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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第六部・遺跡

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052 第六部・地下施設〈探索者〉


 文明崩壊後の地上は、死と静寂に支配された世界へと変わった。かつて人類の技術力の象徴でもあった超高層建築群は、今や幽霊のように佇み、雲に溶け込むその頂は視界に収まらない。崩落した外壁の隙間からは、かつての栄華の断片が垣間見えるが、それらはすでに時の流れと共に風化し、原形を留めていない。


 瓦礫に埋もれた都市の遺構、廃墟と化した建造物のほとんどは瓦礫に埋もれ、基盤ごと崩壊している。道路は形状を留めず、ひび割れたアスファルトの隙間からは背丈ほどの雑草が生い茂る。鉄筋が剥き出しになった高架道路の断片が、まるで骨組みだけが残された巨大生物の骸のように横たわっている。


 廃墟の静寂と朽ち果てた建物を横目で見ながら汚染地帯に近づくにつれ、建物の構造はより脆く、歪んでいるように見えた。高層建築物の一部は倒壊し、斜めに傾いたまま静止しているものもある。壁面を構成していた硝子はすべて失われ、風化したコンクリートが剥がれ落ちた痕跡で不規則な模様を描いていた。


 扉すら機能しない建物が多く、鉄製の大扉は腐食が進み、錆びに侵食されてボロボロになりながらも、開け放たれたまま放置されていた。


 得体のしれない者の声に誘われるように、私は汚染物質を含む霧を避けながら移動していたが、とうとう部隊と合流することはできなかった。しかし、そこで思わぬものを目にすることになった。


 廃墟の中に、かすれた塗料で記された文字が僅かに視認できるものがあった。そのひとつ、〈指定避難所・横浜第五十二核防護施設〉と記された文字は風化し、ほとんど判読不可能となっていたが、その場所に地下施設が存在することを示す重要な手がかりに思えた。


 建物周辺の地盤は安定していて、瓦礫の間から覗く敷地の先には、倉庫にも見える寂れた建物が確認できた。


 その建物に足を踏み入れた瞬間、外界とは異なる奇妙な感覚に襲われた。空気に汚染物質は含まれず、内部はひんやりとした冷気に包まれていた。肌を撫でる微かな風の流れに気づく。窓もなく、長年放置されたはずの構造物に、空気の循環があるのは不可解だった。さらに奇妙なのは、埃や塵がほとんど舞っていないことだ。


 本来ならば、この場所は過去の遺構として静寂の中で朽ち果て、微細な粒子が空間を漂っているはずだった。けれど、この静寂に満ちた場所は、まるで何者かの手によって管理され続けているかのように見えた。


 しかしどういうわけか建物内は荒らされたように乱雑だった。錆びた鉄屑の山、用途不明の機械部品、腐敗した家具が無造作に積み上げられている。


 だが長年廃墟を探索してきた私の目には、この場所が単なるゴミ溜めではないことが一目で分かる。これは意図的な配置だ。慎重に視線をめぐらせると、壁の一部に生活の痕跡を作り出そうとした演出が見られる。ワザと古びた布が掛けられ、テントの残骸や空の缶詰が散らばっている。


 誰かが、この場所をただの廃墟と認識させるために、時間をかけて細工したのだろう。奥へと進むと、錆の浮いた制御盤の傍に、斜行エレベーターが設置されているのが見えた。端末に触れると、軋むような音を立てながら起動する。


 それはひどく奇妙な現象だった。組合の技術者が用意してくれたIDカードは、高度な端末を操作することはできない。何かがおかしい。それでも興味にかきたてられてエレベーターに乗り込んだ。すると、ソレは何の前触れもなく勝手に動き出し、やがて視界が開けた。目の前には、信じられないような景色が広がっていた。


 地下に広がる広大な空間。まるでひとつの都市が大空洞に嵌め込まれているようだ。見上げると、岩石が剥き出しになった天井にびっしりと敷き詰められた照明装置が、人工の青白い光で空間を照らしていた。


 それは太陽のない世界に生きる人々のために設計されたモノなのかもしれない。碁盤の目のように整備された都市には、薄桜色の建築物が並び、一定の規則性を持って配置されているのが分かった。


 中でも目を引いたのは、十二階建てほどの高さを誇る建造物の群れだ。都市の支柱のように天井へと伸び、その存在自体がこの空間を維持する構造の一部となっている。これは単なる避難所ではない。機能性を持った都市区画、汚染地帯から逃れた者たちを収容し、生活を維持するための施設なのだろう。


 嫌な気配がして、ふと背後を振り返る。エレベーターの内部に微かな振動が走る。誰かに監視されているのだろうか? 施設を管理する何者かがいるのかもしれない。


 この地下都市には、まだ見ぬ秘密が眠っている。それを知るためには、さらに深く、都市の奥へと踏み込まなければならない。この探索は恐怖と好奇心を伴っていたが、ここで引き返したほうがいいのかもしれない。


 エレベーターは沈黙のうちに下降を続けていた。鉄骨の間を縫うように滑りながら、地下深くに降下していく。だが、その場所は終着点ではなかった。鉄柵に囲まれたプラットフォームの下、暗闇の底へ続く巨大な隔壁がゆっくりと開いていく。金属の支柱が軋む音を立て、エレベーターはまるで奈落へ吸い込まれるように、さらに深く潜っていく。


 長い降下の末、私は閉ざされた空間へとたどり着く。周囲は金属の壁に囲われ、無機質な静寂が支配している。エレベーターが静かに停止すると、目の前にそびえ立つ巨大な隔壁がゆっくりと左右へ割れていった。


 その先には、地下駐車場にも似た細長い空間が広がっている。無数の柱が規則的に立ち並び、その陰が不気味なほどに深い闇を作り出していた。


 暗闇の中、どれほど歩いただろうか、居住区画らしき場所が姿をあらわす。しかし、そこに人の気配はまるで感じられない。


 荷物が乱雑に放置され散乱し、長い時を経て埃をかぶっていた。持ち主を失ったそれらは、かつてここに住んでいた人々の痕跡を微かに残している。しかし、それ以上に強く感じるのは、ここで何か忌まわしいことが起きたのではないかという直感だった。空間に染み付いた恐怖の残滓が、肌を刺すように伝わってくる。


 すぐ近くに案内板が設置されていた。古びた金属製のフレームの中心に、ホログラムマップが浮かび上がる。格子状の整然とした通路が映し出され、その奥には無数の居住施設が並んでいた。一日ではとても調べ尽くせないほどの部屋数だ。


 通路に沿って進むと、それぞれの部屋の扉が開け放たれているのが見えた。内部は荒らされ、かつての秩序を失っていた。まるで空き巣に入られたかのように、家具は倒れ、持ち物は散乱していた。


 しかし注意深く観察すれば、それがスカベンジャーの仕業ではないことが分かる。住人は必要なものだけを持ち、何かを恐れるようにして逃げ出していた。その際、急いで荷物をまとめたのか、床には慌ただしく詰め込まれたカバンが放置されていた。突発的な避難で間違いないだろう。


 さらに奥へ進むと、食料品が保管されていたと思われる部屋にたどり着いた。だが、その場所もひどく荒らされていた。保存されていた食品のパッケージは床に散乱し、内容物は無惨に食い荒らされていた。これは人間の仕業ではない。そう思った瞬間、背筋に冷たい戦慄が走る。


 思わず手にしていたライフルの残弾数を確認する。居住区画は静けさに支配されていたが、その静寂の中に、不気味な違和感が忍び寄る。


 カタカタ……カタカタ……。


 金属を打ち鳴らすような硬質な音が、遠くから微かに響いてきた。その音は一定のリズムを刻みながら、確実に近づいてくる。何かが通路の奥から迫ってくるのだ。


 この場所の何もかもが呪われているように思えた。人の気配を失った空間には、かつての生活の名残だけが漂い、そこにあるべき人間たちはすべて消え去っていた。代わりに、この異質な気配が、生者の代わりに不気味な空間を支配している。


 視界の端で何かが動いた。


 思わず息を詰める。暗闇の向こう、微かな照明の光がその異形の影を浮かび上がらせた。鋭利な外殻に覆われた生き物――甲虫のような生物だ。全長一メートルを超え、無数の脚で地面を引っ掻くようにして進んでくる。硬質な外皮が光を反射し、その頭部には巨大な顎が備えられていた。人間すら丸ごと咬み砕くことのできる顎だ。


 その生物は単体ではなかった。暗闇の向こうから、次々と異形の生物が姿を見せた。変異体の群れだ。すぐに逃げなければならない。


 私は無我夢中で駆け出した。喉は焼け、肺は軋む。思考は濁り、脳の奥底で何かが軋むような違和感が広がっていく。どこへ向かえばいいのか――そもそも〝どこかに向かう〟という概念すら、この異形の迷宮には存在しないのかもしれない。


 整然とした格子状の構造だったはずの空間は、今や歪み、ねじれ、逃走経路を包み隠すかのようにその形を変え続けていた。振り返っても、見覚えのある場所など存在しない。ただ、同じような景色が無限に広がる。それは、私の方向感覚だけでなく、正気すらも奪おうとしていた。


 気がつけば――いや、〝気づいた〟と言えるのだろうか――今の私は、どこを走っているのかも分からなくなっていた。


 背後からは、甲殻を打ち鳴らす忌まわしい音が迫る。


 これは悪夢に違いない。


 ソレは脆弱なる人類の理知を嘲笑うかのように、迷宮の闇に潜み、執拗に追跡してくる。その足音は壁を這う瘴気のように響き渡り、進む道を誤れば、逃げ場のない深淵へと誘われることになる。


 考えろ――それでも生き延びる術があるのなら。いや、あるはずもない。そもそも私は、選択を許されてなどいないのだ。ただ闇雲に走るだけだ。狂気の淵へと近づきながらも、それでも抗い続ける狂人のように。私の背後には、すぐそこに――名状しがたい気配が迫っていた……

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