表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第八部・水底の色彩

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/122

091 第八部・〈母なる貝〉01


◆〈母なる貝〉


 樹高百メートルを優に超える巨木が林立する〈大樹の森〉――その奥深くには、〝森の民〟と呼ばれる部族の共同体が聖域として管理する場所がある。そこには、彼らが信仰の要として崇める巨大な構造物が静かに聳えていた。


 外殻は長年の風雨に晒され、ツル植物や苔に覆われていたが、ところどころ象牙色の外装が顔を覗かせていた。その形状は、まるで巨大なホタテ貝の殻を思わせる曲面構造を持ち、自然の造形と見紛うほどだった。しかし実際には、それは旧文明期に製造された宇宙船の残骸だった。


 この宇宙船は、かつて植民惑星のコロニー建設計画に投入された旧世代の大型植民船〈ハニヤス級〉の一隻であり、惑星間輸送と地表着陸を両立するために設計されていた。


 自律航行AIによる軌道制御機能を備えるだけでなく、船体には宇宙放射線による被ばくを低減するための多層複合素材――セラミックベースの放射線遮蔽層と、自己修復型ナノ外装が採用されていた。船員をサポートするため、〈ショゴス〉のコアが搭載されていた珍しい輸送船としても利用されていた。


 ██による███████任務の結果、この船は〈大樹の森〉の中心部に着陸したと推定されている。着陸後、船体の一部は地形に溶け込みながら沈んでいき、湖や周囲の植生とまるで共生するかのように、静かに存在し続けていた。


〈廃墟の街〉で生き延びていた人々の一部は、高濃度の化学汚染によって変異した水棲生物が徘徊する沿岸部を離れ、生存の可能性を求めて内陸の森へと移動していた。彼らはやがて、宇宙船の周囲で暮らす先住民――〈最初の人々〉と呼ばれる部族と出会い、言語や風習の違いを乗り越えて新たな共同体を築いていった。


 この未知の構造物は、部族にとって単なる遺物ではなかった。外殻から断続的に漏れ出す微弱な電磁波、周期的な振動、そして投影されるホログラム映像――それらは、森の民が古くから語り継いできた神話体系と結びつくことで信仰へと変わる。


 やがてこの構造物は〈母なる貝〉と呼ばれるようになり、〝天より落ちた神の器〟として崇められ、周辺一帯は聖域として保護されるようになった。


 部族の呪術師や巫女たちは、ホログラム投影機より映し出される立体的な映像や音声断片を〝女神のお告げ〟と解釈し、周期的な振動は森の呼吸と重ねられ、微弱な電磁波の変動は神意の兆しとされた。こうして〈母なる貝〉は、女神との交信の場として聖域に指定され、部族の聖地として扱われるようになった。


 現在では、〈母なる貝〉の周囲には儀礼場や聖人の埋葬地が築かれ、信仰の中心地として機能している。儀礼場では、季節の変わり目に合わせて女神への祈りが捧げられ、埋葬地には〈最初の人々〉や、その血を受け継ぐ呪術師たちが眠っている。


 旧文明の技術と部族の神話が交差するこの場所は、〈大樹の森〉の中でも特異な文化圏を形成していて、外部の者が立ち入るには部族の許可と厳格な儀式が必要とされていた。部族は、〈母なる貝〉を穢されることを何よりも恐れていて、無断での接触は〈御使(みつか)い〉の怒りを招くと信じられていた。


◆船内


 現在、〈母なる貝〉への出入りに使用されているのは、船体下部に設けられた気密ハッチだった。本来このハッチは、緊急時のメンテナンスや貨物投下用に設計されたもので、乗員の出入り口として使用されることは想定されていなかった。すぐとなりには、大出力のスラスターが設置されていて、通常の運用では危険区域とされている。


 数基のスラスターは、宇宙船が軌道上での位置調整や地表着陸時の姿勢制御を行う際に使用されるもので、方向転換や横滑りといった高精度な機動を可能にするモノだった。推力は短時間で数十トンの質量を移動させるほど強力なものであり、稼働中に接近すれば、即座に致命的な熱傷や衝撃を受ける危険がある。


 そのため、スラスター周辺では警告システムが今も作動していて、接近すると自動的に赤色の警告照明が点滅し、複数言語による音声とホログラム表示で〝危険区域〟〝立ち入り禁止〟などの警告が発せられる。


 部族の人々はこの警告を〝女神の怒りの兆し〟と解釈していて、ハッチへの接近が許されるのは〈最初の人々〉の血を継ぐ呪術師と、特別な儀式と慎重な手順が必要とされていた。


 それでも、〈母なる貝〉の他の出入口が長年の地形変化によって埋没しているため、現在では船内への唯一のアクセス手段となっている。部族の巫女や呪術師たちは、スラスターの警告を鎮めるための祈りを捧げてからハッチに近づくのが習わしとなっていて、技術と信仰が交差する象徴的な儀式の一部として機能していた。


 船体下部に設けられたハッチの内部は、かつて物資搬送用として設計された大型エレベーターになっていた。現在では部族の巫女たちによって、〝女神の声を聞く場所〟として活用されていて、壁面には色彩豊かな絵が見られる。


 その絵は、植物や果実から抽出された染料によって描かれ、〈大樹の森〉の植物や星々、精霊を象徴する幾何学模様で構成され、中央には祭壇のような台座が設置されていた。そこには、香を焚くための石皿や、供物として捧げられた動物の骨や怪鳥の尾羽が並べられている。


 この空間は、かつての機能を残しつつも、部族の信仰と儀式の場として利用されていた。エレベーターが稼働することはないが、ハッチの開閉時には、巫女が祈りを捧げるのが習わしとなっていて、機械の動作音は〝女神の鼓動〟と解釈されていた。


 エレベーターで船内に入ると、内部の構造は一変する。壁や天井は無機質な白色の鋼材で覆われていて、旧文明期の工業設計が色濃く残っていた。


 壁面の一部には衝撃吸収用のクッションパネルが埋め込まれていて、足元にはリノリウムに似た柔軟性のある床材が敷かれていた。これらは、無重力状態や急激な加速、減速に対応するための設計であり、通路の両側には可変式の手すりが設置されていた。


 クッションパネルは、乗員の体格や重力環境に応じて自動的に展開される構造で、船内AIによって制御されていた。その通路を進むと、やがて主幹エレベーターへと続く広いホールに出る。ホールはかつて乗員の集合や物資の中継に使われていた空間だったが、現在ではひっそりとしていて人の気配はない。


 複雑に入り組んだ通路の両側には、複数の気密ハッチが規則的に並んでいた。各ハッチには、旧文明期の識別コードが投影されていて、用途ごとに色分けされた専用のパネルが取り付けられていた。通路の天井には、上階へと接続するためのタラップが格納されているのが確認できる。


 その通路を進むと、天井の一部が静かにスライドし、収納されていたタラップが自動展開されて床の接続口に固定されるのが確認できる。接続が完了すると、〝注意、昇降中〟の警告がホログラムで投影され、視覚と音声で安全確認を促すシステムが作動するようになっている。


 船内AIによって、つねに搭乗員の安全が確保されていることが窺える。その警告を確認しながら、慎重にタラップを使って移動する。上階に到達すると、通路はさらに複雑さを増し、迷路のように分岐を繰り返していく。しかし、AIに頼めばいつでも簡易地図(ミニマップ)が表示できるので、船内で迷うことはない。


 通路の先に十字路が見えてくると、壁面に設置されたインターフェースパネルにより、目的地を選択することができた。パネルは音声認識とエアジェスチャを備えた空間タッチパネルによる操作に対応していて、誰でも簡単に扱えるようにデザインされている。


 この区画は、第一制御室、観測室、格納庫、機関室などの主要区画まで続いていて、いずれも主幹エレベーターを経由してアクセス可能だった。船内の自律管理システムは現在も一部稼働していて、通路の照明や空調、生命維持装置などは最低限の機能を維持していた。しかし、部族の人間で〈母なる貝〉に入ることが許された者は少ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ