番外編1
夜の居間に、ニュース番組の声が流れていた。
結衣はテーブルに肘をつき、ぼんやりと画面を眺めている。
その隣で、魔王は珍しく背筋を伸ばし、真剣な表情でテレビを見ていた。
『――世界的IT企業群、いわゆる“GAFA”の時価総額は――』
「……結衣」
低く、緊張を含んだ声。
「この“がーふぁ”というのは何だ」
「GAFA? えーと……世界的に有名な会社をまとめて呼ぶ名前だよ」
魔王の眉が、ぴくりと動く。
「会社、だと」
『――その規模は国家予算を上回り――』
次の瞬間、魔王が立ち上がった。
「な、なんだと!?」
赤い瞳が見開かれる。
「国が丸ごと買えるではないか!?」
「買えないよ!?」
「結衣、これは非常事態だ。急ぎ“がーふぁ”との同盟を結ぶのだ」
「いや、うちは普通の米屋だから。同盟とかないし」
きっぱり言い切ってから、結衣は少しだけ間を置いた。
「……それに、うちも時々使ってるよ?」
魔王が凍りつく。
「何?」
「この前食べたでしょ。お菓子の詰め合わせ」
「ああ、あの甘味の宝箱か」
「Amazonで買ったやつ」
数秒の沈黙。
魔王の尻尾が、ぴたりと止まった。
「……すでに侵略されているだと?」
「違う違う」
結衣は慌てて手を振る。
「配達がすごいの。物流。注文したらすぐ届くの」
「……兵站が卓越しているのか」
「まあ、そう」
「誰でも利用できるのか」
「うん。たぶん一回は使ったことある人ばっかり」
魔王はゆっくり座り直した。
そして、低く呟く。
「……恐ろしい」
「だから違うって」
「国家の枠を越え、民の生活へ直接浸透する勢力――
すでに日常へと侵食しているというのか」
「侵食じゃない」
「この世界は、国で統治するのではない」
真紅の瞳が、鋭く光る。
「情報と物流で人間を意のままに操っているのだな!?」
「操られてないよ!?」
魔王は完全に戦略思考に入っていた。
「敵対した場合、供給を止めるだけで都市は崩壊する」
「戦争前提やめて」
「……危険度、極めて高い」
「普通に便利なだけだから」
しばらく沈黙が落ちる。
ニュースは次の話題へ移っていた。
やがて、魔王がぽつりと尋ねた。
「……結衣」
「ん?」
「この“あまぞん”とやらは、米も扱っているのか」
「扱ってるよ」
一拍。
「……ならば、我らはまだ対抗可能だな」
「何に対抗するの」
「主食の供給は国家の要だ」
「国家じゃないってば!」
結衣は思わず吹き出した。
「もう……怖がりすぎ」
魔王は不満げに眉を寄せる。
「警戒しているだけだ」
「はいはい」
結衣は湯のみを差し出す。
魔王はそれを受け取りながら、まだテレビを睨んでいる。
「……だが覚えておけ、結衣」
「なに?」
「この“がーふぁ”――侮ってよい相手ではない」
「だから戦う予定ないって」
湯気がゆらりと立ちのぼる。
静かな夜。
世界最大級の企業の話をしながら、やっていることは――ただの茶飲みだった。




