077 第七部・継続調査〈ミツバ〉
■ 辺境部族〈ミツバ〉
本報告は、前回の接触から約二か月を経て再訪した辺境部族〈ミツバ〉との簡易的な交流記録である。
◆再訪問
〈大樹の森〉にて辺境部族〈ミツバ〉の調査を継続していた指揮官タカクラ率いる傭兵部隊は、他部族による追跡や変異体の襲撃に警戒しながら、〈ミツバ〉の集落に再び足を踏み入れることになった。
前回の訪問から約二か月が経過していたが、部族の人々は変わらぬ温かさと親しみをもって彼らを迎え入れてくれた。前回の邂逅は偶然の産物であったが、今回は意図的な訪問であり、食料、医薬品、農耕資材を満載した多脚車両による訪問であったため、歓迎の度合いも一層強かったように思える。
タカクラは、数週間ほど前に遭遇していた〈行商人〉から得た知識を活かし、この地域の気候、土壌に適応した野菜の種子を入手していた。これらは〈大樹の森〉由来の品種であり、環境適応性が高く、育成に失敗する可能性は低いと見られていた。
もちろん、これは本格的な農耕を促すものではなく、まずは家庭菜園形式による試験的な栽培として受け入れてもらうことを目的としていた。部族の生活様式に適した品種を見極め、徐々に栽培規模を拡大していく方針だ。これにより部族の食料自給率が向上し、〈大樹の森〉での危険な採取による負傷者の発生を減少させる効果が期待される。
今回の訪問は、単なる物資の提供にとどまらず、〈ミツバ〉との信頼関係をさらに深める契機となった。タカクラは、部族の文化と生活に寄り添う形での支援こそが、辺境における持続的な共存の鍵であると確信していた。
◆医療支援と生体適応措置
〈ミツバ〉との接触に先立ち、タカクラ率いる調査隊は、〈廃虚の街〉から持ち込まれる可能性のある病原菌に対する防御策として、部族に〈複合型ワクチン〉の接種を実施することにした。
このワクチンは旧文明の〈販売所〉で入手可能なナノマシンベースの無痛注射型であり、複数種の病原体に対する免疫誘導を一度に行う高度な医療技術である。ナノマシンは体内で免疫応答を完了すると、自然な代謝過程を経て尿とともに排出される仕組みとなっていて、これまで副作用の報告はない。
ただし、〈ミツバ〉に対しては接種を強制せず、あくまで希望者のみを対象とした。これは部族の文化や信仰への配慮であり、タカクラの方針でもあった。もちろん、未接種の部族民との接触は極めて限定的なモノになり、調査隊の野営地も集落の外に設営されることになる。
接種後の経過観察では、特異反応や拒絶反応は確認されず、安定した免疫獲得が見られた。医療支援は、単なる感染症対策にとどまらず、〈ミツバ〉との信頼構築の一環として行われた。タカクラの慎重な姿勢もあり、結果的に部族民全員がワクチンを接種することになる。
なお、この〈複合型ワクチン〉は〈廃虚の街〉でも広く利用されているが、それは〈鳥籠〉などの共同体に属する人々に限定した話でもあった。
〈複合型ワクチン〉は驚くほど安価で流通しているにもかかわらず、経済的な格差に加え、生まれながらにして略奪者、あるいは組合にも属さないスカベンジャーという境遇に置かれた子どもたちも多く、誰もが接種を受けられるわけではないという現実が存在する。
◆狩猟文化
〈複合型ワクチン〉の接種から数日が経過し、健康状態に問題がないことを確認したタカクラの部隊は、〈ミツバ〉との本格的な交流を再開した。その第一歩として、部族の狩猟活動に同行する機会を得た。
狩猟の場では、〈ミツバ〉が使用する道具の数々を目にすることができた。多くは原始的な構造を持ちながらも、驚くほど機能的で、罠の多くは大型昆虫の変異体を捕獲、仕留めるために特化した設計がなされていた。
また槍の穂先や鏃には、〈豹人〉との交易によって入手した旧文明の鋼材が使用されていて、その貫通力は40〜50センチほどの体長を持つ甲虫の硬質な外骨格すら容易に貫くほどだった。それらの武器の柄には〈大樹の森〉に自生する軽量かつ高強度の中高木の枝が選ばれ、接合部には植物性繊維と昆虫由来の天然接着剤が用いられていた。
これらの道具は単なる狩猟具ではなく、世代を超えて受け継がれてきた知識と技術の結晶でもあった。加工技術は親から子へと継承され、道具ごとに細かな最適化が施されている。たとえば、獲物の種類や狩猟方法に応じて穂先の形状や重量バランスが調整されていて、〈ミツバ〉の職人たちの技術力と観察眼の鋭さがうかがえる。
◆狩猟技術と追跡能力
〈ミツバ〉の狩猟活動に同行するにあたり、タカクラたちにはひとつの条件が課された。それは銃器の持ち込みを禁止するものだった。これは、発砲音が昆虫型変異体を誘引する危険性があるためであり、狩りの間、音は忌避すべきものとして認識されていた。
そのため、タカクラたちは静音性に優れたコンパウンドボウを使用することとなった。旧式のアサルトライフルと比べても、整備や扱いには手間がかかるが、〈ミツバ〉の狩人たちの技術と戦術に合わせる形での選択だった。もちろん、ドローンの利用は許されなかったので、記録は各隊員が所有する端末や記録装置によって行われることになった。
追跡の技術は驚異的であり、視覚、嗅覚、聴覚を複合的に駆使し、動物や変異体の通過痕、糞、羽根による振動音などを瞬時に識別することができた。追跡による獲物の種類や状態、移動方向を読み取り、狩猟戦術を即座に構築する能力は、まさに経験と知識の蓄積によるものなのだろう。
狩猟は複数の狩人による包囲、誘導、待ち伏せを組み合わせた高度な戦術で行われ、各狩人の役割分担は明確に定められていた。たとえば、先行して痕跡を探る追跡者、獲物を目的の場所まで誘導する駆り手、そして待ち伏せ地点で仕留める射手などが連携し、無駄な殺傷を避けつつ高い成功率で獲物を狩ることができた。
深い森のなかで音を立てることなく黙々と行われる狩りは、恐ろしくもあり、また見事でもあった。このような狩猟技術は単なる生存手段ではなく、〈ミツバ〉の自然との共生思想と、集団としての協調性を体現するものでもあった。
◆今後の展望
〈ミツバ〉との交流は、異なる価値観を持つ者たちの文化的接触を超え、医療支援、農耕技術、生活インフラの提供を通じて、相互理解と協力関係の深化を示している。森で多くの傭兵を失った組合にとって、〈ミツバ〉の狩猟技術、生活様式、環境適応能力は、〈大樹の森〉における人間活動の持続可能性を示す重要なモデルケースとなり得る。
また家庭菜園形式による初期栽培では発芽率が良好であり、今後の収穫が安定すれば、狩猟依存型の食料体系に対する〝補助的〟な食料供給源として機能する可能性が高い。〈ミツバ〉の人々は農耕に対して慎重ながらも前向きな姿勢を示していて、段階的な拡張と定着が期待される。
今後の調査では農耕の定着性や土壌適応、季節変動や部族の労働体系との整合性などを含めた長期的な観察が求められるだろう。加えて、医療支援の長期的な効果や狩猟技術の体系化、〈豹人〉との交易構造の詳細な記録も必要となる。
傭兵組合による辺境拠点の構築に向けては、〈ミツバ〉との協力関係が戦略的にも不可欠であり、彼らの知識と土地への理解は、外部勢力である組合がこの地域に定着するための鍵となることは、もはや疑いようのない事実である。指揮官タカクラへの継続的な資金援助は、今後の展開において必須事項となるだろう。




