075 第七部・部族〈ミツバ〉
■辺境部族〈ミツバ〉
調査報告:ケリィ・カルヴァー
所属:傭兵組合〈情報局〉
◆接触経緯と初期印象
本報告は〈大樹の森〉において、原始的な生活様式を保持する部族〈ミツバ〉との接触に関する記録である。接触時、敵対的な態度や過度な警戒行動は確認されなかった。温厚な部族ということもあり、小競り合いに発展することなく調査隊を歓迎する姿勢を示した。
部族の言語体系は、同地域に存在する他部族の言語と構造的に類似し、翻訳機能を備えた〈情報端末〉を介した意思疎通は比較的容易であった。また辺境地域に位置するため、〈ミツバ〉と自ら呼称する部族は外部勢力との接触がなく、独自の文化圏を築いている。ただし、例外的に〈豹人〉との交易が確認されている。
この交易関係は主に果実、織物、蜂蜜などが中心となっていて、〈豹人〉が持ち込む金属製品や森の奥深くで採取される岩塩と交換されている。こうした相互協力の関係性から、〈ミツバ〉は単なる孤立部族ではなく、選択的に外部との関係を築く柔軟性を持つことが確認された。
部族の生活様式は、木造の高床式住居を基盤とし、樹上生活を中心に営まれている。食生活は地元の果実や昆虫類の狩猟採取が主であり、宗教的儀式や季節の祭事には共同体全体が参加するなど、高い社会的結束力が見られる。初期観察の段階ながら、〈ミツバ〉は精神的な豊かさと自然との共生を体現する部族であると言えるだろう。
◆生活様式
〈ミツバ〉の人々は、男女の区別なく類似した衣類や装飾品を日常的に身につけている。肌には泥を塗りつける習慣があり、虫除け、遮熱、皮膚の保護や殺菌など、実用的な目的に基づいているようだ。
この泥は、河川周辺で採取される粘土質土壌から得られるもので、現地では〝テチ〟 と呼ばれている。装飾品としては、羽根で編んだ冠や動物の牙を加工した首飾り、獣骨から作られた腕輪などが確認された。
それらは単なる装飾品ではなく、年齢や社会的役割などを象徴しているようだ。狩猟の成功者には特定の牙飾りが与えられる慣習があり、部族内における地位を示す重要な要素ともなっている。
〈ミツバ〉の女性には乳房を覆う習慣は見られず、乳房や身体の一部には染料による装飾が施されている。染料は、高さ五十メートルほどのアカネ科の中高木から採れる長楕円形の果実を搾って得られた濃厚な果汁が、皮膚に直接塗布されることで用いられる。
色調は赤褐色から紫色にかけて変化し、それらの装飾は刺青のように見えるが、実際には肌を染めただけであり恒久的なものではないことが確認された。これらの模様には、美的な側面だけでなく、成人儀礼、婚姻、出産など、個人の人生に関わる象徴的な意味が込められていて、部族の複雑な文化体系を物語っている。
また、樹皮にはタンニンが豊富に含まれ、動物皮のなめし処理に利用されている。この技術は〈ミツバ〉の男性によって世代を超えて継承されていて、染料の製作や皮革の加工は、部族における職能の一部を成している。これにより、衣類の一部や道具類には独自の意匠が施され、視覚的にも〈ミツバ〉文化の豊かさが感じられる。
◆住居構造と集落
〈ミツバ〉の集落に案内された調査隊は、彼らが長らく外界と隔絶された環境で暮らしてきたことを改めて実感することになった。
集落内の住居は、ほぼすべてが高床式で統一され、床面は地表から約三メートルの高さに設けられている。これは湿気や害虫、小動物の侵入を防ぐとともに、視界の確保と風通しの向上を目的とした合理的な設計と考えられる。
建材には、現地で採取される硬質な低木が加工され、耐久性に優れた木材が使用されている。屋根には、成人の背丈を超える大型の葉を幾重にも編み重ねた葺材が用いられ、防水性と遮光性に優れた構造となっている。
それらの住居は広場を囲むように環状に配置され、その中央には共用の火床と物資保管用の倉庫が設けられている。その中でも興味深いのは、大樹の幹にできた天然の洞で、倉庫としてだけでなく、儀式の場としても機能していることが確認された。
水資源は主に、近隣を流れる川および雨季に備えた雨水貯水池によって確保されているようだ。住居の屋根構造には雨水の集水機能が備えられていて、一部では竹製の筒を用いて水瓶へ導く仕組みも確認された。
衛生管理の面では、排泄物は集落外周に存在する腐植層に埋設されていることが確認された。この腐植層には森特有の菌類が生息していて、排泄物の分解と土壌への還元が促進される仕組みとなっている。こうした方法は、原始的でありながら環境負荷を最小限に抑える合理的な技術ではあるが、〈大樹の森〉独自のものになっている。
◆生業と交易活動
〈ミツバ〉は他の部族との接触をほとんど持たないが、例外的に〈豹人〉との定期的な交易関係を維持していることが確認されている。
この交流は、互いの生活を補完する実利的な関係に基づいていて、物々交換の形式で行われている。〈ミツバ〉が〈豹人〉に提供する主な交易品は、〈木蜂〉と呼ばれる昆虫型変異体の巣から採取される蜂蜜、およびその巣内で育つ拳大の幼虫である。
蜂蜜は高糖度で、ビタミンだけでなく、カルシウムや鉄分、亜鉛などミネラルの含有率も高く、栄養価に富むうえ保存性にも優れている。その濃厚な甘味と希少性から、〈豹人〉の部族では贅沢品として扱われている。一方、幼虫は良質な蛋白源として重宝され、加工されたものは狩猟成果が乏しい時期に、部族内でも重要な食糧として消費されている。
なお、〈木蜂〉の成虫は猫ほどの体長――約四十〜五十センチを有し、硬質な外骨格と強力な顎を持つため、極めて危険な存在である。一体でも脅威となり得るが、群れによる襲撃を受けた場合、生存はほぼ不可能とされる。
〈ミツバ〉では、蜂蜜や幼虫の採取時に、特定の人喰い植物の乾燥葉を焚き、その煙によって〈木蜂〉の群れを鎮静化させる独自の方法が用いられている。この煙は、昆虫の神経系に作用し、行動を鈍化させる効果があると示唆されている。
交易において〈豹人〉が提供する物資には、貴重な岩塩や精巧な鉄製品――針、刃物、装飾具など、さらには医術や虫除け、儀式の用途に用いられる薬草や乳香が含まれる。とりわけ〈豹人〉の手による鉄製品は、高度な加工技術と美的価値を兼ね備えていて、〈ミツバ〉では女性や地位ある戦士が身につける傾向がある。
交易は基本的に季節ごとに行われ、集落内にて対面形式で実施される。部族間の言語差を埋める手段として簡易な象形図や身振りが活用され、過去の交流から特殊な合金を用いた金属板が、取引の証として伝統的に用いられていることも判明している。
◆信仰体系
〈ミツバ〉における宗教的信仰は、〈イアエー〉と呼ばれる巨木の存在を中心に据えている。 この〈イアエー〉は、地表から高さ百二十メートルを優に超える圧倒的な威容を持ち、森の天蓋を突き抜けるようにそびえ立つ。その根系は周囲数百メートルにわたって広がり、地形そのものを形成するほどに、深く森へと根差している。
この大樹は、〈ミツバ〉の宇宙観において〝森と生命の源〟とみなされ、祖霊の座あるいは神霊の依り代と信じられている。
〈イアエー〉信仰は他部族にも部分的に見られるが、〈ミツバ〉では外部との接触が限定的であるため、その信仰の起源や伝播の過程には不明な点が多い。しかし儀礼体系には洗練された構造が存在していて、この信仰が長い年月をかけて形成、定着してきたことが示唆される。
儀式は季節の変わり目に合わせて執り行われる。とくに新月および満月の夜には、〈イアエー〉の根元に設けられた供儀壇にて、蜂蜜、果実、乳香を捧げる供物儀礼が実施される。蜂蜜は〝森の命の滴〟果実は〝季節の恵み〟乳香は〝森の吐息〟として、それぞれ象徴的意味を有している。
儀式の中心的役割は〝巫女〟が担う。彼女たちは世襲、または霊的選定により任命され、特有の歌唱、舞、衣装を通じて神霊との交感を試みる。
祭祀の舞では、地を踏む拍子、腕を広げる動作、身体に描かれた模様の意味など、すべてが儀式的に定義されている。それは単なる舞ではなく、神への奉納行為として、共同体全体の霊的秩序を再構成する営みと位置づけられている。
〈イアエー〉の大樹が聳える地域は部族の聖域とされていて、〈ミツバ〉の子どもたちが成人を迎える際には、この地で霊的試練を受けるとされる。信仰は、自然との共存、祖先との繋がり、そして共同体の持続を支える文化的基盤であり、単なる精神的側面にとどまらず、社会構造そのものと深く結びついている。
◆調査方針
〈ミツバ〉は、〈大樹の森〉における環境順応型の原始共同体として、独自の生活技術、信仰体系、交易文化を長年にわたり育んできた。部族は、外部の文明的技術に依存することなく、自給自足による持続可能な生活様式を基盤としていて、自然との調和を根幹に据えた文化を体現している。
このような生活様式は、廃墟に埋もれた都市域での生存を含め、気候変動や変異体災害への適応策として、学術的にも高い価値を有すると評価される。とくに信仰体系や交易慣習に見られる独自性は、〈豹人〉との関係性を含め、さらなる民族生態学的分析が求められる重要な研究対象である。
今後の調査では、〈ミツバ〉が対峙する〈大樹の森〉における危険要素――人喰い植物および大型昆虫〈木蜂〉の生態、ならびにそれらを利用する知識体系の解明が重要な課題となる。これにより、〈ミツバ〉の生存技術および環境に関する知識や理解が一層深まる可能性がある。
調査活動は、引き続き〈技術組合〉の支援を受けて継続される予定であり、同組織からは食料や医療品に加えて、ドローンや機械人形などの援助物資が定期的に提供される見通しである。また、調査員の安全確保と文化接触に配慮し、〈ミツバ〉との信頼関係を損なうことなく記録収集を行う姿勢が求められる。




