白河ユウリの誕生
初投稿です
──俺の人生、なんだったんだろう。
気づいたら、もう終わってた。
仕事して、飯食って、たまにアニメ観て、推しに課金して、寝て、また仕事して。
特別なことはなにもなかった。ただ――
「……彼女、欲しかったなぁ……できれば、甘やかしてくれる系の……」
なんて、寝る前にスマホ握りながらポツリと呟いた夜が、最期だった。
ざわついた声が耳に届いて、俺はゆっくりと顔を上げた。
(……どこだ、ここ)
視界に入るのは整った並びの机、壁に掲示された時間割、春の日差しが射し込む窓。見知らぬ教室だった。
いや、それよりまず――制服。俺の体に合わさってるこのブレザーと、スカートと、リボン。
リボン?
一気に眠気が吹き飛んだ。
慌てて胸元を確認する。ある。思い切り“膨らんでる”。
さらに視線を落とせば、細い脚、白い指、華奢な手首。
(……えっ、いや、ちょっと待って?)
パニックになりそうなのを押し殺しつつ、机の上に置かれた生徒手帳が目に入り、ごく自然に、俺の手がそれを開いた。
それに映っているのは、黒髪セミロングの清楚系美少女。理知的な瞳に、形の整った眉。とてもじゃないが、俺とは縁のない顔。
だけど、俺の中で間違いなくこれは自分だと確信した。
「…………」
(俺、死んだんじゃなかったけ?転生したのか……?)
どこかで見た設定だ。突然の死、美少女JKに転生。どこにでもありそうな話だ。
でも、これは夢でも妄想でもない。現に俺の指は震えてるし、教室の騒がしさも生々しい。
「──それじゃあ、入学初日だし、出席番号順に自己紹介していこうか」
担任らしき女性の声で、クラスが少し静まった。
入学初日、出席番号順。
(ってことは、今は高校の入学したてってことか??っていうかこの身体の名前は……)
そっと入学資料の入った手提げの中に入っていた生徒手帳を見直す。
『白河ユウリ』
(白河ユウリっていうのか。って滅茶苦茶美人過ぎないか!?)
そう思った時だった。
「次、佐藤ナオキくん」
(佐藤ナオキ!?それって前世の俺の……!)
そう呼ばれて立ち上がったのは――
間違いなく、“俺”だった。
担任の声とともに、前に座っていた男の子が立ち上がった。
くせ毛気味の黒髪。猫背気味の背中。地味な顔つき。
見覚えのある、そして忘れようのない――あの姿。
そこに立っていたのは──
まぎれもない、“高校時代の俺”だった。
高校の時の俺。佐藤ナオキ、16歳。
陰キャ、オタク、そして童貞。
(いや、ちょっと待って? え? 俺、生きてるの? 生まれ変わったんじゃないの?)
「……佐藤ナオキです。よろしくお願いします……」
前を向かず、視線を落としたままの小さな声。
クラスの空気がほんのわずか揺れて、何事もなかったように戻る。
(間違いない、俺だ。高校の頃の俺だ)
アイツは―――俺だ。
名字も、名前も、声も、姿も、仕草も、その全てが間違いなく俺であった。
そう認識した瞬間。頭の奥に眠っていた記憶が一気にあふれ出てくる。
・男友達とダラダラと過ごす高校生活。
・ネトゲにハマり夜通しゲーム残味だった大学生活
・会社のデスク。昼飯のカップ麺。寝転がってスマホをいじる休日が一番の楽しみだった静かで、淡々とした、平凡な社会人生活。
ストレスはあったけど、別に不幸じゃなかった。
趣味もあったし、気の合う同僚もいた。たまに笑える瞬間もあった。
ただ――
恋愛、女性関係だけは、マジで一度も縁がなかった。
彼女どころか、仕事以外でまともに女子と会話した記憶もほとんどない。
誰かにバカにされたわけでもない。いじめられたこともない。
でも、“女っ気”ってやつだけは、人生からきれいに抜け落ちてたんだ。
(もうちょっと違う人生にも出来たんじゃなかったのかなぁ)
──多分、こいつも、これからそういう人生を送っていくんだろうな。
ゲームして、配信見て、寝て、働いて、はしゃがず、騒がず、でも静かに楽しんで、静かに終わっていく人生。
別に悪くはなかった。娯楽の溢れてる現代社会では独り身だっていくらでも楽しめた。俺もそうだったし、そこに文句はなかった。
……けどまあ、一回ぐらい、俺だけの特別な誰かがいてもよかったんじゃないかって、今になって思う。
その“誰か”がいなかったから、あの人生には、ほんの少しだけ隙間があったのかもしれない。
(そう、例えばこの身体。白河ユウリみたいなおっぱいの大きくて可愛い甘やかしてくれそうな彼女でもいたらな……)
ん?
……まてよ。
いるじゃん、ここに
その瞬間、俺の脳内がフル回転を始めた。
最強スペックの美少女。可愛いしおっぱいも大きい見た目は完全に理想形。
しかも中身は俺なので他の男に取られたりする心配もなく最初から親密度マックス状態。
――これは、やるしかないよな!
前世で叶わなかった「誰かに甘やかされたい」という願望。
それなら俺が、俺を、全力で甘やかしてやればいいではないか!
(俺がこの身体に転生したのも――何かの縁ってやつだよな)
なら、ちょっとぐらい俺自身にご褒美があっても罰は当たらないだろ。
──待ってろよ俺!俺がお前を独り身になんて絶対にさせないからな!!
「じゃあ次……白河ユウリさん、お願いします」
なんて、事を俺が密かに心の中で決意をしていると、担任の声が響いた。
(っ!?……うわ、やっば忘れてた。まだ自己紹介の最中だった。
えっと、まあとりあえず普通に挨拶するか……ん?)
名前を呼ばれた瞬間、教室中の視線が一斉にこっちを向いた。
ガタッと椅子を引く音が、変に目立ってしまった気がして余計に緊張する。
スカートの裾を気にしながら立ち上がったその瞬間、妙な空気が走った。
無言。息を呑む気配。ジロジロと飛んでくる無数の視線。
(……え、なに? なんでこんな見てんのみんな??)
視線が集まってる。というか、刺さってくるレベル。
しかも男女関係なく、全員。
(俺の動き方、変だった? )
……いや違う、たぶんそうじゃない。
そういう問題じゃない。
この身体の見た目が、あまりにも出来すぎてるんだ。
生徒証明書を見てわかった。サラッサラの透き通った髪に、プルップルのお肌。更にはそこら辺のアイドル顔負けの美貌とFカップを超えてそうな爆乳。
(そりゃ、こんな身体誰だってガン見するよな)
この白河ユウリという少女は、立つだけでも万人が釘付けになるチート級の美少女だったのだ。
(うっ、視線が痛い。緊張して噛まないか心配だ……)
「白河ユウリです。これから一年間、お世話になります」
極力、抑えめに。それでいてハッキリと。
透き通った声が、自然に出てきた。
(すごい。これ、俺だけど俺じゃないみたいだ)
まるで、声優の発声訓練でもしてたかのような滑らかさ。
多分これが“白河ユウリ”という存在の持つスペックの高さなのだろう。
難なく自己紹介を済ませると、一礼して席に座る。
「……っは!?つ、つぎは立川愛理さん!」
その途中、前の席――佐藤ナオキの背中が視界に入る。
ほんの少しだけ肩が動いたように見えたのは、気のせいだろうか。
(今の俺、どう映ってるんだろ……)
わからない。でも、きっとまた話す機会はいくらでもあるはずだ。
俺は静かに着席するのであった。
◆◇◆◇◆◇
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、俺の周りに女子が集まってきていた。
「白河さんってさ、中学どこだったの? 私たち、こっちの○○中なんだけど」
「もしかして塾一緒だったりした? 見たことある気がして~」
見たことあるわけない。絶対にない。
つい昨日まで俺は社畜やってたんだから。
でも、口を開こうとした瞬間、自然に頭の中に“情報”が浮かんでくる。
──出身:隣県の私立中学。
──高校入学と同時に、駅近の1Kにて一人暮らし開始。
──中学時代の人間関係は基本リセット済。
──知り合いは、このクラスにはいない。
まるで用意されたプロフィールのように、滑らかに染み込んでくる情報たち。
おかげで返答はスムーズだった。
「ううん、たぶん初めまして。中学は少し離れたところだったから」
「へぇ、そうなんだー!」
「てか白河さんって一人暮らしなの? すごくない?」
「なんか大人っぽいよね~!」
(……助かった。“白河ユウリ”が勝手に答えてくれてる)
彼女のいない暦=年齢のおっさんであった俺でもペラペラと話せる程度にはこの身体の頭脳スペックは高いらしく、JK相手におっさんの会話力が通じるのかどうかは少し不安であったが、全く問題なさそうであった。
ただ、なんだろう。台本を読むようにスラスラ喋れてしまう自分が少し怖くもある。
けど、その“便利な頭脳”にも、抜けている箇所があった。
──家族。
──両親。
──育った家。誰かと交わした会話。
──そういう“日常”の記憶だけが、まるごと欠落している。
探そうとしても、何も出てこない。
写真もない。食卓の記憶もない。
まるで昨日、この世界に“突然生まれた”かのような空白。
(……うわ、ちょっと怖……)
笑顔で相槌を打ちながら、内心ではぞわっと鳥肌が立っていた。
でも、それを気取られるわけにはいかない。
クラスメイトの誰もが見ている中で、変な印象は与えたくなかった。
今の俺は“白河ユウリ”。完璧で、静かで、高嶺の花な存在。
みんながそう認識してくれているなら――そのままのほうが都合がいいだろう。
(あいつ……佐藤ナオキ(元俺)の目に、白河ユウリ(今の俺)がどう映ってるかは、少し気になるけど)
何気なく前の席を見る。
視線の先にいるのは、スマホを片手にパンをかじっている元俺(佐藤ナオキ)。
誰とも話さず、誰にも話しかけられず、昼休みの空気のなかで静かに存在していた。
今のこの場所で、たった一人だけ。俺がどうしようもなく意識してしまう存在。
俺のときは何の変哲もないつまらない人生を送ってくたばってしまった。
──だからこそ、コイツにはそんな人生を送ってほしくない。もっと幸せにしてやりたい。
どうせ1度は死んだ身だ。だったら、今度は――自分で自分を甘やかしてみたって、別にいいだろう。
これは、俺(黒髪爆乳ツリ目美少女)が俺(冴えない男)を幸せにする物語である。