武士とは何ぞや 7-2
お菊と小次郎は石部の宿場町を目指して歩いていた。
「太郎兵衛、奈阿、京香の件は残念だったよ」
小次郎が珍しく暗い顔で言った。
「あたしだってこんな事になるなんて夢にも思わなかったよ」
お菊も小次郎に返した。
「心眼さんに聞いたけど太郎兵衛、奈阿、京香らを殺った連中は(徳川)家康様の傭兵だったらしい。しかも家康様の赦しも得ずに勝手にやって事件を起こしたそうだ。家康様は信長公と違い三河に門徒衆が多いので門徒衆だからって手を出すつもりはなかったらしい。だから家康様は顕如様に詫び状を出すって。太郎兵衛と奈阿も三河まで家康様が責任を持って送り届けるってさ。京香も家康様の使者と伊賀衆、甲賀衆と一緒に帰って行ったらしい」
小次郎が手を合わせるとお菊も手を合わせ2人とも小声で南無阿弥陀仏と唱えた。
「傭兵を殺ったあの足軽大将は門徒衆だってさ」
「だから奈阿を丁重にしてくれたんだ」
「俺さ。あの人が気になってさ」
小次郎がお菊に率直に言った。
「あのおじさんを?」
「奈阿が門徒衆だったからかもしれないけど味方の悪事にあそこまで徹底して対処出来るってすごいと思わないか?」
「やっぱりね。小次郎そんな顔してたもんね。でもさ、今は明智殿たちがここに来るかどうか調べる方が大事だよ?」
お菊が返すと
「来る訳ないさ。偽情報だよ。来ても絶対兵を隠して来るよ」
「そうかな?あの人前も(野田福島の戦いの時も)あまり兵を連れて来なかったよ」
「だって明智殿って信長公のお気に入りなんだろ?ありえないぜ」
「でもさ」
「俺はとにかくあの人が気になって仕方ないんだよな」
小次郎は何か憧れの顔で言った。
「あんな人になりたいんだ」
「悪くないだろ」
「でもあの人あまり出世してる感じじゃなかったよ」
「それでも良いさ。なんかあの人の信念を感じたんだ。男って言うかいや、武士としてのさ」
「ふうん。小次郎って真面目なんだ。意外だね」
「なんだよ、それ!」
小次郎が少し膨れると
「うふふ!」
お菊は笑って返したのである。
石部の宿場町の入口の警備だが地元衆と徳川兵の共同で行われていたが先日の騒ぎの件もあってから徳川の兵は地元衆に丸投げでやる気なく小次郎とお菊を見て地元のただの物売りの子と思ったようでお菊と小次郎は難なく宿場町に入れたのである。
石部の宿場町だが徳川の兵が思ったより多数いたのである。家康だが先月に六角軍を敗っていたのもあるが慣れない近江での長期布陣による兵の不満発散に買い物など許可していたようであった。そのため宿場町の雰囲気は賑やかで緊張感はなかった。先日の騒ぎの件もあってか徳川の兵も友好的に行動していた。
お菊と小次郎だが地元の子らしく商いを始めたのである。
「甘くておいしいちまきだよ!」
「近江の頑丈な草履はいらんかね?」
その時、茶店で休憩中の徳川の足軽が声を掛けて来たのである。
「うまそうだな。お嬢ちゃん。ちまきをおくれ」
「草履もどうすか?」
小次郎が間に入ると
「草履は足りてるな。殿(徳川家康)が支給してくれからな」
「え?そうなんですか?あら?こりゃ売れないな」
小次郎はがくっとしたのである。一同大笑いである。
「はい!どうぞ!お忙しそうですね!」
お菊が徳川の足軽にちまきを手渡すと
「柴田様と明智殿が来て殿と何か話すらしいから一応警備をしてるんだ。町中に兵が多いのもそのためさ。そこの何とか寺でやるらしい」
足軽はちまきを食べながら軽い口調で言った。
(本当に来るんだ!)
小次郎とお菊は驚いた。柴田勝家と明智光秀がここに来るのは偽情報ではなく事実だったのである。意外と欲しい情報は早く掴めたのである。
「まぁ。鬼柴田様だから俺らがいなくても敵が来たら勝手にボコボコにするだろうがな!」
「俺らでも鬼柴田様には絶対に近寄らんな!わはは!」
しかも徳川足軽兵は意外なほど軽口だった。逆にお菊と小次郎が苦笑いである。
ただ小次郎もお菊も柴田勝家は知らなかったが信長の重臣で武勇の誉れ高い男で鬼柴田と呼ばれて怖れられている存在なのは分かったが。
「まぁでも六角もろくに戦力ないみたいすね。どこかに隠れてるみたいだし。神出鬼没でしつこいけど」
小次郎が返すと
「そう言うのが一番厄介なんだよな。だから俺たちは遠く三河から呼ばれてるんだぞ?いつになったら帰れるのやら。まったく」
足軽がため息をつくと小次郎とお菊はまた苦笑いしてしまった。
商いが終わると
「良い情報入ったぜ!」
「ほんとだよ。帰ろうか?」
「もう少し回ろうぜ。俺らも気分転換しようぜ。あとあの人に会えたら話してみたいんだ」
「そうだね。小次郎に任せるよ」
お菊と小次郎は引き続き宿場町に滞在してみたのである。
お菊だがもう1人にちまきを売ると石部の宿場町の中心に来たのである。ここの中心のようで寺の灯篭が見え、すぐ近くにも櫓があり武家館か城があるようだった。
その時であった。宿場町の中心近くの古びた茶屋に若侍とあの足軽大将が居たのである。
「居た!」
「わあ!小次郎運が良いね」
「よっしゃ!行くか!」
小次郎は緊張気味に言うと2人に近付いたのである。
足軽大将だがあの若侍を元気付けようとしているようだった。
2人がどういう関係か全く分からなかったが若侍はこの日もまだ奈阿の件を引きずってるのか元気がなかった。
「丈夫な近江の草履はいらんかね?」
「甘いちまき、おいしいよ!」
足軽大将は掛け声を聞くと小次郎とお菊をちらりと見て
「ちまきを2個くれ。草履はいらん」
「へへ!そうなると思いましたよ!」
小次郎が予想通りと軽く返すと
「全然草履は売れんのだろうよ。殿は草履をくれるからな」
足軽大将もにやりと笑いながら返した。
「はい!どうぞ!甘くておいしいですよ!」
お菊がちまきを2人に渡すと
「すみません。渡辺殿。気を遣って頂いて」
若侍が申し訳なさそうにこの男に言うと
「ははは!色々経験を積んだと思いなされ!あのお嬢さんは無事に極楽浄土に着いてますぞ!」
足軽大将、渡辺は軽く笑った。
(渡辺殿って言うんだ)
小次郎とお菊はこの男の名前を知ったのである。
小次郎だがなんと声を掛けたら良いのか分からずでも憧れの顔でじっと渡辺を見てしまった。
「小僧。どうした?」
渡辺が不思議そうな顔をして言うと
「あ!いや、なんでも!」
小次郎は慌てて返したのである。
が、お菊もじっとにこりとしながら渡辺を見てしまったのである。
「お嬢ちゃんもどうした?」
渡辺が再度不思議そうに言うと
「別に!」
「?ワシ、小僧とお嬢ちゃんに会った事ないと思うがな?」
逆に渡辺が戸惑うと
「会ったかもね!」
お菊は軽く返したのである。
「?会った事あるかな?そうか?そうだったらすまんな。ちょっと思い出せんが?お~い。この子たちに茶菓子を出してやってくれ」
逆に渡辺に小次郎とお菊は茶菓子を馳走になったのである。
「ありがとう!渡辺殿!」
「いたきます!」
その頃だが弥生ら一行もお菊と小次郎を追って石部の宿場町に入ったのである。弥生らも旅の婦人一行と思われたようで難なく入れたのである。
「思ったよりも徳川の兵が多いわね」
「でも緊張感は無いようですがね。ただの息抜きでは?」
「やはり偽情報では?」
弥生に長兵衛と太郎もここで柴田勝家と明智光秀、徳川家康の密談などあり得ないと言わんばかりに返したが。
「そうね。それでもまずは手筈通りこの辺りで一番大きい石部城の近くの浄蓮寺に行きましょう。浄蓮寺の僧が大阪に帰れって言ったのが本当なら何かあるかもしれないわね。あと徳川の兵が多いのはやはり気になるわ。それで何も無ければお菊と小次郎を探して帰りましょう」
弥生たちは石部の宿場町の中心にある浄蓮寺に向かったのである。
お菊と小次郎だが予想外に渡辺に茶菓子をおごってもらい渡辺と若侍と一緒にくつろいでいたがそれでもお菊と小次郎もこの日の町中の徳川の兵の多さは気になっていた。柴田勝家と明智光秀が来るので護衛を町中に展開しているのだろうが六角義賢が息巻いていた狭い地域なので少数の奇襲でも対応できるはこの兵力差では無理と思ったのである。
「なんかせわしいね」
「だよな」
お菊に小次郎が返した。
「殿は兵に息抜きをさせてるだけだ。ただ六角とやらがどうも兵を動かしてるとの知らせも忍びから来ておる。何があっても良いように対処するのだな」
渡辺が返した。この日だが確かに渡辺と若侍も甲冑を着ていた。
「それにしても六角殿ってホント迷惑な人だもんな」
「ほんとだよ」
小次郎とお菊が真面目に言うと今度は渡辺が苦笑いしていたが。
弥生たちは浄蓮寺に向かっていたが途中で浄蓮寺に入れず文句を言いながら引き返す人たちに何度か会ったのである。浄蓮寺に到着した弥生たちだが寺の門の前にしては珍しく護衛の兵が多数居り弥生たちは何かあると察したが
「こんにちは。お参りをしたくて来たのですが」
弥生だが門番の兵のひとりに声を掛けたのである。
「奥方様、今日はこの寺で会合があるのです。申し訳ないが参拝は日を改めてくだされ」
門番の兵は今日は会合があると言ったのである。
「分かりました。ご苦労様です。明日以降にお参りしますね」
弥生もそう言って引き下がったのである。
「本当に柴田勝家公と明智光秀公が来ると?しかし何のために?」
「いずれにしろ想定よりも兵がかなり多い。(奇襲は)難しいですな」
長兵衛と太郎は柴田勝家公と明智光秀公がここになぜ来るのかに驚きつつも織田徳川の守りは硬いと見たのである。
「そうね。撤収しましょう。今後や策はまた考えましょう」
弥生も奇襲は無理と判断したのである。
弥生たちが三雲城へ後退しようとした矢先だった。
宿場町の一軒の家から突然爆発音がし、煙が上がったのである。
「爆発?」
「何事かしら?」
弥生たちは驚いたが続けてもう一軒の家も突然爆発したのである。
「敵だ!敵襲!」
徳川の兵がほら貝を鳴らすと宿場町の徳川の部隊は臨戦態勢に入ったのである。
「浅はかね。ここに(柴田勝家と明智光秀が)本当に着いているかどうかも分からないのに」
弥生が呆れ気味に言ったが弥生たちも巻き込まれるのは嫌だったので他の町民と同じように家屋の軒下に避難を始めたのである。
しかし六角勢だが町衆に紛れ込んだり街道沿いではなく裏道から奇襲部隊を送り込んできたのである。数か所で戦いが始まり町衆は悲鳴を上げていた。
「おいおい。町衆に兵を紛れ込ませるなんて何を考えてるんだ?」
「味方と敵の判別付くのか?」
長兵衛と太郎は呆れていた。
「とにかく関わらない方が良いわ」
弥生も六角勢に味方せずやりすごそうと思ったのである。
しかしこの日の弥生は少し運が悪かった。
「おい!本願寺の兵!協力せいや!」
弥生たちを石山本願寺の兵と知っている六角勢が弥生たちに支援を求めたのである。弥生たちのすぐ傍に偶然居た徳川の兵の視線が一斉に弥生たちに向けられたのである。




