064 第七部・大樹の森〈居住跡地〉
◆居住地〈放棄〉
本報告書は、〈大樹の森〉南西部において発見された空中居住集落跡地に関する初期調査の記録である。調査対象となった当該集落は、現時点において完全に放棄された状態にあり、周辺環境における生体反応、熱源、振動等の活動指標は一切検出されていない。
しかしながら、現地に残された構造物および遺留物の分析により、極めて高度な建築技術および生活文化の痕跡が確認された。とくに、樹冠層を利用した三次元構造の空間配置、軽量かつ高強度の資材の使用、ならびに環境調和型の生活インフラの存在は注目に値する。
これらの所見は、当該地域が辺境に位置するにもかかわらず、独自の技術体系と文化的成熟を有する先進的な部族が生存していた可能性を強く示唆している。今後の詳細調査により、当該集落の成立過程、社会構造、ならびに消失に至った要因の解明が期待される。
◆構造配置と建築様式
本居住群は、樹高九十メートルを超える広葉樹――未記載種を基軸とし、少なくとも十二本の巨木を構造節点として空間的に連結された空中構造集落である。各ノード間は、樹冠層に沿って架けられた吊り橋により接続されていて、全体として環状、または放射状の居住構造を形成していたと推定される。
吊り橋は、各巨木の枝、および幹を天然の支持材として活用しつつ、人工的な補強を加えた構造で構成されていた。現地で採取可能な樹皮繊維を高密度に編み込んだマット状素材が用いられていて、耐摩耗性、および滑り止め性能に優れていたと考えられる。
繊維の編組技術には高度な規則性と均質性が認められ、単なる実用性にとどまらず、装飾的意匠の要素も含まれていた可能性がある。
本居住群における動線設計――移動経路は、極めて合理的かつ立体的な構造を有していたと推定される。吊り橋は、各ノード間を螺旋状に上昇しながら網目状に接続するよう配置され、全体として中心の巨木を囲む環状ネットワークを形成していた。
この構造により、居住者は高低差のある複数のノード間を、垂直移動を最小限に抑えつつ、安全かつ迅速に移動することが可能だったと考えられる。とくに、橋の傾斜角は緩やかに設計されていて、重量物の運搬や高齢者、子どもといった身体的制約を持つ住人の移動にも配慮されていた可能性がある。これは驚くべきことである。
◆住居構造
各ノードには、円錐状のテント型住居が設置されていたことが確認された。これらの住居は、軽量かつ柔軟性に富む天然素材を用いて構築されていて、主な資材としては、しなやかに加工された枝、樹皮片、および大型植物の葉――種不明が用いられていた。
各素材は、高張力性を有する植物由来の繊維で結束されていて、全体として高い耐風性および耐湿性を備えていたと推定される。とくに、接合部には繊維の二重撚り構造が確認されていて、構造的安定性と応力分散機能を両立させていた点が注目される。
円錐形の住居は、降雨時の雨滴排水を効率的に行うための設計と考えられる。また、葉面の撥水性を活かした表面処理が施されていた可能性もあり、内部の乾燥環境維持に寄与していたと見られる。
◆生活痕と民俗的考察
居住跡地の複数箇所において、調理および食事に関連する遺留物が確認された。具体的には植物繊維製の編み籠内部に、乾燥処理が施された肉片、果実の断片、種子類、ならびに香辛料の残渣が残存していた。特筆すべきは、強い芳香を有する微細な粉末状物質が食材残渣中から検出された点である。
この粉末は、香気成分の分析により複数種の芳香族化合物を含むことが判明していて、単なる保存目的にとどまらず、味覚的嗜好に基づく調味行為が行われていた可能性が高い。これにより、当該集落においては――過酷な環境であるにもかかわらず、味覚文化が一定の発達段階に達していたことが示唆される。
また現地では、炭化した粘土片および木製の鉢状器が複数発見されている。粘土片の一部には加熱による煤の付着が認められ、これらは燻製処理を前提とした火の使用を示唆するものである。
住居内外に散在する衣類断片の分析により、動物皮革に対して膠化処理を施した痕跡が確認された。これは皮革の柔軟性と耐久性を高めるための加工技術であり、当該集落において高度な整形技術および防腐処理の知識が存在していたことを示す。
また装飾具としては、変異動物の牙や骨を素材とし、彫刻加工が施された遺物が複数確認されている。これらは単なる装身具にとどまらず、階層的地位や所属集団を示す民俗的記号として機能していた可能性も考慮される。
◆埋葬儀礼と異文明技術の痕跡
居住地の中心に位置する巨木の幹内部には、自然形成されたと見られる空洞が存在し、その内部に複数の人骨が安置されていたことが確認された。
周囲には動物の骨、枝、羽根、ならびに植物繊維を組み合わせた構造物が環状に配置されていた。〈森の民〉が先祖のために立てる木像彫刻〈死者の像〉にも似た構造物だった。
これらの構造物は、装飾性と象徴性を兼ね備えた〝トーテム〟として機能していたと考えられ、当該空間が宗教的、あるいは精神的儀礼の場、すなわち象徴的埋葬地として利用されていた可能性が高い。骨の配置やトーテムの構成には一定の規則性が認められ、儀式的な埋葬行為が体系化されていたことを示唆していた。
◆埋葬遺体の特徴
確認された遺体の一部は、頭蓋部に旧文明由来の装置が装着された状態で埋葬されていた。装置は遺体と部分的に同化していて、劣化を免れた状態で頭蓋骨と一体化していた。構成要素としては、極小電極、繊毛状のセンサー群、ならびに未知素材によるツノ状構造体が確認されている。
当該装置については、〈技術組合〉の協力のもと解析が行われた。しかし既知の軍用〈サイバーウェア〉――ナノ制御機構、神経接続デバイス、あるいは生体補助装置との一致は確認されなかった。また、構造の複雑性および素材の不明性により、現時点では逆解析も不可能との結論が出た。
◆仮称・昆虫制御装置〈感覚共有装置〉
装置の接続部位は、視神経および後頭葉、側頭葉領域に集中していて、神経系との直接的なインターフェースを形成していた。これにより、当該装置は昆虫型の変異体との神経接続を介し、視覚、聴覚などの感覚情報を共有する、あるいは外部知覚を拡張する目的で使用されていた可能性が高い。
この仮説に基づき、当該装置は暫定的に〝昆虫制御装置〟と命名されている。装置の存在は、当該集落が他部族との接触を断ちながらも、旧文明の高度技術体系を有していた可能性を強く示唆するものであり、重要調査対象のひとつと位置づけられる。
◆考察
本調査により明らかとなった空中居住地の設計および生活様式には、当該集団が過酷な地上環境――すなわち、変異生物の生息域、空中浮遊性の毒性胞子、ならびに不安定な沼沢地形を回避し、高地に定住することを前提とした高度な生存戦略が認められた。
また、残留道具や衣類、建築資材等の生活基盤において、旧文明由来の工業素材や遺物を一切使用せず、現地調達可能な天然素材を独自の加工技術によって高度に機能化していた点は特筆に値する。
このことは、当該集団が他部族への依存を排し、完全に自律した文化圏を形成していたことを示唆していて、文化的独立性の高い知的集団として位置づけることが可能である。
注目すべきは、いわゆる〈蟲使い〉と推定される戦士階級に装着されていた脳接続型感覚装置の存在である。本装置は、旧文明における高度認知拡張技術の派生的応用である可能性が高く、視覚、聴覚等の感覚情報を昆虫型変異体と共有、拡張する神経インターフェース機構を備えていたと推定される。
以上の所見を総合すると、〈大樹の森〉における空中居住群は、単に〈鳥籠〉から追放された難民による隠遁集落ではなく、自然環境への適応と独自技術の融合によって成立した、高度に自律的かつ知的な文明集団の痕跡と評価される。
今後の調査においては、本集団の起源、技術継承の経路、ならびに他部族との接触の有無について、さらなる検証が進められることになる。




