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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第八部・水底の色彩

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092 第八部・〈母なる貝〉03


◆航路作成室


 航路作成室は、静謐な空気に包まれた空間になっている。壁と天井は無機質な壁面パネルで覆われていて、冷たく厳かな印象を与えている。広さは三十人ほどの乗員が同時に入室できるほどで、戦闘艦の戦略会議室にも匹敵するスケールになっている。


〝航路作成室〟と呼ばれてはいるものの、作業用の椅子や机は一切存在せず、装飾や調度品の類も排除されている。無重力環境下でも支障なく機能するよう設計された空間は、閑散としていて、まるで心音さえ吸い込んでしまうような静寂に満ちていた。


 この部屋の特徴は床面にある。他の区画とは異なり、床には半透明の強化ガラスが敷き詰められていて、その下層には高精度ホログラム投影装置が格納されている。


 装置を起動すると、光の線が空間を編むように三次元の航路図や戦略図が浮かび上がり、星系の配置、艦隊の動き、障害物の軌道などがリアルタイムで表示される。乗員はその映像の中に立ったまま、作戦を立案することができる。


 操作は音声認識とエアジェスチャに対応していて、指先の動きひとつで図の拡大、回転、分割、フィルタリングが可能になっている。また、操作パネルも壁面に収納されていて、必要時のみ展開される仕組みになっていた。


 室内に設置されている照明は、ホロスクリーンの投影を妨げないよう、天井や壁の縁に沿って配置された間接照明になっていて、空間を柔らかな光で照らしている。


 ホロスクリーンが起動している間、部屋全体は宇宙空間のように変貌し、星系の配置や敵艦の動きが三次元で確認できるため、乗員は星図の中に身を置いているかのような幻想的な雰囲気を体験できる。そのためか、この設備は男女問わず人気が高かったが、本来の用途以外での使用は許可されていない。


 地面に埋め込まれたホロスクリーンの四方には、無重力状態での安全確保のための手すりが格納されている。これらは必要時に自動展開され、乗員が安定した姿勢で作戦を立案できるよう設計されている。


 さらに、床面には緊急時に使用される消火装置や予備の情報端末が収納されているが、いずれもフラットパネルの下に隠されているため、通常時には視認できない。その周囲には、緊急時に手すりが展開されることを示すホログラムが常時投影されているが、これらは、あくまで識別用の警告表示なので普段は気にする必要性はない。


 壁面に設置された操作パネルにも空間パネル技術が採用されていて、音声認識やエアジェスチャによる操作にも対応している。これにより、乗員の動作を最小限に抑えつつ、効率的な操作が可能となっている。


◆水槽〈ショゴス専用装置〉


 作成室の天井に設置された半球状の大型水槽は、船の制御を担う非人間知性体〈ショゴス〉のために設計された専用装置になっている。〈ショゴス〉は船内AIと連携し、大型植民船の航行、環境管理、乗員支援など、複数のシステムを統括する役割を担っている。


 不定形生物でもある〈ショゴス〉の身体は、タール状の粘液に近い可変構造を持ち、固体と液体の境界が曖昧な物質で構成されている。この特性を活かすため、船内の各区画を自由に移動できるように、壁や天井に直径三十センチほどの透明な流体管が網の目のように張り巡らされている。


 これらの管は各部屋に設けられた水槽へと接続されていて、〈ショゴス〉は必要に応じて任意の場所へ移動することが可能だ。


 基本的に〈ショゴス〉は水槽内で生活する必要はないが、情報処理やシステム統合の際に発生する熱を冷却するため、一時的に水槽に入ることを好む傾向がある。水槽内部には冷却液と各種栄養素を供給するナノ粒子で満たされていて、〈ショゴス〉の核となる部分を効率的に冷却しながら、同時に情報の再構築や自己修復を促進する機能も備えている。


 各水槽の外縁には船内AIとの接続を可能にするインターフェースが埋め込まれていて、〈ショゴス〉が触れることで直接データの送受信が可能となっている。水槽が淡く発光する時、それは〈ショゴス〉が船の意思決定に関与していることを示す合図でもある。


◆資材加工室


 資材加工室は精密機械を取り扱う空間になっていたが、コンソールパネルを備えた作業台の上には未使用の鋼材や加工途中の部品が放置され、整然とはほど遠い状態だった。床には複数のコンテナボックスが開けられたまま散乱し、片付けられる気配はまったくない。部屋全体に、使用頻度の高さと管理の甘さが混在するような独特の空気が漂っていた。


 理由は分からないが、管理者によって掃除ロボットやメンテナンスドロイドの立ち入りが禁止されていた。部屋が散らかっているのは、その所為なのだろう。


 壁際には〈リサイクルボックス〉と〈分子成型機(ファブリケーター)〉が並んで設置されていて、未使用の素材や、加工予定の資材を収納する専用の棚とコンテナが用意されていた。


〈リサイクルボックス〉は、投入された廃材や不要部品を分子レベルで分解し、再利用可能な素材へと変換する装置だった。内部では高密度分解フィールドが稼働していて、金属、樹脂、有機物などを分類しながら処理することで、素材の純度を保ったまま再資源化が可能となっている。


 一方の〈分子成型機〉は、変換された素材を一度純粋なエネルギー状態に還元し、設計図データに基づいて再物質化することで、新たな装置や部品を生成する驚異的な製造端末になっていた。ナノ精密加工ユニットを備えていて、ミクロン単位の構造体や複雑な内部機構も高精度で再現できる。


 操作はすべてコンソールパネル、または音声入力で簡単に行えるように設計されている。またAIエージェントによる最適化アルゴリズムも備えていて、素材の使用効率や加工時間を自動で調整する補助機能を特徴としていた。これにより、乗員の手を煩わせることなく、必要な資材を迅速かつ正確に供給することが可能となっている。


 主に緊急性の高い修理部品の製造に使われる装置だったが、両装置は連携して稼働することで、船内の資材循環を効率化し、補給の限られた長期航行においても安定した生産能力を維持できる。しかし現在では、〈分子成型機〉の稼働に必要となる資源が不足し、利用できない状態になっている。


◆資材搬入用格納庫


 資材加工室からは、専用のエレベーターを使って直接格納庫へと向かうことができる。エレベーターは耐衝撃、耐圧構造で、資材や作業員の安全な移動に対応していて、無重力下でも安定した昇降が可能になっている。


 資材搬入用の格納庫は天井が高く、空間全体が巨大な倉庫のような構造になっている。天井には大型クレーンのためのレールが敷設されていて、そのレールは隔壁シャッターを越えて、資材搬入用エレベーターのプラットフォームまで延びている。


 クレーンは遠隔操作と自律制御の両方に対応していて、大型資材の搬入や配置を効率的に行うことができるよう設計されている。


 格納庫の広大な面積には、規格化された輸送コンテナが整然と並べられていて、それぞれに識別コードと搬送履歴が表示されている。必要に応じて、充電ステーションで待機している作業用ドローンが起動し、指定された資材を加工室や他の区画へと運搬する。


 ドローンは多脚型やホバー型など複数のタイプが存在し、資材の重量や形状に応じて最適な機体が選ばれる仕組みになっている。


 格納庫全体は船内AIによる在庫管理システムによって統括されていて、資材の配置、使用履歴、補充計画などがリアルタイムで更新されている。これにより、長期航行中でも資材の欠品や混乱を最小限に抑えることが可能となっているが、現在は多くの物資が不足している。

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