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目が合った、そのあと

sideナオキ


 午後の授業中、俺はずっと前だけを見ていた。

 というか、前しか見られなかった。


 後ろを意識したら終わる。そんな気がしていた。


 (いや……あれは事故だった。事故だったってば。完全にタイミングの問題で……)


 でも──あんなふうに、真正面から見ちまったら、そりゃ意識する。

 むしろ、あんな距離で見ない男子のほうが可笑しい!

 ……いや、言い訳か。


 しかも見た直後に、白河さんとばっちり目が合った。

 

 (やばい、思い出しただけで死にたい)


 白河さんは何も言わなかった。笑いもしなかったし、怒りも呆れも浮かべなかった。

 無表情。なのに、こっちはその無表情に圧殺されかけてる。


 (……怒ってる? 怒ってない? どっちなんだ??ダメだ、全く分からない)


 授業の内容は一ミリも入ってこない。

 ノートを開いてみたけど、さっきから同じところを何度もなぞってるだけだ。


 後ろの気配が、無駄に気になる。

 白河さん、どんな顔してんだろ。見たらまた目が合いそうで怖い。


 最悪だ。気まずさの極地だ。




 チャイムが鳴った瞬間、俺は心の中でガッツポーズをした。

 放課後だ。解放だ。さよなら世界。今日も生き延びた。


 ──でも、このまま帰ってしまって良いのか?


 見てしまったことは事実だし、それを見られてしまったのも事実。

 このまま気まずさを引きずるのも、白河さんに何か思われてるままなのも、なんか、嫌だ。


 何か、ひとこと謝るだけでも。少しでも自分の中で納得できる何かが欲しかった。


 教室の空気が緩んでいく中、俺はそっと後ろを振り返った。


 白河さんは、まだ席にいた。

 教科書をしまって、水筒の蓋をカチッと閉める。その仕草まで無駄がなくて、何だか見とれてしまいそうになる。


 いや、見るな俺。お前、今それで地獄にいるんだろ。


 深呼吸して、意を決して口を開いた。


「……さっきは、ごめん」


 白河さんの手が止まる。


 顔を上げた彼女は、何も言わずに小さく首を傾けた。

 目だけが、「なに?」って言ってた。


「あ、その……お昼の授業で、プリント渡したときに……。

変なとこ、見てたかもしれない。いや、見てた。ごめん。わざとじゃないんだけど……!」


 自爆だった。

 自分でも何言ってんのか分からなくなりそうだったけど、全部言わないとスッキリしなかった。


 数秒の沈黙。

 白河さんは、何事もなかったかのように静かに言った。




「……気にしてないけど。別に、見られて困るものでもないし」


 その口調はあまりにもあっさりしていて、逆に動揺する。

 あれ? 本当に気にしてない? うそっ、あんだけガン見してたのに!?




 俺が愕然としていると白河さんが、ふとこちらに目線を戻す。


「佐藤くんも……気になるの? こういうの」

「ぶっ!!??!」

そういうと、白河さんは自身の豊満なそれを下から持ち上げるようにしてユサユサと揺らす。

 

挿絵(By みてみん)

「な、ななななっ……!その、ちがっ……!」

「ん、冗談だよ」


 脳が追いつかないまま、何かを話そうとするが視線は揺れ動くソレに釘付けになってしまい。

 何もかもが手遅れだった。

 白河さんは、肩に鞄をかけながら、少しいたずらげに笑う。



「佐藤くんから話しかけてくれるなんて……意外だね」


「それは……その、気まずかったけど、ちゃんと謝らないとって思って」



 我ながらカッコ悪いが本音だった。気まずさも、謝るべきだって思ったのも。


 しかし、俺の言葉に何故か白河さんは、少しだけ目を見開く。

「ふーん、そっかぁ」


 その表情は、どこか納得したような、けれどほんの少し意外そうでもあった。

 ……なんだこの空気。よく分からないけど、怒ってはなさそう……か?


 と、思ったそのときだった。



「じゃあ、また明日からも――君の方から話しかけてくれたら、許してあげる」

「は、えっ!? え、はいっ!? それって、毎日ですか!?」


 あたふたする俺をよそに、白河さんは少しだけ口元を綻ばせる。


「ふふっ、待ってるからね、佐藤くん」


 そのまま、すっと背を向けて、教室を出ていった。


 




 ──心臓に悪すぎる。




 椅子にへたり込んで、天井を見上げた。

 さっきの白河さんを思い出す。


「白河さん……あんな表情もするんだ」


 大人っぽくて近寄りがたいと思っていた彼女。

 仮面のように整ったその顔が、ほんの一瞬、

 いたずらっ子みたいな笑みを浮かべていた。



 何あれ。何だったんだ、あれ。


 不意打ちすぎて、反応もできなかった。

 

 じわじわと顔が熱くなる。

 思い出すたびに、心臓がバクバクして、どうしようもなくなる。


 あの一瞬の笑みだけが、やたらと頭に焼きついて離れない。



「反則だわ、ほんと。

 明日か、どうしよう……」


 俺は、明日の放課後がほんの少しだけ、楽しみになったのであった。















side白河


 午後の教室は、あいかわらず眠気と熱気の入り混じった空気に満ちている。

 そんななか、俺──いや、“私”は、プリントの束を受け取った。


 前から手渡された数枚のプリント。その一番上を抜き取り、無言で受け取る。

 ……と、同時に。視界の端に、一瞬だけナオキの視線が揺れたのが分かった。


 ……あ、見たな。


 しかもわりと堂々とというか、真っ正面からというか。

 視線が止まった位置的に、あれはまあ、アレだろう。制服越しでも、分かるものは分かる。


 目が合う。


 こっちは仮面をかぶったまま、表情ひとつ変えない。

 向こうは、あからさまにビクッとして視線を逸らした。


 ──分かりやすっ。


 内心でため息を吐きかけて、やめた。

 別に、怒ってるとかではない。驚きも、ない。


 ……ああ、そういえば昼休みに、男子がそんな話してたな。

 「見放題」「FかG」とか、そういう無責任な単語を並べて、バカ話で盛り上がっていた。

 自分も通ってきた道だ。前世で。


 だからまあ、「見るよな」と思う。仕方ない。

 そりゃ、見るよな。俺だって、男子だったころなら確実に見てる。あれは反射だ。


 ただ──おかしかったのは、その後だった。


 ナオキの挙動、明らかにおかしい。


 前しか見ない。首を動かさない。鉛筆を落とす。何度もノートをめくる。

 動揺しすぎだろ。むしろ、そこまでなると逆に不自然だわ。


 ……こういうところ、かわいげあるな、と思ってしまったのが、ちょっと悔しい。


 


 放課後になって、俺はいつも通り静かに帰り支度をしていた。

 机の中に入れてあった教科書を丁寧にまとめ、水筒を鞄にしまう。

 誰とも話さず、話しかけられず、仮面のまま帰る。それがここでの“日常”だ。


 と思っていたのに。


「……さっきは、ごめん」


 ナオキの声が、すぐ背後から聞こえた。


 一瞬、意味が分からなかった。

 いや、言葉の意味じゃなくて、“それを言うこと”自体が、想定外だった。


 顔だけ少しだけ向けて、無言で視線を送る。問い返すでもなく、無視でもなく。


「いや、その……お昼の授業で、プリント渡したときに……」

「変なとこ、見てたかもしれない。ごめん。わざとじゃないんだけど……!」


 ああ、やっぱりその話か。

 ていうか、言うんだ。わざわざ、謝るんだ。しかもちゃんと。


 ……前世の俺なら、絶対できなかった。

 こういうのは流しておくのが一番とか言って、知らん顔して過ごしてたと思う。

 「話題にしたら余計に気まずくなる」とか、「気にしてると思われたら恥ずかしい」とか。

 要は、保身だ。体裁だ。

 謝ったりしたら、「見てたの認めることになる」って思って、たぶん何も言えなかった。


 でも、今この目の前にいる佐藤ナオキは、違った。


 ちゃんと、言ってきた。

 気まずさごと抱えて、自分の口で謝ってきた。


 ──ああ、こいつ、俺よりずっとちゃんとしてるな。


 ちょっとだけ、負けた気がした。


 


「……気にしてないけど」


 そう返すときの声は、自然と仮面のトーンになる。

 取り繕ったわけじゃない。別に、怒ってないから。


「別に。見られて困るものでもないし」


 それも本音だ。別に気にしてない。ただ──


 つい、口が動いてしまった。


「佐藤くんも……気になるの?こういうの」


 少しからかう風に言いながら、問題のソレをゆさゆさと揺らすように持ち上げてやる。


 すると、アイツはというと、見事にフリーズしていた。

 口がわたわたして、目が泳いで、耳まで真っ赤になってた。



 「ん、冗談だよ」(ふん、ざまあみろ)

 その間抜け顔を見ると、少し溜飲が下がった気がした。



「(それにしても)佐藤くんから話しかけてくれるなんて……意外だね」


 素の感想だった。正直に言って来ると思ってなかった。



「……ふーん、そっかぁ」


 そして──つい、また一言。


「じゃあ、また明日からも――君の方から話しかけてくれたら、許してあげる」


 ……うわ。今の、完全に余計だった。


 でも、もう言っちゃったし、取り消すのも変だ。

 だから仮面のまま、最後にもう一発だけかぶせた。


「ふふっ……待ってるからね、佐藤くん」


 笑顔のかけらもない。完璧な演技。

 でも、さすがにちょっとだけ後悔した。


 


 帰り道。

 夕方の風が肌を撫でて、ネクタイを少し緩めながら歩く。


 言いすぎたな、と思う。

 でも、不思議と嫌じゃなかった。

 多分、謝られたのがうれしかったわけじゃない。


 ……“ちゃんと向き合われた”ことが、どこか懐かしくて、

 でも自分がそれを返せる気がしなくて。

 だから、試すようなことを言ったんだと思う。


……前世の俺には、できなかった。


 それをやってくるやつに、仮面のまま言い返すのが、今の“私”の精一杯だ。


 明日も、話しかけてくれるだろうか。

 いや、それを待ってるって、言ったのは私か。


 


 ……ったく。

 どっちが子どもだよ、ほんとに。

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