疑心暗鬼 16-1 挿絵あり
1571年の秋の暮れ、大阪の石山本願寺に戻ったお菊は本堂の阿弥陀如来の前で六地蔵、六花仙、候補生、おいち、お凛らと共に袈裟を着て他の門徒衆と一緒に念仏を黙々と唱えていた。この日は石山本願寺の宗主の顕如が自ら阿弥陀如来像の前に座り念仏を唱えていた。
摂津高槻城の戦いだが篠原長房、三好三人衆、石山本願寺にとって踏んだり蹴ったりの戦いになった。
延暦寺を焼いた織田信長への一手と信長の西の守りの高槻城を落とす名分で圧倒的に有利な戦力で攻め落とせたはずであった。
しかし荒木村重と中川清秀が織田信長に通じたのである。更に松永久秀も恨みがあるのは足利義昭だけで信長に敵意は無いとよく分らない理由で戦線から離脱した。
そのため戦況は織田が優位になり、篠原長房、三好三人衆(三好長免、三好長虎、岩成友通)、石山本願寺は結局、織田方の佐久間信盛、明智光秀と和睦、撤退せざるを得ず高槻城はそのまま和田惟政の子の惟長が継ぎ、織田方の城として摂津に残されたのである。
しかも和睦交渉の最中に三好義継が先走りして高槻城の住民やキリシタンに発砲し攻め込んだため交渉に遣わされたひなたや松丸が巻き込まれて戦死したのである。
後日、この件で室町幕府の足利義昭と織田信長は和睦交渉の結果の履行も求めて来たのである。特に信長だが高槻城下の放火撫で斬りを行った責任者の処罰を求めたのである。
今回の責任者は下間頼総だったが本願寺は戦ではこのような不幸はよくある事と答弁し信長の要求に応じなかったのである。
ただし高槻城の施政、キリシタン容認の件は関与しないと(施政権も無いが)返したのである。
織田信長だが貿易の関係もあるが南蛮の新しい物も好きだったのでキリシタンと友好的だった。今回の戦は不利な状況の中、高槻城を守り切り高槻城に多かったキリシタンの信用を得たので信長はそれなりに満足し妥結したのである。
石山本願寺もそのような事情を汲み取ってこの高槻城の戦いでの全ての犠牲者に敬意を表し顕如自ら大法要を営んだのである。
南無阿弥陀仏の声がこの日はひたすら木魂していた。
高槻城の戦の後だが石山本願寺には束の間の戦の無い日々が訪れたのである。
12月の半ばのある日、
「あ~今年も終わりか。今年はしんどかった。色々あり過ぎたわ」
「流行ってるカルメ焼き(南蛮菓子)のお店に気分転換に行こうや!」
修行が終わり今日は午後の巫女の仕事が休みだったのでこの日はお菊、おいち、お凛で流行りの堺の南蛮菓子カルメ焼きの茶店に行ったのである。
「カルメ焼きはうまいけど太りそうやな!」
「気にしたらあかんって!珍しいお菓子が手に入るのは堺の良いとことやね」
おいちとお凛は上機嫌に振る舞っていたが突然
「高槻城の戦から3か月か。早いな」
「なぁ。噂、聞いたか?」
「聞いた」
3人は小声で話し始めた。
顕如だが1571年12月、突如下間頼総を破門にしたのである。
そして頼総だが大阪本願寺を追放され間もなく病死したと言う。
「高槻城の責を取らされたんやろうな。でもあんな元気だったのに急に病で亡くなると思うかいな?」
「狙われたんかな。明智殿に。この前の戦でもあの人、えらい頼総殿の事を怒ってたもんな」
「いや。高槻城の城下の人かキリシタンに殺られたのかもね」
3人はひそひそと話をしたのである。
「弥生さんから聞いたけど今年の暮れから正月は本願寺はお布施の受付ですごく忙しくなるってさ」
「織田との戦いが本格化するから大量の布施を門徒衆に頼むってか」
お菊とお凛が続くと
「来年また織田と戦やな。でも今回の連携の悪さやと今後も心配やな」
おいちは本音を言ったのである。
「あ、顕如様の嫡男の教如様だけど朝倉(義景)殿の娘さんと結婚するらしいわ」
「なんで?朝倉殿って延暦寺を助けなかったし浅井殿にも塩対応なんでしょ?」
お菊がおいちに不思議そうに返すと
「加賀の一向宗と連携を取りたいそうや。だから若狭越前を治める朝倉殿と友好的にって事やって」
「え?もし朝倉殿と信長公で戦になったら越前まであたしたち行くの?」
「可能性があるなぁ」
おいちが無気力にお菊に返すと
「近江が抑えられてるのにどすんの?」
「丹波、丹後(京都府北部)経由らしいで。だから(越前と加賀の出の)たまと庄助は(朝倉領)若狭敦賀におふうさんと行ったらしいで」
丹波と丹後は信長に敵対する波多野氏や赤井直正が支配していた。特に赤井直正は丹波の赤鬼と呼ばれ信長も警戒する男であった。
丹波、丹後、鯖街道経由で朝倉義景の若狭越前へ動こうと本願寺は考えていたのである。
「でも長島願証寺と両方助けるっていくら何でもしんどいかな?」
お凛が言うと
「進むは極楽、退くは地獄やで」
おいちがため息をつくと
「うわぁ、きついな」
お菊とお凛もため息をついたのである。
12月の半ばから1572年の1月の半ばまでお菊たちは石山本願寺の巫女として大忙しであった。普段は午前は武道の修行で午後から巫女の仕事だが今年は多くの門徒衆が織田信長が延暦寺を焼いた事で石山本願寺、各地の門徒衆と信長との戦いの本格化を覚悟して大量の布施をしたので巫女の仕事が主であった。
「あ~(戦死してしまった)ひなたと松丸、(長房の配下で阿波に行ってしまった)みずなと新兵衛がいないから今回はきつい」
お菊はため息をついた。
「一郎も小次郎もなんかたくさん来てる志願兵の訓練で忙しいとかって」
千代目もぼやいた。
「また戦かいな。そう言えば冬さん、お静、清兵衛は長島願証寺への荷駄搬送、おふうさん、たま、庄助も加賀への荷駄搬送で忙しい言うてたな」
おいちもぼやいた。
「ぼやきたいのは俺たちだよ。男は俺と弥吉だけで重いのは全部俺たちじゃないか。筋肉痛だよ」
重い布施を運び続ける平助と弥吉がぼやいたが
「平助と弥吉には感謝してるよ!」
「ウチらかわいい巫女の為に頑張ってや!」
こずえとまえこが冷やかすと
「お前らなぁ。もう」
平助と弥吉は牛みたいな声を出していたが。
「うわ!ヤバい!また蛸さんが布施された!」
お菊が悲鳴を上げると
「今回はちゃんとフタしてや!」
「墨の掛け合いはあかんで!」
おいちとお凛が慌てて蛸の入ってる壺にフタをしたのである。
「元気そうだな。高槻城では世話になったよ」
ある日、突如、篠原長房、三好長免、長虎がやって来たのである。みずなと新兵衛も居た。みずなと新兵衛は長房らの背後から巫女衆に手を振って挨拶してたが。
「足軽衣装より巫女の方が皆さんお似合いですね!」
長虎が軽く気遣って言ったが
「阿波から布施を持って来た。外に置いてある。ありがたく受け取れ」
長房の横に居た20歳前の若者が長虎の配慮も気にせずふてぶてしく言ったのである。
「ありがとうございます!」
それでも巫女たちは満面の笑みでいつものように返したがこの若者はふてぶてしい顔のままだったが。
「長房殿!さっさと顕如様とお話しして堺に行きたい!」
「承知」
この若者は長房に言うと長房と三好長免、長虎と本堂に去って行ったのである。
「なぁ!感じ悪い人やな!」
まえこが膨れると
「お久!忙しそうだね!」
みずなが言うと
「手伝ってよ!人手不足だよ」
こずえが冗談で返したが。
「いったい誰なんだい?あの人は?」
平助も呆れ気味に言うと
「三好長治様だよ。次の阿波の当主だよ」
「え?阿波の当主って長房殿じゃ?」
まえこが不思議そうに返すと
「長房様は阿波三好家の重臣なの。長治様は長房様の主君の三好実休様の嫡男で長房様が後見よ。長治様も元服され経験を阿波で積んだのでこれから自分で色々されるって今日も大阪に来たのよ」
みずなが返したが
「でもちょっとアレじゃねぇ」
こずえが小声で言うと
「その通りばい。阿波衆はみんな懸念してる。長房様あっての阿波衆を分かっておらんばい」
新兵衛も小声で真顔で返したのである。
「世の中、うまくいかんなぁ」
おいちが最後にぼやいたのである。
多忙な12月が過ぎ、年が明け1572年の1月も終わろうとして忙しい巫女の季節も終わろうとしていた頃だった。
「お菊。元気そうね」
「弥生さん!」
2月の初めだったがお菊だが久々に弥生に会ったのである。お菊だが弥生と久々に話したような気がしたのである。弥生だが顕如、最近顕如の重臣として取り立てられている下間頼廉、下間頼龍と心眼らの手伝いで多忙のようで本堂にはいないようで姿を見せていなかった。でもお菊は前回の高槻城の戦いで勝手な振る舞いで弥生に迷惑を掛けた事をまだ気にしていたのである。
「また背が伸びたかしらね?」
弥生はそれでもいつもようににこやかにお菊に接していたが。
「そ、そうかな?」
「小次郎とはどうなの?」
「あ!その……小次郎も忙しいから」
予想外の展開にお菊はしどろもどろになったが
「小次郎と京に行って来たら?4月になれば桜がきれいに咲くわ。あなたたちの休みの件は私が処置するわ」
「え!大丈夫です!お仕事が大事だから」
「行った方が良いわ。5月になったら親鸞聖人の行事でまた忙しいでしょ。あなたは去年から働きづくめで小次郎も気にしてたから」
「え?そうなんですか?」
「日程決まったら連絡するわね」
「あ!弥生さん!でも!」
弥生は決めつけると去って行ったのである。
「婆や。ただいま。小次郎いる?」
桜花院に戻ったお菊は婆やに聞くと
「来週末まで戻らないそうです」
「分かった」
小次郎だが六地蔵に入ってから多数集まって来ている新兵や志願兵の訓練を阿形、吽形、清澄、悠然らと行っており忙しく訓練を行う坊に居る方が楽なのでそこで普段は過ごし週末だけ時々帰って来てたのである。ただ週末の休みの時はお菊はおいちやお凛と気分転換でお出かけも多く一緒に暮らしてはいるがすれ違っていたのである。
「弥生さんから京はこれから桜がきれいだら小次郎と一緒に行ったらって。あの小次郎もあたしの事気遣ってくれてたなんてさ」
「ふふふ。そんなものですよ。2人で花見は良いと思いますよ。船の手配してあげますね」
「でもさ、なんか静かな時お互いすれ遠いって変だよね」
「そういう時もありますよ。若いんですから」
婆やがお菊に返したのである。
しかしこの予定は無しになったのである。
お菊も忘れていたが石山本願寺の目の前の摂津中島城で籠城する細川昭元の件で出陣命令が出たのである。




