まつぼっくり
その日、大村隆司は少年を刺した。
すれ違いざまに。
一瞬だった。迷いはなかった。
何事もなかったようにその場を離れ、人混みに溶け込む。
鼓動だけがやけに大きく耳に響いていた。
一年前、隆司のひとり息子は自ら命を絶った。
原因はいじめだった。
中心にいたのは同級生の男子、光毅。
だが少年法に守られ、彼は日常へ戻っていった。
一方、隆司の世界は崩れた。
妻は心を病み、やがて離婚。
空っぽの家には仏壇だけが残った。
「法が裁かないなら俺が裁く」
その思いは、怒りというよりも凍りついた決意だった。
とにかく光毅を調べた。
尾行したり、SNSを調べたり、ネットの噂を検索したり。
でも所詮は素人。限界があった。
制裁を加えてやる相手だ。「実は人違いでした」ではしゃれにならない。
探偵を使って徹底的に調べた。金額は相当かかったが金の問題ではなかった。
探偵は光毅の生活を徹底的に調べあげた。
証拠も、
暴言の録音も、
行動パターンも揃った。
計画は冷静に練られ、そしてついに実行された。
――――
刺した後も計画通りすばやく行動した。
現場からずいぶんと離れた。
二台並んだ自販機の前でようやくひと息ついた。
やった!
息子の復讐だ!
やっとこの日がきた!
そんな気持ちがふつふつと湧いてくる。
帰ろう。
帰って息子の位牌に報告だ。
ただ、復讐を成し遂げたその足取りは意外にも軽くはならなかった。
家の近く、道路の真ん中に何か落ちているのに気づく。
(……何だ?)
近づくと、それはまつぼっくりだった。
カサは開いていない。
カサの閉じたまつぼっくり。
別にまつぼっくりが道に落ちてようがどうだろうが普段ならまったく気にならない。
落ちていることに気づく事すらないかもしれない。
でも、今はなんだかやけにその閉じたまつぼっくりが気になる。
街中のアスファルトの道。
見回すも、周囲の家の庭に松の木があるわけでもない。
(……)
隆司はまつぼっくりを拾い上げ、そのままポケットに入れて持ち帰った。
――――
仏壇の前で報告する。
「やってやったよ」
位牌の横にまつぼっくりを置いた。
固く閉じたその姿は自分の心のようだった。
その後、ニュースになるかと思いきやまったく報道されない。
ネットの情報を探すもまったく騒がれていない。
(どういうことだ……?)
一週間経っても状況は変わらなかった。
本当に刺したのか?
夢ではないのか?
ニュースにはならないことが隆司の中で不安を大きくさせた。
復讐を果たしたはずなのに心が晴れない。
光毅が刺されたことが事件になって大きく報道され、そのテレビ画面にむかって「ざまーみろ!」と言ってやりたかった。
でも、まったく報道にはならなかった。
ひと月ほど経ったある日。
眠れない日々を過ごしていた隆司。
朝、気だるく重い体を起こして仏壇へ向かう。
ふと見ると、位牌の横のまつぼっくりが開いていた。
(カサが……開いてる……?)
手にとってよく見てみる。
カサの間に羽根をつけたきれいなタネが並んでいた。
キラキラしていた。
とても美しかった。
――飛びたい。
そう聞こえた気がした。
「そ、そうか、飛びたいか。そうだよな」
隆司はベランダに出る。
その瞬間、小さな風が吹いた。
種は舞い上がり、くるくると空へ散っていく。
ありがとう。
ありがとう。
タネは舞いながら、踊りながら、そう言っているような気がした。
隆司はだまって見つめていた。
最後の一粒が見えなくなったとき、隆司の胸の奥で何かがほどけた。
命は奪うものではなく巡るものなのかもしれない。
隆司は静かに家を出た。
そして自首した。
終




