055 第六部・変異体〈怪鳥〉
■変異体
◆特殊個体調査報告書
件名:横浜廃工場にて発見された〈怪鳥の巣〉
報告者:カール・シマダ
所属:傭兵組合〈ジャンクタウン〉
階級:工兵〈オペレーター〉
場所:横浜埋め立て地・工業地帯跡
◆目撃情報
都市の高層建築群の間を滑空する巨大な怪鳥の目撃例が急増していて、商人組合の隊商やスカベンジャーの報告によってその存在が確認されている。目撃者から提供された複数の記録映像の分析により、怪鳥の生態や行動パターンの解明が行われることになった。本報告書では、とくに横浜工業地帯にある巣の調査結果について詳述する。
第三調査班所属██████の報告によれば、怪鳥は群れを形成せず、単独で行動する傾向が強いようだ。昼間は高層建築の影に潜み、夕刻から夜間にかけて活動が活発化する。
交易を行う商人が記録した映像では、その飛行速度は想定を大きく超えていて、空中回廊の間を滑空する姿が確認された。また、発達した鉤爪による捕食行動も映像に記録されていて、怪鳥は獲物を空中で捕獲したあと、巣へ運搬していることが判明した。
◆巣の発見と構造
横浜工業区の廃墟となった工場で、直径約二十五メートルに及ぶ巨大な巣が確認された。この構造物は、都市崩壊後に残された瓦礫や鉄骨を組み合わせて構築されていて、従来確認されていた変異種の棲み処とは大きく異なる特徴を持っていた。
特筆すべき点は、巣の素材に有機物が混在していることであり、怪鳥が運搬した生物の死骸を巣の補強材として使用している可能性が高い。
巣は鉄骨やコンクリート片を主材料とし、極めて頑丈な構造を持つ。表面には腐食した金属がむき出しになっているが、内部には比較的新しい多脚車両の残骸も確認されていて、怪鳥が定期的に巣の維持、補強を行っている形跡が見られた。
その巣の中心部には巨大な窪みがあり、怪鳥がそこで休息すると推測される。また、巣の周囲には獲物の遺骸が散乱しており、その中には未捕食のまま放置された〈人擬き〉も含まれていた。
調査によって確認された骨は大小さまざまであり、その分類の結果、以下の特徴が判明した。
・人間の白骨死体
少なくとも七体以上の骨が確認されていて、すべて成人のものと推測される。骨の損傷状態から、強力な圧力によって粉砕された形跡が認められる。とくに大腿骨、上腕骨の破砕が顕著であり、怪鳥が恐るべき力で捕食していることが示唆された。
・大型哺乳類の骨
シカの変異体やイノシシといった野生動物の死骸も複数確認された。肩甲骨や頭蓋骨の破損が著しく、破砕力の強さが際立つ。奇妙なことに鋸歯状の歯型らしきものが確認されていることから、嘴で押し潰すだけでなく、噛み砕くようにして捕食している可能性が高い。
・鳥類の骨。
通常の鳥類の骨も多数混在していたが、ほぼ完全に粉砕されており、原形を留めていないものが多かった。このことから、怪鳥は捕食の際に骨ごと咀嚼するか、極めて強力な胃酸による消化能力を持っている可能性がある。
怪鳥が巣に獲物を運搬する理由について、傭兵たちの見解は一致している。それは、獲物を一時的に保存し、後に消費するという捕食行動の一環であると。
怪鳥の咀嚼能力は非常に発達していて、一度に大量の食物を摂取するのではなく、時間をかけて消化する戦略を取っている可能性が高い。この怪鳥は、荒廃した都市の環境に適応した結果、捕食の手法を変化させたと考えられる。
通常の捕食者は狩りのたびに獲物を確保するが、怪鳥は事前に食料を貯蔵し、必要に応じて消費するという独自の戦略を持つ。これは獲物の少ない都市が生んだ異常進化の産物と言える。
◆怪鳥の形態と生態
怪鳥は階層都市の上空を支配する巨大な飛行生物であり、既存の鳥類とは異なる高度な変異を遂げた存在でもある。その翼開長は推定十五から二十メートルに達し、荒廃した都市の風を捉えて滑空するその姿は、まさに冷徹な捕食者そのものである。
汚染された〈廃墟の街〉に適応した結果、皮膚は甲殻化した鱗状組織へと変化している。これにより、かつての工業廃棄物や有害物質の影響を受けることなく生存できる耐性を獲得したと考えられる。
頭部は猛禽類に似ているが、嘴は異常なまでに発達し、鋼鉄のように硬化している。この構造によって獲物の捕食効率は飛躍的に向上し、骨ごと粉砕できるほどの咀嚼力を持つ。また、脚部には鋭利な鉤爪が備わっていて、獲物を確実に捕らえ、巣へと運搬するのに適した形態をしている。この鉤爪に捕えられた獲物は、ほぼ逃れることが不可能である。
怪鳥の飛行能力は極めて優れていて、高層建築群の間に吹く上昇気流を巧みに利用することで、最低限のエネルギー消費で長時間滑空することが可能になっている。建物の間を移動しながら獲物を探し、影の中から突如として襲いかかる習性を持つ。
夜間になると活性化し、隊商の野営地や集落を脅かす存在となる。目撃報告によれば、夕刻になると怪鳥は都市の上空を旋回し、捕食対象を物色している様子が確認されている。
この生物態は、廃墟と化した都市環境において頂点捕食者としての地位を確立しつつある。現在のところ、怪鳥の個体数は限られていると考えられるが、もし繁殖が確認された場合、その脅威は計り知れないものとなるだろう。
◆今後の調査と対応
怪鳥の生息域は確実に拡大していて、その影響により都市探索隊の行動計画は深刻な修正を余儀なくされている。とくに高層建築群の上層部は危険区域と化し、これまで比較的安全とされていた区画も、もはや安全な選択とは言えなくなった。
怪鳥の移動範囲が拡大しつつある現状を考慮すると、探索隊は従来の戦術を根本から見直す必要があるのかもしれない。
◆都市探索隊の警戒区域再編
調査結果をもとに、怪鳥の活動が最も活発な時間帯と空域を特定し、探索隊への警告を発することが最優先事項となる。目撃報告と映像記録の分析によれば、怪鳥は日没前後に最も精力的に行動し、獲物を探索する習性を持つ。
この時間帯に高層建築群の間を移動するのは極めて危険であり、今後の移動経路は安全が確保された地下通路や低層建築群の廃墟内部を優先する形に改めるべきだ。
◆各鳥籠への警告発令
怪鳥の脅威を軽視している共同体が未だに存在しているが、これは極めて危険な状況であると言えるだろう。とくに旧市街地や工業地帯の廃墟で生活する者は、怪鳥の獲物になるリスクが高い。生存者間の情報共有を活発化し、怪鳥の生息域および危険度を詳細に伝達する手段を早急に確立する必要がある。
◆巣周辺の環境変異と繁殖行動の調査
最も懸念されるのは怪鳥の繁殖行動である。現在確認されている巣は単独個体のものと推測されるが、もし複数個体による繁殖が確認された場合、〈廃墟の街〉全域が怪鳥の生息地へと変貌する可能性がある。幸いなことに巣の内部に卵や幼体が確認されていないが、いずれ深刻な脅威にさらされることになるだろう。
追加調査として、巣周辺の環境や怪鳥の繁殖の兆候を徹底的に観察し、早急に対策を講じる必要がある。




