084 第七部・技術〈擬装〉
◆カモフラージュ装置
〈大樹の森〉にて、辺境部族〈ミツバ〉との交流と周辺環境の調査を続けていた指揮官タカクラ率いる傭兵部隊は、部族の聖域でもある儀礼場の警備強化を目的として、出入り口の視覚的隠蔽を行うための〈ホログラム投影機〉を設置することになった。
この装置は、旧文明期の販売所で入手できる装置を〈技術組合〉が再構成したものであり、自然環境と部族の文化的価値観に配慮した非侵襲的な機能を備えていた。
建物の出入り口を周囲の樹木や岩肌と同化させるように映像を投影することで、外部からの視認性を著しく低下させる。装置の稼働には安定した電力供給が必要であり、部隊は小型かつ高効率な〈太陽光発電ユニット〉を併設することになった。
このユニットは、旧文明期のナノ薄膜技術が採用されたモノで、樹冠の隙間から差し込む微弱な光でも発電可能な設計となっている。高価ではあるが、軽量で持ち運びが容易なため、辺境地での運用に適している。
本報告は、〈ミツバ〉との協定に基づき、儀礼場として使用されている建築物の出入り口に対して、視覚的隠蔽と電力供給を目的とした警備装置群の設置記録である。設置に際しては、部族の宗教的、文化的制約を尊重し、構造物に対する直接的な改変を避ける方針が徹底された。
◆設置対象と環境条件
〈ミツバ〉の礼儀場として使用されているのは、旧文明期に建造された地下埋没型の超高層建築物であり、地中に埋もれてはいるが地表には出入り口が露出している。
大樹の根系に覆われているものの、ドローンなどによる捜索や索敵が行われた場合、外部者に発見されるリスクが高い。出入り口は、直径十二メートルを超える大樹の根元に位置していて、樹高は推定百メートル以上に達する。
樹冠層が厚いため、地表にはほとんど日光が届かず、通常の太陽光発電装置では十分な電力供給が困難と考えられる。これに対応するため、販売所で入手可能な高感度の太陽光発電装置が設置されることになった。ユニットは樹冠層の上部に展開され、無線給電によって地表の装置に電力が供給される構造になっていた。
また、周辺地域では昆虫型変異体の活動が頻繁に確認されていて、とくに夕刻から夜間にかけて飛行が活発化する傾向がある。これらの生物は光や熱に反応するため、設置作業は日中の限られた時間帯に、可能な限り熱源を抑えながら慎重に行う必要がある。
装置の設置にさいしては、部族の文化的慣習に従い巫女の許可を得る必要があり、儀式が事前に執り行われることになった。
〈ミツバ〉の巫女は、聖域に存在する〝精霊の通り道〟を妨げないことを確認し、装置の設置位置と方角について詳細な指示を出した。これにより、部族との信頼関係を維持しつつ、技術的な防衛措置を講じることが可能となった。
◆装置仕様
無事に巫女の許可を得ると、傭兵たちは〈ホログラム投影機〉の設置作業を開始した。つぎに、儀礼場の上に覆いかぶさるように根を張り巡らせている大樹に登り、わずかに差し込む日の光を求めて〈太陽光発電装置〉を設置する必要があった。
大樹の幹の直径は十メートルを優に超え、表面は苔と蔓の網に覆われていたが、足場さえ確保できれば、登攀はそれほど困難ではないと判断された。
発電装置〈SOL-ARC-7〉には、多層薄膜型のナノ有機太陽電池パネルが採用されていて、微弱な光でも高効率で電力を生成することが可能になっていた。ユニット全体には〈技術組合〉の協力のもと、撥水、耐熱、耐腐食コーティングが施されていて、〈大樹の森〉を想定した過酷な環境下でも安定した稼働が期待できた。
給電は無線電力伝送方式によって行われ、地表の装置へ直接供給されることになっていた。さらに、周囲に飛来する昆虫型変異体への対策として、微弱なエネルギーシールドを展開する機能も備えていて、これにより装置表面への接触を防ぎ、パネルの保護が可能となっている。
地表に設置された〈ホログラム投影機〉は、周囲の環境光に応じて自動補正を行う機能を備えている。起動プロトコルはシンプルで、レーザー検出による測量と地形スキャンが実施され、周囲の地形や植生を解析したあと、機械学習によって擬態用の立体映像が生成される。
設定された投影範囲に対し、リアルタイムで背景と同化する映像が展開され、儀礼場の視認性を著しく低下させる効果が期待される。両装置は〈技術組合〉によって再構成されたが、旧文明の技術には現代の技術者にとっても未解明の部分が多く、詳細については〈技術組合〉が提供した資料を参照してほしい。
◆設置手順と部族協力
装置の設置には、部族の人々が惜しみなく力を貸してくれた。〈木蜂〉の巣から蜂蜜を回収することに長けた狩人たちが、木材と工具を手にあらわれると、すぐさま巨木の幹に杭を打ち込み始めた。彼らの手際は見事なもので、幹に沿って螺旋状に杭を打ち込み、階段のような足場を形成していく。
一見すると不安定にも思えるその足場だったが、〈豹人〉との交易によって入手した特殊合金製の杭は、見た目以上に信頼性が高かった。硬い樹皮にも抵抗なく食い込み、一本一本がしっかりと体重を支えてくれる。狩人たちはその足場を軽やかに昇っていき、まるで昆虫のように幹を移動する。
彼らの動きには迷いがなく、何度もこの作業を繰り返してきたことが窺えた。杭を打ち込む音が森に響き、やがて〈太陽光発電ユニット〉の設置に最適な場所へ静かに移動していく。
◆設置支援
もちろん、それは〈ミツバ〉の狩人だからこそ可能な芸当だった。彼らは幼少期から大樹に親しみ、命綱なしでも迷いなく枝を渡っていくことができた。その一方、傭兵たちは戦闘訓練された兵士ではあるものの、自然の構造物に対する経験は乏しく、無理な登攀は危険と判断された。そこで彼らは、旧式の小型ドローンによる設置支援を選択する。
手のひらに収まるほどの小型ドローンではあったが、デコイ機能を備え、映像投影装置と音響機器を搭載していた。そのため、作業を遠隔から支援する役割に非常に適していた。
狩人が所定の位置に到達したのを確認すると、傭兵のひとりがドローンを起動した。小さなローター音を響かせながら、ドローンは樹幹の隙間を縫うように上昇していく。途中、昆虫型変異体との接触を避けるため、飛行経路には細心の注意が払われた。
しばらくして狩人に追いついたドローンは、空中にホログラム映像を展開し、装置の設置手順を丁寧に伝えていく。
◆起動と同期プロセス
狩人は背負っていた〈SOL-ARC-7〉を所定の位置に据えると、ドローンが投影するホログラム映像を頼りに設置作業を進めた。とはいえ、手順自体は複雑ではない。装置を正しい角度で固定し、落下を防ぐために樹皮の凹凸に合わせてアンカーボルトを打ち込んでいく。そして最後に、起動スイッチを押すだけだった。
スイッチが押されると、本体から薄膜状のパネルが展開され、太陽光の角度に応じて自動で微細な調整を始める。その動きは、まるで呼吸する生き物のように滑らかで狩人を驚かせる。光量センサーが発電可能と判断すると、即座に発電が開始され、地表に設置されていた〈ホログラム投影機〉へと無線で電力が供給される。
このワイヤレス給電システムは、旧文明期に製造された同型装置の中でも比較的旧式に分類されるものだったが、電力損失を最小限に抑える設計が施されていて、安定した供給には充分な性能を備えていた。
装置間の距離や障害物、さらには電磁干渉までも自動で補正されるため、同期プロセスは極めてスムーズに行われる。実際、起動から同期完了までに要した時間はわずか十二秒だった。
その後、ホログラム投影機は自動的に起動し、周囲の地形――地表に出ている根系、岩肌、腐植層――を忠実に模倣した立体映像を展開する。昼間は自然環境に溶け込み、夜間には環境光補正機能が作動して投影強度を調整する。その結果、逆に目立つこともなく、儀礼場の存在を巧みに隠蔽する役割を果たしていた。
◆運用評価
設置に際しては文化的配慮が徹底されていて、巫女の正式な許可を得たことで、部族内からの反発は生じなかった。装置の運用範囲も儀礼場の入り口の隠蔽に限定されていて、自然環境や部族の生活圏への干渉は排除されていた。こうしたタカクラの慎重な姿勢は、部族との信頼関係を維持するうえで重要な役割を果たしていた。
技術面においても、旧文明期の技術を再構成した装置群は、市販されている同型装置と比較しても高い性能を示していた。とくに、電力損失率の低さ、過酷な気象条件への耐候性、そして自律的な同期や補正機能においては、既存の装置を凌駕する部分すら見受けられた。
ただし、今後の運用においては、いくつかの課題が残されている。樹冠層に生息する昆虫型変異体による装置への干渉は依然として懸念材料であり、羽虫や昆虫の接触による誤認識が、警告システムの誤作動を引き起こす可能性がある。
これにより、警備体制に支障をきたす事態も想定されるため、感知精度の向上と誤作動防止のためのアルゴリズム改良は急務といえる。それでもなお、この装置群が儀礼場を守る盾として機能してくれることを期待している。




