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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第七部・大樹の森

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083 第七部・変異体〈クサリバナ〉


◆遭遇〈食虫植物型変異体〉


 辺境部族〈ミツバ〉の調査を続けていた指揮官(コマンダー)タカクラ率いる傭兵部隊が、奇妙な〈食虫植物〉の変異種に初めて遭遇したのは、部族の狩猟に同行していたときのことだった。


 発端は、他部族の戦士と思われる男性が〈ミツバ〉の狩場に迷い込んだことだった。〈ミツバ〉の集落が外部の人間に知られることを恐れた傭兵たちは、すぐさま排除を提案したが、狩人たちは静かに首を振った。


 彼らによれば、この一帯は〈クサリバナ〉と呼ばれる獰猛な人喰い植物の生息地であり、侵入者は〝自然の裁き〟を受ける可能性が高いのだという。〈クサリバナ〉は、旧文明期以降に発生したと推定される肉食性植物の高度変異体であり、従来の植物分類体系では説明不可能な捕食行動と感覚機構を備えた生物だった。


 本報告は、辺境部族〈ミツバ〉の狩猟に同行中、偶発的に遭遇した〈食虫植物型変異体・クサリバナ〉に関する初期観察記録である。


◆形態構造と外観的特徴


 傭兵部隊が息を潜めて見守るなか、茂みが微かに揺れるのが見えた。つぎの瞬間、黒褐色の奇妙な体表を持つ生物が――周囲の草木に同化するように姿をあらわした。樹木の幹を思わせる太い胴体からは、茎や根が変質したと思われる無数の触手がうねりながら伸びていて、それらはまるで意志を持つかのように空間を這い回っていた。


 触手の表面は粘液に覆われていて、ところどころに棘状の突起が確認された。これらの突起は、接触した対象に毒などを注入する機能を備えている可能性があり、視覚的にも強い嫌悪と危険性を感じさせる。粘液は高い粘着性を持ち、獲物の逃走を阻止する役割を果たしていると推測される。


 この変異体〈クサリバナ〉は、複数の蔓状器官によって構成されていて、各蔓の先端には粘着性の球状構造が形成されていた。


 これらの球状器官は空中の微細な振動を感知する感覚機構を備え、獲物の接近を察知すると瞬時に収縮、巻きつき、捕獲する機能を持ち合わせていた。構造的には、ウツボカズラの消化機能とモウセンゴケの粘着性捕獲機構を併せ持ち、さらに神経にも似た伝達組織を有している可能性がある。


 特筆すべきは、人間の体温に反応を示す点であり、熱源を感知する能力を備えていると推測される。この特性により、光学迷彩などの装備を使い静止している対象であっても、捕食対象として認識される危険性が高く、極めて危険な存在である。


◆捕食器官と感覚機構


 最も印象的な特徴は、巨大な花弁のように開いた肉厚な口器だろう。外縁は濃い紫色に染まり、内側は黒ずんだ赤色の粘膜に覆われていた。口腔の奥では、幾重にも重なる鋭利な棘が蠢いていて、まるで牙を模したかのような構造を形成している。これらの棘は、獲物を物理的に拘束し、体組織を破砕する機能を備えていると推測される。


 その口腔内は、つねにどす黒い液体で満たされ、腐敗臭を伴う蒸気が断続的に吐き出されていた。周囲の空気が濁り、視界が揺らぐような錯覚を引き起こす。この体液は強い腐食性を持ち、捕らえた獲物の外皮を短時間で溶解する能力を有している可能性がある。


 この特徴的な口器は、ハエトリグサの捕虫葉を思わせる形状をしているが、単なる捕獲器官ではない。獲物を恐怖で麻痺させ、毒で侵し、最後には丸呑みにするための複合的な捕食装置でもある。口器の周囲には微細な感覚毛のような構造が密集し、振動や熱に反応することで獲物の存在を検知している可能性がある。


 頭部にも相当する口器には、視覚器官と思われる構造は確認されなかった。しかし、獲物の気配を察知する能力は異常なほど鋭く、まるで空間そのものに感覚を張り巡らせているかのような挙動を示す。


 この感知能力は、触手状器官の先端に存在する感覚細胞群によって担われていると推測される。触手は緩慢ながらも執拗に動き、獲物の逃走経路を封じるように配置され、まるで意志を持つかのような執念を感じさせた。


◆身体構造


 体高は約二〜三メートル。膨れ上がった胴体は、まるで腐肉が凝縮されたかのような質感で、黒褐色の繊維質皮膜に覆われていた。その体表からは、甘ったるい香りに混じって、腐敗した果実のような刺激臭が漂い、鼻腔を刺すような鋭い刺激臭とともに周囲に拡散していた。


 地面に根を張る胴体の周囲には、口器を囲むように複数の触手が放射状に生えていて、それらの触手を広げた状態での全長は五メートルにも達する。


 その胴体は、複数の蔓状器官が束ねられたような複雑な構造をしていて、直径は一メートルを優に超えると見られる。その丸みを帯びた胴体部分は、まるで変質した根茎が異常成長したかのような印象を与え、植物とも動物ともつかない不気味な存在感を放っていた。


 触手は根元で約三十センチ、先端に向かって十五センチほどになり、内部には螺旋状の筋繊維が走っていて、柔軟性と強靭さを兼ね備えていることが確認できた。運動能力は驚くほど高く、空間を探索するように絶えず蠢き、後の観察で獲物を捕縛するための打撃にも似た動作が確認されている。


 触手の表面は粘液に覆われていて、先にも述べたように、その粘液には神経毒が含まれていると推測される。接触した生物は、数秒以内に筋肉の弛緩と意識の混濁を引き起こす即効性を示していたことから、いかに危険な生物なのか分かる。


 胴体中央部には花弁状口器が存在していて、その内部には螺旋状に配置された棘状の歯列が並ぶ。これらは消化液の分泌と物理的破砕を同時に行う構造となっていて、口腔内は常に暗褐色の液体で満たされていた。後の分析によれば、この液体は強酸性を示し、有機物を短時間で分解する能力を持つことが判明した。


 触手の先端には繊毛状の感覚器が密集していて、空気の流動や振動、獲物の体温を感知する能力を持つ。これは一部のクモ類や節足動物の特異な感覚器官に類似していて、極めて高い環境認識能力を示していた。


 触手は絶えず動きながら地面や樹皮、空間そのものを叩打する動作を繰り返すことが観測され、これは反響定位を併用した探索行動であると考えられる。まるで空間に神経を張り巡らせているかのような挙動は、植物の反応とは思えないほどに知性的で、獲物を逃さない執念と意志を感じさせた。


◆捕食行動


 後の解析により、〈クサリバナ〉は植物でありながら葉緑体が退化し、光合成の機能を完全に失っていることが判明した。代わりに、獲物の肉を喰らうことで生をつなぐ肉食性の生物であることが明らかとなった。


 その解析結果を裏付けるかのように、異形の生物は狩場に迷い込んだ戦士の背後に音もなく忍び寄っていく姿が確認された。


 黒々とした触手が無数に伸び、鎖のように絡み合いながら空間を這い、戦士の四肢を絡め取ると、締め上げるようにして身体の自由を奪っていく。触手の表面に滲む粘液に神経毒が含まれていることもあり、戦士は叫ぶ間もなく意識を手放すことになる。


 そして――腐敗した消化液を滴らせる巨大な口器が、花弁のようにゆっくりと開くと、蛇が獲物を丸呑みにするように戦士の身体を徐々に飲み込んでいく。螺旋状に並ぶ棘が肉を裂き、暗褐色の液体が骨を溶かす。


〈ミツバ〉の集落では、この異形の植物を〈クサリバナ〉と呼ぶ。〝森の腐れ〟として畏れられると同時に、〝森に張り巡らされた鎖〟としても位置づけられている。集落と外界の境界に根を張るその存在は、自然が築いた防壁であり、集落への侵入を拒む象徴とされてきた。


◆付記


 本個体群については、偶発的な遭遇のみで全容を語ることはできない。傭兵たちが目撃したのは、緩慢でありながら執念深く獲物を追尾する挙動、そして音もなく迫る触手の存在だった。それは、まさに森に潜む恐怖そのものだった。


〈クサリバナ〉は植物でありながら、高度な捕食行動、精密な感覚器官、そして神経毒を備えた変異種である。その存在は、旧文明期以降の環境変化によって進化、あるいは変質した可能性が高く、自然淘汰の果てに生まれた〝極限適応体〟と呼ぶにふさわしい生物だ。


〈大樹の森〉において、〈クサリバナ〉は単なる危険生物ではなく、生態系の均衡を保つ鍵のひとつとして機能している可能性がある。外来種の侵入を阻み、集落の境界を守る自然の防壁として作用していることからも、その役割の重要性が理解できるだろう。


 今後の調査において、この存在は極めて重要な位置を占めることになる。なぜなら、〈クサリバナ〉の生態は、我々が知る植物の定義を根底から覆すものであり、森という閉鎖空間における進化の行き着く先を示す、ひとつの答えとなるかもしれないからだ。

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