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第零話 現実は物語のようにはいかない

――現実はどうにも無機的らしい。

学校をやめてから、何日ベッドの上で過ごしたかも覚えていない。

物語のように劇的なきっかけで何かが変わることなんてありゃしないし、

中途半端な行動の結果が積み重なって、つまらない話が続くだけだ。


俺はそう思いながら、今日も息をしていた。

高校は中退。バイトも続かず、気づけば実家の自室が牢屋みたいになっていた。

家族の気まずそうな視線。SNSの向こうで輝く同年代。

すべてが遠く、どうでもよく、でも痛かった。


思えば、俺は昔から“正しさ”に縛られていた気がする。

間違っていることを見逃せないくせに、それを指摘する勇気もない。

誰かが冗談で誰かを笑いものにしているのを見て、

笑えず、かといって助けることもできなかった。

中途半端な正義感だけがあって、それが人との距離を作った。

“良い人”になりたかったのに、“面倒な奴”で終わった。

それでも心のどこかで、「自分は間違ってない」と思っていた。

それがまた、誰とも噛み合わない理由になった。


気づけば、俺は“気を遣われる側”になっていた。

誰も俺に興味を持たず、俺も誰にも興味を持たなくなった。

会話の輪に入るたびに、空気を乱したような気がして、

次第に何も言えなくなっていった。

それがいつの間にか、「生きるのが面倒くさい」という形になった。


部屋にこもって、時間だけが過ぎていく。

朝と夜の区別もなく、カーテンの隙間から差す光が、

昨日と今日の違いをかろうじて教えてくれるだけだった。

天井を見上げながら、「どうしてこうなったんだろう」と考えているうちに、

もう何年も経っていた。


――そんなある日、母さんの泣き声を聞いた。

「どうして、うちの子は……」

胸の奥が締め付けられた。

正義感も、倫理観も、何の役にも立たなかった。

誰のことも救えず、守れないどころか、いちばん大切なはずの人達を傷つけた。

このまま何の意味もないまま死体のように生きるのか――そんな思いが頭をかすめた。


気づけば、夜の街を走っていた。

冷たい風が顔を刺す。温室専用の服装で真冬の街、無様に冬空の下を駆ける。冷たい空気が肺を突き刺す。

どこへ行くつもりかも分からないまま、足が勝手に動いていた。

周囲の人間の目なんて気にせず走り続けて、転んで、歩いて、やがて街外れの古びた橋の上にいた。水面が月を映して、やけに綺麗だった。

「綺麗だな」と思った次の瞬間、ついさっきの両親の会話がフラッシュバックした。

聞き慣れたはずの言葉が痛みを伴って

流れ込んでくる。

苦しい。辛い。悲しい。

身体の芯から凍えそうな程冷たい感触が

体を包み込む。

さっきまでうるさった街の喧騒や車の音が消え、

世界が遠のいていく。


気づけば柵の上に立っていた。

視界の端で、水面がゆらりと揺れた。

まるで、自分という存在を誘うかのように。



気づけば衝動的に飛び込んでいた。



コンクリートに打ち付けられたみたいに体がひしゃげる。

息をしようとして、失敗した。

必死に水面に昇ろうとして、かえって沈んだ

苦しかった。

でも不思議と、安らかだった。

「あぁ、やっと終わるんだ」

そんな言葉が、泡みたいに浮かんで消えていく。

最後に思ったのは、結局、なんの意味もない人生だったなってことだった。

それと異世界転生してやり直してぇーってことだ。

温室に閉じ篭ってから長い時間を経て腐りきった人間に相応しい思いだった。

そんな素敵な展開、俺には似合わない――そう思いながら、無価値な走馬灯を眺め、意識が沈んだ。


――目を開けたら、知らない天井を見上げていた。


木の香り。見慣れない天井板。身動きが取れない。

夢か?いやでももう死んだはずじゃ…


遠くで誰かの声がする。優しくて温かい声。

体が動かない。けれど、確かに息をしていた。


やがて、何かがおかしいと気づく。

痛みがない。寒くもない。息苦しくもない。

周囲の光も音も、やけに鮮明だ。


……もしかして。


まさか……本当に異世界転生しちまったのか??


…トラックに轢かれなくても転生できるんだな。

思わず少し笑ってしまった。


そうか、異世界転生って、意外とゆるいんだな。

俺の死に方なんて地味なもんだったけど、結果オーライってやつか。


そっか、異世界転生か…


胸の奥からふつふつと何かが湧き上がってくる。

剣と魔法…はあるか知らないが何かが始まる予感がして、漠然とした期待が体を包む。

俺の物語、ここから始まるのか!


胸の奥で何かが弾けた。

失ってからとうに久しい“希望”という名の熱。

俺は泣いていた。嬉しくて、怖くて、止まらなかった。今度こそ、意味のある人生を送ってみたいと思えたから。


――これは、何者にもなれなかった俺が、

 それでも生きた証を探す物語。


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