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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第七部・大樹の森

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085 第七部・人擬き


◆未知合金・ナイフの解析依頼


〈大樹の森〉で調査を続ける指揮官(コマンダー)タカクラ率いる傭兵部隊は、〈赤獅子の尾〉と呼ばれる〈豹人〉の部族との交流のさい、儀礼的な贈答品として一本のナイフを受け取っていた。


 それは〈豹人〉が未知の合金を用いて鍛造したもので、見た目こそ精緻な細工が施された装飾品のような刃物だったが、刀身は鋭く、ただ見ているだけで冷や汗が滲むような威圧感を放っていた。


 そのナイフは、既存の金属とは異なる分子構造を持ち、表面には常時微細な振動を発する未知の力場が確認されていた。肉眼では捉えきれないが、〈テックスキャナー〉を近づけると、大気がわずかに振動するような現象があり、刃先に触れた物体は、接触した瞬間に切断されるという異常な性能を示していた。


 タカクラは、このナイフを〈技術組合〉に解析依頼するため、定期物資輸送任務にあたっていた補給部隊に提出する予定だった。組合の研究員たちは、ナイフに付与された能力が高周波振動によって切断力を増幅する装置に似ているのではないかと推測していたが、その原理は未だ解明されず、詳細な解析を必要としていた。


 振動の周波数は常に変動していて、外部からの干渉を――たとえば、手にした者によって切断に必要な力が微妙に変化するような挙動も見られた。


〈情報端末〉を介して質問に答えてくれた研究員のひとりは、これは単なる刃物ではなく、〈豹人〉が何らかの〝感応技術〟を――旧文明の未知の技術を用いて鍛造した道具なのではないかと考えていた。しかし現時点ではその真偽を確かめる術はなく、研究所での解析が必要とされた。


◆補給部隊の失踪と捜索開始


 しかし、到着予定の日付から一週間が過ぎても補給部隊は合流地点になっていた第八観測拠点に姿をあらわさなかった。部隊の通信リンクは沈黙し、〈データベース〉経由で取得されるはずの位置情報も途絶していた。〈情報端末〉を介した連絡が一切通じなかったため、タカクラは裏切りの可能性を警戒し、厳格な警備態勢を敷くに至った。


 補給部隊は、〈赤獅子の尾〉から贈られた未知の合金で製造されたナイフを〈技術組合〉へ送る任務を担っていた。その重要性を考慮すれば、単なる遅延では済まされない。


 森の奥深くでは、電磁波を遮断する性質を持つ未知の植物群が密集していることもあり、ドローンによる空中偵察はほとんど機能しなかった。高度なセンサーを搭載した機体でさえ、飛行中に信号を失い、帰還不能となる事例が過去にも報告されている。


 状況の深刻さを鑑み、ついにタカクラは部隊の捜索を決断した。〈ミツバ〉の狩人たちに協力を要請し、補給部隊の最後の通信ログが記録された地点周辺の探索を開始する。狩人たちは地形に精通していて、森に残された〝痕跡〟を読む術を持っていた。彼らの案内のもと、傭兵たちは慎重に森の奥へと踏み込んでいく。


 空は厚い樹冠に覆われ、光はほとんど届かない。足元には腐植層が広がり、時折、地面がわずかに震えるような感覚があった。森は静かだったが、静かすぎた。何かが、そこに潜んでいる――そう感じずにはいられなかった。


◆輸送部隊の発見


 輸送部隊が発見されたのは、捜索開始から三日目のことだった。タカクラの部隊が運用していた小型ドローンの映像に、わずかなノイズのような異常が見られた。それは、通常の環境干渉では説明できない微細な歪みであり、タカクラはそれを手がかりに森の深部に踏み込む決断を下した。


 密林の奥深く、樹木の密度が異常に高まる区域で、彼らは放置された大型車両を発見した。それは〈傭兵組合〉が運用する六脚式の〈多用途輸送車両〉であり、僻地での物資輸送に特化した自律走行型の装備だった。多脚構造によって不整地でも安定した移動が可能で、車両自体は〈販売所〉で入手できる旧文明の〈耐候性装甲〉を備えていた。


 しかし車両の周囲には傭兵たちの姿はなかった。外装に損傷は見られず、輸送コンテナも閉じられたままだった。略奪の痕跡もなく、すぐに稼働できる状態だった。まるで、乗員だけが忽然と姿を消したかのようだった。


 その車両の外装には、ツル植物の変異種が絡みついていた。これは〈ミツバ〉の集落近くでも確認されている異常繁殖性を持つ種であり、金属の錆を栄養源として成長する性質を持つ変異種だった。


 通常の植物と同様に光合成を行うが、特異な点として、電磁波を感知して反応する習性がある。獲物と認識した対象に絡みつくと、構造体を拘束するように成長するため、通信機器やセンサー類に干渉する事例も報告されていた。だが、それが乗員の失踪とどう関係しているのかは分からなかった。


 周囲の捜索を続けるなか、タカクラは異常な痕跡を発見することになった。人の背丈を越えるキノコが繁茂する倒木の近くに、破損した機械人形とドローンの残骸が散乱しているのを見つける。外装は力任せに剥され、内部の回路は露出し、漏電による出火と破壊の形跡が見られた。


 最も不穏だったのは、兵士たちが残したと思われる血痕だった。乾きかけた赤黒い染みが、枯れ葉の上や地面に点在していた。だが、遺体は見つからなかった。引きずられた跡もなく、争った形跡はあるのに、死体は存在しない。まるで部隊全体が、森そのものに呑み込まれたかのようだった。


 指揮官タカクラは、現場の状況を即座に組合へ報告するとともに、部隊に警戒レベルの引き上げを命じた。他部族による襲撃の可能性が考えられたが、タカクラはそれだけでは説明できないと感じていた。


 この地域には、人を襲う昆虫型の変異体が多く生息する。体長一メートルを優に超える個体も珍しくなく、群れによる奇襲を受けたという報告も行われていた。しかし食虫植物の群生地が近いこともあり、昆虫の襲撃は想定していなかった。


◆感染者との遭遇


 タカクラ率いる傭兵部隊は慎重に捜索を続けていた。森は静かだったが、その沈黙の先に彼らが目にしたものは、予想を遥かに超える異常だった。


 輸送部隊の隊員たちは、すでに人間ではなかった。彼らの皮膚は灰色に変色し、眼球は濁り、動きは緩慢ながらも捕食という目的のためだけに動き続けていた。


〈人擬き〉だ。この〈大樹の森〉において、ほとんど確認されていない存在であり、これまで実際に遭遇したという報告もなかった。それは極めて稀な遭遇であり、部隊内でも想定外の事態だった。


 おそらく、隊員たちは何らかの戦闘に巻き込まれ、負傷した際に変異型の神経ウイルスに感染したのだろう。この未知のウイルスは、旧文明期の生物兵器の残滓とも考えられていて、感染すると神経系が崩壊し、宿主の意識は消失、代わりに本能的な攻撃性だけが残ると言われていた。


 タカクラは即座に部隊に指示を出し、感染者の無力化を決断した。発砲音によって周辺の生物を刺激することを避けるため、銃火器は所持していなかった。隊員たちはコンパウンドボウを手に取り、隠密性を最大限に活かした戦闘態勢を整えた。


 戦闘は、森の静寂を破ることなく進行した。傭兵たちは〈ミツバ〉の戦術に倣い、高所からの狙撃や地形を利用した死角からの奇襲攻撃を行い、感染者の頭部を正確に射抜くことで、次々と処理していった。


 矢は脳幹を貫通し、〈人擬き〉の多くはその場に崩れ落ちた。だが、それで終わりではなかった。頭部を破壊されてもなお、活動を続ける個体が確認された。筋肉は痙攣し、破壊されたはずの手足を引きずりながら、なおも前進を試みるその姿は、まるでゾンビ映画の悪夢が現実になったかのようだった。


 完全な無力化には、頭部の破壊だけでは不十分だった。脊髄基部――延髄から頸椎にかけての神経束を断つ必要がある。隊員たちは背後からの正確な射撃で神経系を遮断していった。戦術は洗練されていて、負傷者を出すことなく戦闘を終えた。しかしそれは、誕生したばかりの個体が相手だったからなのだろう。


 戦闘終了後、タカクラは〈傭兵組合〉への報告用に、戦闘ログと映像記録を送信した。感染者の挙動、処理方法、補給部隊の末路――すべてが今後の作戦に影響を与える重要な情報だった。


 その後、無力化した〈人擬き〉の処理に取り掛かった。幸い、近くには食虫植物の群生地が広がっていた。注意しながら手足を縛ったあと、目的の場所に感染者を運び、あとは放置するだけでよかった。巨大な植物の多くは、腐敗した肉体を感知すると自動的に触手を伸ばし、ほとんど抵抗できない〈人擬き〉を飲み込んでいった。


 補給部隊の人員は失われたが、少なくとも物資は無事だった。タカクラはそれを確認すると、深く息を吐いた。

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