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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第七部・大樹の森

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079 第七部・遺物〈バイオプリンター〉


■遺物〈バイオプリンター〉


◆地下遺構と文化的背景


〈大樹の森〉にて〈ミツバ〉の調査を続けていた指揮官(コマンダー)タカクラ率いる傭兵部隊は、狩人たちの厚意により、彼らが発見し、管理してきた旧文明期の遺構へと案内されることになった。


 遺構は集落から南へ約二キロの地点に位置し、大樹の根系に覆われるようにして存在していた。超高層建築物と思われる建物は、地上構造が完全に地中に埋まり、現在では屋上に相当する部分が地表に露出していた。〈ミツバ〉は、その出入り口から建物内部に出入りしていた。


 セキュリティーは機能していなかったが、内部は驚くほど保存状態が良く、構造材には旧文明期の耐腐食性合金が使用されていたことが確認できた。その建物は廃墟ではなく、〈ミツバ〉の儀礼の場としても再利用されていて、部族文化と旧文明期の残照が融合した独特の雰囲気を醸し出していた。


 壁面や柱には琥珀をあしらった装飾が施されていて、これは集落でも見られる意匠と一致する。また、動物の骨や昆虫型変異体の甲殻を用いた装飾品が随所に配置され、部族の精神性――自然に対する畏怖、死者への敬意、変異体との共生が空間全体に反映されているかのようだった。


 注目すべきは、各階層に配置された祭壇だろう。祭壇には、琥珀に封じられた小型昆虫や、精緻な骨細工が並べられていて、部族の巫女が儀礼を執り行う場として機能していると考えられる。この空間は、旧文明の遺産が単なる過去の遺物ではなく、〈ミツバ〉の文化の一部として再構築されていることを示していた。


◆環境適応型昆虫


 暗く静まり返った建物で光源として機能していたのは、鳥籠〈スィダチ〉でも確認されていた〈光蟲〉、あるいは〈夜花〉と呼ばれる生物発光性の小型飛行昆虫だった。


 この昆虫は体長十センチほどのホタルに似た外見を持ち、全身は綿毛状の体毛に覆われていて、たんぽぽの種子を思わせる柔らかな質感を持つ。発光細胞は主に腹部に集中していて、青白色から黄緑色にかけての柔らかな光を放つ。淡い光を放ちながら群れで飛行することで、建物内に幻想的な光景を作り出していた。


 建物内に地下水が染み出していて、いくつかの階層には清らかな水源が形成されていた。この安定した湿度と水質が、〈光蟲〉の生息に理想的な環境を作り出していて、建物内の随所でその姿を確認することができた。水辺付近では、繭状の卵塊や羽化直後の個体が確認されていて、昆虫の繁殖地としても機能していた。


◆保管庫


 建物の奥へと案内された調査隊は、巫女の許可を得た者のみが立ち入ることを許される特別な部屋の存在を確認した。残念ながら、その空間への入室は認められず詳細な内部構造や用途については不明のままである。部族民であっても自由に出入りできる場所ではなく、厳格な管理体制が敷かれているようだった。


 代わりに狩人たちの案内で、さらに下層に位置する〈保管庫〉と思われる空間へと足を踏み入れることができた。そこは金属製の棚が整然と並ぶ広大な空間になっていて、旧文明期の遺物が数多く保管されていた。


 破損した電子機器、通信端末、医療器具、記録媒体らしきものなどが並んでいたが、多くは故障していて、現時点では機能しない状態だった。とはいえ、保存状態は比較的良好であり、湿度管理や空間の密閉性が高いことが(うかが)えた。メンテナンスを行う機械人形が配置されているのかもしれない。


 その中で、調査隊は特に興味深い遺物を発見することになった――詳細は次項にて記録されるが、それは単なる技術的遺物ではなく、〈ミツバ〉と旧文明期の関係性を示すモノでもあった。


 この保管庫は、〈ミツバ〉が旧文明期の遺物を物理的資源としてではなく、文化的、あるいは精神的な価値を持つものとして保存し、管理していることを示していた。巫女による厳重な管理が、この施設の重要性を裏付けていたが、警備のための戦士が配置されていなかったことが気がかりだ。


◆機器構造と機能概要


 保管庫では、旧文明期の医療機器〈バイオプリンター〉が二基確認された。この装置は、これまで〈データベース〉上でのみ存在が記録されていたモノであり、実物が発見された報告は存在しない。高度な再生医療技術を搭載していて、手足の欠損や内臓の損傷、皮膚壊死など、あらゆる治療に対応可能とされている。


 装置は高さ三メートルの円筒型で、外装は耐腐食性に優れた旧文明の合金で覆われている。専用のコンソールには、生体認証パネル――対象者の遺伝子情報を読み取るための装置や薬液注入ポート、そして情報端末の接続口が確認された。


 治療は、筒状の治療槽に薬液を満たした状態で行われるようだ。対象者の遺伝子情報をもとに損傷部位の細胞を再構築し、義肢を用いることなく自然な形で失われた器官を再生させる。


 再生された部位は本人の遺伝子に完全に適合するため、免疫拒絶反応は原則として発生しない。適応速度も〈サイバネティクス〉などの義肢に比べて格段に速く、機能回復までの時間が大幅に短縮できる。専用の情報端末には操作マニュアルがインストールされていたが、アクセスには高度な権限と認証コードが必要であり、現時点では操作不能。


◆使用状況と技術的課題


 確認された〈バイオプリンター〉のうち、一基は未使用状態であり、旧文明期の梱包材に包まれたまま保管されていた。外装には損傷がなく、内部構造にも損傷は見られず、すぐに起動できる状態だと確認された。


 もう一基は部族で使用されていて、治療槽内には薬液の微量残留が検出されたほか、情報端末との接続履歴も記録されていた。使用者の記録は確認できなかったが、狩人の証言によれば、この装置の使用は極めて限定的なものであり、日常的に使われることはないのだという。


 興味深いことに、装置は年に数回、アクセス権限を必要とせず自動的に起動するという。部族ではこの現象を〝女神の奇跡〟と考え、装置そのものを〈女神の涙〉と呼称し神聖視している。


 起動時に治療を受けられるのは、巫女によって選定された戦士に限られていて、これは信仰や儀礼的な意味合いを持つとされる。ただし、重傷を負った部族民が特例として優先的に治療を許可されることがあるようだ。


〈バイオプリンター〉の起動には旧文明の認証コードが必要であり、強引な起動を試みた場合、機器の損傷や誤作動のリスクが高い。現状では、〝鉄屑〟に等しいが、薬液の成分や、遺伝子照合プロトコルの復元が可能であれば、〈技術組合〉による再現、応用が期待される遺物でもある。


◆遺物の可能性


〈バイオプリンター〉の発見は、〈大樹の森〉における旧文明期の遺物の中でも、とくに医療技術の再構築に直結する重要な成果だと位置づけられるだろう。その存在は、〈技術組合〉だけでなく、〈医療組合〉にとっても戦略的価値を持ち、今後の技術的、政治的展開に影響を与える可能性が高い。


〈ミツバ〉は外部組織との接触経験が乏しく、警戒することなく装置の存在を調査隊に開示した。これは辺境で生きる部族特有の迂闊さとも言えるが、同時に、派遣された部隊との信頼関係の構築余地があることを示している。タカクラはこの点に懸念を示したものの、装置の価値を認識し、慎重な介入の必要性を強調した。


 今後の調査では、巫女との信頼構築、装置の構造解析、薬液の成分分析、ならびに認証コードの復元を目指すことになる。


 そして〈ミツバ〉との交流は、技術的成果を急ぐあまり、文化的尊重を欠いてはならない。装置の奪取や過度な文化的干渉は、信仰体系の破壊につながり、長期的な協力関係を損なう危険性がある。装置の存在は機密に指定されるが、組合による施設の監視と警備の強化も必要になってくるだろう。

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