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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第六部・遺跡

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051 第六部・変異体〈バグ〉


■バグ〈高汚染環境適応型甲殻異生物〉


〈廃墟の街〉の汚染地帯に潜み、生態系の変容を経て進化を繰り返してきた異形の生物〝バグ〟。この異生物は、汚染地帯の残骸の中で生まれた、いわば進化の歪みともいえる存在である。極限環境への適応を重ねた結果、その甲殻は自己修復機能を持ち、重金属や有害物質を吸収、再構築するという特異な生態を確立した。


 また、バグの神経系は極めて高度に発達しており、フェロモンを介して群れ単位で戦略的な行動を取ることができる。都市の瓦礫に擬態する外殻を持つ個体や、光学迷彩に近い反射特性を備えた亜種も確認されている。人類が遺した産業廃棄物を養分とし、循環系を形成することで、完全なる都市適応型生態系を構築している点は驚異的と言えるだろう。


 汚染物質を体内に取り込みながら進化する未知の生命体は、崩壊した文明の負の遺産でありながら、同時にある種の〝生態的自然再生〟の役割を果たしているのも事実だ。


 バグはさまざまな形態へと進化し、異質な変容の果てに(おぞ)ましい姿を形成している。二メートルに及ぶ半透明の翅を四枚備え、その膜質構造は迷彩として機能し、微細な光の透過率を変化させることで周囲の景色に溶け込むことを可能にしている。


 飛行時には圧電振動素子を内包する筋組織が超音波を発し、不可聴域の心理的影響を及ぼすが、捕食態勢に入ると完全な静音飛行が可能となる。


 胴体は翅と比べて不釣り合いなほど短く、球根のように肥大した構造を持つ。その表面は高密度のキチン質甲殻に覆われ、ナノスケールの色素細胞によって周囲の景色に溶け込むため、擬態時に発見するのは困難であり、獲物が棲み処に迷い込む要因ともなっている。


 頭部は極端な異形を呈し、大小異なる複眼が不規則に埋め込まれている。その複眼はフラクタル分光感知器官として機能し、周囲の光波の変化を即座に解析することで、ほぼ全方位を見渡せるほどの広い視界を確保している。さらに複眼の奥には微細な生体発光素子が含まれていて、暗闇の中では微かな燐光を放つことが確認されている。


 口器は巨大な咬合器官へと進化し、周期的にカチカチと断続的な音を発する。その顎の表面は鋭利な感覚毛で覆われていて、獲物の組織構造を検知すると瞬時に噛み砕くことを可能にしている。


 これらの毛は微細な振動を発することで、神経系を麻痺させる成分を含む粘液を分泌し、生きたまま獲物の動きを封じることができる。この捕食機構は、バグの生態系において極めて重要な役割を果たしていると考えられる。


 バグは都市廃墟の下層部、とくに汚染濃度の高い〈汚染地帯〉に生息している。この種は群れでの行動を基本とし、単体で行動することは珍しい。高濃度の有害物質を含む空間に適応するため、甲殻は重金属濃縮構造を備えていて、外部からの物理的、化学的脅威を遮断する特異な性質を持つ。


 捕食行動は極めて洗練されていて、翅の微細振動を利用して獲物の存在を探知すると、無音飛行による完全な静音移動で接近する。顎から分泌される神経毒で相手の運動機能を麻痺させたあと、鋭利な咀嚼器官を用いて体液の抽出を行う。このプロセスにより、獲物の体液を無駄なく吸収し、不要な組織は分解、排泄される。


 バグの代謝系は異常な適応を遂げていて、有機生命体のみならず、汚染物質を分解、再構築することでエネルギーを得る能力を持つ。


 この機能は分子還元代謝で知られ、獲物が限られた汚染地帯での増殖と、都市廃棄物を循環資源へと変換する作用を担っている。このため、瓦礫や化学廃棄物が点在する環境ほど、その生息数は増加する傾向にある。


 さらに、バグは自己修復型細胞構造を有し、極限環境における生存率を飛躍的に向上させている。甲殻表層の再生膜が損傷部位を検知すると、分子レベルで再構築を開始し、短時間で回復を遂げる。この生体再生プロセスにより、バグは通常の生命体では生存不可能な環境でも活動を続けることができる。


 最大の脅威は、その光学擬態による不可視能力なのかもしれない。甲殻に備わる色素細胞が周囲の光波をリアルタイムで調整し、背景の色彩や質感を完全に再現することで、視認不可能なステルス状態を生み出す。この能力によってバグは廃墟の影に溶け込み、気づかぬうちに獲物を棲み処に誘い込むことが可能になっている。


 文明崩壊後、汚染地帯でバグは新たな生態系の捕食者の一角へと躍り出た。都市廃墟の最上層で不気味に羽を震わせながら静かに獲物を待ち続けるその姿は、捕食生物を超越した異形の存在のようだ。バグの咀嚼音が荒廃した廃墟で聞こえるとき、それは生存者にとって最後に聞く音となるかもしれない。


 汚染地帯での大量発生も懸念されている。バグは、誰にも知られることなく超自然的に発生する〝空間の歪み〟によって出現すると考えられている。


 異次元から――あるいは〈混沌の領域〉から流入しているとされ、都市廃墟の最深部に点在する汚染地帯に引き寄せられる。しかし、この現象のメカニズムを証明する術はなく、現時点では推測の域を出ていない。


 群れによって形態が異なり、その巨大な翅と不規則に配置された複眼のみが共通する特徴であり、定まった形態を持たないことが確認されている。


 個体ごとに姿形が異なり、擬態的進化を経たものも確認されている。蜘蛛のように多数の脚を持つ個体や、ナメクジのように地表を這う生態へと変異した個体も存在するため、バグは固定された形態を持たず、流動的な変化を繰り返していると考えられている。


 この特異な生体変異の原因は不明だが、バグを異種族の〈生体兵器〉と考える者もいる。その生存メカニズムや進化の方向性は、一般的な生態系の枠を超え、人工的な干渉によるものではないかという仮説が立てられている。


 一方で、バグの起源を〈混沌の領域〉由来の生命体とする説も根強く、その存在が次元干渉による副産物である可能性も指摘されている。いずれにせよ、バグの生態にはまだ多くの謎が残されていて、人類はこの異形の生物との戦いを強いられることになるだろう。

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