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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第七部・大樹の森

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078 第七部・菌類〈奇形冬虫夏草〉


■菌類・未記載種〈奇形冬虫夏草〉


◆発見経緯と初期観察


 本報告は〈大樹の森〉にて辺境部族〈ミツバ〉の調査を継続していた指揮官(コマンダー)タカクラ率いる傭兵部隊が、狩猟活動の同行していた際に遭遇した昆虫型変異体と、それに寄生していた菌類に関する初期観察記録である。


 発見地点は、かつて〈青木ヶ原樹海〉と呼ばれていた地域の外縁部に位置する危険な領域だった。その奇妙な生物の死骸が確認されたのは、大樹の根が人の姿を覆い隠すほど複雑に絡み合う薄暗く、湿り気のある空間だった。


 死骸は、体長1メートルを超える甲虫型の変異体であり、外骨格は黒褐色で硬質。腹部からは、人間の背丈に匹敵する大型の子実体(しじつたい)――キノコ状の構造物が突出していた。


 この異様な生物に対し、部隊は即座に生物学的危険性を警戒し、情報端末の翻訳機能を用いて〈ミツバ〉の民と情報交換を行った。その結果、この菌類は〝冬虫夏草〟に近い存在であることが判明した。


 冬虫夏草とは、昆虫に寄生し、宿主の体内で成長したあと外部に子実体を形成する菌類の総称であるが、今回確認された個体は既知の分類体系から大きく逸脱していた。


 のちの調査で判明したことだが、子実体の一部が宿主の神経系と接続していて、死後も微弱な電気信号を発していた点である。この現象は、菌類が宿主の神経活動を模倣し、ある程度維持していた可能性を示唆していて、単なる寄生ではなく、ある種の〝生物融合〟あるいは〝情報継承機構〟の存在を示すものかもしれない。


 この菌類は、〈大樹の森〉の生態系において未知の役割を担っている可能性があり、今後の詳細な生態調査と遺伝解析が強く求められる。なお、部族民の間ではこの菌類に対する畏怖と禁忌が根強く存在していて、接触や採取に際しては慎重な対応が必要とされる。


◆生息域


〈大樹の森〉の中心部から富士山麓にかけて広がる樹海地帯は、空間構造そのものが歪曲していて、既知の物理法則が通用しない領域として知られている。部族民の間では、樹海には〝この世界とは異なる(ことわり)〟が存在していて、そこから異形の昆虫や不可思議な生命体があらわれると語り継がれている。


 とくに注目すべきは、樹海由来の大型昆虫の多くが、すでに菌類に寄生されているという点だった。部族民の証言によれば、これらの昆虫は樹海から出現するが、寄生による影響なのか、活発な活動は見られず部族の脅威にはならないという。放置していても自然に死滅するため、積極的な駆除は行われていない。


 さらに興味深いのは、寄生菌類の生態的制約である。部族の記録によれば、菌類は樹海内部では活発に子実体を形成するが、樹海の外部環境ではその成長が著しく鈍化し、胞子を放出することがない。これは、菌類が樹海特有の空間的、あるいは未知の物質に依存している可能性を示唆していて、外界では繁殖能力を喪失するという生態的特異性を持つ。


 この現象は、菌類が単なる寄生者ではなく、樹海という空間そのものと共生関係にあることを示しているのかもしれない。つまり、菌類は樹海の〝理〟によって生かされていて、その外では存在意義を失ってしまう。


◆菌類の形態と寄生生態


 便宜上〈奇形冬虫夏草〉と呼称されるようになった菌類は、昆虫型変異体に寄生することで発現する大型子実体である。確認された個体は、高さ約1.9メートル、直径約40センチに達し、表面は灰白色から淡緑色の濃淡が確認されている。縦方向に繊維状の隆起が走り、全体として有機的かつ異質な印象を与える。


 先端部には胞子嚢に類似した構造が形成されているが、これまでの観察では胞子の放出は一切確認されていない。このことは、先述の通り、〈樹海〉という特殊な環境下でのみ繁殖が行われることを示唆しているのだろう。


 寄生対象は主に甲虫型変異体――体長1メートル以上の個体であり、寄生プロセスは腹腔内から開始される。菌糸は宿主の神経系および筋組織を侵食し、最終的には外骨格を内側から破壊するようにして子実体が突出する。突出部は宿主の背面または腹部からあらわれることが多く、周囲の組織は壊死している。


 やはり特筆すべきは、この菌類が樹海地帯でのみ生育可能である点だろう。外部環境では子実体の形成は可能であるものの、胞子形成が阻害され、繁殖能力を完全に喪失する。この現象の原因は未だ解明されておらず、空間的因子、重力異常、磁場変動、あるいは未知の環境条件が関与している可能性がある。


◆薬理応用と部族の製法


〈ミツバ〉は、昆虫の体内から形成された子実体を丁寧に回収し、古来より伝承されてきた製法によって加工していた。


 加工そのものに複雑な行程はなく、子実体を天日で乾燥させたのち、石臼で細かく粉砕する。そこで得られた粉末は、煉蜜――蜂蜜を長時間煮詰め、水分を飛ばして得られる高濃度の糖液――と混ぜ合わせ、粘性のあるペースト状に練り上げる。それを手作業で丸薬状に成形し、竹製の容器に収めて保存するのが確認された。


 驚くべきことに、この丸薬には明確な薬理作用が認められている。部族の経験的知識によれば、発熱性疾患、外傷による疼痛、さらには消化器系の不調に対しても顕著な効果を示すという。実際、彼らの間ではこの丸薬が万能薬として重宝されていて、外部からの医薬品供給がない状況下でも、必要な治療の多くをこの丸薬でまかなっていた。


〈技術組合〉による初期の分析では、子実体から抽出された成分にβグルカン類、コルジセピンに類似したアデノシン誘導体、さらに構造不明のペプチド鎖が含まれていることが判明した。


 βグルカンは免疫系の活性化に寄与し、コルジセピン類似物質は神経伝達の抑制や抗炎症作用を示す可能性がある。また、未知のペプチド鎖には抗菌性が示唆されていて、複合的な薬理効果が確認された。


 このような天然由来の複合製剤が、科学的な精製を経ることなく高い治療効果を発揮するのは驚くべきことだった。〈ミツバ〉の知識体系は、単なる民間療法の域を超え、未開拓の生物資源に対する深い理解と高度な応用力を備えている可能性がある。


◆生態的希少性


〈奇形冬虫夏草〉由来の丸薬は、〈ミツバ〉にとって極めて貴重な資源である。その希少性は、菌類の寄生成功率、宿主昆虫の生存期間、そして樹海の環境条件に強く依存していて、年間の採取可能数は部族全体で数体程度に限られている。


 寄生済み昆虫の出現頻度は極めて低く、樹海から出現するということもあり、菌類が寄生に成功し、子実体を形成するまでの過程には多くの不確定要素が絡んでいる。そのため、安定した供給は不可能とされている。


 この丸薬は医療用途に加えて、部族内の儀礼や精神的な浄化の場面でも使用されるため、単なる治療薬ではなく、ある種の〝聖薬〟としての位置づけを持つ。丸薬は族長や巫女によって厳格に管理されていて、製法方法、保管場所、使用に関する規定は部族の伝統に基づいて厳密に定められている。


 丸薬の提供は原則として行われないが、タカクラとの信頼関係が築けていたからなのか、原材料の一部――乾燥子実体の提供が認められた。このような希少性と儀礼的価値の高さは、〈奇形冬虫夏草〉が単なる生物資源にとどまらず、〈ミツバ〉の文化体系においても極めて重要な存在であることが(うかが)える。


◆研究


〈奇形冬虫夏草〉は、樹海に適応した寄生性の菌類である。その姿は既知の冬虫夏草とは大きく異なり、寄生対象の選択、環境への依存性、そして生成される薬効成分において、驚くほどの独自性を示していた。


 寄生対象は通常の昆虫ではなく、空間の歪みによって変質した領域にのみ生息する変異体に限定される。また、子実体は通常の環境下では胞子を放出せず、人工的な培養は極めて困難であることが判明した。


 研究班は〈技術組合〉の協力のもと、特殊な培養装置の開発を進めているが、現在のところ目立った成果は確認されていない。同時に、子実体から抽出された活性成分の分離および合成にも取り組んでいて、医薬品への応用を目指した研究が進められている。


 これらの研究は、〈傭兵組合〉による現地調査支援、〈技術組合〉による装置開発と薬理解析の連携によって推進されている。〈奇形冬虫夏草〉は未踏領域に眠る医療資源として、既知の症状のみならず未知の感染症などへの応用も期待されていて、〈医療組合〉に依存しない新たな医薬品誕生のきっかけとなり得るだろう。

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