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「……今後、お前たちはどうするつもりだ」


 静かな部屋に、ノクスの声が淡々と響く。


 結衣から見るノクスは、いつもより明らかに威圧感がある。背筋が伸び、声も低い。


 ——ちょっと魔王っぽい。いや、本当に魔王なのだけれど。


 キリは即答した。


「帰る方法を探す」


「当然だな」


 ノクスは頷く。


「だが——」


 視線が細くなる。


「今、自分たちの置かれている環境を知らねば、その道筋は立てられぬぞ」


 沈黙。


 アイルがぱっと顔を上げた。


「え、外行くの?」


 結衣も一拍遅れて反応する。


「え、外行くの? 本気で?」


 二人の視線が、揃って耳へ向いた。


 尖った、どう見ても異世界仕様の耳に。


「耳どうするの。帽子あったかな……」


「帽子! いいね! 僕、黄色いのがいい!」


 アイルが嬉しそうに声を弾ませる。


「色は目立つ。却下だ」


 キリが静かに言う。


「えー!」


「騒ぐな。まずは衣服だ」


 ノクスが腕を組んだまま告げる。


 結衣は、はっとして二人を見た。


 子供の体格。だが、服は異世界風。


 ノクスは豊の服を借りているから問題ないが、この二人と同じくらいの子供服は家にない。このまま外に出れば、間違いなく浮く。


「ちょっと待ってて!」


 ばたばたと押し入れへ向かい、ごそごそと段ボールの奥を漁る。


 引っ張り出されてきたのは、小さな服の山だった。


「昔、私が着てたやつ。まだ残ってた……」


「わあ!」


 アイルが目を輝かせる。


 キリは無言で布地に触れた。


「……繊維が細かい」


「貸与だ。破損した場合は弁償だぞ」


「ノクス!」


 アイルが振り返る。


「結衣ちゃん、これどうやって着るの?」


 キリはすでにシャツを逆に持っていた。


「……袖が三つある」


「それ首!」


 結衣の悲鳴が部屋に響く。


 ノクスは深くため息をついた。


「……先が思いやられるな」


 だが、ほんのわずかに口元が緩んでいた。


 ⸻


 夕方前の商店街。


 人の声、呼び込み、信号音、BGM、車のエンジン音。


 ざわざわとした音と光が、初めて外の世界に出た二人の視界を占拠していく。


「ねえ見て! 色が動いてる!」


 アイルが大型ビジョンを指差してきゃっきゃと騒ぐ。


「なんで人間は光らせるの好きなの?」


「ちょ、走らないで!」


 まるでやんちゃな子供を追いかける母親のようだ、と結衣は思いながら後を追う。


 結衣のフードの中で、ノクスは静かに状況を観察していた。


 視覚刺激の過多に対する初期反応——異世界から来た者なら当然だろう。


 最初こそ小さな姿に驚いていた二人だが、外の刺激にすぐ意識を奪われている。


 一方、キリは最初こそ無言だったが、やがて足を止めた。


 コスメのポスター。


 モデルの視線、色の配置、フォント。


 巨大な広告看板を見上げたまま、しばらく動かない。


「キリ?」


 アイルが戻ってくる。


「……情報量が、異常だ」


 キリは低く呟く。


「え?」


 結衣が首を傾げる。


「一枚の板で、視線を止める設計になっている。色で感情を誘導して、文字は最小限。空白が多い。——なのに、伝わる」


「だよね」


 アイルが笑う。


「さっきまで欲しくなかったのに、ちょっと欲しくなる」


 キリが小さく息を呑んだ。


「……そういうことか」


 フードの奥から、静かな声が落ちてくる。


「面白いと思わないか」


 キリが振り向く。


「何がだ」


「この世界は、魔法で人を動かしているのではない」


 一拍。


「設計で動かしている」


 キリの瞳がわずかに揺れた。


 ノクスは畳みかけない。


 ゆっくりと続ける。


「お前は今、『なぜ欲しくなるのか』を解析し始めている。……もっと見てみたくはないか。この世界の”欲しい”の構造を」


 信号が青に変わる。


 人の流れが動く。


 街が動く。


 キリの喉がわずかに動いた。


 アイルはすでに屋台の匂いに吸い寄せられている。


 キリは視線を上げる。


 大型ビジョン、雑誌ラック、ガラス越しの商品配置——。


 ⸻


 自動ドアの前で、アイルが立ち止まった。


「え、なにこれ。結衣ちゃん、扉が勝手に開いた!」


 ウィン、と軽い音を立ててガラス戸が滑る。


「魔法陣も詠唱もないのに! たのしー!」


「ちょ、アイル!走らないで!」


 後を追う結衣のフードの中で、ノクスが小さくため息をついた。


 落ち着きのないエルフだ。


 一方キリは、一歩遅れて店内に入ったところで足を止めた。


「……妙だな」


「なにが?」


「落ち着かない。だが、不快ではない」


 棚の端に並ぶ色とりどりの菓子を、キリはじっと見つめる。


「背の低い者が最初に見る位置に、派手な色が置かれている」


 アイルがポテトチップスを手に取る。


「あ、これキラキラしてる!」


「……ほらな」


「え、たまたまじゃないの?」


 結衣がぽかんとする。


「偶然にしては整いすぎている」


 キリは首を振り、視線を床へ落とす。


「通路が狭い」


「うん?」


「すれ違うには少し近い距離だ。近づけば、視界に入る商品が増える」


「……あ」


 キリは棚を軽く叩いた。


「この配置は偶然ではない」


「なにそれ?」


 アイルが振り向く。


 キリは静かに言った。


「ここは、小さな街だ」


 フードの中でノクスは黙って聞いていた。


 来て数時間で、そこまで読むか。


 ⸻


「でもさ」


 アイルがくるっと回る。


「この箱の中、全部”欲しい”って気持ちを作るためにあるんでしょ?」


 感性と構造。両輪だ、とノクスは思った。


「この世界を、もっと知りたくはないか?」


 キリの目が揺れる。


「手伝ってくれれば、魔力回復の手立てを示す。命の危険を伴うものではない」


 キリは静かに言った。


「……内容を聞いてから判断する」


 フードの中で、ノクスは深く笑みをこぼした。


 落ちたな。

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