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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第六部・遺跡

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053 第六部・蟲使い〈傭兵〉


〈廃墟の街〉の空は、果てしない灰色の雲に覆われていた。かつて文明を誇った超高層建築は、今や朽ち果て、壁面には亀裂が走り、風が吹くたびに鉄骨の軋む音が響く。地上は崩れた瓦礫と汚染された水溜まりで覆われ、かつての住民の足跡はとうに消え失せている。


 しかし街が完全に死んだわけではない。瓦礫に埋もれた通りには変異した生物が潜み、廃墟の中から獲物を狙っている。


 そんな街の一角に、異質な影があらわれる――〈蟲使い〉と呼ばれる者たちだ。彼らは遠く〈大樹の森〉からやってきた傭兵でもある。その森は、百メートルを優に超える巨木が聳える土地だった。枝葉は複雑に絡み合い、まるで生きた迷路のように森を覆い尽くしている。


 その奥深くには、常識では考えられないほど巨大で狂暴な昆虫たちが息づいているという。生態系は外界とはまるで異質なものであり、生半可な者が踏み入れれば、瞬く間に捕食者の餌食となるだろう。


〈蟲使い〉は、その過酷な環境で生き抜く術を知っている。彼らは頭部にツノにも似た旧文明の装置――〈感覚共有装置〉を装着し、それを通じて昆虫の視覚、聴覚、触覚を直接共有する。


 その失われた技術によって彼らは昆虫を自在に操り、戦いに利用することができる。巨大な甲虫の背に乗り、鋭い顎を持つ獰猛な蟲をけしかける彼らの姿は、まるで異世界の戦士のようだった。


〈廃墟の街〉では、〈蟲使い〉たちは傭兵として知られていた。護衛、討伐、探索――仕事の内容は多岐にわたる。今日もまた、ひとりの蟲使いが廃墟の奥へと足を踏み入れる。彼の周囲を飛び交うのは、異形の(はね)を持つ昆虫たち。その複眼に映る光景は、装置を通じて蟲使いの脳へと伝えられ、敵の気配を察知する手助けとなる。


 つめたい風が吹き、瓦礫の間から微かな足音が聞こえる。〈蟲使い〉は手をかざし、ただ昆虫に指示を送る。暗闇から飛び出してきたのは〈人擬き〉だったが、それを迎え撃つべく、〈蟲使い〉の手足となる昆虫が一斉に襲いかかる。人の身でありながら、捕食者の本能を持ち、昆虫の群れとともに戦う者――それが、〈蟲使い〉の真の姿なのかもしれない。


 その〈蟲使い〉の多くは現在、〈大樹の森〉からやってくる特殊な傭兵であり、変異型の昆虫を操ることで戦闘や護衛、探索の任務を遂行する。最も一般的に使役されるのは〝クロアリ〟であり、生息数が多く、統制が取りやすいため、若い〈蟲使い〉でも扱いやすい。


 そのクロアリはサイズによって異なる役割を担い、猫ほどの大きさの個体は偵察や荷運びといった軽作業に適し、大型犬ほどの個体は強力な攻撃手段となる。群れでの戦闘が主体であり、一斉に襲いかかることで、敵を瞬時に制圧する。大顎の力は尋常ではなく、鉄板を引き裂くほどの破壊力を持つ。


 もちろん、クロアリ以外にも多種多様な昆虫が使役される。トンボの変異体は偵察、監視に優れ、高速飛行と広範囲の視覚情報を提供する。ムカデは地上戦において有用であり、その長くしなやかな身体は敵を拘束するだけでなく、神経毒で無力化することに適している。変異によって毒性を持つ個体もいて、戦闘では致命的な効果を発揮する。


 一人前の〈蟲使い〉として認められるほど、より強力な昆虫を使役できるが、その分だけ脳にかかる負担も大きくなる。昆虫と感覚を共有することで制御する彼らにとって、同時に扱う昆虫の数や種類が増えるほど、精神的な負荷が増し、制御を誤れば自身の命を危険にさらすことにもなる。


 彼らは〈廃墟の街〉では外部からの訪問者でありながらも、独自の力を誇り、人々に恐れられている。〈大樹の森〉の過酷な環境で生きる彼らは、〈廃墟の街〉の住民に対して――ある種の優越感を持ち、〝異邦人〟と侮蔑的に呼ぶ。


 戦闘では冷酷かつ残忍であり、必要であれば迷いなく標的を昆虫の群れに食い殺させる。〈廃墟の街〉の住人たちは彼らを恐れつつも、その力を利用せざるを得ない状況にあり、〈蟲使い〉は依頼をこなすことで富と影響力を蓄えている。彼らの存在は鳥籠にとって不可欠だが、決して馴染むことはなく、辺境の部族として差別的な扱いを受けている。


〈蟲使い〉たちの歴史は古く、〈廃墟の街〉に住む者たちにとって長く語り継がれている。かつて彼らは略奪者の集団として知られ、〈大樹の森〉の過酷な環境で培った生存力と昆虫を操る特殊な能力を活かし、商人組合の隊商を襲い物資を奪っていた。その戦術は冷酷かつ効率的であり、彼らの襲撃により多くの隊商が壊滅した。


 しかし、〈蟲使い〉たちの略奪行為は〈傭兵組合〉の目に留まり、やがて本格的な衝突が起こるようになる。隊商の護衛に雇われた傭兵たちと、略奪を生業とする〈蟲使い〉たちの戦いは激化し、多くの死者を出すことになった。〈傭兵組合〉の統率の取れた戦術と豊富な武器によって、〈蟲使い〉たちは次第に劣勢となり、森の深部へと撤退を余儀なくされる。


 戦いの末、〈蟲使い〉の中には略奪ではなく、傭兵として生きる道を選ぶ者があらわれるようになった。


 彼らの戦闘能力は非常に高く、昆虫の群れを操ることで圧倒的な火力と機動力を誇る。〈傭兵組合〉はその力に着目し、〈蟲使い〉たちを雇い入れることで新たな戦闘手段を手に入れた。


 そうして〈蟲使い〉たちは傭兵としての立場を確立し、もはや単なる略奪者ではなく、組織的な傭兵として評価されるようになった。


 傭兵としての仕事は安定した収入をもたらし、〈蟲使い〉の社会的な立場も変化した。稼ぎが良くなったことで、〈大樹の森〉から〈廃墟の街〉へと渡る者が増え、彼らは都市の地下や廃墟の影に拠点を築き、独自の文化を維持しながら活動している。


 それでも彼らの性質は変わらず冷酷であり、〈廃墟の街〉の住民たちを異邦人と呼び、自らを彼らとは別の、特別な存在であると位置づけている。傭兵としての彼らは、依頼には忠実だが冷酷であり、任務を遂行するためならば迷いなく昆虫の群れを解き放つ。こうして〈蟲使い〉たちは〈廃墟の街〉で活躍しながら、その名を轟かせている。


 もちろん、〈廃墟の街〉と〈蟲使い〉の間には根深い軋轢が存在する。鳥籠の住民たちは、〈大樹の森〉からやってくる彼らを野蛮な侵略者と見なし、差別的な態度を取ることが多い。一方で、〈蟲使い〉たちもまた、鳥籠の人間を異邦人と呼び、彼らを脆弱で無力な者たちと侮蔑している。


 そのため、両者の関係は表面上の取引や契約によって成立しているものの、互いを完全に信頼することはない。


 この対立の根本には、〈蟲使い〉が持つ独自の技術にある。彼らの〈感覚共有装置〉は、高度な神経接続によって昆虫との完全なリンクを可能にするが、その設計や機能に関しては極秘とされている。


 いくつかの組織が仕組みを解明しようと試みたが、装置は〈蟲使い〉の死後、即座に自壊するようにプログラムされていて、これまでにその内部構造を解析した者はいない。〈技術組合〉ですらも幾度も解読を試みたが、装置の内部構造は理解不能であり、やはり装置を模倣することはできなかった。


 この技術に関する謎は、〈蟲使い〉に対する恐怖と憎悪を増幅させる要因となっている。彼らの能力は〈廃墟の街〉の住民にとって未知の領域であり、それゆえに恐れられ、排斥される。


 街の住民は〈蟲使い〉を辺境の蛮族と見なし、彼らが鳥籠に足を踏み入れることを快く思わない。しかし〈蟲使い〉の戦闘力と傭兵としての実力は鳥籠にとって不可欠なものであり、完全に排除することはできない。この不安定な関係は今も続いていて、〈蟲使い〉は荒廃した都市の影に潜みながら、依然として謎めいた存在として知られていた。

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