01.占い師銀河律子
訳アリ貧乏占い師と、イケメン刑事が都市伝説を解決する的な話
東京都渋谷区神宮前。原宿駅から徒歩2分。そこはいわゆる「竹下通り」と呼ばれる、若者文化の発信地だ。
高校生や若い女性がファストファッションに身を包み、流行のフードやドリンク片手にコスメや洋服を買い求める。あるいはカフェやビストロに入り、デートやSNS投稿を楽しむ。
そのまばゆい喧噪から一歩入った裏路地に、その店はあった。
『占いどころ森の館』
洋館を模した建物に制服姿の女子高生や若い女性がひっきりなしに入っていく。店はかなり繁盛しているようだった。店の前には「ゆうぞう散歩で紹介されました!」の立て看板がせり出しており、クチコミも上々と言ったところだろう。
待合室には生成り色のソファが並べられており、こじゃれた喫茶店のような雰囲気が漂っている。
その待合室に、場違いな男がいた。
見たところ連れはいない。祝日だというのにスーツ姿で、サングラスをかけており、人相もよくわからない。
若い女の子やカップルでひしめき合っている店内で、真っ黒いスーツに身を包んだその男だけが、切り取られた影絵のように浮いていた。
「お客様。あの、お店をお間違いではないでしょうか……」
中年の女性店員がおずおずと男に話しかける。ふっくらした体つきに、両手には数珠のように玉石のつらなったブレスレットをいくつも重ね付けしていた。
男は店員を見上げると、興味なさそうにさらに壁に視線を移した。
壁には占い師たちの写真と、名前や得意な占術が書かれたカードが貼られており、なかには「人気ナンバーワン」とポップがついている占い師もいる。
「いや、合ってる」
「さ、さようですか。ではあの、受付はお済みでしょうか?順番にご案内しますので」
「目当てのやつがいるんだが」
「どちらに」
「こいつ」
男は最も目立たない位置にある顔写真を指さした。黒髪を肩まで垂らした女が写っている。マントを頭からかぶっており顔の半分は隠れているが、それでもわかる地味な空気を放っている。
「え、彼女ですか?彼女はその…」
店員が言いよどんだそのとき。パーンガッシャーンとけたたましい破壊音がとどろいた。
なんだなんだ、と客たちがあたりを見渡す。
女性店員は音のした方のブースを見ると、「チッ」と舌打ちをもらし、鬼の形相で駆けていった。
「銀河ァァ!!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
銀河律子は売れない占い師である。
今日も今日とて客に罵声をあびせられ、花瓶をひっくり返され、テーブルクロスはめちゃくちゃに破れ、店に火をつけたくなった。いつものことである。
「こンのエセ占い師がぁ!ふっざけんじゃないわよ!あたしがなに!?結婚できないですってぇ!?」
「そうとは言ってません!今の不倫相手と結婚するつもりなら無理ってだけで、今不倫してる相手はお客様とは本来なら釣り合わないっていうか、嫁がいるから第四第五の女としての立場でようやく釣り合う相手といいますか」
「あんた何様なのよ!」
「最後まで聞いてください!ですから今の相手とその逆となら結婚できるってわけで、今の人は高身長高学歴高収入だから結婚したいって言ってますけどそれは土台無理な話で
「チビでハゲの低学歴と結婚しろっての!?」
「ハゲとは言ってませんハゲとは!つまり見た目も中身もってよりどりするような男性なんてこの世にはいなくて、何かを妥協してですね」
ブチィッ!と客の血管が切れる音がした。気がした。
「なめんじゃねぇー!」
パーンガッシャーン!
客は律子のマントを引きちぎると、その勢いで花瓶を引き倒した。
で、極限まで眉を吊り上げた店長が律子を睨みつけて客を回収し、客の倒した花瓶を片付け、水浸しになったマントを丸めて部屋の隅に投げつけ、ほっと椅子に戻った瞬間。
店長がひょこっとブースの入り口から顔を出した。
「次の客怒らせたらあんたクビ」
律子は慌てて立ち上がった。ここが彼女にとって唯一の収入源なのだ。歩合制で、客入りの悪い彼女はそもそもろくな給料を稼げていないとはいえ、無職とでは天と地とほどの差がある。
「こ、困ります!わたし今月の家賃だって払ってないし電気も2か月止められてるし、水道はそろそろ止めるってなんか紙がきて」
「お客様どうぞ~」
店長は次の客に愛想笑いを振りまき、律子をもう一度睨みつけてからハケていった。
(クソあとで交渉しなくては……)
などと考えていると、入れ替わるように男が入ってくる。
おや珍しい、と律子は思う。
男性客はいるにはいるが、パワーストーンをジャラジャラつけている個人事業主みたいな男がほとんどだ。カップル連れでなく、男一人で、それもスーツ姿の客など律子は初めてだ。
「お待たせしました」
男性客は律子の向かいに腰をおろした。見たところ20代半ば~後半くらいの年といったところか。若そうなのに、年に似合わない貫禄と落ち着きを持っている。
「あれ、着てねえの」
あれ、とは何か一瞬わからなかったが、顔を覆うジェスチャーでマントのことだと気づく。
「ああ、マントはさきほどのお客様にはがされまして」
「着てなくても地味だな」
「はぁ……」
愛想笑いを浮かべる律子。
男はサングラスをかけたまま、ぐるりと室内を仰いだ。
親指で隣の壁を指さし、
「隣の声、そこまで聞こえないな」
接客ブースはパーティションで区切ってあるだけだが、そのパーティションは分厚く、消音材が入っている。
「ええ。プライバシーは守られています」
律子の言葉の途中で男はポケットから煙草を取り出し、一本くわえた。そのまま百円ライターで火を点け、煙を吐き出す。
「あの、ここ禁煙なんですが……」
男は廊下を顎でしゃくる。この森の館ではあちこちでお香がたかれており、いたるところでもうもうと煙があがっている。
「あれで火災報知器ならねえんだから大丈夫だろ」
「そういう問題では……」
「この女について聞きたい」
男はスマホで画像を見せた。20代後半くらいの女性がひとり写っている。タートルネックのセーターに丸眼鏡。清楚で品の良い印象を受ける顔立ちだ。
「ええと、彼女ですか?」
男はギロッと律子を睨んだ。
「その女についてわかってることを言え」
「あの…お聞きになりたいことはそれで?彼女との相性とか、今年の恋愛運とか、最近ものをなくしたとか、そういうんでなく?」
「テメエ俺を馬鹿にしてんのか?」
「ヒッ」
うっすらいやな予感はしていたが。また変な客きたぁ…と律子は心の中で震えた。
「わかってること、ですか…妙な問いの立て方をしますね、お客さん…」
ますます変な客である。
律子は浅くため息をつきながらカードを手に取った。
「それは?」
「タロットカードです」
「ふぅん」
男は気のない返事をする。
タロットカードと言われても、それが占いの道具に使うと知りこそすれ、それ以上の興味はないのが普通のリアクションだろう。
律子はカードをまず2束に分け、1束ずつ片手に持った。それぞれのカードが交互に1枚1枚が重なるように束をあわせ、両手を上下に広げる。そうすると交互に重なりながら、滝のようにカードが下に流れていくのだ。ウォーターシャッフルと呼ばれる技である。
男はへえ、と感心した声を漏らす。
「お前占いなんかよりマジックの方が向いてんじゃねえか」
「……」
律子はそれには答えず、真剣な目でカードをさばいていく。
1束に戻ったカードを、ざーっとテーブルに半円型に広げる。カードは等間隔に並び、1ミリのずれもない。
「1枚選んでください」
「ますますマジックじみてるな」
「いいから、どうぞ」
「あーはいはい」
男は適当に、これ、と中央のカードを指さした。
律子はうなずき、そのカードを引き抜いた。
ひっくり返す。絵柄が表になる。
二人の人物が乗った小舟を、後ろの漕ぎ手がひとりで押している構図。そこには三人の人物が描かれているが、みな後ろ姿だ。
「これは剣の6のカードです。この写真の女性は……遠くへ行っていますね…」
男は腕を組んで天井を見上げながら律子の言葉に耳を傾けている。
「それも逆位置で出ましたので、いい旅路ではないのでしょう。数字の6には調和という意味がありますが、この方はむしろ調和を乱された、つまり自分の意志とは関係なく、どこか遠くへ連れ出された可能性があります」
「……」
男は煙草を携帯灰皿にもみ消すと、サングラスを外した。
その素顔を見て、律子は思わず身構えてしまった。
とんでもないイケメンなのだ。
くしゃりとした黒髪に、意志の強さがそのまま表れたような眼差し。黒く輝く瞳で、男は律子を見つめた。
「俺は雨矢陣壱。警視庁のデカだ」
言いながら、胸ポケットから警察手帳を取り出した。
この男の胸ポケットは四次元空間並になんでも入るようだ。
広げた警察手帳には、確かにこの男の顔写真と「警視庁捜査一課 巡査部長 雨矢陣壱」と印刷されたカードが挟まっている。
「刑事さん!?てことはまさか…」
律子はテーブルに置かれたスマホの顔写真を見た。
「この人はなにかの事件に巻き込まれたんですか…」
律子の問いに、雨矢はうなずく。
「その女は原田美佐子。原田聡一のひとり娘だ」
「原田聡一って…あの、自国党の幹事長の…」
「ああ」
「まさか何かの人質とか?」
「それを今調べてる。原田美佐子が最後に目撃されたのは三日前の新宿駅。新南口へ抜ける駅構内。商業施設に通じるエレベーターを待っている間に、エレベーターが到着する前に、まるで突然煙のように消えてしまった。監視カメラがその時の様子をとらえていた。コンマ0.6秒から0.7秒をまたぐ間に原田美佐子はいなくなった」
「そ、そんなぁ…」
律子は情けない声を出す。
「人が突然消える?ありえなくないですか?きっと監視カメラの間違いでしょ…」
「新宿駅で突然人間が消えるのはこれが5件目だ」
「ごごごご、5件!?」
「行方不明届が出された人数だけだから、実際はもっといるかもな」
「こんなんになるまであんたら何してたんですか!?もしかしてですけど、まさか原田聡一の娘が行方不明になったからやっと警察が出てきたんじゃないでしょうね!?」
男は律子の紛糾を黙殺した。
「大都会で起きた連続神隠し事件。すでに都市伝説系YouTuberが動画にあげてる。マスコミは警視庁に揺さぶりをかけてきている。こっちが口留めできるのも時間の問題だ」
「あの、さっきからなぜ私にそんな話を」
「上からの命令でな。誰でもいいから専門家を連れてこいと言われてる。今きいたところお前は通り一遍のウンチクは言えるみてえだ。それで十分だ」
「ちょっと言ってる意味がわからないんですが…」
「別に誰でもいいんだが、日本の未来を担う学者先生にこんなオカルトじみた話を聞いてもらうわけにはいかない。かといって名のあるマニアにきけば事件をリークされる可能性が出てくる。どいつもこいつもSNSに上げる時代だからな。だが無名の占い師だったらどうだ?たとえその人間がなに言っても戯言だと世間は思うだろう」
「それはあの、日本の未来を担っていない無名の占い師の私なら、どれほど舐め腐っても構わないと、そう聞こえるんですが」
「さっきからそう言ってんだろ」
「あの!刑事さんがペラペラと事件のことしゃべっていいんですか!?」
「刑事には普通ひとりやふたり協力者がいるもんだ。大体ヤクザだったりチンピラだったりするがな。俺も占い師を協力者に仕立てるのは初めてだ」
「私協力するなんて一言も!断りますよ!こんな面と向かってベラベラと侮辱されて!」
おもむろに雨矢は胸ポケットから茶封筒を取り出した。それをテーブルに置く。
「物見料だ。30万入ってる」
「さんずうまん!」
律子には封筒が後光を放っているように見えた。
「金に困ってんだろ?その靴。もう何年はき潰してんだ。客の前に出てきていいもんじゃねえだろ。それに待合室にあった写真と、今着てるのは同じ服だな。その腕時計もプラスチックのかなりの安物。このタロットも1組しかない。ほかの占い師はいくつか数組のカードを使ってるようだが。あとさっきカードをシャッフルしたとき、わずかに出汁つゆのにおいがした。立ち食いソバばっか食ってんのか?まともなメシ最後に食ったのいつだ?」
律子はすっと茶封筒を両手で包んだ。そして頭を下げた。
「やらせていただきます」




