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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第七部・大樹の森

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069 第七部・スィダチ〈警備〉


■生物観察報告書


調査:ケリィ・カルヴァー

所属:傭兵組合〈情報局〉

調査区分:スィダチ防壁外周警備帯


◆昆虫型変異体〈キリギリス科〉に関する形態、行動解析記録


 警備隊を調査する過程で、キリギリス科の大型変異体が使役されていることが確認された。この変異体は、かつて自然界に存在した種が持つ威嚇音の発声能力を人工的に選別し、強化して生み出された種であると考えられているが、詳細については不明である。


 変異体の体高は約三十センチほどだが、伸びた腹部と後脚によって全長は人間の子どもに匹敵する九十〜百二十センチに達する。


 外骨格は深緑色から黒褐色の迷彩模様を持ち、環境に溶け込む能力にも優れている。翅は堅牢で、摩擦によって発生する音は最大で百二十デシベルを超えると確認されていて、〈大樹の森〉でもハッキリと聞き取れる。


 鳥籠〈スィダチ〉を警備する〈蟲使い〉たちは〈昆虫制御装置〉――感覚共有装置を用いてこれらの個体と神経的に接続していて、危険の察知と警戒行動をほぼ瞬時に行えるように訓練されている。変異体は敵対的部族や捕食性昆虫の接近を感知すると、翅を素早くこすり合わせて鋭い警戒音を発し、周囲の味方や住民に危険を知らせる役割を果たす。


 これらの変異体は基本的に温厚で、攻撃的な性質は持たない。しかし発する音の圧力と周波数は、多くの生物にとって不快、または恐怖を誘うものであり、結果的に侵入者を遠ざける強力な防衛手段となっているようだ。


・形態的特性


 変異体の外皮は光沢がなく、深緑色の複層キチン質で構成されていて、森林地帯などの環境下では極めて高い迷彩効果を発揮する。とくに腹部および脚は顕著に伸長していて、跳躍時の瞬発力を生み出す複雑な飛翔筋が確認されている。


 前翅は発音器官を兼ねていて、その表面には摩擦層が形成されている。この層によって、高周波音が安定して発生するようになっているようだ。


・行動特性


 この種には群行動が見られず、蟻などの昆虫に見られるコロニー構造を持たない。基本的には単独で行動し、〈蟲使い〉による制御下で任務に従事する。野生下では高所や静寂な環境を好んで定住する傾向があり、過剰な刺激を嫌う性質が目立つ。


 攻撃行動は極めて稀であり、主な反応手段は翅による警戒音と、音響による忌避誘導に限られる。外敵との物理的接触を回避する傾向が顕著である。


・文化的意義


 この種が発する警笛音は、〈スィダチ〉の住民にとって単なる警報以上の意味を持つ。一部の住民からは〈精霊の声〉として崇められ、霊的な存在との交信手段と捉える住民も多い。


 一部地域では、この昆虫の前翅を加工した護符が結界の印として扱われ、各家庭の出入口や祭壇に設置される風習が存在する。その音響には実用と信仰の双方の役割が重ねられていて、文化と生態が密接に結びついていることが窺える。


◆地中警戒菌糸網


〈スィダチ〉における防衛システムのひとつとして、地中に展開された警戒菌糸網は極めて重要な役割を担っていることが判明した。これは、〈大樹の森〉で独自の進化を遂げた菌類の変種によって構築されたネットワークであり、敵の接近を検知して警備隊に即座に伝達する機構となっている。


 地中に直径数ミリほどの菌糸が密に張りめぐらされていて、特定の接触を感知する感応性構造が形成されている。一般人の立ち入りが制限されている区域の地中では、この菌糸網の密度は高く、踏み込んだ際に微細な振動や圧力変化を捕捉できるよう構築されている。


 接触により警備隊の詰め所や監視所に配置された菌類が発光を開始する。これは、菌糸網と連動した反応によって引き起こされる現象であり、侵入地点から遠く離れた場所であっても、即座に警報を発することができる。発光の色や強さは侵入の深度や動作速度に応じて変化するため、警備隊は視覚的に状況を把握することが可能になっている。


 この菌類ネットワークは、単なる警戒機構にとどまらず、生態系への影響も極めて大きいとされている。


 菌糸は周囲の植物と共生関係を築き、根系への栄養供給や病原体からの防御、さらには植物間の情報伝達にも関与していることが確認されている。侵入者の接触情報が植物を介して拡散される例もあり、〈スィダチ〉の生態系は防衛と自然の連携が高度に融合したものとなっている。


・構造と機能


 この変異種は、圧力感知性を備えた菌糸によって構成されていて、地中に密集した――ある種の〝感圧センサ網〟を形成している。一般人の立ち入りが制限された警戒域に足を踏み入れると、菌糸が圧力変化を即座に検知し、その情報を電気信号に変換して伝送する。


 信号は菌糸網に接続された特定種へと伝わり、監視所や詰め所に設置されたキノコが数秒以内に可視光を発して侵入を通知する。この発光は赤や橙色を基調とし、昼夜を問わず遠方からでも容易に識別可能になっている。


 また信号の強度に応じて光のパターンが変化するため、単なる接触か、多人数の侵入か、あるいは動物群かといった詳細な情報を伝えることが可能とされている。


・生態系への影響と相互作用


 菌類ネットワークは単なる警備装置に留まらず、植物との共生関係にも重要な役割を果たしている。菌糸網は周囲の根系と結びつくことで水分や養分の効率的な分配を促進し、植物の成長を支援する。また、外的ストレスや病害情報を植物間で共有する〝生態信号送信機能〟を持つとされ、スィダチ周辺の緑地維持にも貢献しているとみられる。


 また、菌糸網の管理、保全を行う技術者や専用ドローンの存在も確認されているが、詳細については調査段階である。


・文化、象徴的意義


 住民の間では、この〝発光キノコ〟が〈精霊の目〉として信仰の対象とされ、侵入を警告するだけでなく、土地そのものが意思を持って人々を守っていると解釈されることもある。祭事では発光キノコの模倣品が儀礼用装飾として使われるなど、その存在は宗教的、文化的にも深く根ざしていると思われる。


◆労働型共生昆虫〈黒蟻〉幼体飼育


〈廃墟の街〉にて捕縛された生存者に紛れ込み、労働奴隷として〈黒蟻〉の飼育施設への潜入に成功した調査員の報告によると、巣から持ち出された幼虫の卵は、〈大樹の森〉地中に埋まった高層建築の廃墟内で飼育されていることが確認された。


 地中の廃墟には外光がほとんど届かないが、壁面や床面には、わずかな光源で光合成をおこない成長する発光性藻類が広がっていて、施設全体に淡い青緑色の光が満ちている。労働者たちはその仄かな光の下で、卵から孵った幼虫のために餌の加工と給餌といった育成作業に従事している。


 餌には地表で採取された果皮や特定の菌類、一部の動物性タンパク質を混合したペースト状物質が用いられていて、いずれも幼虫の成長を促す特殊な酵素を多量に含んでいるとされる。


 餌の製造工程は比較的簡単な手作業と、飼育場に設置された簡素な発酵槽と加工装置で行われる。餌を運搬するための小型台車や滑車装置なども設置されているようだ。


 なお、〈黒蟻〉の原巣から卵を奪取する手段については、現在も詳細は不明である。〈蟲使い〉のなかでも特殊な訓練を受けた技能者たちが侵入を試みるさいには、強烈なフェロモン遮蔽薬や擬態装置を使用している可能性があるが、これも推測の域を出ない。


・施設構造


 飼育施設として利用されている構造物は半崩落状態ながら、通路、搬送区、飼育槽、作業区画に明確に区分され、最低限の安全性と作業効率が保たれているようだ。施設全体は〈蟲使い〉たちによって部分的に改修されていて、労働奴隷の作業効率に合わせた合理的な設計が施されている。


 搬送区には滑車付きのトロッコやリフト機構が導入されていて、給餌や排泄物の処理が自動化されている箇所もあるようだ。飼育槽は居住階層を利用しているのが確認された。


・飼育プロセスと管理技術


 施設内部は平均温度22.5℃、湿度76〜91%が常時維持されていて、これは発光性藻類の繁殖と〈黒蟻〉幼体の成長に最適な条件だと思われる。調温には霧状分泌装置が用いられ、藻類との相乗効果により安定した湿度環境が作り出されているようだ。


 作業は〈蟲使い〉による監督の下、厳重な管理体制で行われている。監督者の多くは武装していて、施設内における反乱や逃亡を未然に防止しているとみられる。


・発育段階と選別


〈黒蟻〉は成虫化を目前に控えた幼体段階で、行動学的な学習能力を検査される。潜入中の調査員の証言によると、〈蟲使い〉との間で視覚、感覚同調訓練が実施されていて、対象個体は任務適性に応じて〈警備型〉または〈労働型〉へと選別されていく。



 鳥籠〈スィダチ〉における共生昆虫群は、単なる道具的な生物利用にとどまらず、生態的機能と文化的役割が高度に融合した一種の文化圏を形成している。蟲使いは、各種に対応する〈感覚共有装置〉との連携を通じて、生体知覚、感情伝達、環境警戒を網状に運用し、鳥籠の安全と秩序を維持している。


 これらの共生昆虫群は、部族にとって極めて重要な存在であり、大樹の森での生存に不可欠とされている。今後は、個体ごとの役割分化、生殖、更新周期、社会心理的関係性などについて、より詳細な調査が実施される予定だ。

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