表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

高校最初の体育

side佐藤ナオキ(元俺)

 

俺の名前は佐藤ナオキ。どこにでもいる平凡な男子生徒だ。


今は高校生活が始まって、最初の体育の時間。

まだ全員、体操服がちょっとぎこちない。


けど、気持ちだけは無駄に引き締まっていた。


 


(……まあ、最初だしな)


 


別に、足が速いからってモテるわけじゃない。


小学生じゃあるまいし、体育の記録で人気が決まるなんて幻想だ。


……とはいえ、こういうとこで鈍臭い姿を晒すと、

高校生活の“最初の印象”に関わってくるのは事実だ。


 


周囲の男子たちも、なんとなく空気でわかってるのか、

アップの時点でちょっと気合い入ってた。


「女子も見てるしな……」

「お前、転んだら一生ネタにされるぞ」

そんな声がちらほら聞こえてくる。


 


(まあ、俺も……最低限のとこは見せときたい)


 


そして測定スタート。

50m走、立ち幅跳び、握力、反復横跳び。


記録は……可もなく不可もなく、たぶん“中の上”。


 


(ふう……まずまずの成績だな)


息を整えながら、飲みかけの水を一口。


 


男子の測定が一通り終わって、今度は女子の番。

みんなで日陰に集まって、ぼーっと順番を眺める。


そのとき――隣の男子がヒソッと耳打ちしてきた。


 


「……おい、白河の番だぜ」


 


その言葉に、視線が自然と測定ラインの先に向く。


白河ユウリ。

クラスの誰もが認める、圧倒的な“格上”の美少女。


 


そこら辺のグラビアアイドル顔負けのスタイルに、

抜群の顔面偏差値と、なによりただ立っているだけで目を引くオーラ。


その彼女が、今まさに、スタートラインに立っている。


 


(いや……視線、集まるに決まってるだろ)


 


ジャージの上着は脱いでいて、体操服のシャツと短パン姿。

見えそうで見えない、でも明らかに揺れてる。


黙っていても周囲の男子が息をのんでいるのがわかる。


白河さんがスタートラインに立つ。


どこか余裕のある表情。

緊張感は見えない。むしろ、軽くストレッチをしている姿すら優雅に見える。


 


「おいおい……」

「見ろ、あれ……揺れてる」

「やっべぇ」

「横に並んでる女子可愛そう」



男子軍の一部は、走るフォームよりも揺れの方に期待している様子だったが――


 



──パン!


号砲が鳴る。


 


瞬間、白河ユウリの身体が弾けた。


スッと伸びた脚が地面を蹴り、空気を裂くように一直線に走り抜ける。


軽い。速い。フォームが無駄なく、美しい。


そして、想像していたような無駄な“揺れ”など一切ない。

速すぎて目が追いつかないほどのスピードに、視線が凍る。


 


「……え?」

「……はい?」


 


タイムを読み上げた先生が、手元のストップウォッチを二度見した。


 


「ご、5秒……え、5秒9……?」


 


「うそだろ」「いや、男子でも世界レベルじゃん!?」

「え、今Uボルト見えた?」「なに、アレすごい」


 


160cmという女子にしては高めの身長、多少他の女子よりは有利ではある。

しかし、それ抜きにしても速すぎであった。


教師すら慌てて記録を確認しているが、なんど確かめても記録は5秒9。


 


「ぜ、ぜひとも! うちの陸上部に来てくれないか!? 全国一、いや、世界を目指そう!」

「……いえ、興味ないので」


 

興奮した様子で熱く語りかけてくる体育教師に対して、白河さんは、息一つ乱さずにシャツの裾を直しながらバッサリと断る。


 


 


「「「えぇ……」」」


 


男子も女子も、教師も揃って呆気にとられる中。

何もなかったような顔で歩いていく白河さん。


 


「完璧超人かよ」

「かっけぇぇ」

「なにあの人、チート転生者か??」


 

その背中を見たクラスメイトたちは後に語っていた。

神が二物を与えるとはこういうことか、と。








測定が終わって、男子たちは日陰に戻ってきていた。

まだ女子の測定は続いていて、コートの向こうでは白河さんが別種目に移っていた。


今度は反復横跳び。

真横からでも分かるスピードとキレのあるステップに、またざわつきが起きる。


 


「いやー、あれやべぇって……」

「お、おっぱい!」

「おいバカ、大声出すなって!今後の高校生活終わるぞ!?」

「顔もいいし、スタイル抜群だし、おまけに運動神経までヤバいのかよ……」

「成績も学年トップで入学したらしいぞ?」

「マジかよ!?どんだけ二物与えられてんだよ!」

 




(すごいなぁ、白河さん)


「てか、佐藤。お前、白河さんのすぐ前の席だったよな?」

隣にいた男子が、ふと俺の方を振り向き問いかけてくる。


 

「え? あ、うん……」


 

「マジでいいな……白河さんの近く羨ましいわ」

「くっそう俺も名字がさとうだったらなぁ!」

「白河さんの近くとか、良い匂いしてそうだよなぁ」



どうやら俺が白河さんとの席が近いことが羨ましいらしい。加えて、2列目の一番後ろの席である彼女の左右は女子なこともあり、実質彼女の近くに座れている男子は俺だけなのもあってかその羨ましがりはかなりのものであった。




「てかお前、白河と結構話しかけてもってたりしない?」

「えっと……そうか?そんなことないと思うけど」

「いやそんな事あるだろ!?」

「俺が話しかけたときとか割と塩対応だったぞ!?」

「いやそれはお前胸見すぎなだけだろ」

「くそ~、なんで佐藤だけ!ずりぃぞ!」

「あ、あはは」




ごまかすみたいに笑ったが、確かに言われてみれば俺以外の男子と会話しているている姿を見た記憶は無いかもしれない。



 

(塩対応なんて取るような人じゃなさそうだったけど)


 



周囲の男子たちはまだ彼女について熱く語り、騒いでいた。

「陸上部入んないのもったいねー!」「あの脚で踏まれたいわ」「俺はぶつかるふりをしておっぱい触りたい」「サイテーだな」「ないわーそれ」「い、いやお前らもホントは触りたいだろ!?」「「「……ハイ」」」


……正直バカみたいなセリフも混じってたけど、

そう思わせるだけの“魅力”が白河さんにはあったのだ。


 


そして――そんな人が、なぜか“俺”にだけ、話しかけてくる。

(気まぐれ……?それとも何か理由が?)












side白河ユウリ




 


この身体は――軽い。とにかく、軽い。


 


前世ではずっとデスクワークばかりで、

走るなんて言えばコンビニまでの小走りくらい。

階段を使えば息が切れて、休日は家でごろ寝。


そんな「鈍った身体」がスタンダードだった俺にとって、

今の白河ユウリの肉体は、まるで羽の生えたような感覚だった。


 


ちょっと地面を蹴っただけでスッと前に出る。

身体のバネがまるで別物。いや、そもそも設計が違うって感じ。


 


……で、つい。


「“ちょっと”本気出してみたらどうなるかな」なんて、好奇心が勝ってしまった。


 


結果、50m走で男子世界記録の一歩手前。

先生に二度見され、陸上部にスカウトされ、全方位から視線を浴びることになった。


 


(大丈夫か、この身体……)


 


なんかの実験体とか、異能者とか、そういうオチないよね?

出自も謎だし、世界を救うための聖女の器でした~とか言われても不思議じゃない。

……けど、まあ、そんなことはどうでもいい。

世界記録だの才能だの、そんなのは他の誰かに任せておけばいい。


 


俺がやりたいのは、ただ――


あの、冴えない顔をした前世の“俺”を、

ちょっとずつ、幸せにしていくことだけだ。



 挿絵(By みてみん) 


ふと視線を向ければ、

男子連中に囲まれて、何やら問い詰められている佐藤の姿。


……たぶん、白河(俺)関係の話だろう。


 


ちょっと困ったような表情で、視線を泳がせていた彼と――目が合った。


 


(ふふっ、助けて!って顔してるな)



その顔を見ながら、俺は知らんふりを決め込む。


そして、静かに、クスクスと笑いが溢れるのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ