は樹妖のじーさんの縄張りでさ……

俺よく来さしてもらってたんだ。それで──」


「大杉のか?昨年枯れたようだ。半年前から私が此処の主となっている。」


大木は、白沢が来る前に樹妖もろとも死に絶えた。


「……そうか、じーさん死んだのか…」


少年が寂しそうに、しかし何処か納得したように呟いた。


「道理でここらの様子が、ころっとかわってるはずだ。」


このまだ幼い犬神は、杉の樹妖のことを相当好いていたように白沢は感じた。


それ程彼の声は憂いを帯びている。

自然と白沢は口を開いていた。


「樹妖の最後は穏やかだ。この地に土となり、生きている。」


少年が驚いて振り返った。


「……ほんと?」


「嘘は言わない。木の朽ち方は、どれも皆眠るようだ。」


「────そっか。良かった。

俺みたいなのにも葉の下に入れてくれたいいじーさんだったからさぁ、

……そっか、良かった。」


呟くようなその言葉に、一瞬白沢は眉をひそめた。


「──他の妖の縄張りにいたのか?」


妖の縄張り意識は獣以上に強い。

下手をすると殺されるのも珍しくない。


そんな中、わざわざ危険をおかしてまで他の妖の縄張りに行くというのが信じられなかった。


「たしか、犬神とは本来人間の血統に憑く呪神であろう?

それが何故妖の姿をとり此処におる?」


「中国出身なのによく知ってるな。」


驚いた犬神の指摘にそれは当然と白沢は胸をはった。


「私の名は白沢。古来より万物に通暁する神獣ぞ。」


「……なんでそんなのが、日本に居るんだ?」


犬神の指摘は的を射たものだったが、白沢にとっては聞かれたくない類のものだった。


一気に険悪な表情になった白沢に、犬神はおろおろとした。


「お、俺なんか気に障ること言ったか?」


「言った」


即答で返された。

それはもう見事な迄に。


白沢の方は八つ当たりだが、犬神は訳も分からない。

和解したばかりなのに、もう怒らせてしまったのかと理由を探した。


聞かれたくない理由で日本に来たのだろうか?


「〜え―と……ごめん?」


とりあえず謝ると、もっと不機嫌な顔になった。


「……………………」


「な、何だよ。謝ってんじゃん。」


不機嫌さがより一層増す。


「──何でお前が謝るのだ?」


「は?」


思わず間抜けな顔で聞き返すと、不思議そうに返された。


「……お前は自分が悪くなくても謝るのか?」


「─っ」


悪くなくても


謝る


「あんたには」


とめられない


「あんたには…」


感情のままに


昔感じた怒りと悲しみのままに


言葉にのせて

白沢に、あるいは自分自身に


ぶつけた。




「───あんたには関係ねぇっ!!!」



それは、魂の叫びであり


悲哀と絶望からくる憎悪だった。


「犬神……?」


感情のままに叫んだ犬神に、当惑したような白沢の声がかかった。


「………………あ、」


はっと我に返り、激情のあまり叫んでしまったことを思い出す。

慌てて白沢を見ると、困惑と不可解な表情でこちらを見ていた。


「……あ。俺…………………………………」


何かを言おうとして、言葉にならず消える。


「……俺………………」


いったい何を言おうというのだろう。

自分でも分からない。


いきなり怒鳴ってごめん?

それも言わなければならない。だがそれ以上に言いたいことがある。

そんな気がした。


何を言おうとしている?


自分でも分からない。


不意に白沢と目があった。


白沢は不自然に沈黙した犬神を、急かすでもなくただ見つめていた。


まるでたどたどしい言葉を扱う子供が、全て言い終わるのを待つような目だった。

普段なら犬神は怒っていただろう。

何だその目は、と。


だがしかし、次の言葉を迷っていた今の犬神には、ありがたかった。


「……俺、さ。」


口の中が渇く。


以前このことを言った時は、半端者と笑われた。


お前は何者にもなれないと。


その時は気にしていないつもりだったが、思いの外心にトラウマとして残っていたらしい。


一言絞りだすのにこんなに勇気がいるなんて。


別に言わなくても構わないのだ。

会ったばかりの白沢に。

そんな義理など欠片もないのだ。


だが、ずっと誰かに言いたかった。


受け入れて欲しかった。


ひょっとしたら、彼なら受け入れてくれるかもしれない。


そんな根拠のない確信に似た思いが、胸の奥に広がってもいた。








そして犬神は、







「俺さ、犬神じゃ……ないんだ。」




「………どういうことだ?」


白沢は眉をひそめた。


「犬神は人の血統に宿る存在。あんたの言ってた通りだよ。


なら、その血筋の人間がいなくなったら?」


「有り得ないだろう。一体どれだけいると思っているんだ?」


白沢の言葉は真実だ。

事実、此迄は無かった。あってはならなかった筈だった。


しかし犬神は悲しそうに首を振った。


「在ったんだよ。有り得たんだ。俺たちは人を甘く見すぎていた。」


「──────何があった?」


白沢は訪ねる。永い時を生きてきた彼にも、時に計り知れない事があるのだ。






暫く時をおいて、犬神は呟いた。





「憑き者筋狩り」




「憑き者筋狩り……だと?」


白沢は犬神の言葉を反復した。

憑き者筋とは、犬神や蛇神などをその血に宿す血筋のことを言う。


「まさか、人が人を狩ったのか?」


西洋で言うところの魔女狩り。

それがこの国でも行われていたというのか。


白沢の疑念を犬神は頷いて、肯定した。


「ああ、あった。いや、まだやってる。」


「ちっ。成る程、そういう事か!

道理で、ここ数年固有の妖力が薄れていっているはずだ」


舌打ちした白沢を犬神は初めて見た。と言っても、会ってから1日と経っていないわけだが。


「そんな事分かるのか?ここ数年っていったって、ずっと中国に居たんだろう?」


「二、三千年も生きていれば、な。

で?」


白沢に続きを促され、脱線した話題を元に戻す。


「うん……。

それで、今のところ血族全てが死に絶えたのは、犬神の一族だけなんだ。

他はまだ生き延びているらしい。


事実上、犬神は血族の人間もろとも絶滅したんだ。」


「ならば何故、お前はいるのだ?

お前の妖力は多少の違いこそあれど、確かに犬神のものだ。」


問い詰めたようになってしまったが、犬神は歯切れ悪く口の中で言葉にならない声を発しているだけだ。










さすがに怒った。


「馬っ鹿もんがぁっ!!」


ついに怒号と一撃。


「話すと決めたんなら最後まで、きっちり話せ!

途中で戸惑うな!!」


くらった拳骨は相当重く、犬神は未だ痺れているそこを擦りながら、ただコクコクと頷いた。


「ご……ごめんなさい。」


「わかったならさっさと続けよ。」


聞き手にあるまじき強引さで、犬神の戸惑いまでもかっ攫ってしまったようだ。


そのことには少し感謝しつつ、再び話しだした。


「……白沢。」


「なんだ?」


間を置いて、犬神は切り出した。


「白児って知ってるか?」


「しらちご?あぁ知っておるぞ。

確か犬神に仕える妖怪だったな?

それがどうかしたか?」


「よく知ってるな。日本でも結構少ないぞ?知ってる奴。

……わかってるって、脱線した訳じゃない。

あのな










俺は、白児だったんだ。


昔は犬神に仕えていた。」




その言葉に白沢は目を見張った。

目の前の犬神…いや白児を凝視する。


「……まさか、前代未聞だ。白児が犬神になったというのか?」


信じられないとばかりに、小さく息を吐いた。


「俺にも詳しいことは分からない。

でも、俺が仕えていた犬神の血筋の人間がいなくなって、行き場のなくなった犬神の残留思念や妖力が俺の中に入ってきた。


……その時から俺は、白児じゃなくなった。でも犬神でもない。

だから、縄張りがないんだ。

確固たる存在が縄張りの基本だ。幽霊の類い以上に存在の希薄な俺は、俺自身の縄張りをもてない。」


成る程と今まで黙っていた白沢が相槌をうった。


「それで、お前は余所の縄張りに入り込んでいたのだな。」


「うん。」


こくりと犬神…いや、白児が頷いた。


「……そうか。」


縄張りとは、言わば彼らにとって安心できる己の場所。






白沢は、ふと思った。


私と同じなのだ。この白児は。

と。


居場所が無いのは、白沢も同じだ。長く馴れ親しんだ故郷を追われ、異国の地に仮の根を下ろす、今の状況の何処が安心できると言うのだ。


同じなのだ。


白沢と白児は。


ふっ、と白沢は自嘲気味に笑う。


「老いたものだな、私も。」


「え?」


突然の言葉に犬神は顔を上げた。


その間抜けとも言える白沢にとっては幼い彼の顔を、柔らかな笑みで見返した。











これを人は縁と言うのだろうか?















「犬神」


唐突に白沢は問い掛けた。


「犬神。お前、名は?」


「名……?」


ああ、と頷く。


「名だ。お前を表す、犬神と白児以外の、お前のみを表す名だ。」


犬神はしばし沈黙した。

名を聞かれたのは久しぶりだ。


「……かふう。…科風だ。」


「そうか、科風か…」


頷いて、白沢はその名を繰り返した。


「白沢……?」


「いいことを教えてやろう。私の名は、はくろ、白い露で白露だ。」


「白露……」


「ああ、そして



これより契約をかわそうぞ。」




高らかに白露は歌うように声を上げた。


「契約……?」


不思議そうな科風を横目で見て、面白そうに笑う。


「嫌なら断っても構わんぞ。」


白露はしかし、口を挟む隙すら与えず、唐突に自らの腕に爪をたて、白い肌を引き裂いた。


驚いたのは科風だ。


「なっ…ちょっと!何してんだよ!」


腕に血をつたわせる白露は、必死の形相の科風を見て何を言うかと目を丸くした。


突然の自傷行為に科風は焦った。


「何して…」


「お前こそ何を言っている?……まさか知らないのか?」


しかし当の白露は平然とした顔で呆れた表情をつくった。


「儀式の一貫だ。黙っておれ。」


有無を言わさぬ態度でぞんざいに言い放つ。


「は?何を……」


「黙れと言っているだろうが。」


再度言われ、科風は沈黙した。


そうして見ている間にも、白露は自らの傷を忘れたかのように指を血で濡らした。


見上げる科風に向き合うと、赤く染まったその指を科風の額に当てた。


すらすらと何かの文字だか絵だかを描き、唱えた。


「我が名は白露。種族名を神獣白沢と申す。

只今この時を持って、科風、種族名を呪神犬神及び白児を、我が養い子とすることをこの地に住まいし全ての精霊に誓う。」


古風な言葉に耳を傾けていた科風は、あまりの事に固まった。


「……え?」


聞き間違いでなければ、白露は科風を養子にするといったのだ。


「どうして……」


茫然と聞き返すと、少し心配そうに白露が首をかしげた。


「嫌か?」


「い…嫌じゃない!

でも、どうして…」


信じられない。


「さぁ?私にも分からんさ。


だがまあ」


にっこりと優雅に微笑んでみせる。


「良いのではないか?たまにはこういうのも。」


あっけらかんと言い切った。


「何だよそりゃ」


「嫌か?」


再度問う白露に、はにかみながらも科風は首を横にふった。

その意味は、白露の養子になることを受け入れること。




似た者同士だと、二人は思った。


二人は、居場所と大切な存在を見つけた。



読んでくださりありがとうございます。


ほのぼの系の妖怪モノ、妖怪オンリーでした。


白沢と犬神は自分の中の妖怪ランキングに上位に食い込むくらい好きな妖怪です。


説話もたくさんありますが、今回は敢えて詳しいことは全てすっとばしました。


また続編が書けたらなぁ…と思ったり。


ではもう一度読者様に感謝して……

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