044 第五部・人擬き〈飢餓状態〉
■変異体
◆特殊個体調査報告書
件名:横浜廃工場にて発見された〈人擬き〉
報告者:カール・シマダ
所属:傭兵組合〈ジャンクタウン〉
階級:工兵〈オペレーター〉
場所:横浜埋め立て地・工業地帯跡
◆概要
本報告書は、横浜市内の廃工場跡地で発見された新種の〈人擬き〉について記述するものである。従来の〈人擬き〉と共通する基本的な特徴を持ちながらも、本個体は異常な生理機能を備え、これまで確認された〈人擬き〉よりも遥かに高い脅威度を有している。
〈人擬き〉の多くは、驚異的な生命力と再生能力を持ち合わせており、攻撃による損傷で無力化することは困難である。戦闘による損傷部位の修復は、新しい細胞が形成されることで欠損した器官が置き換えられる形で進行することが確認されている。
切断された腕が元通りに接着されることはなく、完全に新たな器官として時間をかけて成長していく。この新たな組織は、元の形状とは異なる異形の形態として形成されることが一般的であり、時には過剰な発達を遂げ、本来の人体の構造とはかけ離れたものへと変化する。
実際、現場で確認された個体の中には、四肢が異常な比率で肥大化したものや、骨が外部へ露出したまま強化されたものが存在した。
この異常再生能力のため、戦闘時においては単純な損傷による無力化は困難である。頭部や脚部などの重要な器官を攻撃することで、一時的に行動不能にすることは可能だが、時間が経つと新たな器官が形成され、活動を再開することも確認されていた。
新たに発見された〈人擬き〉は、これらの通常の個体と異なり、高度な反射神経を示し、驚異的な再生能力を持つことが判明した。
また腐敗が極めて遅く進行し、肉体の耐久性も異常に高い。加えて、群れを作る習性を持ち、意思決定を行うような、極めて不可解な行動が観察されている。これらの要素から、本個体は従来の〈人擬き〉と大きく異なる進化系統を持つ可能性がある。
◆発見状況
調査隊は、廃工場内の探索を行っている最中に当個体と遭遇した。工場内部には従来の〈人擬き〉も多数徘徊していたが、当個体は明らかに異なる特徴を持ち、異常な速度と強靭な身体能力を示していた。
遭遇時、調査隊は携行していた通常火器を用いて対処を試みたが、従来の〈人擬き〉とは異なり、本個体は驚異的な反射速度で回避行動を取り、銃弾すら躱してみせた。さらに、通常の〈人擬き〉が単純な攻撃行動に終始するのに対し、この個体は調査隊の動きを予測するかのような戦略的行動を示した。
その異常な知能と俊敏さにより、初期の接触では効果的な打撃を与えることが困難だった。特筆すべきは、当個体の身体構造の異常さである。調査隊の報告によると、本個体の四肢は通常の人間の比率を逸脱し、腕部の筋組織が過剰に発達していた。その結果として、異常な跳躍力と破壊力を持ち、調査隊は撤退を強いられることになった。
◆外観および形態的特徴
発見された個体の体表は極端に乾燥しており、まるでミイラ化したかのような質感を持つ。この状態は長期間の休眠状態によるものと推察され、細胞の活動が低下した際に内臓といった重要な器官を保護するための防御機構として機能していた可能性がある。
皮膚の表層は硬質化しており、外部からの攻撃をある程度吸収する性質を持つ。特に物理的な衝撃に対しては弾力を示し、鋭利な武器による切断が困難な場合がある。このため、戦闘時には貫通力の高い武器や連続攻撃による削り取りが求められる。
眼球は濁っているものの、光に対する異常な敏感さを示し、暗所での視認能力が極めて高いと考えられる。実際、観察された個体は完全な暗闇でもほぼ正確に対象を捕捉しており、赤外線や微細な光の波長を検知する特殊な視覚機能を備えている可能性がある。
筋繊維の構造も通常の〈人擬き〉とは大きく異なり、収縮速度が異常に速い。これにより瞬発力が向上し、従来の〈人擬き〉とは比較にならないほどの速度で移動、攻撃を行うことが可能となっている。これが驚異的な敏捷性の要因となっていると推測され、従来の戦術では対応が困難となる可能性がある。
さらに、腕部や脚部には明らかに新しく形成された器官が確認されており、元の形状とは異なる変異を遂げている。元の腕の代わりに鋭く尖った骨状の突起が形成されている個体もおり、これを武器として使用する様子が観察された。脚部についても、異常な形態へと変異しており、跳躍力の増強や壁面への張り付きが可能となる個体が報告されている。
◆行動特性
休眠状態から覚醒した本個体は、直後から異常な食欲を示した。これは長期間の休眠中に栄養を極限まで消費し、生存本能を最大限に発揮するための生理反応であると推測される。特に、覚醒後は周囲の物音に敏感になり、生物の臭いや体温に反応し、捕食対象を発見すると即座に攻撃する傾向が見られた。
獲物を確認すると、驚異的な速度で接近し、躊躇なく捕食行動を取る。その動きは通常の〈人擬き〉とは一線を画し、突発的かつ戦略的な行動を見せる。調査隊を攻撃した個体は、標的の進行方向を予測するような――まるで意思を感じさせる動きを取り、障害物を活用して奇襲を仕掛ける様子が確認された。
本個体の反射神経は異常に発達しており、近距離で発砲された銃弾を回避する能力を示した。調査隊が遭遇した際、銃火器による攻撃が効果を発揮する前に、個体は瞬時に動き、障害物の影へと逃れた。
この特性は、人間の防御行動に似ており、従来の〈人擬き〉には見られない高度な意思決定が行われたことを示唆している。
◆脅威度評価
本個体は通常の〈人擬き〉とは大きく異なり、より強い生存本能と高度な身体機能を有しており、接触時の危険性が極めて高い。その異常な身体能力、意思決定、そして瞬時の回避行動は、既存の戦術では対応困難な要素となり得る。
以下の点は、この個体の脅威度を飛躍的に高める要因となる特徴である。
・従来の〈人擬き〉は緩慢な動作が一般的であるが、本個体は驚異的な速度で移動し、障害物を巧妙に利用した戦術的行動を示す。
・近距離で発砲された銃弾を回避する能力を持ち、攻撃の軌道を瞬時に予測し回避する様子が観察された。
・休眠状態から覚醒後は異常な食欲を示し、獲物を発見すると瞬時に攻撃へ移行。捕食行動は執拗かつ効率的であり、従来の〈人擬き〉以上の脅威となる。
以上の特性を考慮し、調査隊は本個体に対し〝危険種〟認定を強く推奨する。各部隊は本個体との遭遇を想定し、適切な戦闘計画を策定する必要がある。また、従来の制圧手段が通用しない可能性があるため、本個体の生態に関する更なる研究と封じ込め手段の考案が急務とされる。




