025 第三部・兵器工場・潜入記録
■兵器工場
◆偵察任務報告
・記録者、エリック・オガワ
・所属、傭兵組合〈ジャンクタウン〉
・階級、傭兵〈マーセナリー〉
あの工場を遠目に見た瞬間、何かが決定的に狂っていることを悟った。周囲の建物は瓦礫と化し、かつての都市は無残な姿をさらしていた。死んだ都市の成れの果てだ。まるで無差別爆撃を受けたかのように、何もかも破壊されていて瓦礫の山になっていた。
瓦礫の隙間から覗くねじれた鉄筋は、風化が進み、赤茶色の錆がむき出しになり、瓦礫に埋もれた道路はもはや形を成さず、無数のひび割れが走っていた。かつての都市機能を示す信号機やホログラム投影機は瓦礫の下に埋没し、わずかに露出している標識も傾き、判読不能なほど歪んでいた。
周囲を見渡せば、黒焦げの壁が目につく。爆発の衝撃によってひしゃげた鉄骨が、まるで大地から突き出た異形の杭のように林立している。これらの破壊は、単なる経年劣化によるものではないのだろう。
旧文明の特殊な建材を使用した建物でさえ、無惨に崩れ落ちていることから、意図的に攻撃されたことが分かる。何者かの標的になり、その結果、ここには生きた文明の痕跡は残されなかった。
一方、その破壊の中心にある工場は、まるで時間の外側に存在するかのように、傷ひとつなく存在していた。爆撃の痕跡は周囲の建物に深く刻まれているのに、工場の外壁だけは、まるで何事もなかったかのように傷ひとつない。どうやらこの建造物は、旧文明の技術によって想像を絶する耐久性を持つよう造られていたらしい。
あるいは、この施設全体が、旧文明の技術が生み出したもの——たとえば、自律的に修復、維持されるシステムが組み込まれていたのかもしれない。崩壊の嵐を耐え抜いたのは、単なる偶然ではないようだ。
(長い沈黙)
やはり工場は、ただの遺構ではないようだ。未だ戦場の中心であるかのような警戒態勢を敷いている。
川を渡って接近すると、まず目に飛び込んできたのは、工場を取り囲む巨大な防壁だった。廃墟と化した区画の中で、唯一完全な形を維持している構造物でもある。防壁の周囲では、複数の自律型偵察ユニットが静かに巡回していた。センサーが発する赤い光は、霧に包まれた廃墟の通りで乱反射していて、ひどく不気味だった。
戦闘用の機械人形の姿も確認できた。レイダーギャングが使うようなガラクタじゃなくて、本物の機械人形だ。人間の兵士の代わりに配置されたそれらは、ライフルを背負い、機敏な動きで警戒態勢を維持している。時折、機械的な素早い動きで振り返るような動作を見せたが、こちらの存在を認識することはできないようだ。
(短い沈黙)
入場ゲート付近に近づいたが、ここでは警戒レベルが一気に上昇した。巨大な多脚戦車がゆっくりと砲身を回転させ、侵入者を威嚇するように動いているのが見えた。
こちらの姿を見られることはなかったが、あれは明確な警告――不用意に近づけば攻撃するという意思表示にも見えた。その戦車の装甲は古びたものではなく、錆びひとつないものに見えた。
これほどの戦力を有する組織が存在するとは、想像すらしていなかった。理解の範疇を完全に超えている。
周囲の道路は完全に整備されていて、瓦礫の都市では珍しく、驚くほど清潔に保たれていた。廃車やゴミすら見当たらない。この場所で頻繁に目にするのは、工場の警備を担当する機械人形やドローンの類だ。低空を滑るように飛行する哨戒ドローンは、監視システムと連携し、周囲を厳しく監視しているようだった。
工場に入るには、このゲートを突破しなければいけない。そのゲートは上下可動式のバリケードによって厳重に封鎖され、容易に侵入できるものではなかった。厚みのある鉄板が支柱に組み込まれ、動作音ひとつ立てずに開閉する様子は洗練された過去の軍事技術を感じさせる。
(短い沈黙)
監視していた間、通行許可を得た自律型の多脚車両が入場する様子を確認できた。バリケードが静かに地中へと沈むと同時に、ゲートを覆っていたシールドの膜が瞬時に消滅する。まるで空間そのものが切り替わるような違和感があった。未知の力場を利用した防護システムのようだ。通常の装甲車両では、この防御機構を突破することは困難だろう。
(荒い息遣い)
天候に影響されない〈ヒノマル〉製の熱光学迷彩と、数機のドローンを囮にして、厳重に警備されていた工場の敷地内に潜入することができた。けど、ここに至るまでの道のりは容易なものじゃなかった。なにかひとつでも間違えていれば、生きていなかったかもしれない。
だが、安堵するのはまだ早い。依然として監視の厳しさは変わらず、多脚車両と機械人形が休むことなく巡回を続けている。機械的な動作に一切の迷いは見られず、完全にプログラムされたシステムの一部として機能しているようだ。厄介な連中だ。
(長い沈黙)
辛抱強く動作パターンを観察し、繰り返される周回ルートを記憶することで、わずかな死角を見出すことができた。監視システムの網の目をかいくぐるには、慎重な動きと正確なタイミングが求められる。長時間にわたる観察の末、ついに警戒網の隙間を掴んだ。
息を潜めて死角を利用するようにして慎重に前進し、周囲に気づかれることなく工場の母屋へと接近することができた。
母屋の窓から内部を覗いた瞬間、外の世界との決定的な違いに思わず息を呑んだ。〈廃墟の街〉と、この工場の内部は完全に別世界だ。廃墟に漂う粉塵や腐食した金属片は確認できず、空気は澄んでいた。
これは偶然ではない。環境管理システムが稼働し続け、絶えず空気を浄化し、汚染物質を排除しているのだろう。床には埃ひとつなく、見慣れない機材の多くには汚れすら見当たらない。この施設は徹底的に管理されているようだ。
屋上から監視を継続した。明り取りの大きなガラス窓からは、自動化された生産ラインが確認できた。数えきれないほどの多関節ロボットアームが規則正しく動き続けている。絶え間なく製品を組み立て、テストを行い、保管庫へと送り込んでいる。
驚くべきことに、人の手が一切介在していないにも拘わらず、すべてが完璧に機能していた。ここでは人間がいらない――いや、それどころか、存在することすら許されていないのかもしれない。この異様な環境下で、大量の武器弾薬が製造されているようだ。
(短い沈黙)
しばらく監視していると、製造ラインの間を歩く人間の姿を確認した。赤紫色に染められたクリーンスーツに身を包んだ女性が、工場内を巡回していた。彼女は立ち止まると、ベルトコンベアで運ばれていたライフルの部品を無作為に手に取り、台車に載せていく。
無数の装置によって品質が管理されているにも拘わらず、人間が部品の検査を行っているのは興味深い。彼女は工場を管理する人間のひとりなのだろうか? 噂では完全に自動化された工場だと言われていたが……
その工場内には、立ち入りが制限されている区画が複数存在しているようだ。おそらく、地下にも広大な施設があるのだろう。それらの場所は警備システムによって厳重に管理されていて、侵入者に対する射撃も許可されているようだった。
その区画のひとつに近づこうとした時だった。低い振動音が徐々に近づいてくるのが分かった。どうやら発見されてしまったようだ。しばらく調査を中断する。
(長い沈黙)
厄介なことになった。とにかく今は身を隠すことを優先する。
(長い沈黙)
どうやらダメだったようだ。やはり潜入は――
(……記録終了)




